« スシロー | メイン | お気に入りを削る »

【映画2006】DEATH NOTE the Last name

 ワーナーマイカルシネマズ板橋8番スクリーンにてSRD鑑賞。

 ジャンプの人気漫画といえば、蛇足の蛇足の蛇足がついて、終わりどきを失ってしまうのが定番で、「デスノート」にしても蛇足の二部以降がドラマを退屈にさせてしまった。

 しかし、映画「デスノート the Last name」は、素材のもつ本来の魅力をジャストサイズにまとめて、楽しませてくれた。


 意外かもしれないが、「デスノート」の設定は「鉄人28号」以来の少年漫画の伝統を継承している。「鉄人28号」の正太郎は、夜神月に相当するし、「敵に渡すな大事なリモコン」が「デスノート」なのだ。そういう意味では、ガンダムを手に入れたアムロの相似形だったりもするし、すべては無垢な少年がすさまじい力を手に入れるメタファーの構造にある。

 矢神月は"黒"正太郎ってことで……。

 ほとんど、「街場のアメリカ論」の受け売りなんだけど、この構造はイナセントなものへの憧れと、イニシエーションにつながるのだが、映画にはそのあたりへの目配せもそれなりにあって、いびつな人間たちのドラマであるにもかかわらず、ある種の説得力が感じられたし、永遠のイニシエーションの中にいる世代には、訴えかけるものがあると思う。

 まぁ、デスノートなんてものが実際にあったら、鉄人よりもガンダムよりも強力な兵器になるから、アメリカやロシアや北朝鮮など、いろんな国や組織が、もっと血眼で探し出そうとするだろう。そして、あんな悠長な捜査はできないだろう。

 これはぼくらの知っている世界と構造や物理法則が異なる、思春期宇宙の物語なのだ。だからこそ、このように短絡的な正義が横行していても納得できる。

 そういった宇宙に弥海砂、高田清美といった女性陣がからむわけだけれど、ふたりの足を執拗になめるカメラが今回の重要なポイント。思春期宇宙の大サービスである。

 弥海砂の足はCMなどでも紹介されていたので、折込ずみだったが、高田清美の脚はちょっと意表をつかれて、おぢさんの思春期心も刺激されちまったよ。まぁ、たんなるスケベ親父といわれても仕方ないのだが、清美役の片瀬那奈にはやられました。

 ラスト近くで、一点だけ気になるところがあった。デスノートのルールとしておかしいんじゃないか。こちらの理解力不足かもしれないし、ネタバレなので、伏字にする。携帯の人は伏字にならないので気をつけてください。

(ここから伏字) 記憶を取りもどしたあと、捜査室にやってきたミサミサから、第一のデスノートを返してもらった瞬間、夜神月の目には死神リュークが見えるんだけど、あのとき、ノートはニセモノにすりかわっていたんだよね。結局、終盤で、月は真のノートに触れてはいないはず。それなのにどうしてリュークとのやりとりができるわけ?(ここまで伏字)

 その一点さえのぞけば、映画「デスノート」は「デスノート」の映画を観たいという観客に正しい形での「デスノート」を見せることに成功している。

 さらに「スティング」など、往時のコンゲーム映画好きの何かを刺激してくれるのはありがたい。こういう作品がもっとあってしかるべきだと思う。

 頭のいいはずの主人公ふたりが、もうちょっとだけ、美しいセリフを話せば、よかったと思うんだけど、片瀬那奈の脚に免じて許してやろう。
    

※こちらのエントリーもどうぞ。

« スシロー | メイン | お気に入りを削る »

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

どうも。sunayokoでございます。
疑問をもたれている1点に関してですが、私の見方が正しければ、高田清美の件でライトが使った時計の中のノートの切れ端はもともとリュークからライトに貸し出されていたノートの切れ端なのでここでライトはリュークのノートに触れているわけです。だから既にこの段階でリュークの姿は見えるようになっていたと考えれば辻褄はあうと思われますいかがでしょうか?伏字にできなくてすみません。

■sunayokoさん
 はじめまして! そちらのblogも拝見しました。

 なるほど……。たしかにそれがいちばん、わかりやすいですね。ただ、ちょっとうろ覚えなんですが、ミサミサの持ってきたノートに触れて、ライトとリュークが再会したときに、ライトはリュークに対して、「久しぶりだね」だか、「ごぶさた」みたいなことをいっているんですよね。そのあたりが、ちょっとまだ、腑に落ちません。

TBありがとうございます。
そのあたりは、私も明確に覚えていないのですが、ミサはノートをすりかえられてましたが所有権の移動は無かったはずなので、リュークはノートの所有者であるミサにくっついて行動していたはずで、そうなるとライトは記憶が戻ってからはこの時初めてリュークに会うことになるので「久しぶり」ということなのでは。まあ、他にも辻褄の合わないところはありそうなので、DVDでも出たらゆっくり見直してみようと思います。またよろしく。

■sunayokoさん
 うーん。時計の中の紙片でリュークが見えるようになるということだったら、そもそも、あそこでライトが「ノートを触らせて」という必要はなかったんですよね。

 まぁ、そういうことをいろいろと語りたくなる作品ではあります。

コメントを投稿

ネットでラクラクチケット予約購入、e席リザーブでシックスワンダフリー

最近のエントリー

カウンターetc

人気ブログランキング - ゲームの王道 atom rss2.0
total カウンタ:today カウンタ:yesterday カウンタ

Pagerank/ページランク

人気記事ランキング

Google Adsense