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【映画2006】ダ・ヴィンチ・コード

 ワーナーマイカルシネマズ板橋9番スクリーンにて、4K Pure Cinema鑑賞。

 4K Pure Cinemaはデジタルシネマの最新企画である。日本では、TOHOシネマズ六本木ヒルズ、シネマ メディアージュ、TOHOシネマズ高槻の東宝系三館のほかに、ワーナーマイカルシネマズ板橋のみで上映されている。

 デジタル上映方式では、最新の成果だ。4,096×2,160ピクセルの高精細映像と非圧縮の音声が楽しめる。いま、「ダ・ヴィンチ・コード」を見るなら、こういった劇場とそうでない劇場とでは、値段で1,000円くらいの差をつけていいかもしれない。それくらい美しい映像である。

 日本で上映されるプリントは、アメリカで見るものとちがって、色の鮮度や鮮鋭感に欠けるものが多いが、劣化のないデジタル方式ならば、撮影監督の意図通りの映像が楽しめるのだ。

 もちろん撮影条件により、シーン次第で映像のクオリティは変わるのだが、最高条件のシーンでは空気さえ感じられるようなみずみずしい映像が堪能できる。従来の方式よりも暗部の階調がしっかりとれているので、薄暗いシーンでも息を呑む映像が楽しめる。

 その一方で、トム・ハンクスの49歳の地肌までしっかり見えちゃうんだけどね。

 気になったのは、字幕の文字が大きすぎること。今回は9番スクリーンの15列あるシートのうち、前から12番目のL列で見た。後方よりのベスト位置だと思うが、文字が大きいと、一行の左右幅も大きくなる。それだけ、左から右への視線移動量が大きくなる。この文字サイズだと、その量が大きいのだ。

 圧倒的な字幕の量を読まなければならない本作の場合、ちょっときついかな。

 また、文字自体が明るすぎる。すべてのシーンがそういうわけではないのだが、冒頭のルーブル美術館などで、あのサイズの文字がきらきらと明るく光っていると、明暗差が大きすぎて、まぶしいのだ。これは文字が小さくなるとまた、ちがうのかもしれないけれどね。

 音声については、かなりのもの。ワーナーマイカルシネマズ板橋の音響では10番スクリーンの印象がもっともいいのだけれど、ソースがちがうと次善の9番スクリーンでも圧倒的にちがうね。ただ、冒頭、右後方のスピーカーから、セリフのチャタリングめいた音が聞こえた気がするのだけれど、あれは気のせいかなぁ?

 気になることはこまかく書いたけれど、日本で「ダ・ヴィンチ・コード」を見られる最良の環境のひとつが徒歩5分圏内にあるのは幸せだね。ただし、他のスクリーンでは通常通り、光学プリントなので、まちがえないように。

 さて、映画本編だ。ここから、大きなネタバレはしないつもりだが、気になる方は読むのをやめておきましょう。

 じつは映画を見るまで、原作は読んでいなかったのだけれど、常識程度はそういう歴史を知っていることもあり、ストーリーに混乱もなかった。

 あたりまえのように、おもしろい映画だったよ。

 ただ、いろいろなところで物足りない。

 まず、トム・ハンクスが物足りない。

 役者としてのトム・ハンクスの魅力は、「アポロ13」でも、「フィラデルフィア」でも、「グリーンマイル」でも、「キャスト・アウェイ」でも、「ロード・トゥ・パーディション」でも、理不尽な逆境の中にあって、シニカルになりすぎることなく、そこはかとないユーモアとともに、問題を解決する姿にある。

 しかし、「ダ・ヴィンチ・コード」には、そんなトム・ハンクスを魅力的にみせるシチュエーションがない。役柄と個性が微妙にずれているのだ。へんてこな髪型をとやかくいうつもりはないけれど、ほぼ全編を通じて「なんで、このひとがここにいるんだろう?」という違和感がうっすら残って、消えることはなかった。

