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【映画2008】モンゴル

 ワーナーマイカルシネマズ板橋11番スクリーンにてSRD鑑賞。

 浅野忠信が若き日のチンギス・ハーンことテムジンを演じ、アカデミー外国語映画賞にノミネートされたことでも話題の作品だ。草原の圧倒的なランドスケープとモンゴルならではのホーミーを交えた音楽が印象的だった。そのふたつともが、角川春樹が作った「蒼き狼 地果て海尽きるまで」に欠如していたものだけに、かなり対照的なアトモスフィアの作品として楽しめた。


 ロシア人監督セルゲイ・ボドロフの撮った作品である。ドラマ構成として近いのは、同じロシア人監督アレクサンドル・ソクーロフが天皇ヒロヒトをあつかった「太陽」なのかもしれない。

 もちろん「太陽」は地下防空壕という閉鎖空間で日常を過ごす天皇の日々を描いているわけで、大半がオープンエアで撮られている「モンゴル」とは、空間的にはかなりちがうのだが、ロシア人が異国の「現人神」をあつかうときならではの、奇妙な「省略」と「はぐらかし」が目立つのだ。

 敵の陰謀によってハーンである父が死に、父の部下が裏切った挙句に母とはぐれ、冬の草原を一人歩くテムジン。凍結した氷がわれ、川だか、湖に飲み込まれる。

 「当然死ぬだろう」という次のシーンでは、乾いた服で水辺に倒れていたテムジンが、何事もなかったかのようにほかの子どもと知り合う。

 え、どうして、生きてるの? 神様の加護によって救われたの? まるっきりわからない。

 テムジンが、妻ボルテを敵に奪われてしまう。奪われた花嫁といえば、あんなことやこんなことをされるものである。しかし、そのあんなことやこんなことは描かない。1年が経ち、ボルテを救いにいったテムジン。モンゴルテントというか、ゲルの中に入ってみると、そこにいるのは、ボルテと見知らぬ赤ん坊と、ボルテが殺した男。

 つまり、その子はそういうことなのね。と、思っていたら、「おお! おれの子だ!」と、破顔一笑のテムジン。省略によって「あんなことをこんなこと」を描いているのが、この作品なのだ。

 さらに(歴史にはない設定だが)奴隷として西夏にとらえられ、「悪いモンゴル人」として、さらしものになっているのを救うのは、ボルテである。しかし、草原で息子と暮らすボルテには、頼りとなる力も金もない。ボルテがとった作戦は、隊商のリーダーに目配せすることだ。

ボルテ「私を西夏に連れて行って」
隊長「金もないやつを運んでやるわけにはいかん。それともなにか払うものでもあるのか」
ボルテ「わかるでしょ」

 うひゃあああ。モンゴルの愛する男を救うために貞操を売るモンゴルの貞操観念というのはすごすぎる。しかもつぎのシーンでは、金持ちファッションに身を固めたボルテが登場する。お客さんにもむかって「わかるでしょ」といってるようで、おれは笑ってしまいたくなったよ。

 なんだか知らないけれど、救出されたテムジンの目の前には見知らぬ子ども!

「おお! おれの娘だ!」と破顔一笑のテムジン。またですか。で、隊長はどうしたの? ねえ? ねえったらボルテ!!

 そうやってモンゴルに帰ってきたテムジンってば、作中で神として扱われている野生の狼と対話した次のシーンでは、大軍の将になり、全モンゴルの雌雄を決する戦場にいる。

  

 こういう映画を見る人たちってつまりテムジンが人を集めていくプロセスにカタルシスを感じたいのではないでしょうか。しかし、そのあたりは当然のように省略されている。

 いよいよ大草原の真っ只中で、ロシアCGスタッフ総動員の合戦が始まる。さきがけの戦いはそれなりにパワフルに見せてくれるのだが、いやもうとってつけたような雷雨の中で、どさくさにまぎれて勝っちゃうわけで、「え、それでいいの? そういうのでいいの?」と、つっこみたくもなる。

 ボケきらない漫才にどうつっこんでいいかわからない状態の作品だ。退屈はしなかったけれど、モンゴル人の嫁さんをめとるには、覚悟がいることだけはよくわかった。

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