メイン

2005年12月12日

誕生日は池袋

「午後9時から、ほーせきさんと池袋で飲むことになりました。/ご近所にどなたかいらしたら、お気軽に電話でもmixiメッセージでもください。」と、mixi日記のコメントにこっそり書いていたら、マイミクのおじきさんから、メッセージで連絡。なんと、天王洲アイルにある会社からタクシーで駆けつけてくれた。

「itten bar」で楽しく優しく飲んだあと、同じく池袋で飲んでいるキクさんと合流。焼酎バー「御焼」で、世田谷怪獣王国からやってきたアフロさんの壮絶逆セクハラパワーを堪能。「ぜひマイミクになってください」とプロポーズ。

その後、同方向の三人でタクシー帰宅。

2005年11月29日

東武練馬の訪問者

夕方になって、土曜日の同窓会で幹事をやったT君から連絡が入る。

「同窓会での写真を同期のホームページで公開してほしいんだけど……」

おれは自分の借りているサーバーの一部を使って、同期生のサイトを運営している。T君が撮影した画像をアップするのはお安い御用である。

T君の家は同じ東武東上線の朝霞台ということもあり、東武練馬で画像の入っているCD-ROMを受けとることになった。

午後9時50分に東武練馬駅の南口で落ち合い、そのまま、駅前の居酒屋「949 海」で、終電まで2時間30分くらい、じっくり話す。

T君は中学卒業後、鹿児島ラサールから東大に入ったという秀才。その後、元赤坂のゼネコンに勤務している。ということは、つまりおれとはまるっきりちがう仕事をしているというわけで、話をしてても刺激的だ。

mixi、そして、マイミクのぴろり、さんのおかげで、首都高中央環状線の地下にもぐっていたことや、その後、いろいろ調べていたこともあり、知りたかったことをダイレクトに質問できる。

同窓会で多人数であっているときも楽しいのだが、やはり、こうして一対一で会って話すと、かなりつっこんで聞けるので楽しい。

もちろん、彼は首都高関係ではなく、韓国某所のLNGプラントなどの仕事をしているのだが、話を聞いててもわくわくする。

同窓会はそれ自体よりもこうした「余波」があるから、楽しい。次回また、いつ会うかはわからないけれど、突然の訪問者は喜びを運んできてくれた。

2005年11月27日

TOEIC受験

 視力回復手術もそうなのだが、最近、人生の中でやっていないことをきちんとやろうとしている。今日はその第二弾でTOEIC受験。中学や高校のころ、英検は受けていたんだけどね。

 昨夜は手術のおかげで、結果的にお酒を飲まなかったから、まぁ、よかったのかもしれない。受験会場は千川あたりである。ちょっと早めに家を出て、池袋のさくらやで買いもの。

 地下鉄有楽町線で千川に向かう。こういったきちんとした試験は大学受験以来だから、すごく楽しい。会場には男性が多い。やはり会社とかで受けなきゃいけないのかな。ぼくと同年代の人もちらほらと見える。

 試験自体もひりひりして楽しい。二時間で200問のテストは時間配分が難しいという話だったが、たしかにのんびり考えていると、あっという間にタイムーオーバーになりそうだ。家では問題集もやっていたが、やはり環境がちがうと、感覚もちがうね。

 文法関係もそれなりにやっていたつもりだったが、まだまだ足りないね。とくに時間が限られているときつい。

2005年11月13日

立川

日曜日は立川にある妹夫婦の家へ。いまは母もこちらにいる。徹夜明けで昼からいったのだが、甥ふたりはほんとに元気なのだ。あてられる。

昼食は、母の作ったカレー。辛いのが食べられない甥にあわせてカレーのルーとビーフシチューのルーを足して作ったそうだが、うまい。

その後、ごろりと横になると、そのまま寝ついてしまった。

母の作った夕食をごちそうになり、帰宅。

家で「TRICK 新作スペシャル」をみる。ああ、「TRICK」の仲間由紀恵をみるというのは、至福である。エンディングテーマはさすがに鬼束ちひろじゃなくなっていた。しょうがないか。

また、寝る。だめだ。とにかく眠い。

2005年10月26日

女床屋ときれいなコーヒー

 じつに久しぶりに髪を切りにいく。

 心のどこかで、つぎに髪を切るときは「メイド美容室 モエシャン」にして、女だらけの理美容プロフェッショナルになってやるとか、思っていたのだが、さまざまな葛藤があったり、秋葉原に出かけるのが億劫なまま、何ヶ月かたったわけだ。

 キャバクラにはひとりでいくおれだが、こういう店に一人で行くほうが、ずっと勇気が必要だ。

 結局は前回同様、平和台の女性理容師ばかりの床屋「おしゃれサロン ミヤ」である。

 やはり、初回ほどのインパクトはなかったが、ほどよく気持ちよし。

 家に帰ると、宅急便でコーヒーが到着。きれいなコーヒーを標榜するオアシスコーヒーの商品だ。

 以前、立川伊勢丹の大九州展に出品していた際、買ってみたのだが、福岡県嘉穂郡のメーカーだそうな。福北ゆたか線のいいづか駅前にショップがあるとのこと。福岡のメーカーならば、出身者としてはひいきポイント高し! 地元では有名なメーカーなのかな?

