東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
ワーナーマイカルシネマズ板橋6番スクリーンにてSRD鑑賞。
この映画の原作のリリーフランキーはぼくより1年下で、北九州市小倉区出身だし、脚本の松尾スズキはぼくと同い年で北九州市八幡区出身だ。同じころの同じ町を知っているふたりが、北九州や筑豊、そして、あのころの東京を舞台にした映画を作るとなれば、期待せずにはいられない。
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ワーナーマイカルシネマズ板橋6番スクリーンにてSRD鑑賞。
この映画の原作のリリーフランキーはぼくより1年下で、北九州市小倉区出身だし、脚本の松尾スズキはぼくと同い年で北九州市八幡区出身だ。同じころの同じ町を知っているふたりが、北九州や筑豊、そして、あのころの東京を舞台にした映画を作るとなれば、期待せずにはいられない。
ワーナーマイカルシネマズ板橋2番スクリーンにてにてSRD鑑賞。
「羊たちの沈黙」の殺人鬼、ハンニバル・レクターがいかにしてハンニバル・レクターになったかを描いた作品だ。
午後4時にパレスホテルへ。
西原理恵子さんのご主人にして、戦場カメラマン、フリーライターの鴨志田穣さんのお別れ会だ。
鴨志田さんは長年にわたるアルコール中毒との闘いでこれを克服。しかし、新たな病気、腎臓癌との闘いの末、3月20日に永眠された。
「ファン読者」の列に並んで記帳していたら、「あ、柴尾さん!」と声をかけられる。角川書店のAさんだ。Game Walkerで仕事をしていたころ以来だから、10年ぶりくらいだ。さすがに立ち話ができる場所ではないから、話し込んだりはしなかったけれど、あとでmixi経由でメッセージをやり取りしたら、西原さんの担当らしい。
ワーナーマイカルシネマズ板橋6番スクリーンにてSRD鑑賞。
活動が弱くなった太陽を再生するために、マンハッタン島ほどの核兵器を打ち込みにいく宇宙船映画だ。
「2001年宇宙の旅」以来、SF映画であることを示すのに年号を入れるのは、映画業界のお約束だ。これも原題の「Sunshine」に「2057」を足して「サンシャイン2057」にしている。
ただ、同じように太陽救出爆弾特攻映画「クライシス2050」と素敵な前例があった。学研とNHKエンタープライズが70億の巨費をかけ、ハリウッドにだまされて、すっからかんになった映画だった。アメリカでは有名なアラン・スミシーが監督している。
ワーナーマイカルシネマズ板橋3番スクリーンにてSRD-EX鑑賞。
夢枕獏の原作を書き「TRICK」の堤幸彦が監督を務め、「ファミ通」のエンターブレインが制作に参加している。
太古の昔に、ユーラシア大陸の真ん中に大宇宙船が不時着。宇宙船に積まれていた金属オリハルコンは、アレキサンダー大王の剣(=大帝の剣)、ユダのクルス、黄金の独鈷杵に形を変え、江戸時代の日本までやってくる。そこへ、あらたな宇宙船が地球にやってくる。オリハルコンでできたでかい剣を背負った万源九郎が、その剣で宇宙人をばったばったと切り伏せてゆく。
監督の堤幸彦のみならず、主演が阿部寛、しかも、アングルのとり方や、編集のリズムなど、「TRICK」を髣髴とさせるものがある。
乗り換えの経路案内アプリやサービスは、ずっとむかし、4行表示のシャープ電子手帳からいろいろと愛用してきた。
いまもオンラインでのサービスも使うと同時に、ジョルダンの「乗り換え案内」を購入している。最近の経路案内はかなりよく考えて作られているのだが、対応しきれないこともある。
たとえば、うちからであれば、歩いて5分くらいに東武東上線の東武練馬駅が、15分くらいの距離に有楽町線の地下鉄赤塚駅か平和台駅がある。
多少歩くけれど、有楽町線を使うほうが早く到着するケースもあるのだ。
漫画の棚を見ると、西原理恵子の「できるかな クアトロ」、弘兼憲史「専務 島耕作(1)」、そして、一条ゆかりの「プライド(7)」があるじゃないですか。
西原理恵子は文句なく、「島耕作」は仕方なく、「プライド」は嬉々として買いますよ。
西原理恵子についてはもう理由を言うまでもないし、「島耕作」は乗りかかった船だ。「社長 島耕作」を通り越して「黒幕 島耕作」だか、「元帥 島耕作」まで買ってやろうじゃないかという気分だ。
