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【読書】「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」

「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」中島義道著 中公新書

 33歳にして、哲学科の博士号をめざす私費留学生として、ウィーンにおもむいた筆者が、直面したのは、高慢、偏見、頑迷かつ排他的なヨーロッパ人との戦いであった。

 アジア人がなんらかの失敗をするとまるで犬を叱りつけるように高圧的な態度で教え諭すヨーロッパ人。路上で公園でレストランで、東アジア人を見かけると「チャンチュンチョン」とはやし立てる子供たち。非能率的な大学事務局。授業中、間違っていてもそれを認めず、でたらめな解答を延々としゃべる学生たち。理不尽なことばかりいう大家。日本文学の授業中、「源氏物語は世界最古のロマーン」であると説明するや、それを認めたくないがために「ヨーロッパにもそれに匹敵する失われたロマーンがあるはずだ」と根拠もなく食い下がる学生。

 ヨーロッパ社会でこういったヨーロッパ人に囲まれて、諦めてひそやかに暮らすか、姿勢を硬くして耐えるか。二者択一を迫られた著者は潔癖な精神の赴くままに、戦うことを決意する……。

 これが15年前、1990年に上梓された前作「ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘」のあらましである。

 林望のイギリスに関する諸作、そして、藤原正彦の「遥かなるケンブリッジ」、「若き数学者のアメリカ」に比肩する留学記の名作だが、なにしろ陰鬱な作品だった。ウィーンにおける人間関係も陰鬱なら、作者自身も陰鬱である。

 派遣教師だった女性と結婚し、一度の流産を経たあと、新しく授かった子供とともにウィーンをあとにする巻末には静かな感動さえあるのだが、痛快さを伴わない「坊ちゃん」の感もある。

 気持ちが落ち込んでいるときは、元気な曲を聴くより、中島みゆきや山崎ハコを聞いたほうがいいようだが、この本も孤独を感じるときに、絶好な本なのかもしれない。

 自分がアメリカなら、いつでもいきたいと思っているくせに、ヨーロッパとなると、なんとなく、いきたくなくなるのは、こういった本を読んだことも一因かもしれない。

 そして、14年ぶりに上梓されたのが本書「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」である。

 その日から10年、ウィーンはまるで変わっていた。

 あれだけ頑固で、あれだけ排他的だったウィーンはすでになく、アジア人は軽蔑の対象ではなく、落ちこぼれの生徒しか集まらなかった日本学は、エリートが入る難関講座になっていた。その反面、いとおしい静かさのあったウィーンの町は、車内放送や携帯電話の着信音であふれかえるようになっていた。高級住宅地を上品な身だしなみで歩く老婦人もいなくなった。優先席で若者は席を譲らなくなっていた。デカルトは軽んじられ、禅がもてはやされていた。

 つまり、ごく普通の国際都市になっていたのだ。

 なんだよ! そんなヨーロッパなら、おれももっといっておけばよかった……と、思ってしまった。

 妻と息子、もつれきった家族の関係を修復するため、著者はウィーンへの半移住を決意するのだが……。

 前作では外部の環境すべてが敵だった。その敵と戦うことから、自己が育っていく静かな醍醐味があった。一方、この続編の敵ははるかに見えにくくなっている。その敵の一部は頑迷に残ったヨーロッパ精神なのだが、家族、そして、自分自身が、難敵として立ちはだかるのだ。

 なんとも複雑な読後感の一冊である。読み終えて、あらためて前作を通読したくなった。

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