「コーヒーの香りは好きだが、なぜ埃やカビの味がするのか?」とお酒のテイスターに質問されたことがきっかけとなり、コーヒー豆を洗う研究を始めました。輸入したての豆は汚れています。豆には非水洗式と水洗式があり、非水洗式は果肉のまま乾燥させ、脱穀したものです。水洗式とは果肉を取る工程で水に漬け込む方法で、洗浄とは違い、どちらも水洗いすると汚れがでます。埃、泥、カビなど様々な汚れがついています。研磨処理でも不十分で、洗うと汚れが出ます。野菜や果物は食べる時に洗います。豆もきれいに洗ったら、本来のおいしい味わいになるのでは?と思い、試行錯誤を始めました。

まず、送風機で荒ゴミを取ります。それをジェット水流で短時間にきれいに洗浄します。生豆の洗い水は濁度120度。洪水時の河川の濁度が60度ですから、ものすごく汚れていることになります。これをもとの生豆と同じ水分量にし、焙煎します。豆をきれいに洗うことで、豆本来の味や香りをより多く引き出せることに気づきました。こうして、クリーンで香りの高い、後味のいいコーヒーが誕生します。


 実際に飲んでみると、ちょっとこくが足りないような気がするけど、普通においしい。味わいもかなり上品だ。

 いいコーヒーだと感じたのは保温ポットに入れて、時間がたったあとだ。かなり長い時間、新鮮な香りと味がキープされている。さらに、コーヒーをカップに入れたまま、冷めると通常はにごってしまうのだが、こちらのコーヒーは時間が経過しても透明度をキープしている。ふつうのコーヒーのあの濁りは汚れだったんだな。

 いろいろな種類の豆をちょっと多めに買ったので、これからちょっと楽しみ。

 めんどうなのはクレジットカードで買えないこと。代引きも1万円以上といわれたし……。

2005年09月27日

宅内男飲み

汐留での打ち合わせのあと、巣鴨経由で板橋区役所前に着いたのが午後10時。

mixiで知り合ったキブンさんのお宅にお邪魔してのんびりと飲む。BGMは「僕たちのなつかしのメロディ」。ユースホステルの話だとか。人生で積み残した体験の話だとか。

キブンさんらしい空間だ。0時過ぎ、キブンさんが船をこぎだすのが、解散の合図。

家に帰ってmixiを見たら、ひとりmixiをお辞めになっていた。自分がmixiに入って間もない時期に知り合った方だけにちょっとさびしい。

2005年09月19日

母の誕生日

午後1時、9月18日生まれの母の誕生日を一日遅れでお祝いする会を従妹が企画してくれたので、立川のRestaurant Lou Louへ。甥たちがとにかくにぎやかだ。

母からは前日、多摩テック「クア・ガーデン」の大浴場で、戦った話を聞かされる。洗い場で水がかかったとか、かからなかったとかで、おばさん対おばさんの口論。水掛け論に加えて、リアルなお湯やリアルな水をかけあう戦いだったらしい。

「なんか、ゴジラ対ガメラみたいだな」

食後、オリオン書房ノルテ店で、あれこれ本を買い、伊勢丹立川店の大九州展で、萬坊のいかしゅうまいと、オアシス珈琲のコーヒー豆を買う。

その後、妹夫婦の家に行き、夕食はみんなでぞろぞろと「牛角」へ。おお、二日連続の焼肉だ。

2005年09月11日

東京10区

うひゃああ。うちの選挙区、東京10区では早々と小池百合子に当確がでちまった。

しかも自民単独で300議席近い圧勝だ。どういう形でも、単色に染まるのはまずい。まいったね。

これがそのまま戦争に直結するとはいわないけれど、いつかまたくる危機的状況への布石を作ったような気がする。今回はマスコミもこの小泉人気を扱いかねた結果、自民に加勢したのだと思います。

重ねて書けば、民主党は今回、よりラジカルな郵政民営化を唱え、「小泉はじつは既得権益を守っている」と訴えるべきだったのだろう。 旧態依然の「なんでも反対」政党への不信感がいちばん大きかったのだろう。

