【映画2007】マリー・アントワネット
ワーナーマイカルシネマズ板橋10番スクリーンにてSRD鑑賞。
つまり、ベルサイユを舞台にして、「ヴァージン・スーサイズ」と「ロスト・イン・トランスレーション」の要素を詰め込んだような作品で、かなり楽しんでみた。
「ロスト・イン・トランスレーション」は、日本という異文化に投げ込まれたアメリカ人の話だったが、こちらはベルサイユという異文化に投げこまれたオーストリア人の話。
服を着替えることさえ、自分の手を使えない、ヴェルサイユのややこしい風習に対して「ridiculous」とつぶやくマリー・アントワネット。そんな「バカみたい」なヴェルサイユに少しずつ染まっていったマリー・アントワネット。少女があのような環境とプレッシャーの中にいれば、染まらないわけがない。
フェルゼンとの関係ももちろん描かれているが、少女から大人へのイニシエーションとしての体験として配置されており、民衆の手によってヴェルサイユから移送されるときには、大人の女としての成長も見せている。
ケーキやマカロン、豪華なパーティ、色とりどりのドレスや靴など、あふれるような色彩はソフィア・コッポラならではのもの。彼女はガーリー・カルチャーの象徴といわれているらしいけど、そのあたりの詳しいことは知らなかったりするんだけどね。
ベルサイユでロケーションされた18世紀の映像にロックなどさまざまな音楽をつけていく手法は潔くて楽しめた。
アーシア・アルジェントのデュ・バリー夫人さえ、すばらしくてかわいい。おれがルイ14世の立場だったら、なるほど、間違いなく愛人にするね。
デュ・バリー夫人とアントワネットの対立は「ベルサイユのばら」で勉強したとおりに、くっきりと描かれているし、ルイ14世の死により、ベルサイユを追われるデュ・バリー夫人の姿は、ベルサイユという空間を去る意味を観客にくっきりと伝えている。
シナリオという点ではまるっきりドラマチックなものではない。ネットのレビューなどを見ていると、「淡々としていて物足りない」という意見が多い。
たしかにそれはその通りなんだけど、マリー・アントワネットの人生のうち、ベルサイユ時代の19年から、一人称視点でさまざまシーンを抜き出し、スケッチのように描いていく手法は、思いのほかに饒舌だ。編集と音楽のつけ方がうまいドキュメンタリーのようだ。
ソフィア・コッポラが監督した三作の中でも、いちばんの完成度だろう。
その一方で、「アントワネット役のキルスティン・ダンストがかわいい」という意見も多いのだけれど、個人的には「スパイダーマン」同様に好きにはなれない人だ。
完全な異郷にいるティーンを演じるという映画のテーマを考えると、彼女が魅力的なのは、理解できるんだけどね。
劇中、スタンディング・オベーションを描いたふたつのシーンがあるのだが、その対比がせつなく、いろいろと考えさせてくれた。
たった220年前に、生きていた一人の少女が身近に感じられたのは、いい体験だった。


