【映画2007】プレステージ
ワーナーマイカルシネマズ板橋5番スクリーンにてSRD鑑賞。
クリストファー・プリーストの「奇術師」をクリストファー・ノーランが脚本監督さいた作品だ。クリストファーとクリストファーだが、プリーストの方はかなり好き。最初の邦訳「スペースマシン」から、「ドリームマシン」、「伝授者」、「逆転世界」、「魔法」と、つくづくハズレのない作家なのだが、今回の原作となった「奇術師」が未読だったりするのがお恥ずかしい。
クリストファー・ノーランはちょっと微妙なところ。「メメント」にはびっくりしたが、「インソムニア」、「バットマン ビギンズ」はおれの映画ではなかった。
シナリオの構成は卓抜だし、カメラワークもみごとなのだけれど、人間描写に難があって、叙述のトリックに淫するために、一人の人間がそれだけのことをなしえた理由があいまいになってしまう傾向がある。メロドラマ要素を、あまりにもあっけなく流してしまうから、
今回も最初から飛ばしている。英国訛りの強いマイケル・ケインが、マジックに関する自身のナレーションを交え、少女にささやかなマジックを見せる中に、巨大なマジックのインサートショットが入ってくる。さらにそのマジックの当事者たちの過去がオーバーラップされる。事実上3つから4つの時代が、観客の理解領域を過飽和させる形で進行していく。
なじみのない主人公たち、だれがなにをしたいのか、わからないまま、それより若い時代を物語られても……。クリストファー・ノーランらしい混乱させるためのシーン構成だ。徹夜明けに見るんじゃなかった。置いていかれそうだ。
ようやくヒュー・ジャックマンと、クリスチャン・ベールがある悲劇を機に仲たがいをしたライバル・マジシャンだとわかってくる。さらにおおまかな時代の流れも見えてくる。
これはふたりの純粋マジシャンが、すさまじくえぐい闘争心むき出しに、互いを妨害しながら、マジックをきわめていく話だとわかってくると、話は俄然おもしろくなる。
ふたりにかつて友情があった部分の描写が足りないのは、もったいないが、もうね。男同士のサディスティックな友情ドラマなわけですよ。
たがいに相手がすごいマジシャンだと知っているから、その部分は素直に認めあうんだが、恥も外聞もなく相手のトリックを盗もうとしたり、相手を殺しかねないほどステージを妨害したり、いじめるためにまわりくどくもややこしくも手の込んだことをしたりと、物理的にも痛々しい屈折した男の友情ドラマなのだ。
ここでクリストファー・ノーランに欠けた才能がむしろ有効に働いている。普通だったら、痛くてたまらないシークエンスが、痛く見えないのだ。だから、さまざまな妨害活動の応酬がひたすらおもしろい。やったら、やりかえしてが、どんどんエスカレートするのだ。この映画の最大の見どころはここにある。
とりあえず、クリストファー・ノーランには女を美しく撮る技量はある。だから、スカーレット・ヨハンソンはとにかく美しく、セクシーで、いつもよりオッパイ4割増しくらいできちんと見せてくれる。しかし、そこからがいけない。そんな強烈なものを見せられながら、その後の展開がないから、客はきょとんとしてしまい、欲求不満を感じてしまう。松阪牛の断面を見せ、焼く音を聞かせ、匂いをかがせても食べられない感じだ。
ふたりの命がけのどつきあいの果てに登場するのが、ニコラ・テスラ! 巨大放電装置としてのテスラコイルが何度か出ていたが、ご本人が登場するなんて! をを思い出したが、クリストファー・プリースト原作だったよ。
ここに登場するニコラ・テスラは疑似科学的文脈の人となっている。日本では白づくめのパナウェーブ研究所とやらまで、名前を引用するタイプのニコラ・テスラだ。どういう人かはいろいろグーグルしてください。
ここでテスラに対してもスカーレット・ヨハンソンと同じパターンのあつかい方をしちゃうのが、クリストファー・ノーランなんだ。最高においしい魔法的存在をすばらしくスペクタキュラーに映し出しておきながら、叙情とか神秘とかを微塵も感じさせず、端整な物理法則のようにあつかっちゃう。もったいない、もったいないと身もだえしながら見ているんだけど、こういう描き方がまた、おもしろいのだ。
あ、ちなみにニコラ・テスラはデビッド・ボウイが演じてて、かなりびっくりしたよ。
叙情作家ならぬ叙述作家クリストファー・ノーランの語りはざくざくと進んでいく。映像そのものもヴィクトリア期のロンドンだというのに、霧でも、産業革命の粉塵でもなく、クリアな空気感のなかで、恐ろしいほど見通しがよく美しい映像となっている。叙述のトーンと映像とがシンクロしている。
クライマックスや最後のツイストは、このクリアな視界と同様に比較的早い段階で予測できる。「ああ、オチがわかっちゃった」と、みなさん、自慢してください。
この映画の凄みは、誰一人として、ウソや間違ったことをいっていないところにある。だから、オチがわかったあとから、この映画のよろこびがはじまる。そのオチを念頭に置きながら、エンドロールでいろいろ思いだすのが、楽しかったよ。愚直なまでに正直に映画を作っていることにびっくりしちゃうから。


