【舞台・観劇】コンフィダント-絆-
渋谷PARCO劇場にて鑑賞。2003年のミュージカル「オケピ!」再演、2004年は戸田恵子のひとり舞台「なにわバタフライ」、2005年の「12人の優しい日本人」再演、2006年のPARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」と、毎年、楽しませてもらっているのだけれど、ストレートプレイの新作舞台は、2002年の「彦馬がゆく」以来、ひさしぶりといってもいいだろう。
いっしょにいった、けーむらくんとも話をしたのだが、三谷幸喜の舞台として観たかったものがすべてあった。
ゴッホ、ゴーギャン、スーラ……、後期印象派を代表する3人の画家と、シュフネッケルという知名度の落ちる画家。史実にあるのかどうかは知らないけれど、1888年、かれらがシェアしたアトリエを舞台に、無名ではあるけれど、才能あふれる画家たちの織りなすドラマだ。
点描の技法を完成させ、彼らの中ではひとつ頭抜けた存在であるスーラ。船乗りや勤め人などさまざまな職業を経て、画家を目指すゴーギャン。人付き合いが苦手で、まるで子供のような行動をするのだが、みながほうっておけない魅力があるゴッホ。ゴーギャンの友人にして、絵の才能に関しては凡庸な美術教師のシュフネッケル。そんな4人のモデルとしてルイーズがやってきたことから、彼らの友情に亀裂が入る。
構成としては一人の女と四人の男というゴレンジャーパターン。モモレンジャーのルイーズは結果的に彼らに亀裂をもたらすが、同時にミューズであり、マドンナともなる。
85分の前半と60分の後半のあいだに休憩が入る構成。前半は細かなネタから大ネタなどをちりばめ、大いに笑いながら、デリケートに伏線をはめ込んでいく。一般教養としてゴッホやゴーギャンのその後を知っていればもちろん、まったく知らなくてもセリフと演技で楽しめる仕上がりになっている。
1888年といえば、スーラ29歳、ゴッホ35歳、ゴーギャン40歳、シュフネッケル37歳と、年齢もばらつきがある。とくに29歳のスーラは中井貴一が演じていることもあって、いちばん年長に見えるのが、おもしろいけれど、この芝居の時点の2年後に早逝することを考えると、なるほどと納得するものがある。
後半にも笑いの要素はあるのだけれど、芸術という才能の有無と、芸術家としての目があるゆえに、自身の才能の限界も知る残酷さ、そして、そこから生まれる嫉妬がみごとに表現されていく。彼らの友情は粉々となり、その後の人生も散り散りとなるのだが、パリで、ルイーズを囲み、キャンバスを立てていた日々に、「友情」はたしかに存在していたことが、いとおしく描かれる。
映画役者の中井貴一だが、舞台の上でも存在感は抜群だ。二面性があり、冷たいと思われても仕方ののないスーラを、愛すべき人間として、観客に見せてくれる。
生瀬勝久のゴッホからは、ナイーブさと、少年のような魅力、そして、天才がびんびんに伝わってくる。
無邪気でスケベで調子がよくて、しかし、だれよりもリアリストなゴーギャンは、寺脇康之。
自分の才能がないことさえわからないほど、才能はないのだけれど、きわめて人のよいシュフネッケルの相島一之は、後半の主役だ。
そんな場に立ち会ってしまったモデルの堀内敬子は「♪ゴーギャン、ゴッホ、スーラ、パー、シュフネッケル」という、テーマを何度も何度も歌い上げる。歌は芝居が進むとともにさまざまに聞こえ、クライマックスの感動につながるんだよなぁ。
いろんなエピソードはあったけれど、ゴッホ、ゴーギャン、そして、(名前しか登場しない)ロートレックにも、ヌードデッサンをさせたルイーズが、スーラ相手にだけは脱がない展開が、おかしい。
登場人物個々が自分がどんなキャラクターかを説明するのではなくて、登場したほかのキャラクターが彼について語り、ある種の態度をとり、反射的に行動することで、その性格が浮かび上がってくる上手さにうなる。
シュフネッケルにしてもルイーズにしても画才はなかったが、そんなふたりがいたからこそ、天才たちのサロンを刺激あふれる空間に変え、芸術という真珠のタネを生む触媒となったのだろう。
東京公演千秋楽だったけれど、繰り返されるカーテンコールの中も堀内敬子の歌うテーマがみんなの頭の中で、無限に繰り返されていただろう。
芝居はマチネだったので、はねたのが午後5時過ぎ。けーむら君と「あ・うんの博多ぬくぬく家」へ。開店は午後5時30分だったので、ちょっと早く着きすぎたのだけど、やはり、ここで食べる「水炊き餃子」は絶品。ほかにも丸腸や酢モツなど、福岡の食べたいものをきっちり食べられるのが、いいね。
さらに「BELGO」でベルギー・ビールなどを飲んで、いい気分で帰宅。
テレビを見ると、「スパイダーマン」をやっている。後半だけだが、あらためて見返すと新作の「3」より、よほどおもしろいのが皮肉だなぁ。
レビューでも、「3」は、少々の齟齬やご都合主義はコミック原作だからしょうがないという救いの手も多いけれど、「1」は、コミック原作だからこそ、描ける崇高な世界があった。
言い訳として漫画原作というのと、魅力の源泉として漫画原作を語るのではちがう。
Rotten TomatoのTOMATOMETERでも公開当初70パーセント台だった「スパイダーマン3」の支持率が、61パーセントと急落。批評家だけではなく、一般視聴者の支持率も67%と低いのが気になる。
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