【イベント】にっぽん丸の見送り
母親が「にっぽん丸」で世界一周旅行に出るというので、その見送りにいく。

朝8時すこし前に立川の妹夫婦の家に行く。月曜日だが、妹夫婦は仕事を休んでいる。義弟の運転するクルマで、首都高を経由して横浜の大さん橋へ。

おお! 泊まってる! 泊まってる! この時期は世界一種クルーズのシーズンのようだ。「にっぽん丸」だけでなく、「ぱしふぃっくびいなす」や、「飛鳥II」もここから出港するとのこと。
母は一番人気の「飛鳥II」に乗りたかったそうだが、相部屋の空室がなく、断念したとのこと。


「にっぽん丸」は料理がうまいという話だが、各種豪華客船をくらべて、料理がうまいといえる人がいるというのもちょっとすごいね。
合流した叔母、従妹といっしょに6人で中華街で食事をする。中華街ならほかにもいきたいところはあったけれど、店頭サンプルケースの「蝦のマヨネーズ風味」に目を留めた母が「これがおいしいんよ!」と、立ち止まってしまったから、仕方があるまい。
ほんとにオーソドックスな中華料理でした。日本の味のような中華料理だったから、旅立ちにはいいかも。

乗船手続きは12時から始まるということで、1時間足らずで食事を済ませ、大さん橋にもどる。

乗船者には船内でのランチも用意しているそうだ。だが、それでは別れてしまうことになる。手続きが締め切られる午後1時まで、待ち合わせスペースで弦楽四重奏が流れる中、フリードリンクのお茶を飲む。
母は南極以外のすべての大陸を旅行している猛者だが、3ヶ月に及ぶ船での世界一周旅行は初めての体験だ。
しかも見知らぬ人との相部屋である。いったいどんなひとといっしょに3ヶ月の旅をするのか……。
同室の人が早朝までスーツケースをごそごそやって寝られなかったとか、お風呂からなかなかでなかったとか、タクシーに乗ればいいような距離を延々歩いたとか。そういう話は帰国後の母親の持ちネタであり、それを楽しみに親戚が集まったりもするのだが、今回は未曾有の事態である。
また、父を亡くしてから長い一人暮らしで、一人でいることに慣れているわけことも緊張のポイントだ。他人といっしょの生活、大丈夫かな。
船室料金の差を話しながら、「もうね。格差社会を体験してきますよ」などと、のたまっているのだが、なんとコメントしていいやら……。
クルーズ料金だけでなく、寄港地ごとにオプショナルツアーが用意されているのだが、これがけっこうな高額である。母の場合は22の寄港地のほとんどで、日帰りのツアーに参加することになっている。ちなみに母は選ばなかったが、オプショナルツアーには数泊するものもある。オリエント急行に乗ったり、氷河急行に乗ったあと、飛行機に乗って移動。つぎの寄港地で合流するのだ。むやみにゴージャスである。
なにより、スエズ運河、キール運河、パナマ運河と世界の三大運河を船で通るというのはうらやましいし、最初の寄港地、ブルネイなんて、なかなかいけるところではないから、これもうらやましい。
写真を撮ったり、バカ話をしているうちに乗船の締め切り時間が迫る。

大さん橋の上のデッキ「くじらのせなか」に登り、船を見送る。
船の見送りデッキを軽く見下ろす程度の高さだ。デッキに出てきた母親とは、ちょっと大きな声をつかえば、会話ができる程度。

1時30分からセレモニーが始まるということだが、母親は近くにいる一人旅の老婦人と話をしたりしていた。気さくな九州のおばさんである。うまく人気者になれるといいね。
母親は紙テープをもらったのだが、せっかちにも早々に投げ、こちらに届くことはなかった。もちろん母親の肩ではこちらに届かない。しかし、もと野球少年の義弟が持参した紙テープを、華麗なフォームで投げ込む。6本持ってきたテープのうち、2~3本はデッキに届いていたぞ。すごいや。

船上で陽気なディキシーランドジャズバンドが演奏している。「タイタニックを思い出すね」とみんなが口にする。まぁ、かなりちがうけど、おれもちらっとそう思った。

日の丸や、にっぽん丸フラッグが事前に配られていた。おれも日の丸をもらい。パタパタと振る。

船を見送るという情緒はたしかにいい。船長などの挨拶も終わると、「WAになっておどろう」がかかる。おお! 懐かしいなぁ。

さあ、みなさんごいっしょに! ということで、デッキで身を乗り出す船客の後ろで船員たちが……。桟橋で見送るこちらの背後で、係員たちがいっせいに踊っている。
それもまたすごいものがある。多少手を振る船客はいるのだけど、なかなか踊れるものじゃないよね。

大量の紙テープ、風船、歓送放水と、お約束のあれこれがあり、船は離れていく。母は小さくなっていく。いつまでもそこにいることがわかるだけに、不思議な余韻がある。

いったいどんな土産話が聞けるやら。