2005年09月10日

***×3

昨日の日記では、ホワイトバンドはいかがわしいと書いたが、だからといって、それを装着するなとか、売るなとか、いう気はさらさらない。

山手線の5ドア車両といえば、3人がけの座席だ。

池袋から新宿に向かう山手線で目の前に座る3人を見ると、3人ともホワイトバンドをつけている。

左にいる20代後半の男性は、任天堂のTシャツを着ているマニア系。

中央にいる20代前半の女性はヴィヴィアン・ウェストウッドぽいモノトーンなファッション。

右にいる30代の男性は、細身のスーツ姿。

まるでベクトルのちがう三人ともが、ホワイトバンドをつけているのだ。真ん中のヴィヴィアン女性は2本も着けている。

なんだか無意味なジャックポット。

新宿紀伊国屋書店の店先ではさまざまな本とならんで、ホワイトバンドを売っていた。

それを売っている販売員の中年男性に向かって、のっぽくんがあれこれ、いっている。

「このバンドの利益はなんに使われるんですか」

「このバンドの卸はどこですか」

「このバンドの収益はアフリカの飢えた子供に行くんですか」

そのたびに販売員は一応きちんと答える。

すぐそばで、ホワイトバンドを手に取り、買おうとした初老の女性に対して、のっぽくんが声をかける。

「知ってますか。このバンドのお金は団体の運動資金に使われても、アフリカには届かないんですよ」

のっぽくんのやってることは単なる営業妨害だ。ホワイトバンドは胡散臭いが、答えを知った上で、粘着しているのっぽくんもうっとおしい。

ホワイトバンドくらい普通に売らせてやれよ。

個人的にはいろいろな思いがあって、「完全自殺マニュアル」なんて本の存在を許す気にはならないのだが、だからといって、書店にこの本を置くなという弾圧運動が、もし起こったとしたら、その弾圧運動には反対する。

考えが単純化して多様性がなくなることが、いちばんいやなのだ。

自分がほかのだれかに対して「やめろ!」と強いるのは、ほかのだれかから自分が「やめろ!」と強いられることと同じなのだから。

2005年09月08日

ほっとけない正義を疑え

街中でもよく見かけるようになったホワイトバンドだが、赤い羽根のような募金だと思って、300円のバンドを買っても、貧困国にそのお金は1円もいかず、国内のNGOやNPOに流れる仕組みで、ちょっとした話題になっている。

これに関して、いろいろと読みふけっていたら、公式blogに事務局長の今田克司というひとが、こんなことを書いていた。

しかしながら、「代金は実費と団体運営費に消え」という言い方は、誤解を招く可能性があります。すでにこのウエブサイトで円グラフを使って公開していますように、いまのところ、ホワイトバンドの売り上げのうち、約3割はホワイトバンドの原価および製作経費として使われ、約4割は流通関連経費として使われています。残りの約3割を、「世界の貧困をなくすための活動費」に充てる予定です。この「世界の貧困をなくすための活動費」は、「団体運営費」とは異なり、明確な意図と目的をもって、キャンペーンの一環としてその目的を果たすために、「消える」ものではなく、「使われる」ものです。 こういったお金の使い方は、「チャリティー」には慣れていても、「ジャスティス」を求めるキャンぺーンには不馴れな日本において、目新しいものであり、それゆえ、受け入れにくいものかもしれません。

約3割の90円が原価および製作経費といわれるが、100円ショップでなにが買えるかを考えると、たかがゴムバンドにずいぶん高い原価および製作経費をかけているなと思う。事実上のコストは数円という話もある。
なんだ、そのジャスティスを求めるキャンペーンってやつは!? 正義という日本語があるにもかかわらず、ジャスティスといいかえているところが、あやしい。「庶民の手によって、ジャスティス(正義の裁き)を」ということなのか。

17世紀にアメリカのセーラムで正義の名のもとに、なにが裁かれたのか、関東大震災のときに庶民の手がだれを裁いたのか、1905年、民衆が正義を叫んだ日比谷焼打事件が、40年後にどんな悲劇を生んだのか。ナチスを生んだのはヒトラーではない。民衆なのだ。

「ホワイトバンドはチャリティではない」との批判に応えたつもりだろうが、外套の中に短剣がちらりと見えたよ。

おれは「ブッシュの正義」にはうんざりだが、「庶民の正義」にはまるっきり信を置いていない。

声なしで「にゃあ」と口を開く猫は愛くるしいが、声なしで、正義を求めろと唱えるホワイトバンドは醜悪だ。

アフリカの貧困を救うために、「債務の帳消し」が必要という問題の単純化も胡散臭い。

しかもこの旗振り役があいまいで、美辞麗句を連ねる運動の行き着く先は善意にあふれた愚民を作る未来ではないのか。

2005年09月03日

週末のあれやこれや

週末にむけて、部屋をかたづけつつ、カレー作り。金曜日の夜にお迎えしたのは、mixiで知り合ったかたを中心に男性4名、女性3名である。liexxさんが「オトナの家飲み」のテストケースとして、開催された。

おれを含めて、8人で料理をつつき、酒を飲み、あれこれ語る。座布団、椅子、テーブルが少ない我が家ではどうなることかと、危惧したのだが、何とかなるものだね……。ビールとか、焼酎とか、泡盛とか、テキーラとか、我が家にあるお酒の在庫一層処分。

