【映画2008】マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋
ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋6番スクリーンにて、SRD鑑賞。レイトショーのスクリーンで、観客がぼく一人だけというのは、初体験だ。
これは意外なひろいもの。魔法的空間の横溢がうれしくなるし、画面の隅々にいたるまで、細かい遊びや仕掛けがふんだんに盛り込まれている。
単純にストーリーだけを追えば、べたべたな立ち直りドラマなのだけれど、「主人公は僕だった」で脚本を書いたザック・ヘルムが脚本と監督をつとめているだけあって、デリケートなユーモアと表現にあふれており、そのひとつひとつが心にしみてくる。
オープニングはまるで70年代風のポップなもの。全体の色彩もテクニカラー調を意識している。それだけでうれしくなる。
字幕やツッコミで、ギャグを笑うことに慣れた世代には不親切な作品だが、画面のいたるところでにやりと笑えるしかけがたくさんあって、それもいい。
幼いころから、ピアノの才能を認められていたナタリー・ポートマン。作曲家になろうと努力しているものの、うまくいかない。彼女のバイト先は町に古くからあるおもちゃ屋だ。243歳のダスティン・ホフマン(マゴリアムおじさん)が経営している。魔法の力で店や玩具に力を吹き込むダスティン・ホフマン。店内にはいつも子供と笑い声があふれている。しかし、その店に異変が……。
やってきた会計士にダスティン・ホフマンが、「いい靴だろ?」と自分の靴を見せびらかす。
「I fell so completely in love with these shoes, I bought enough pairs to last my whole lifetime. This is my last pair.」
「この靴が最高に気に入って、一生履けるくらい、まとめ買いしたんだ。いま履いてるのが最後の一足だ」
その靴の底を見せるとすっかり磨り減っていて、靴下がのぞいてる。ダスティン・ホフマンは自分の死期をさとり、ナタリー・ポートマンに店を譲って引退しようとしているのだ。
表現のいたるところがこんな調子だ。言葉に耳をすませるだけでなく、映像の隅々まで見て楽しめる。
ある程度、映画を見続けてきた大人なら、胸に染みいる表現がたくさんある。だいたいダスティン・ホフマンが老人を演じるだけで、「小さな巨人」を思い出させるよね。
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