ワーナーマイカルシネマズ板橋8番THXスクリーンにて、SRD鑑賞。
世の中は21世紀だというのに、なんと粗くて無骨で飾り気のない映画なのだろう。
1976年に中学生のときに見た「ロッキー」の骨格とまったく同じつくりのドラマが繰り返されているだけなのだ。それなのに、なぜ、こんなに心が震えるのだろう。
気がついたら、Googleマップにマイマップなんて機能がついている。このサイトで紹介した店の地図を表示させるのに便利そうである。
インターフェイスもいいし、ちょこちょこと追加していると、いつの間にか、自分の好きな飲食店で東京を塗りつぶす感覚になっていき、楽しくなる。
つけっぱなしのテレビ放送で、ちらちら見ていました。
LIMIT OF LOVEって、どういう意味だろう。恋愛の限界ですか。もう我慢の限界みたいですね。
そういえばこれは去年、観なかった映画だ。ヒット作だし、映画館で観ておいた方がよかったような気もするが、気のせいだろう。
おれは加藤あいの目が苦手だったりする。彼女ってば、きれいな人だとは思うが、笑顔が想像できない目つきだ。あいまいに暗い。DocomoのCMでドコモダケと競演していても、「あんた、ほんとに楽しいの?」と、いいたくなる。
「女帝 花舞」が28巻にて完結。本屋で買うことがないけれど、コンビニの棚に並んでいると、自動的にカゴのなかに入れてしまう漫画という点で「静かなるドン」と双璧だった。
「女帝」シリーズは「週刊漫画Times」から、「漫画ゴラク」に発表の場を移していたのだが、こちらはそういったことはまるで意識せずに、読み続けていた。
星新一について知っていることはどれくらいあるだろうか。
「ボッコちゃん」など1001話のショートショートを書き、長者番付の常連だったこと。父親は大製薬会社の創業社長であり、母親は森鷗外の妹だったこと。SF作家としては、小松左京や筒井康隆と並び、「御三家」あつかいだったこと。小松や筒井のエッセイによれば、SF作家クラブの会合や旅行で、とてつもないギャグや奇行をかましていたこと。
そして、作品においては時代性や風俗性を極力排除し、きわめて平明な文体で書いていたこと。
日本の小説家の中で特筆すべきポジションにあるにもかかわらず、その私生活については、あまり知られていない。
「星新一 一〇〇一話をつくった人」は、残された膨大なメモや日記、書簡、遺稿と134人におよぶ関係者への取材という圧倒的な情報量をもとに書かれた星新一の評伝だ。
スキーの誘い
「じつはいまからスキーに行くんですが、いっしょにどうですか」
浅草キッドの水道橋博士から、そんな電話が来たのは土曜日の夕方である。
博士の「悪童日記」によれば、19歳のとき何度かゲレンデにいったのを最後に、たけし軍団の一員として雪山で裸に海水パンツとか、巨大サイコロに入って転がされたりとか、自衛隊の雪中行軍に同行して、死線をさまよったことはあったものの、普通のスキー経験はずいぶんご無沙汰とのこと。
最近、25年ぶりに家族でスキー旅行をすることを決意。狭山の人工スキー場を皮切りに、舞子後楽園ではスキーのみならず、スノーボードにも挑戦。慣れないままに前のめりに激しく転倒。肋骨を亀裂骨折したものの、心は折れず、心配する奥さんを尻目に、三歳の息子さん、タケシくんと、秘書のスズキさんと男3人で、家出するように、かぐらみつまたエリアに向かうとのこと。
以前、スキーに行くことを計画していた博士のmixi日記に「いいなぁ」とか書いていたので、誘ってくれた模様。
宮路一昭さんのプロデュースしたライブ「Happy Jam Session vol.2」で、六本木Edgeへ。
宮路さんが作曲された曲が演奏されて、宮路さんがギターを弾くという程度の情報しか知らずにいったので、かなりびっくり。
最初に出てきたのは、迫力のあるドラッグクィーンふたりをバックに歌うShiiyaplanという若い少年で、つまり、いったいどういう文脈でこれをとらえたらいいのかわからないまま、聞いていると、ダンドン&アンが登場。
カート・ヴォネガットが亡くなった。
