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【映画2007】敬愛なるベートーヴェン

 ワーナーマイカルシネマズ板橋4番スクリーンにてSRD鑑賞。

 昨夜見た「愛の流刑地」と同様、挫折した創作者が異性の存在によって、再生するというテーマであるにもかかわらず、作品として、これほどのグレード差があると、感じ入ってしまう。もちろん「敬愛なるベートーヴェン」の方がずっと優れている。


 「のだめ」のクラシックブームとつなげて、もっとうまく宣伝すればいいのにと思う。

 なにより「敬愛なる」という日本語として最悪だ。「親愛なる」と「敬愛する」をかけているつもりなのだろうか。現代は「Copying Beethoven」であり、これをそのまんまカタカナにしたほうが、よっぽどすわりがいい。映画の主題ともリンクしているしね。

 「第九」の初演を4日後に控えたベートーヴェンのアトリエに若い女性が現れた。彼女は音楽学校の主席として、写譜のためにやってきたコピストだった。最初は女コピストに戸惑い反発していたベートーヴェンだったが、彼女の能力を認め、かけがえのない存在として、彼女を受け入れるようになる。

 ダイアン・クルーガー演じるこの女性、アンナ・ホルツは創作だ。バイオリン奏者のカール・ホルツや第九の初演で歌ったカロリーネ・ウンガーらを参考に作られた23歳である。

 19世紀という時代の中でも突出した存在として描かれている。彼女が写譜した譜面を見ながら、鬼の首をとったように宣言するベートーヴェン。

「ほら見ろ! ここは長調だったじゃないか。どうして短調にしたんだ!」

「あなたの手稿の間違いを直したんです。ベートーヴェンなら長調ではなく短調にするはずです」

 昨夜見た「愛の流刑地」だったら、きっと、セックスしながら、首を絞めるシチュエーションだ。創作者を愛し、理解するレベルの違いがなんといっていいかもう……。

 エド・ハリスのベートーヴェンは、下品で不潔で直情径行な人物として描かれている。音楽映画でありながら、話の構造はつまり「美女と野獣」なのだ。エド・ハリスが主演するから、ベートーヴェンはエド・ハリスと思いながら見ていたけど、知らなかったら、別の役者と思うくらい、印象がちがう。

 なにより髪の毛の量が圧倒的に多いから、間違えてもしょうがない。

 現実のベートーヴェンはもっと小男で、もっと醜かったという話もあるから、汚いエド・ハリスはまだまだ清潔なのだろう。

 すばらしいのは、「第九」初演のシーンだ。直前になって、不安になるベートーヴェン。難聴のベートーヴェンに指揮のテンポを指示するアンナ。12分におよぶ「第九」の演奏シーンは、「愛の流刑地」のどんなシーンよりセクシーでエキサイティングだ。

 自身の音楽の最大の理解者と、ライブのオーケストラを介しつつ、対話し、歓喜の歌へとなだれ込んでいく。

 ここはとにかくすさまじい見どころだ。もちろん、当時の楽器やテンポではないとは思うが、「第九」のダイジェストの仕方もうまいし、とにかく泣ける。

 ふたりのあいだで直接の性的交流はいっさいないが、作曲家をめざすアンナとの交流の中で、ベートーヴェンがどんどんチャーミングになっていく。

 突如、尻を出したり、上半身裸でうろつきながら、作曲していたベートーヴェンは、一種偽悪的なところもあるのだが、ふと、恥ずかしそうな顔をして、アンナに「wash me」というあたりは、なんともかわいらしい。

 「アマデウス」では、若いモーツァルトの天真爛漫が印象的だったが、こちらの作品では老いたじじいの感情の振幅が麗しい。

 「第九」のあと、アンナとともに「大フーガ」にとりかかるのだが、当時のサロンではだれもこれを支持するものがなく、大失敗に終わる。

 アンナ自身も醜悪と思っていた「大フーガ」なのだが……。

 じっくりと幸せになれるいい映画であった。

  

※こちらのエントリーもどうぞ。

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