【mixi】寂しさを生むシステム
mixi黎明期といえる3年近く前、mixiの"中毒性"の大きな要素は「寂しさを醸成するシステム」にあると思った。
出会い系というより、再会系のmixiのシステムの中で、久しぶりに会うことと、いままで出会わなかったことが不思議な人とのmixiでの出会いが、大きな喜びを生む。
出会いや再会は一瞬の感動だが、そのあとのおつきあいは長い日常だ。
日記を書いていれば、足あとがつくけれど、日記を書かないと、知ってる人の足あとがほとんどつかなくなる。それではさびしいので、日記を書く。
だれかが日記を書いていれば、それを読んで、コメントを書かなければと思う。
花子は、おれも一郎も二郎もマイミクなんだけど、一郎とか、二郎の日記にはよくコメントをつけるのに、なんで、おれの日記にはコメントをつけないんだとか思ったりして、花子に受ける日記を書いたりする。
このあたりのループがまるで、「毎日、年賀状を送りあうようだ」と評されるmixiならではの現象だろう。
楽しいからというより、さびしいのがいやだから、mixiをつづけることになる。
自分は1998年からほぼ毎日オンラインで日記を書いてきた。身の回りのことなどで、テキストを書くこと自体は苦ではない。
しかし、多くの人はそうもいかない。やがて日記を書く頻度も減っていく。ログイン期間もいたずらに空き、生きているのだか、死んでいるのだか、わからなくなる。
なんとなく音沙汰もなく気まずい関係がだらだらと残るのがmixiだったりもするわけだ。
交友関係においても通常であれば静かに音も立てずに疎遠になれるのが、マイミクというつながりの中で、足を踏まれたまま、顔を背けて、ちがう人とずっと楽しそうに話をしているのを見せつけられる。
そういうのがいやだから、一定の関係をキープできなくなった方は、マイミクを切らせていただいている。
たとえ、かつて仕事を濃密にしていた関係でも、サークルの先輩後輩関係でも、こちらがmixiの招待状を送った関係でも、向こうからマイミクリクエストが来ても、こっちからリクエストを送っても、チョメチョメしてても、有名人でも、わりとよくマイミクは切る。
一度マイミク関係を解消したものの、その後、復縁した人も5人くらいいる。
1年前のことだった。
3種類のルートからマイミクになった友人を旅行の場で引き合わせたことがある。ぼくといっしょに旅行にいった5人は(1)大学以来の友だち、(2)20代のころ仕事で知り合った人と(3)その彼女、(4)mixiの九州系コミュで知り合った人、(5)mixiのオフ会で知り合った人と多様だった。
忙しい中、全員のスケジュールを調整したり、チケットの手配をしたり、旅行前にそれぞれを紹介するメッセージを書いたり、時間をかけて準備した。
5人のうちひとりは東京にいないので仕方ないけれど、それ以外の4人は何度か、池袋あたりで集まって飲んでいる。それが日記で見えると、ほんといやな気分になる。
みなさんが仲良くされるのはいいことだ。そうなることを目的にして会ってもらったわけだから。しか、自分抜きで、そのメンバーが会ったことを楽しそうに複数の日記で書かれるのは、とても悲しいことだ。もちろん、それなりの理由はあると思うが、それなりの無神経さもあると思う。
一回だけならまだいいが、何度かやられるとうんざりする。せめて連絡くらいしろよと思う。実際に会ったという事実に加えて、日記でのコミュニケーションなどを見ていると、いろいろ感じるものがある。
心が強いときならいいけれど、いまはそんなに強くない。
なによりつらいのは、ああ、○○さんと○○さんを会わせなければよかったな……とか、思うことなのだ。
まずひとりの女性とマイミク関係を切らせていただいた。この方は一度、マイミク関係を解消していたのだが、酒場の席でお願いされてマイミク関係を再開した経緯もあった。しかし、もうマイミクになることはないだろう。
いろいろ考えたけど、この方とマイミクを続けていけるほど、おれは強くない。つづけてほかの3人とも「さよなら」した。それなりに長い付き合いだったけれど、まぁ、仕方がない。
マイミク解消はもちろん、その方の人間性を否定するものではないし、mixiでのお付き合いには感謝しているけれど、人間関係って難しい。おれの性格も難しい。
もうおれはみなさんのことを見ていないから、これからもみなさんで楽しくやってください。
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