【映画2008】アイアンマン
三軒茶屋シネマでSRD鑑賞。
無駄もなく、バランスも取れ、痛快無比なアメコミヒーローだった。まだまだ活躍を見ていたかった。楽しかった!!
グウィネス・パルトローは途中まで彼女と気づかなかったよ。ロバート・ダウニーJr.は、ほんとにはまり役だと思った。
巨大軍産複合体の天才社長が、アフガニスタンでゲリラに拉致され、そこで大量殺戮兵器を強要される。しかし、彼が作ったものはパワードスーツであった。更迭の戦士として、ゲリラのアジトを脱出した社長は、自身の会社での兵器生産をやめると発表する。だが、彼の知らないところで、世界の平和をそこなう大きな陰謀が……。
演出や脚本におけるエッジの切れ方が最高で、どこかでこういう作品を見たと思ったら、「ロボコップ」だった。
ロボコップの場合はアイデンティティを失ったマーフィーが自分をとりもどすというのがポイントだったが、アイアンマンのアイデンティティは終始一貫ゆらがない。自分の体のメンテナンスも民間企業だよりだったロボコップだが、アイアンマンはぜんぶ、自分でやってしまう。守るのはデトロイトの治安どまりだったロボコップに対して、アイアンマンが戦うのは、世界の戦場だ。
最後の最後で「ロボコップ」へのオマージュまで捧げているのは痛快だ。
主人公のアイデンティティはゆらがないが、行動原理は大きく変わる。速やかに悪法を作るのが早いアメリカだけど、それを撤回するのも早いアメリカ。そんな豹変するアメリカの理想を体現したかのようなヒーローだ。
いままでさんざん人殺しの道具を作っておいて、戦場の現実を見たとたん、くるっとてのひらを返す。
自国を批判しているようでじつは自国への愛情たっぷりな作品だ。「自分は自分のままで考え方を変えればいいんだ」というのが、21世紀のロボコップ的処世術なのだろう。ああ、だから、アメリカは愛嬌のあるいじめっ子なのだと感心してしまうんだよな。
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