気がつくとフローリングの板の上でそのまま寝ちまった。背中が痛い。和室の方をのぞいてみると、4人が川の字になって眠っている。なんだか、おかしい。

しっかりと二日酔いである。胃がげろげろ。自分の家で飲む気楽さから、羽目をはずして、飲みすぎた。

土曜日の11時ごろに、第一陣のみなさんがお帰りになる。わざわざ、博多から、夜11時にこのマンションにやってきた山本耕一さんもハードな二日酔いで、つらそうだ。

それでも「おれはアキバのメイド喫茶に行く!」という断固たる決意の山本さんを送り出し、おれはのんびりと入浴。

午後8時から、四谷荒木町の「オヒサマ食堂」で、山本さんウェルカムオフ会。自分の以前からの知人と、mixi系の知人がマージして飲んでる光景はちょっと不思議でおもしろい。料理も美味しくて、楽しかったなり。

深夜0時からKQZさん、ほーせきさんと六本木の「Abott's Choice」へ。深夜3時ごろ、ほーせきさんと二人で、アガヴェでテキーラ!

2005年08月21日

西原理恵子の……

散歩にでたついでにローソンへ。

ロフトプラスワンのイベント「西原理恵子の居酒屋煮え煮えリターンズ!!」の前売り券が本日、日曜日に発売されることを思い出したのだ。

前売り券はローソンの端末Loppiでしか買えない。Loppiに数字を打ち込んで画面を見ると、すでに売り切れと書いてある。

そりゃそうだよな……と、すごすご帰ってきて、mixiの「西原理恵子」コミュニティをチェックすると、10時の発売以来、ほとんど秒単位で売切れてしまった模様。

甘く見すぎていた。

とりあえず、いつかまた、情報を手に入れるためにmixiの「西原理恵子」コミュに加入。

2005年08月16日

雑誌のカギ折れ

柔らかいカバーの雑誌を読むとき、どんな感じで本を持ちますか。

たとえば、週刊漫画雑誌だったら、表4と呼ばれ、広告などが載っている裏表紙を左手で固定し、右手でページをめくることになりますよね。

「雑誌のカギ折れ」の続きを読む »

2005年08月14日

祖母を偲ぶ会

 妹の手伝いをするため、九州の実家から母が上京しているのだが、その母が音頭を取り、先日、亡くなった祖母を偲ぶ会を開くことになった。

 叔母、二人の従妹とそのご主人、妹家族など、大人8人、子供3人で、立川パレスホテルの中華料理「瑞麟」の個室をとり、まぁ、いろんな話を……。

 その後、お茶を飲もうとしたのだが、日中の立川はどこも混雑していそうで、とてもじゃないが、これだけの人数は入れない。そこで、カラオケボックスに入ることにする。

 8月12日に開店したばかりの甘太郎系カラオケボックス「ディトリッパー」へ。ボックス内の内装はかなりいい感じで、居心地がいい。

 子供たちがエンドレスで歌うポケモンの歌を横に、思い出したり、語ったり。

 暗くなる前に帰宅。

2005年08月13日

東京湾大華火

 夕方になって、品川のO田弁護士、アキさんご夫妻のマンションへ。40階建てマンションの37階から、東京湾大華火見物である。

 高層階からの眺望は圧倒的! レインボーブリッジ越しにながめる花火は、よくできすぎたスクリーンセーバーのようでおもしろい。

「東京湾大華火」の続きを読む »

2005年08月12日

夜の新宿へ

 日中のテストプレイで目がしょぼしょぼ。かなり早いけど、風呂に入って寝ようかと思っていた午後8時過ぎに、飲みのお誘い。あらためて誘われると、人恋しいものだ。のこのこと新宿に出かけていく。 「焼酎ダイニング うまか房」で、焼酎とあれこれ……。

2005年08月10日

近所の取材

 ここ数日、我が家から20メートルくらいのところで、テレビクルーが何組も出没している。

 いったい、どんな事件かと思っていたら、衆議院選挙で小池百合子をぶつけられた小林興起議員の取材であった。小泉総理をローマの皇帝にたとえたあの人である。選挙事務所がすぐ近くにあるのだ。

 この人が議員になったのは、15年前。ずっと地元の議員なのだ。もっと若々しい顔をしたときから、よく知っている。

 東京10区はこのふたりと民主党の鮫島宗明の三つ巴。投票には行くつもりだが、だれに一票を投じるかは、かなり難しい。ぎりぎりまで考えよう。

2005年08月03日

女床屋

行きつけの床屋が閉店した。床屋がなくなっても髪は容赦なく伸びる。駅前にあるのは、美容院とカットのみの激安床屋ばかり。顔そりのない店はいやなので、いろいろと調べる。

「女床屋」の続きを読む »

2005年07月25日

浄水器を買う

都心に出かけることのない一日。近所のSATYに行き、買いもの。切れていた蛍光灯を買い、ブリタのポット型浄水器を買い、クイックルワイパー本体を買ってから、スターバックスでコーヒー。

