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【日常】祖母の葬儀

葬儀当日。午前11時30分に妹家族や従妹家族とともに寺へ。用意していただいた精進料理をつつきながら、話題は自然と海外旅行にいったまま連絡がつかない、うちの母親のことに。叔母や従妹、妹夫婦から断片的な情報が集まる。

1)旅行前に見せてもらったパンフレットによればH社催行のパック旅行のようだ。
2)旅程にはラスベガス、グランドキャニオン、トロント、ナイアガラの滝が入っている。
3)出国日は6月26日(日)。帰国日は7月3日(月)。
4)(おそらく)遠賀郡(あたり)に住んでいる友人夫妻と三人で行っている。
5)母はクルマで友人夫妻の家に行き、そこから、友人夫妻の娘さんの運転で、福岡空港へ。
6)帰りは逆のルートで、もしかしたら、そのまま友人夫妻の家に泊まるかもしれない。
7)そして、その友人夫妻の連絡先はだれも知らない。
8)携帯電話の着信音はすることから、家に置きっぱなしである。
9)家の留守番電話はセットされていない。ちなみに母は北九州で一人暮らしである。

もしも、友人夫妻の家に泊まることにでもなれば、かなり遅くまで連絡がつかないことになる。


なんとかしようということになった。とにかく、どの便に乗っているかということを知らなければ……。旅程から考えた航空会社はノースウェストが濃厚である。アメリカン、ユナイテッドなど、米系航空会社。ツアー料金が割高になることを考えると、JALやANAの可能性は薄いのではないかとのこと。

じつは従妹夫妻は大手広告代理店の社内結婚である。旅行のプロである。そういう意味では心強い。まず、一番大きな手がかりであるH社だが、どこで募集をしているツアーかがまったくわからない。

北九州にH社の支店がないことから、どこかの代理店が募集している可能性が高い。そうなると、お手上げである。ぼくがiモードから番号を調べつつ、従妹のご主人が、電話をかけていく。

結局、成田空港総合案内から教えてもらったH旅行社の窓口へ。個人情報保護のご時勢だけに、さまざまな障壁があったが、なんとか、搭乗しているのがJALの17便であることがわかった。すごい。さすがは旅行のプロだ。17便はバンクーバーから成田への便だ。成田空港への到着は14時35分。いまごろ、北方領土の西あたりを飛んでいるあたりだろう。

とりあえず、到着ゲート付近のサインボードに、伝言を書いてくれることはお願いできた。それをきちんと見てくれるかどうかは、また、別の問題。

アドオンで羽田から福岡に飛ぶ便名も聞いたのだが、それは教えてくれなかった。

葬儀は午後1時から午後2時まで。父方は浄土真宗でも西本願寺の方だが、こちらの母方は、おひがしさんである。いろいろちがうとわかるようになった自分も、葬式法事なれしたようで、せつない。

出棺の際、内孫の従弟から突如、「おれ、ちょっと用意がありますから」と骨壷を渡される。聞いてないよ。お棺を運ぼうと思って、それとなく肩のストレッチをしてたおれは、微妙な拍子抜け。神妙な顔で木箱を持つ。

午後2時15分過ぎに、火葬場「かんだ苑」へ。殿川ダムのすぐそば。西には宇部興産の採石場があり、石灰岩の岩肌が剥きだしになっている。

焼きあがるまでの2時間。叔母たちから聞くのは、祖母と母の昔話。甥と駐車場で遊んだりしたが、群れなすトンボの数がすごかった。

焼きあがり、お骨をひろう。頭のあったあたりには10本以上のヘアピンが残っていた。長くなった髪の毛をこのヘアピンでまとめていたのだ。おれは最後まで箸を持って焼けた骨を骨壷におさめていた。

祖母の家に帰る。留守番をしていた従姉から、帰国した母より電話があったと伝えられる。よかった。

そのまま初七日の法要。経文を読むのは通夜のときの坊主。祖母が毎日手を合わせていた拝んでいた仏壇。今度は祖母が拝まれる側。

夜8時過ぎ、妹の携帯に母から連絡があった。これから鞍手郡(遠賀郡ではなかった)にある友人夫妻の家にいき、そこからクルマで、八幡の自宅に戻るとのこと。こちらのホテルはツインを二室とっている。八幡にクルマを置き、JRで小倉のホテルに来てもらうことにする。

母が小倉に到着したのは、午後11時過ぎ。自宅に寄らず、そのままクルマで小倉に来たとのこと。客室でいっしょに話す。母が参加していたのは、アメリカ三大絶景ツアーとやらで、グランドキャニオン、ナイアガラの滝、カナディアンロッキーを巡るというもの。ロサンゼルス→ラスベガス→ロサンゼルス→トロント→ナイアガラ→トロント→カルガリー→バンフ→カルガリー→バンクーバーというほとんで、桃鉄のみたいな旅。

成田でドアオープンするやいなや、機内アナウンスで母の名前が呼ばれ、メッセージが入ったと伝えられる。ボーディングブリッジの先に、サインボードを持った地上スタッフがおり、メッセージカードを手渡してくれたそうだ。

ありがとう日本航空。

祖母がなくなった時間帯はちょうど、バンフにいたそうで、夜中に突然高熱が出て、同行の奥さんに一晩中、看病されていたとのこと。母と祖母は、一卵性親子のようなつながりがあった。

ほかにもいろいろ話をして、午前2時ごろに就寝。なにはともあれ、合流できてよかった。いっしょの部屋で寝られてよかった。

※こちらのエントリーもどうぞ。

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