はじめて読んだのは、中学二年のとき。「プレイヤー・ピアノ」だった。早川文庫の翻訳は1975年に出ているので、ほとんど時をおかずして読んでいる。つづいて、「タイタンの妖女」、「スローターハウス5」と文庫刊行順に読んでいる。
あのころは早川文庫SFの青背はすべて読んでいた時代だったし、高校生のころ、東京に遊びにいった冬休み。寝台列車(「あさかぜ」だったかな。「さくら」だったかもしれない)のベッドの中で、「スローターハウス5」を読み始めたらもう止まらず、気がつくと明石のあたりだった。
バンダイビジュアル会議室にてDLP鑑賞。「地下好き、工事現場好きな人にアピールしたい」とのことで、試写会にお誘いいただいた。
大友克洋の80年代の漫画「SOS大東京探検隊」は、少年たちが東京の地下を探検することで遭遇するさまざまな経験を描いたジュブナイル冒険譚。
ワーナーマイカルシネマズ板橋7番スクリーンにてSRD鑑賞。
鑑賞後に読んだ話によれば、実写版「鉄人28号」の興行失敗によって、公開がかなり遅れたらしい。基本的に新宿単館系公開なのだが、うれしいことにワーナーマイカルシネマズ板橋でも公開してくれた。ただ、午前中の回と昼過ぎの回の2回まわし。アニメだから、子供向けという判断だろうが、「鉄人28号」を見るのは大きなお友だちばかりだから、レイトショーこそふさわしい。
さて、土曜日は西上心太さんのお誘いで、隅田川の屋形船から夜桜見物。今年で三年連続お邪魔させていただいた。
ちっひさんは待ち合わせの場所に10分以上遅れて到着する。それだけではない。財布の中にはほとんどお金もない。ワセダミステリクラブの先輩であり、上司でもあるわたなべくんに、会費を借りていた。彼女は大物作家の担当になったらしいが、大丈夫か。
4月1日付の日記で、「期間は「松岡慎祐」とネット検索して、このblogがトップに来るまでだ。/よかったね。しんすけくん。」と、書いてあったblogの説明文変更だが……。
「話せばわかる」といったのは、5・15事件で暗殺された犬養首相だったけれど、つまり、言葉を尽くせばどんな人とも意思の疎通ができるというのは幻想にしか過ぎないのかもしれない。
Nintendo DS用ソフトを2本購入。「もっとえいご漬け」と「TOEIC TEST DSトレーニング」だ。
「えいご漬け」シリーズでは、英語のディクテーション(聞き書き)スキルを診断してくれる。1年以上前に購入した前作「えいご漬け」では、ほとんど「S」でたまに「AAA」といったランクで推移していたが、今回、「もっとえいご漬け」をやってみたら、いきなり、「B」ランクと採点されて、かなりめげる。ずいぶん、やっていなかったし、耳や腕が落ちたのかもしれない。
1976年だから、おれは中学2年生だ。その日、クラスがざわざわしていたのをよく覚えている。アントニオ猪木とモハメッド・アリが戦うのだ。6月26日は土曜日。
半ドンの授業を終え、掃除を片付けたあと、学校からバスで戸畑駅に到着すると、試合はすでに始まっており、駅の待合室では大勢の人間が壁に設置されたテレビを見上げていた。
戸畑駅から実家のある八幡駅まで、"汽車"なら、わずか10分くらいで到着する。"汽車"は1時間に4~5本程度出ていたのかな。最長でも30分もあれば、家でテレビを見られるはずだけれど、そんな余裕はなかった。
※注意 このテキストのリンクはすべて、mixiのURLです。現在、多くのウェブページはマイミクのみ公開になっていますので読むことはできません。ちなみにすべてのウェブページは証拠として完全に保存しています。ご覧になりたければ、お知らせください。
ネット上ではたまに頭の悪い人が、他人の日記をそのまんまコピーして、自分の日記として発表することがあるとは知っていた。だが、自分がそれをやられるとは思わなかった。
おれは自分のテキストをこんな順番で発表している。
1)mixiの日記で最初に発表。
2)しばらく時間を置いて、表のblogにその一部を加筆修正して書く。
3)映画や読書のレビューは、mixiのレビューにアップする。
一粒で三度使わせていただいている。
この表のblogに発表したテキストをそのまんまコピーして、じぶんのmixi日記に発表しているやつがいた。
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