ブリタのポット型浄水器は以前から買いたかったもの。

クイックルワイパー本体は、なくなったと思っていたら、扉の陰から出てきた。

仕事場の蛍光灯は電球色から昼光色に変えた。

ポット型浄水器の水って、どんなものかと思っていたら、ソフトな口当たりで、けっこうおいしく飲めるじゃないか。もうひとつ買って、水ローテーションを組もうかとたくらむ。

2005年07月24日

母と妹

前夜から飲み、家に帰ったのは午前7時過ぎ。 それから眠ったが、午前11時には目を覚まし、テストプレイなど……。

夜6時、立川の妹の家へ。

夕食をいっしょにとり、甥といっしょに遊び、妹夫婦のノートPCのメンテナンスをし、武蔵野線の終電で帰宅。

2005年07月23日

東銀座→銀座→門前仲町→新宿

正午から午後7時過ぎまで、東銀座のハドソンで、テストプレイ。地震はビルの8階で体験。軽い初期微動のあと、垂直に突き上げるような揺れだった。そのあともなにか機械的に突き上げるような振動を感じる。

テストプレイ後、三原橋交差点にできた「薩摩」とかいうチケット制の店で飲む。4000円で10枚のチケットを買い、そのチケットと引き換えに、酒やつまみをオーダーするというシステム。焼酎などは豊富だが、なんとなく、割り切れない感覚がある。

門前仲町に移動して、さらに飲む。

終電の時間、男ふたりで新宿に移動。さらに飲む。朝まで飲む。

2005年07月16日

幡ヶ谷→下北沢

午後8時過ぎに幡ヶ谷の「HEAVY SICK」へ。ハリウッドでいっしょにエピソード3を見たフリフリカンパニーの程亮弼 さんの結婚記念パーティ。

ケーキカット、ライブペインティングなど、盛りだくさんな内容。

パーティは朝まで続くとのことだが、おれは午後10時30分ごろに、おいとまする。ほんとうにおめでとうございます。

「幡ヶ谷→下北沢」の続きを読む »

2005年07月04日

小倉→福岡→池袋

午前10時30分、祖母の家に泊まっていた叔母親子が到着。客室ですこし話したあと、小倉伊勢丹の14階にある益正食堂へ。小倉そごうだった時代、このロケーションには、四川飯店が入っていた。回転展望レストランだったのだが、回転しなくなっていた。

12時30分の新幹線に乗る叔母親子と、小倉駅で別れたあと、リーガロイヤルホテルに移動。「コルベーユ」でお茶を飲み、話しまくる。

「小倉→福岡→池袋」の続きを読む »

2005年07月03日

祖母の葬儀

葬儀当日。午前11時30分に妹家族や従妹家族とともに寺へ。用意していただいた精進料理をつつきながら、話題は自然と海外旅行にいったまま連絡がつかない、うちの母親のことに。叔母や従妹、妹夫婦から断片的な情報が集まる。

1)旅行前に見せてもらったパンフレットによればH社催行のパック旅行のようだ。
2)旅程にはラスベガス、グランドキャニオン、トロント、ナイアガラの滝が入っている。
3)出国日は6月26日(日)。帰国日は7月3日(月)。
4)(おそらく)遠賀郡(あたり)に住んでいる友人夫妻と三人で行っている。
5)母はクルマで友人夫妻の家に行き、そこから、友人夫妻の娘さんの運転で、福岡空港へ。
6)帰りは逆のルートで、もしかしたら、そのまま友人夫妻の家に泊まるかもしれない。
7)そして、その友人夫妻の連絡先はだれも知らない。
8)携帯電話の着信音はすることから、家に置きっぱなしである。
9)家の留守番電話はセットされていない。ちなみに母は北九州で一人暮らしである。

もしも、友人夫妻の家に泊まることにでもなれば、かなり遅くまで連絡がつかないことになる。

「祖母の葬儀」の続きを読む »

2005年07月02日

祖母の通夜

祖母の通夜に向かうため、午前10時過ぎに家をでる。

mixiで教えてくれた人がいたのだが、五反田に行きファミリーマートで開封済みボトルキャップ付きペプシを買う。買ったのはセブルバ。ネットトレードのトラブルで、からぶりになったもの。験直しにちょっとズル。ほかにも買いたい気分だが、羽田空港に大量のペプシを持っていくわけにはいくまい。あきらめてやる。でも、買いたい。いや、それではコレクター仁義が……。葛藤だらけ。

羽田空港第一ターミナルで、妹家族4人と待ち合わせ。飛行機は40分遅れ。サクララウンジで、義弟と空弁の焼き鯖寿司をつつきながら、ビールを飲む。

「祖母の通夜」の続きを読む »

2005年07月01日

訃報

ボトルキャップ集めは、コンプリートかと思った矢先にトラブルがあって、残り1個に後退。

妹から連絡が入り、95歳になる母方の祖母が亡くなったとのこと。1ヶ月前、法事であったときには元気に見えたのに……。通夜・葬儀のため、妹家族の分を含めて、航空券やホテルを手配。