 さらに作品のアトモスフィアが軽くて物足りない。

 映画の冒頭、老齢のルーブル美術館長が、ダ・ヴィンチの人体図さながら、全身に血を塗りたくって死ぬことが、起点のドラマだ。それって猟奇的ってやつだよね。

 さらにキリスト教の裏歴史に通じる秘密がひとつずつ明かされるストーリーと聞けば、もっとおどろおどろしい映像と空気が漂うんじゃないかと思っていたら、アメリカ製の強力な洗剤で拭いとっているように、そういう「匂い」は拭い去られていた。

 人間の魅力が薄くて物足りない。

 先述のトム・ハンクスもそうなのだが、ヒロインのオドレー・トトゥは魅力的だけど、魅力的なだけ、いっしょに謎を解く老貴族イアン・マッケランは名演なんだけど、名演なだけ。ジャン・レノは、もっとなにかをやってくれるかと思っていたら、マヌケなだけ。

 歴史と人が触れ合う化学反応があるかと思っていたら、まるっきりなかった。

 ストーリーテリングに関しては、スペシャルに豪華な「そのとき歴史が動いた」で、現代の映像に、過去のさまざま光景が輻輳していく。考えてくみ上げられた技であり、すばらしいのだけれど、感動が薄い。

 このようなドラマであれば、たとえば「薔薇の名前」だとか、たとえば「ハンニバル」だとか、絢爛たるヨーロッパの知性が、ざんざんぶりになるような刺激があるかと、期待したのだけれど、そういうのもないんだね。

 その代わりにあったのは、口当たりのよい、パズラー・エンターテインメントともいうべきストーリー。

 ダ・ヴィンチ・コードといっているわりに、ドラマの起点で、大学教授である主人公(トム・ハンクス)が知らないダ・ヴィンチの謎がひとつもない。もちろん、観客にとって知らないことだらけなのだが、そのすべての秘密を主人公が「実はダ・ヴィンチの絵には」、「実はキリスト教の歴史には」、「実はフランスの王朝には」と、教えてくださるのだ。

 映画のなかで実際に解くべき謎のほぼすべては、ルーブル館長のダイイング・メッセージに提示されていて、主人公たちは死者の手によって、動かされるという物語なのだ。

 つまらないかといえば、ぜんぜん、そんなことはないのだけれど、2時間30分で、AがBなら、BがC。BがCなら、CがD……。といったルーブ・ゴールドバーグ・マシン(ピタゴラ装置)を見つめているような気がする。

 映画の上映時間内に、原作の謎をつぎつぎに解かなければいけないこともあり、ほとんど、つるべうちというか、DSの「脳トレ」で四則計算をやるように、ダダダダダっと謎を解いていく。

 事実上、今年いちばんの話題作なのに、こんなに軽やかでいいのかな? と思って、原作をまとめて読んじゃいましたよ。

 どこかのレビューで、原作のほうが壮大でおもしろかったとか書いている人が多いけど、ほかの多くの映画化作品のなかでも、これほど原作を忠実にベースにしているものは珍しいのではないだろうか。

 もちろん、いくつかのディテールや情報量はちがうのだけれど、小説の読後感も映画の感覚も酷似している。

 軽い映画だと思ったけれど、小説もきっちり軽いのだ。それはもちろんリーダビリティのよさ、映画鑑賞後だからこそ、個々の仕掛けや美術作品を知っているメリットはあるのだけれど、これほど、軽やかな小説とは思っていなかった。

 これは(原作ではなく)ノベライゼーション作品だといわれたら、よくできた小説化だねといっちゃうくらいなのだ。文庫で3冊あるけれど、上中巻までの展開は、ほんとうに原作どおり。最後の謎解きも事実上いっしょ。

 映画では人間をほとんど描いていないと思っていたが、小説はもっと描いていなかった。つまりそういうパズラーなのだ。

 映画では、閉所恐怖症という主人公のキャラクターを、なぜそうなったかも含めて強調しており、それが最後にいたる伏線となるなど、キャラクターを描こうとする脚本の苦労が見てとれたけれど……。

 ベストセラー原作、しかも、一歩まちがえるとスキャンダラスな話題になりそうな難条件の下で、まじめにがんばったロン・ハワード監督はとてもえらいのだけれど、まじめに作っただけに終わっちゃったよね。

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