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【映画2008】紀元前1万年

 ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋10番スクリーンにてSRD鑑賞。 今回はちとネタバレ気味です。

 そもそも淀川長治さんが解説をつとめる日曜洋画劇場で、「恐竜100万年」とか「原始人100万年」とかを見るのが大好きだった。

 あのころ、子どもが楽しめるお色気とバイオレンスはそこにあった。「恐竜100万年」なんて、人類と恐竜が共存していた時代はないなど、わかりやすくつっこめる作品であったけれど、名匠ハリー・ハウゼンのストップモーションアニメーションと抜群の相性のラクエル・ウェルチ!

 ラクエル・ウェルチ姉さんのナイスバディを拝めるだけで、くらくらする。なにしろ原始人である。余計なことばをしゃべらない究極の白痴美である。そんな「万年」ものは何度も放映されたから、「万年」ということばがテレビ欄に載っているだけで、うれしくなったものである。

 イタリア製聖書映画の多くが健康な裸体を映すために撮られたように、「万年」ものも、ナイスバディな半裸のお姉ちゃんを出しまくるためにある映画だ。

 おお! そして、ひさしぶりの「万年」ものだ。監督はあのローランド・エメリッヒだ。地球侵略ものとか、地球終末ものとか、怪獣ものとか、あのころ、ぼくらが愛したテーマを雑な大作として撮ることで有名なエメリッヒである。「万年」に目をつけたというのはさすが、エメリッヒだ。

 "ラクエル・ウェルチ"役はだれですか。って、ラクエル・ウェルチは役名じゃないですか。そんなことはかまいません。21世紀の"ラクエル・ウェルチ"は、カミーラ・ベル! おお! エメリッヒはわかってるね。紀元前100万年に整形美人のラクエル・ウェルチが登場したように、紀元前1万年にはプラダガールのカミーラ・ベルですか。ああ、現代的な美人が1万年前に登場すると考えただけで、わくわくします。

 きれいだよなぁ。エメリッヒ作品は、「デイ・アフター・トゥモロー」のエミー・ロッサムなど、きれいな女優が出る確率が高いんだよな。いいんですかね。こんなにきれいな女の子を「万年」でむいちゃって……?

 もちろん「万年」もののお約束として、時代設定がちがうとか、原始人が英語を話すのはおかしいとか、無粋な話をするつもりはない。

 ジンギスカンが日本人で日本語をしゃべったり、日本の芸者が英語をしゃべったり、ライオンや妖精が英語をしゃべるのが映画である。映画がわかっている人はそんなことをいわない。

 ピラミッド建設現場がでてきたりするが、あと7千年もすれば、クフ王だって、ピラミッドを作るのである。2億5千万年前の恐竜にくらべたら、小さい、小さい。

 灼熱の建設現場で毛むくじゃらのマンモスが働いていたりするが、マンモスの事情なんて、だれも知らない。おれも「愛・ちきゅう博」でマンモスとあってきたが、ピラミッドをどう思うかなんて、教えてくれなかった。

 まぁ、「万年」ものにつべこべいっても仕方ないのですよ。

 エメリッヒはたいした監督ではないのだけれど、ニュージーランドや南アフリカ、ナミビアで撮影されたランドスケープは美しく、それを見るだけでも小気味よい。

 なるほど、文明種族に連れ去られた女を救う点でメル・ギブソンの「アポカリプト」との相似はあるし、「アポカリプト」のすさまじさにくらべたら、気が抜けた作品だけれど、さらわれた女を救いにいくのは、男の務め、映画の務め、人生の目的のひとつです。「山の種族」から旅立つあたりは1940年の「紀元前百万年」以来の伝統ということで、大きな目で見てあげましょう。

 つまりそういった映画として、途中まではそれなりに楽しんだわけですよ。ええ。

 しかし、映画が進むにつれて、少しずつ不満が出てくるわけです。

 "ラクエル・ウェルチ"役のカミーラ・ベルの肌の露出が圧倒的に少ない。もともとマンモス狩りをする山の種族にいた人ですから、最初は仕方ない。それは認める。しかし、そこから、熱帯方面に行っても砂漠に行っても、暑そうな服を着たままである。その服はもっとぼろぼろになっていないと、おかしくないか。設定的にも映画的にも。

 胸の谷間とか、へそとか、足とか、見せるところは、たくさんあるだろう! しかし、ほとんど見せないのである。映画の終盤になって、かろうじて胸は見えたけれど、現代のドレスでも見える程度の露出だ。ほらほら、足がお留守だ。これじゃ、なんのために、カミーラ・ベルを1万年前に連れて行ったのか、わからないじゃないか。

 ローランド・エメリッヒはわかってない! ローランド・エメリッヒはわかってない! きみが人生の選択として、ゲイであることを選び、それをカミングアウトしたのは知っているが、だからといって、男の大部分は上半身裸、女は足も見せないというのは、映画代を払った観客に失礼ではないか。映画の歴史から勉強しなおしていただきたい。

 映画の後半はもう、いいから、むけ! とりあえず、カミーラ・ベルをむけ! と、心に念じておりましたよ。

 恐竜を出そうと、マンモスを出そうと、サーベルタイガーを出そうと、健康なお色気のない「万年」ものは「万年」ものではないのだ。

 「むけたラクエル・ウェルチが百難隠す」とはよくいったもので、むけてない「万年」ものだから、映画としてのあらが目立ちまくる。

 だいたいサーベルタイガーと仲間フラグを立てておいて、サーベルさんがクライマックスに出てこないのはどうしたわけですか。

 黒人の各部族が、さまざまな特徴とともにあらわれているのに、その特徴を使った戦い方をしないのはどうしたわけですか。

 手の甲に印がある人を、現人神がおそれるとかいう設定が、いつの間にやらうやむやになるのは、どうしたわけですか。

    

 沈んだ大陸だかからやってきた先進的な種族が、単なる暴動のドサクサだけで、負けちゃうのは、どうしたわけですか。

 意味ありげな伏線をさんざんばらまいておきながら、まったく回収しないのには、まいりました。こういうジャンルものはきっちり「ありがちな展開」をしていくことが大切なのに、それをやらない意味がわからない。

 主人公にも「ID4」ばりの演説はいいから、「行動するときにはもうちょっと空気読めよ」といいたくなる。

 ローランド・エメリッヒ作品であるから、おおらかな明るさはあり、(槍が突き刺さるなどのやや残酷なシーンもあるが)子どもが安心して楽しめる作風ではあるけれど、これをみた子どもは、35年前のおれのように、意味もわからず、むやみに「どきどき」したりはしない。

 映画というものを考えたときに、それは良くないことだと思うのだ。もっとつきぬけたばかばかしさがあってもいいのに。中途半端になりやがって……。

 「万年」はもっとむけ。「万年」はもっとむけ。

※こちらのエントリーもどうぞ。

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