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【映画2006】ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT

 ワーナーマイカルシネマズ板橋8番THXスクリーンにてSRD鑑賞。

 この手の映画をみるときは、「クレヨンしんちゃん」とか、「ガメラ」とか、「ウルトラマン」とか、「ポケモン」とかと同様の覚悟が必要だ。 つまりお子さまたちといっしょに映画を見るのと同じなのだ。

 劇場には、どこからともなく、ふだん映画館に来ない人がうじゃうじゃとわいてくる。そういう映画だから、劇場内のマナーに怒ってはいけないのだ。


「この映画ってランエボがでるんだぜ」とか、予告編中にしゃべっていた隣のカップル。画面を見て女が男にこう聞いた。

「ねぇ。カミングスーンってどういう意味」

「………」
 こたえない。おとこはしたいのようだ。

 上映中に話をやめないバカップル2組。ラードの悪臭とガサガサという音を立てながらマクドナルドのバリューセットを食べるバカップル1組。携帯で時間確認するバカ4人。メールを打つバカひとり。蛍のように携帯を光らせ、何か忙しくしゃべりながら、通路を通ってシアター外にでていくバカひとり。

 ええ、怒りませんよ。この映画はつまり、そういうお客さんがメインのターゲットで、そういう映画の鑑賞態度で怒るほど、おれも頭がバカではない。

 ああ、こういうことを書いていると、また「頭のよろしいアナタだけを基準にして文句を付けるのは横暴で傲慢です。」とかコメントで書かれちゃうのかなぁ。頭はどうか知らないが、映画館によく来るので、人なみのマナーは身につけている。

 映画は三作目なのだが、第二作目はみていない。

 過激なカーレースで3度も逮捕され、アメリカにいられなくなった高校生ショーンは、母親のもとを離れ、離婚した軍人の父を頼って日本にやってくる。

 父親は日本式の狭いアパートに住んでいるのだが、ショーンは成田から、新宿のびっくりガードについで、銀座を経由して、タクシーでそんな父親に会いにいく。意外とお金持ちだ。

 幼い頃に別れたきりだった父との暮らし、なぜか詰襟の学生服で日本の高校に通うショーンだが、言葉や文化の違いにはあまり戸惑うことなく、クラスメートの黒人やオーストラリア出身女と仲良くなる。

 そんな中、黒人クラスメートに誘われ、深夜の立体駐車場へやってくる。そこはスピード・フリークが集まるアンダーグランドのレース場で、彼は前代未聞のドリフトレースを目撃する。

 映画を観る限り、ショーンの行動の基本原理はふたつ。

1)ほかの男の彼女を横取りしたい。
2)ややこしいことがおきると、カーレースで解決する。

 これでまぁ、借金は抱え込むは、大怪我はするは、友人はなくなるは、ひどい目にあいまくるのだが、そんなことは関係ない。

 女癖の悪い暴走高校生なのだ。

 アメリカでは日本発の3Dレースゲームがヒットして公道でぎゃんぎゃん、ドリフトするカーレースが当たり前になっている。おれはよく知らないが、アメリカ人にとって、日本のレースといえば、ドリフトが基本なのだそうだ。そんなことを町山智浩さんは、ラジオでいっていた。

 知らないあいだにドリフトの本場になった日本で、日本人のだれもが見たこともないような異次元のドリフトレースが繰り広げられるというのが、この映画のすべてだ。

 ショーンと対峙する男の名はDK――ドリフト・キングだ! ショーンはDKの女に横恋慕した挙句、女がほしい一心で、波止場や峠で、在日韓国人からドリフトの猛特訓を受ける。

 シナリオは21世紀で観た映画の中で、いちばんのご都合主義。レースシーン以外のカメラワークはボンクラ。登場するキャラクターは薄っぺら。映画全体の方向を決定する目標がその場しのぎなので、カタルシスも腰砕け。やりたい盛りの高校生が、女の子をものにするために、あちこちを破壊するのだが、レーティングを下げるために、セクシーなシーンはほとんどない。そこまで破壊するのなら、せめて一発、濃厚なやつを決めておけと、いいたい。

 映画としては20点くらいの出来だ。

 ただ、レースシーンはすごい! 狭い駐車場でのドッグファイトや、渋谷駅前のスクランブル交差点で、ドリフトターンを決めるシーンなど、すさまじいスペクタクルだ。これを観るだけで、もとはとれる。

 この映画のシナリオは、本来「ベストキッド」的構造を持つべきだ。故ノリユキ・パット・モリタはラルフ・マッチオにでんでん太鼓で、鶴のポーズを伝授した。アジアはそれでないといけない。トーキョーはただのドリフトのメッカではないのだ。ドリフト道の伝承なしで帰すほど甘くはないぞ。

 ドリフト練習のシーンなど、伝説の「イロハザカ・シャイン」とか、「ジーザス・スケーター」とか、そういう必殺技を伝授しなければならない!

 殺されたドリフト師匠の仇を討つために、師匠直伝の「スピニング・ライトワンス」を最後に決めるとか、そういう展開にしろと、日本人スタッフはだれもいえなかったのか。

 この映画に欠けているのはつまり、そういう部分なのだとだれか言わなかったのか。

 まぁ、いえなかったんだろうな。

※こちらのエントリーもどうぞ。

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