【映画2008】アメリカン・ギャングスター
ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋<5番スクリーンにてSRD鑑賞。
なんというエキサイティングな映画だろう。なんという見晴らしのいい映画だろう。
麻薬捜査の刑事、ラッセル・クロウと黒人ギャングの大物、デンゼル・ワシントンが対決する作品と聞いていたが、二人が実際に顔を合わせるのは、2時間37分の尺の最後の30分あたりなのだ。追うものと追われるもの二人の軌跡がいつ重なるのかという一点が強烈なサスペンスとなり、一瞬たりとも飽きることがない。
1960年代後期、横領や贈賄が横行する警察署の中でたった一人愚直なまでに、職業倫理を守るラッセル・クロウ。だが、それ以外のあらゆるところはだらしない。一方のデンゼル・ワシントンは戦時下の軍ルートを利用した麻薬取引という巨悪に躊躇なく手を染めながら、よき息子、よきボス、よき夫として、モラルある生活を送っている。
潔癖さゆえに組織内で孤立しつつも麻薬捜査にはげむラッセル・クロウの姿を描きつつ、デンゼル・ワシントンがニューヨークでのしあがる姿をクリアに描いていく。
ドラマはデンゼル・ワシントンが人生の師と仰ぐハーレム・ギャングのボスの末期から始まる。感謝祭の日、支配するハーレムの住民に七面鳥や肉をふるまうボスだが、なじみの金物屋は日本製品を売る電気店になり、ドラッグストアはマクドナルドになり、食料品店はスーパーマーケットになる。町が個人経営から、顔の見えない企業の経営へと塗りかえられていくことを嘆きながら、最後を迎える。旧秩序から新秩序への変化がこの作品のテーマのひとつだ。
ボスの教えを忠実に守りつつ黒人麻薬王としてのしあがったデンゼル・ワシントンだが、彼の台頭こそ旧秩序を崩壊させるものだった。モラルと世界の変革とマイノリティとマジョリティ、そういったテーマがエッジも鮮やかに迫ってくるのは、とても楽しい。リドリー・スコットの編集センスは超絶的で、絶対の自信を持って素材を仕上げてくる。
さらにデンゼル・ワシントンと結婚するミス・プエルトリコ役のライマリ・ナダルが美しい! リドリー・スコット作品では「ブレードランナー」や「誰かに見られてる」で登場したショーン・ヤングの面影がある美形だ。いや、ショーン・ヤングをしのぐ美しさかも。デンゼル・ワシントンの最大の失敗がこの美しい人の愛情を受け止めることだったあたりが、鮮やかだ。
ただ、あまりにも切れ味がよすぎて、エモーションを刺激する部分は弱い。コッポラやスコセッシのギャング映画の深い味わいを求めると物足りないことになるだろう。それでも小気味よい上質の娯楽映画としては高く評価できる。