2005年06月21日

となりの「キスイヤ」

本とトイレットペーパー18ロールを買うために、近所へ。買いもののあと、スターバックスで「本日のコーヒー・グランデサイズ」を飲みながら、買った本を読んでいると、隣の席からこんな声が聞こえる。

「あなたがうちの娘と別れることはもう前提条件として、変わらないことだというのはいいね。当然、これから付き合うこともないし、会うこともないわけだからね」

「となりの「キスイヤ」」の続きを読む »

2005年06月08日

桃鉄会議2

昨日に続き、正午から五時過ぎまで東銀座のハドソンにて、桃鉄の開発会議。

2005年06月07日

桃鉄会議

午後1時から、東銀座のハドソンにて桃鉄の開発会議。今回は札幌から開発のコアスタッフが大勢やってくる。

会議終了後の午後6時過ぎから、月島でもんじゃを食う

2005年05月29日

無駄足

 週末、近所のコンビニに買いものに行っているあいだに、郵便局から不在配達通知が届いていた。電話で再配達をお願いしてもいいのだが、今日は日曜日だ。直接、集配局まで取りに行くことにした。

 集配局まで早足で、35分くらいかな。ダイエットを考えて、きちっと歩いていくことにした。

 ここ数日、ずっと机の前に座っていたこともあり、なにか、足腰が変な感じになっていたのかもしれない。局を目の前にして、歩道の段差に足を取られ、こてっと転んでしまう。

 えらい恥ずかしい。

 打った膝をさすりながら、窓口にいき、不在配達票を見せると、ちょっと調べたあと。

「すみません。いま、再配達強化週間でして、お客さまの郵便物は、配達にでているんですよ」

 なんだ、その再配達強化週間って? しかも今日は日曜日だぞ! 郵政民営化に対するなんらかのデモンストレーションか。ちくしょう。膝も痛いぞ。

 本日中に時間指定で再配達してるとのことなので、よろしくお願いして、また、歩いて帰る。痩せるためだ。

 家に帰って、ジーンズを脱ぐと、膝が軽くすりむけて、血がにじんでいた。

2005年05月22日

爆睡の日曜日

土曜日の夜、家に帰ってすぐ寝た。ごんごん寝た。

日曜日の朝、すがすがしく起きた。

日曜日の昼、睡魔が襲ってきた。とろとろ寝た。

日曜の夕方、目が覚めても、半分寝ている。

日曜日の夜、ちょっと横にと思ったら、ふわふわ寝た。

おそらく、日曜日の三分の二くらいは寝ていただろう。

まさしく、時差ぼけと睡眠不足のなせる技である。

2005年05月11日

東銀座の開発会議

火曜日と水曜日はハドソンで開発会議。

水曜日の開発会議終了後、井沢どんすけさん、込山勉くん、小坂晃弘さんらと銀座の「ZEST キャンティーナ」へ。バッファローチキンウィングと、世界の山ちゃんの味の違いについてあれこれと語り合ったり、テキーラ「ポルフィディオ・アネホ」を回し飲みしたり……。

ひさしぶりにじっくり飲んだ気がするね。

2005年05月02日

マイクロダイエット購入

いくらなんでも、これはなんでも、いかようにでも、レッドゾーンに近づきすぎである。なにがって? 体重だ。こういうときの強い味方、マイクロダイエットを近所の薬局で購入。

マイクロダイエットとは10年来のつきあいである。これを使って、20キロちかく減らしたこともある。マイクロダイエットによる大幅減量とその後のリバウンドはおれの人生の一部といってもいい。

おれのライフスタイルは、「マイクロダイエット+ウォーキング」の減量期と自堕落な膨張期のサイクルでできている。体重グラフの波形は800ヘルツ!

一昨年の禁煙以来、同じことをしてても痩せにくくなったのが残念だが、いままでの例でいけば、今回も10キロくらいは痩せるだろう。そして、そのあと、また太ることだろう。しょうがないよ。それが人生なんだから。

これまでずっと、サニーヘルスからの通販直売で買っていたのだが、今回は近所の薬局で購入。

もうわかりきっていることだが、薬局の店員さんから説明をいろいろ受ける。マイクロダイエットは「お茶漬け1杯分のカロリーですが、幕の内弁当8個分の栄養がきちんと入っているんですよ」などなど。最近はそういう説明のしかたをするんだと感心したり……。

普段、不摂生をしている時期とくらべて、マイクロダイエット期はほんとに体調がよくなるんだけどね。最大3ヶ月くらいで、臨界量に達して、パタッとやめてしまうのも、しょうがないんだけどね。

いずれにしても7月くらいまではつづけるつもり。ただ、アメリカに旅行するときなどはローカーボにして、思いっきり食べる予定。

2005年04月29日

回復手術とリブレット

かねてより懸案の視力回復手術を受けようと思い立つ。

診察の予約を取ろうと病院に電話をかけたのだが、コンタクト使用者はコンタクトを使わない状態で2週間経過しないと、検査もできないとのこと。

アメリカ旅行の前に視力を回復しようと思ったのだが、日程的に無理であった。

池袋に出たついでに、本日発売の東芝リブレットU100をチェックしようと、さくらや池袋東口店にいってみる。DVDパッケージサイズの小型PCである。

しかし、さくらやのPCコーナーに実機なし。聞いてみると入荷さえしていないらしい。店員はこの商品のことを知りもしない。さくらやはJALカードのポイントが2倍つくので愛用しているんだけど……。

