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【映画2007】主人公は僕だった

 ワーナーマイカルシネマズ板橋4番スクリーンにてSRD鑑賞。

 毎日決まりきった日々を送る国税庁職員のウィル・フェレル。ものさしのメモリのような日々を送る彼の耳元に、ある日、不思議な声が聞こえる。自分の行動すべてが、文学的な修辞となって朗読されるのだ。戸惑いの生活の中で、ある日、「この些細な行為が死を招こうとは、彼が知る由もなかった」という声が聞こえてくる。


 小説家が作品の中で、自分を殺そうとしている! そう思った彼は文学教授のダスティン・ホフマンの元に駆け込み、相談する。そこから事件は思いもかけない展開に……。一方、十年ぶりの新作に頭を悩ませていた小説家、エマ・トンプソンは、悩みながらも、主人公の死で幕を閉じる作品の筆を進めていた。

 なぜ、小説と現実の主人公がシンクロするのか。その理由は作品の最後までいっさい語られることはない。これはこの作品の世界観なのだ。その部分での解決を求める人には向かない映画だ。そこに拘泥するのは「マルコビッチの穴」がどうしてマルコビッチなのかを悩むのと同じこと。

 だれもが憎む国税職員はクリスマスキャロルのスクルージに相当するし、死のモチーフを多用するあたり、「素晴らしき哉、人生!」なども念頭にあるのかな。不条理ではあるけれど、欧米人の好きそうな不条理なんだよね。

 映画作りがうまい監督にウィル・フェレルのキャラクターもあいまって、国税職員が人間としてのぬくもりを取りもどすプロセスは、上品なユーモアにくるまれている。

 でも、おれがこの映画に惚れてしまったのは、ヒロインのマギー・ギレンホールのすばらしさにある。「ワールド・トレード・センター」などに出演していたのは知っていたが、登場したその瞬間に目を奪われた。

 高校時代に大好きだった「殺しのドレス」のナンシー・アレンに似た空気を漂わせている。ウィル・フェレルが税金の調査に行ったときに、「22%未納したのは、国防費や私企業への公的資金投入などの財政出費を差し引いた分だ」と語るパン屋のマギー・ギレンホールの腕にはみごとなタトゥー。

 人なつっこい表情と知性と上品なセクシーさ、そして、「むかしはいろいろありました」が渾然一体となったかのじょには、ほれちゃうでしょう!

 彼女の存在により、無表情なウィル・フェレルの顔に血の気がもどっていくのがすんなりと理解できる。シカゴという舞台も含めて、非常にバランスのいい作品だった。
  

※こちらのエントリーもどうぞ。

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