【映画2007】レミーのおいしいレストラン
ワーナーマイカルシネマズ板橋10番スクリーンにてSRD鑑賞。
劇場の中には、映画を見る幸せしかなかった。PIXAR作品では「Mr.インクレディブル」以来のしあわせ。「アイアン・ジャイアント」以来、ブラッド・バード監督作品にハズレなし!
おれはもともと「動物がことばをしゃべる映画嫌い」を公言しているし、この作品はほかならぬ「動物がことばをしゃべる作品」なのだが、どんなものにも例外がある。この作品は例外の王道なのだ。
多くの「動物がことばをしゃべる映画」は、脚本の中で「そいつ」が動物であることを忘れてしまい、興ざめをよぶ。この作品のすばらしさは、主人公のレミーがネズミであることをいっときも忘れないところにある。
もちろん、レミーがことばをしゃべるのは、ネズミ仲間と脳内シェフ相手にだけだ。人間と会話をすることはない。さらにいえば、ネズミたちがアメリカ英語で話し、人間たちがフランス訛り英語で話すのが、いいアクセントになっている。
大きな人間の世界と隣接して生きる小さなネズミを主人公にしていることから生まれる設定、視点、アクション、タイミング、そのすべてが全編忘れさられることなく、きちんと組み込まれている。作り方でオーソドックスな正しさに満ちているのだ。
子どものとき「トムとジェリー」を見ていたときのあの豊かさを思い出したよ。
ネズミと人間のドラマということで、つまり、そういう時代を思い出させてくれる一方で、アニメーションだからこそ、表現できるとことん原初的な喜びがある。
エンドロールの最後に「100% Genuine Animation/No Motion Caputure」というロゴが表示されて、にやりとしてしまった。実際の人間にセンサーをつけて、動作のデータを取り込む「モーションキャプチャー」を使わず、ひとつひとつの動きのデータすべてを、アニメーターがマウスやタブレットを使ってつけていくことこそが、「アニメーション」なのだと宣言しているんだね。
リアルをなぞる「モーションキャプチャー」では、リアルの縮小再生産になってしまうのだ。
直前に見た「シュレック3」が、リアルもどき路線になり、本来の魅力を失ってしまったことと対称的だ。
料理というインスピレーションを授かったレミーが鍋のまわりで、踊るように調理していく。その動きこそが、料理のうまさを確信させる。いやもう料理のCGもそれだけですべてがうまそうなんだけどね。
料理を味わう表情のひとつひとつもていねいに「動き」をつけている。
全盛期の「トムとジェリー」において、あの魔法のような世界観があったのと同様、この映画にもネズミと人間が共存することをおかしく感じさせない世界観がある。
おなじみの「夢は必ずかなう」というテーマなのだが、それがまったく説教臭くないのは正しい。料理をするネズミが主人公の映画となれば、「おれの料理を食わせるレストランを作るんだチュー」という、どこぞのマルチ商法みたいなドラマになりそうなものだが、レミーにとってそんなものはどうでもいいのだ。とにかく自分の能力をつかって「料理を作りたいでチュー」というのがすべてで、成功とかなんとかは、あとからついてくる。
ちなみにレミーは「でチュー」とかいわないので、安心してほしいでチュー。
いま劇場でかかっている作品の中でなにか一本といわれたら、まちがいなくこれをすすめる。5歳から500歳までOKだ。
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