しょうがないので、ビックパソコン館へ。あたりまえのように陳列されている。こちらは活気があるなぁ。リブレット本体だが、上下幅の狭いキーボードが打ちにくいのはなんとかなりそうだが、7.2型WXGA液晶が細かすぎ! 老眼一歩前の42歳にこの液晶は無理かもしれない。

物欲リストから消しました。

2005年04月20日

一風堂恵比寿店→幾寅池袋店

情報によれば、ラーメンの「一風堂」恵比寿店では、東京進出10周年を記念するイベントを19・20・21の3日間にわたってやっているとのこと。

1)メニューは一風堂開店当時のメニュー「博多ラーメン」を550円で復刻!
2)替え玉は無料で食べ放題!
3)先着1000名にバンダナになる博多手ぬぐいをプレゼント!
4)19・20日には社長の河原さんが厨房に立つ!

というので、いってみたのだが、河原さんは厨房にいなかった。ちょっと残念。今回は博多ラーメンではなくチャーシューメンをいただく。上品な仕上がりのスープ。いつもの一風堂より細い麺が妙にうれしかった。考えてみれば、「一風堂」恵比寿店には、初めて入ったかもしれない。

夜になって、T村さんと池袋のジンギスカン店「幾寅」へ。日記のログによれば、彼と前回会ったのは2003年の3月12日である。幾寅は大繁盛。しかも女性率がたいそう高い。店にいるお客さんの8割くらいが若い女性である。ビバ! カルニチン! ジンギスカンはやっぱりうまい。

T村さんはもともと、恵比寿にある専門学校でお会いした。ぼくに講師にならないかというお誘いだった。その話はお断りすることになったのだが、T村さんとは、そのあとも何度か飲み、年上のマブダチと呼ばせていただいている。

ほんとうにご無沙汰しているので、過去二年間になにがあったのかをいろいろと聞く。また、アジアがらみのアンテナを張りまくっている人なので、近頃のあれこれの分析も聞く。

ジンギスカンのあとは、人がいっぱいいて、にぎやかそうなところにいこうということで、居酒屋「清瀧」池袋本店へ。というか、清瀧なんてくるのは、15年ぶりくらいである。ハイボール一杯200円とか、サワー一杯250円とか目を疑うような値段は相変わらずである。店内は背広姿のサラリーマンだらけ、ここだけ、新橋みたい。

さらにあれこれ話をして23時30分。雨の中、42歳の俺と45歳のT村さん、肩を組み相合傘で帰る。

2005年04月16日

ひげひげ団の例会へ

新宿に用事があったついでに、業界関係者が集まる「ひげひげ団」の例会にふらりと顔を出す。前回、この会に行ったのが2004年7月だから、じつに9ヶ月ぶりである。

新宿三丁目の居酒屋「第21みくに丸」に集まった出席者は10名以上。いろいろな人と、とりとめもないことをとりとめもなく話して、午後11時30分。カラオケに行く方々と別れ、帰路へ。

そういえば、新宿駅への道中には、おれが東京で一番好きなトンコツラーメンの店「ひごのれん」がある! これは食わねばなるまい。オーダーしたのは定番のパーコメン。こってりしてないが、香ばしく滋味がある。酒のあとのこのラーメン、ほんとに幸せだ。

2005年04月13日

銀座で旧友と

中学の同窓生で、内科医をやっている友人が、学会のために東京に出てきているとのこと。いいなぁ、学会……。おれの人生において社員旅行も無縁なら、学会も無縁だ。集まって呑もうということになり、ビヤホール「ライオン」銀座7丁目店へ。この店にくるのも数年ぶり。

集まったのは、おれと内科医のほかに、ファイナンシャルプランナー、商社マン、歯科医、第一種通信会社社員。そのうち、ふたりはじつに26年ぶりの再会である。

いろいろ話をしていて、同じ時期に高田馬場や早稲田あたりで出会ってもおかしくない状況とか、微妙にすれ違っていたことをあれこれ語り合う。歯科医とは、ラスベガスが共通の趣味ということで、情報交換をしたり……。

二次会はクラブTへ。このあたりになると、かなり酒びたり状態。胃潰瘍気味のやつが、内科医にそのことを相談。
「まず、腸内のピロリ菌を退治したほうがいいっちゃね(北九州弁)」
「そげんして、ピロリ菌やらなくしても、だれかとベロチューしたらまた、うつされるっちゃろ?」
「なんね、ベロチューって?」
「ディープキスのことやん」

