【映画2008】28週後…
TOHOシネマズ六本木5番THXスクリーンにてSRD鑑賞。
ダニー・ボイルの「28日後」は、ゾンビ映画としてカテゴライズされることが多が、ゾンビ映画としてのテーストよりも"破滅もの"の印象が強い。「トリフィド時代」や「草の死」など、英国SFの風合いを感じる。なにより死んだ町並みと孤独の描写が秀逸だったこと、生き残った人間のロードムービーだったことが、"破滅もの"として必要な要素を満たしている。
その続編となるが「28週後」だ。こちらは"破滅もの"から、一気にゾンビ映画に近づいた印象だ。それも最近流行の"走る"ゾンビ映画だ。新作「ドーン・オブ・ザ・デッド」や「バイオハザード」など、いまどきのゾンビはよく走る。ちなみに前作で感染者が走るのは、夜や暗がりだったはずが、今作は昼でも夜でも24時間おかまいなしに走り回っている。
死のウィルスが蔓延したイギリスは世界から完全に隔離された。そして28週後、感染者はすべて死に絶え、ウィルスは消えたとみなされた。アメリカ軍の保護のもと、ロンドンに人々がもどってくる。ほんとうにウィルスは死に絶えたのか……。
「28日後」では、文字通り、28日後からドラマが始まった。そのため、ウィルスが蔓延の蔓延から破滅までの27日間を描いてはいなかった。「28週後」では前作で描かれなかった阿鼻叫喚の地獄絵図を描いている。そのあたりがゾンビ映画に「先祖がえり」した印象につながるのだろう。
ふたたびの悲劇へと導くプロットはいささか強引だ。娯楽作品としては許容範囲ではあるが、個々のキャラクターがステレオタイプで、行動原理が安直なので情けなくもなる。
ゾンビ映画の特質のひとつは、ゾンビの名のもとに、大規模な虐殺や人間狩りを正当化できること。自動小銃で撃ちまくったり、アーチェリーの的にしたり、車でひき殺したり……。いくらでもやり放題だ。この映画の中盤では、歴代ゾンビ映画の中でも出色なシーンが披露される。
しかし、テーマとしてこれみよがしに描いているのは、アメリカの非道だ。
中東やアフリカなど、自信満々で他国へとしゃしゃり出た挙句に、事態をさらに混迷させるアメリカ。気前のよいおせっかい焼きのクセに、形勢が悪くなると逃げてしまう小心者のアメリカが余すところなく描かれている。
2002年に公開された「28日後」では、911後の世界への不安がたくみに織り込まれていたが、「28週後」のアメリカ批難はあまりにも露骨過ぎて、興ざめするところもある。ヨーロッパ視点からのアメリカを描く意図はわかるんだけど、結果的にテーマと世界観は矮小なものとなった。 その単細胞的批難の露骨さが、脚本のご都合主義を加速させてしまったのは事実。
映画としての工夫をさまざまに凝らした映像など、ゾンビ映画としての水準は超えている。前作よりも予算をかけているから、見るべきところは多く、楽しんだのも事実だけれど、ジャンルムービーにおさまってしまったのが残念だ。ゾンビはもうおなかいっぱいなのだ。
この作品で最も印象的だったのは、娘役のイモージェン・プーツだ。ケイト・ウィンスレットをチューンナップしたような英国美人だ。それだけで点数が大きく上がる。
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