【映画2007】女帝 エンペラー
ワーナーマイカルシネマズ板橋11番スクリーンにてSRD鑑賞。
だれもがつっこみたくなるんだろうけどさ、女帝はエンペラーじゃなくて、エンプレスだよね。ボックスオフィスで「"じょてい エンペラー"を1枚ください」といったら、「"エンペラー"1枚ですね」とい言い直されてしまった。うーん。
最近の邦題で異色なのは「女帝【エンペラー】」。原題の「ザ・バンケット」(中国語題・夜宴)とはまったく違う上、そもそも女帝はエンペラーではなくエンプレス、との疑問もわく。
配給元のギャガ・コミュニケーションズ宣伝部の三神昌彦さんによれば、「作品の下敷きとなっている『ハムレット』を、題名にも生かすべきか、原題通りにするべきかの2案が有力だった」という。
しかし、「前者は小難しい印象を与えかねないし、後者は音だけ聞くと『野猿』という名詞が浮かんできそう」。迷っていたところ、愛憎劇の香り漂う「女帝」という単語と、「エンペラー」の二段重ね、との強烈な案が飛び出した。
「『女帝はエンプレスでは』という意見も出ましたが、直すと語感が弱い。『男にも勝る権力者』との意もこめてエンペラーのままにした」と三神さん。知名度アップも狙いだそうだ。
読売オンラインより
知名度アップって、みんなに「女帝はエンプレスだよ」ってつっこんでほしいのか。「夜宴」が「野猿」なら「エンペラー」だって「(イカの)えんぺら」だ。それなら、「マジンガーZ対デビルマン」くらいの「女帝対エンペラー」の二段重ねにしやがれってなもんだ。
なにはともあれ、ハムレットをベースに五代十国時代の中国を舞台にしたというドラマ。主演のチャン・ツィイーはハムレットでいえば、王妃ガートルード役。ハムレットは実の息子ではなく、もと恋人である義理の息子としている。
中国王朝ものというべきか。グリーン・デスティニーあたりを基点とする武侠風文芸ワイヤーアクションものというべきか。とにかく、今回も飛ぶ、舞う、吊るされるという感じで、ワイヤーのデジ消し量も圧倒的である。
ワイヤーは殺陣シーンのみで使われるだけでなく、群舞や大小の移動、ラブシーンと、ふんだんに使われている。皇帝が自分には向かった老臣を百叩きの刑に処す際にまで、使われており、面妖な空中百叩きはたしかに痛そうだけれど、そこまでやる必要があるのかと、ちょっとしらふになってしまった。
そろそろワイヤーアクションに辟易しているのかもしれない。
中国の役名はわかりにくいので、ハムレットに準じるが、まず、ハムレットの苦悩はほとんど描かれていない。苦悩しないハムレットが果てしなく、飛んだり舞ったりしているので「はい。はい。きれいですね。がんばってますね」と、他人事のようにしか見えない。
この手のキャラクター描写不足がいたるところにある。
ハムレットは父を毒殺した叔父を復讐したいのか、したくないのか、よくわからない。チャン・ツィイーのガートルードは新帝を利用したいのか、したくないのか、さっぱりわからない。新帝、クローディアスは残虐なところは見せるけれど、ガートルードに対する愛情がどれほど深いのかさっぱりわからない。
人間を飛ばす情熱の十分の一くらい、人間を描くことに振り分けていればよかったのに……。
チャン・ツィイーもかわいそうだ。キャラクターがはっきりしていないから、演技のひとつひつとがぶれて見える。ラストシーンなど「お前だれだよ?」って展開になる。
なにしろハムレットだから全体の空気は陰鬱だ。数え切れないほど人が死ぬ。死体数では「300」のほうが多いのだけれど、「女帝」のほうがたくさん殺しているように見える。
そんなに暗い作品なのに、やたらと飛ぶから、見ているこちらは戸惑ってしまう。
こういうタイトルなら、期待するのは、チャン・ツィイーの露出だ。入浴シーンで、一糸まとわぬ後姿があるのだけれど、つなぎからいって、ボディダブルだろうな。皇帝との閨房シーンもなんだかあっさりしている。かなり残念だ。
よかったのはオフィーリア役のジョウ・シュンだ。役柄にいちばんぶれがなかった。この映画の原題は「夜宴」という。クライマックスの夜宴で、さまざまな思惑が化学反応を見せていくのだが、その中でも純粋な愛情ゆえに行動するオフィーリアの姿は、きわめて美しく胸を打つ。
彼女を軸にした作品ならよかったのに……。