ばかだ。ばかの会話だ。

ちなみにベロチューによるピロリ菌感染の可能性は皆無とは言い切れないが、きわめて低いそうである。

はじめてエッチしたのは、いつかなんて、中年カミングアウト話は、こうやってシラフで日記を書きつつ、思い出すと、むちゃくちゃ恥ずかしいものがある。

朝まで飲もうと勢いづく友人をおさえ、なだめすかせて、0時30分ごろ解散。

2005年04月12日

スパLaQua

キーボードが打ちにくく、画面が小さいPC代替機のおかげなのか、それとも、ずっと携帯電話を使って、iアプリをさわったり、GBAをずっと使っていたおかげなのか、最近、背中がバリバリに張りまくりだ。ていうか、もやもや気持ち悪くてたまらない。そんなときは温泉にいこう! ってんで、わが家から電車で30分の後楽園「スパLaQua」へ。

今回が二度目の「スパLaQua」だが、前回いかなかったヒーリングバーデゾーンにもいった。低音サウナの温床にごろりと横になり、背中に熱を受けていると、かなり気持ちいい。こころなしか背中も楽になる。思いきり汗もかく。からだにたまりまくった毒がどろどろと流れ落ちていく感じ。

その後、タイ式マッサージをじっくり受ける。首や肩はそれほどこっていないのだが、腰から背中がガチガチになっているそうだ。お姉さんからは、意外そうに「首はたいしたことがないですね」とか、「どうしたら、こうなるんですかね」といわれたが、説明するのは難しい。

タイ式はストレッチの要素を多くとりいれたマッサージだが、とくに腰の硬さを注意された。腰が硬いと背中がこりやすいんですか。

一生をLaQuaで過ごしたいのは、人としての欲求だが、そうもいかないので、しみじみ帰宅。

2005年04月09日

聖路加で花見

午前9時にPCを修理に出して、あれこれ作業。

mixiで知り合ったなべさんとたけしさんが、聖路加タワーのあたりで花見をしているというので、午後3時ごろ、聖路加タワーそばの親水公園へ。到着すると、ピザが届いている。今回はトータルで9人の花見。4人は初対面。

隅田川対岸の月島にも桜が咲き、柔らかな風に花びらが散る午後。目の前をゆく屋形船や水上バスに手をふる。

「あれ、松本零士がデザインした水上バスだよ!」
「まつもとれいじって、誰ですか?」
「え? ほんとに知らないの?」
「あ、ちょっと待ってください。もしかしたら、銀河鉄道ナインティナインとかのひとですか」

ぐるぐる銀河鉄道。

午後7時近くまで飲み、冷え込んできたので、東銀座の「舌呑」に移動。午後9時ごろ、カラオケにいくみなさんと別れ、帰宅する。

2005年03月26日

有明→六本木→恵比寿

2時間くらいしか眠れないまま、朝6時30分に家をでる。朝食は恵比寿駅の讃岐うどん「めりけんや」。今日は「桃太郎電鉄G」のCM撮影である。いったん六本木のスタジオで集合してから、キャストの陣内智則さん、若槻千夏さん、スタッフの方々とロケバスで、有明の有明西埠頭公園付近へ。

撮影は午前8時45分から。 ビッグサイトでイベントをやっていないというのもあって、土曜日だというのに、ほとんど人が来ない、穴場のようなスポットだ。

羽田への航空進入路だったり、さまざまな運搬船が通り過ぎることもあって、同録がきびしく、飛行機待ちや船待ちもあったけれど、撮影はスムーズに進行。

個人的に困ったのは公衆トイレが遠いこと。往復で歩いて15分くらいかかるのだ。昨夜飲んだこともあったせいか、2往復もしてしまった。

ロケ撮影終了後、六本木のスタジオにもどる。今日は名人こと、高橋利幸さんが、スチルを撮影していたのだが、車中で、若槻さんが「あのもしかして、高橋名人ですか」と。高橋さんが答えると、「やっぱりそうじゃないかと、マネージャーさんと話してたんですよ」

名人も当時の話題をあれこれと。

六本木のスタジオでは、さくまあきらさん、土居孝幸さんも合流。報道各社を呼んで、発表などをする。

【掲載記事】
若槻、陣内が出演の『桃鉄G』のCM撮影に潜入【ファミ通.com】
「桃鉄」対決CM 若槻&陣内【中日スポーツ】
陣内智則&若槻千夏"桃鉄"CM発表会で笑顔のPR【サンケイスポーツ】

午後5時過ぎには撮影アップ。その後、六本木のあおい書店経由で、恵比寿へ移動。mixiの[福岡好きな奴みんな集合たい!]コミュの【第10回しゃぁしぃず】オフ会である。

開場は恵比寿「黄金屋」。福岡っぽい料理ともつ鍋をあれこれと……。恵比寿の町は、もつ鍋屋がほんとに多いね。

二次会は「つぼ八」だ。あれこれと話して、あれこれと飲む。さすがに睡眠不足で酒の回りが早い。それ以上飲む根性はなく、しみじみと帰宅。

2005年03月23日

東銀座→銀座

午前10時から、定例の「