【映画2007】パフューム ~ある人殺しの物語~
ワーナーマイカルシネマズ板橋7番スクリーンにてSRD鑑賞。
予告編などで見る前から気に入りそうな作品だと思っていたが、気に入るどころか、むちゃくちゃ大好きな映画だった。ちなみに原作の「香水 ある人殺しの物語」は未読だ。
つまり一言でいえば、幻想猟奇ロマンである。最高の無垢と最高の残酷がみごとに組み合わさったすさまじい作品であり、映画だからこそ堪能できる至上の体験であり、究極ならぬ""嗅極"のビルドゥングス・ロマンだ。
オープニングは、「モンティ・パイソン 人生狂騒曲」の「出産 第三世界編」を思わせる出産シーンから始まる。
悪臭漂う18世紀のパリの中でも、もっとも悪臭漂う魚市場で、魚売りの女からぽろりと産まれ落ちた主人公は、比類なき嗅覚の持ち主だった。ことばよりも視覚よりも嗅覚が優先される。
神さえもしのぐほどの嗅覚表現を、ねぶるようなカメラワークや、さまざまな環境音と音源が交差するサウンドデザインで描写するパリの街角のシーンは、すさまじくて陶酔できる。
いやほんとに音の情報量と絵の情報量が圧倒的で、おれはここで現代とはまったく違う猥雑な異世界に叩き込まれてしまった。これは絶対にまず、映画館で堪能してほしい。
ちなみにこの映画を見る際は、食べ物を持ち込まないほうがいいよ。とてつもなく美しいカメラワークでとてつもなく醜悪なものを見せられるから。
いつ死んでもおかしくない中、奇跡のように生き残った少年、グルヌイユはパリの最底辺、皮なめし場で成長していく。
大人になったグルヌイユははじめてでかけたパリの街角で、プラム売りの少女と遭遇する。彼女から立ちのぼる匂いにひかれて、彼女を嗅ぐために、追いかけていくグルヌイユ。
一瞬、見失ったとしても犬をもしのぐ嗅覚をソナー代わりにして、たちまち居場所を突き止めてしまう。その生まれた経緯からあまりにも無垢な主人公は、少女の匂いを嗅ぐためにその肌に鼻を近づける。
そこにいい匂いがあるから、嗅ぐ。ただ、それだけなのだ。
だが、おびえた少女の悲鳴を止めるために、口をふさいでしまったことから、少女をあやめてしまう。
消えていく命の炎とともに、薄れていく少女の匂い。グルヌイユはこの匂いを永遠にとどめることを一生の目標にする。
グルヌイユがであったのは、香水調合師バルディーニだ。鼻の大きさで、この役をあてられたとしか思えないダスティン・ホフマンが演じている。
老バルディーニは才能さえも枯れ果てていたのだが、グルヌイユの才能にほれこみ、自分の蒸留法などの技術と引きかえに、すばらしい香水を調合してもらう。そして、この出会いがグルヌイユをさらに人であって人ならぬものへの道を歩ませることになるのだ。
音楽を演奏するのはベルリン・フィルだ。ひたすら無垢に殺人を続ける主人公を美しくも圧倒的な音楽が包む。
映画のクライマックスはアメリカで見たなら腹を抱えて笑い、日本で見たなら息を呑んで見つめるというドラマチックなもの。
舞台はフランスだけれど、原作もドイツなら映画の製作もドイツで、英語映画ではありながら「ブリキの太鼓」などと共通する生々しくグロテスクな香りが漂ってくる。
グルヌイユに対して感情移入の余地はいっさいないのだけれど、それゆえに血なまぐささの中心にある漆黒の静寂にはすっぽりはまってしまう。
使徒とキリストの数を思わせる13本の香水瓶、キリスト教的世界観における天使のメタファーなど、読みとろうと思えば、いくらでもことばをつむぐことができるのだが、なにより、黙って絵と音と数奇なドラマを堪能するだけで、あっという間の147分だった。
映画にヒットには、他人に「泣けるよ」とか「がんばらなきゃと思った」とか、わかりやすいキーワードが必要とされているけれど、この圧倒的な映画体験にはそういうキーワードなんていらない。同時期公開の映画を見たあとにもう一回見ようかな。


