【映画2008】チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋10番スクリーンにて鑑賞。
予告編だけの印象では、冷戦末期、テキサス州選出の「お気楽」下院議員がひょんなことからアフガニスタンの惨状を知り、一念発起、獅子奮迅の活躍で自分とアフガニスタンを救うみたいな話かなと思っていたが、かなりちがった。
マイク・ニコルズという手だれの映画監督が絶妙に撮ったユーモアと皮肉に満ちた傑作だった。
チャーリー・ウィルソンは酒と女は好きだけれど、ただの「お気楽」な下院議員ではないことが、冒頭から明らかにされる。昼間から酒を奨め、事務所のスタッフはチャーリーズ・エンジェルという別名を持ったきれいどころばかり、議員の特権をちょっとした私欲のためにも使ったりするが、「いったことは必ず守る」男である。
つまり、アメリカという国の善意を体現するような存在で、清濁あわせのむ魅力にあふれている。
そして、「カポーティ」でのすさまじい演技が記憶に新しい、フィリップ・シーモア・ハフマンがギリシャ系CIA職員をしているのだが、高い知性と行動力から生まれるシニカルな言説がじつにすばらしい。たたきあげのCIAインテリジェンスとして、じつに味わい深い。
また、チャーリーを導く大富豪のジュリア・ロバーツもキリスト教系の右派を背景にした運動をしながら、絶妙な政治的判断を見せる。その一方、チャーリーズ・エンジェルやフィリップ・シーモア・ハフマンと、チャーリーをめぐり、細かなさやあてをしあうあたりの演出はじつにうまい。
ドラマはソ連軍のヘリコプターにより、殺されていくアフガニスタン人々を守るため、わずか500万ドルだった対アフガニスタン予算を10億ドルに拡大させていく。そのプロセスが、巧妙に描かれている。アメリカの介入を偽装するため、イスラエルが捕獲したソ連製武器を購入して、イスラム国家であるアフガニスタンに回したり、エジプトではカラシニコフなど、ソ連製武器をアフガンのために製造させたりもする。すばらしいプラグマティズムだ。やがてスティンガーミサイルでソ連軍ヘリを撃墜したときは、快哉を叫びそうになったくらいだ。
複雑に絡み合った中東情勢のなか、宗教問題をたくみにかわしながら、硬軟使い分けて予算を増やしていくさまは興奮する。絶妙だ。あの冷戦の中でさえ、勝ち戦は楽しいものなのだ。
「スーパーサイズ・ミー」のモーガン・スパーロックが今年製作した「Where in the World Is Osama Bin Laden?」など、「おれたちアメリカ人は、これだけいいことをしているのになんで、中東の連中に恨まれるんだ」というアメリカ人の素朴な疑問に答える映画は増えているが、これもそういう作品だ。
ソ連を撤退させ、冷戦を終結させ、アフガンを救ってあげたはずの気のいいアメリカ。勝っているときには寛容で気前のいい国が、どうしてこんなことになっちまったのか。
映画の終盤近く、塞翁が馬のたとえを語るとき、耳をすませると聞こえてくるあの音。映画の読解力がある人なら、それを聞いたとき、あまりにもはっきりと911を思い出させることに衝撃を受けるだろう。
また、チャーリー・ウィルソンを追い詰めようとした検察の責任者が、911の際のニューヨーク市長、ジュリアーニであることなど、この小気味いい映画のいたるところにしかけられた皮肉な種子が現代に芽吹くさまが見えてくる。
地獄への道は善意で舗装されているのだ。
個人的にはエイズ流行前、80年代初期のアメリカの風俗なども楽しかったね。
