【読書】ローマ亡き後の地中海世界 上
塩野七生の「ローマ人の物語」を読み始めたのは1996年からだ。ちょうど「ユリウス・カエサル ルビコン以前」と「ユリウス・カエサル ルビコン以後―ローマ人の物語V―」というひたすらに評判のいい2冊が上梓されたあとで、それ以来、毎年、秋から年末にかけて発売される「ローマ人の物語」は年中行事のように楽しませていただいていた。
固有名詞は教養の基礎であるにも関わらず、登場するローマ人の名前の多くは失念しているし、12巻から13巻あたりは「中だるみ」のようにレビューしたこともあるけれど、それでも年に一度、ローマを眺めることは楽しかった。歴史小説ともまた違う、歴史の編年体エッセイともいうべき作品群からは、たくさんの興奮も味わった。
なにより、進行するローマ帝国の物語と、現実の世界情勢が不思議にシンクロする興味深さがあった。それは歴史の教訓というより、シミュラクラのひとつのパターンかもしれないが、現代の世界帝国"アメリカ"を見るとき、塩野史観ともいうべきフィルターがいつの間にかついてしまったこともある。
だから、2006年に第15巻「ローマ世界の終焉」でシリーズが完結したときはひどく寂しかった。いまチェックしたら、mixiとかブログにも感想を書いていない。
それから2年。「ローマ亡き後の地中海世界」が出ると知ったときは、ほんとうにうれしかった。1月30日には下巻が出るのだけれど、とりあえず上巻を読み終わったところだけれど、あいかわらず抜群のリーダビリティである。後半など、加速がついて、一気に読んでしまった。塩野七生はうちの母親と同じ年齢だったりするのだが、衰えていない筆には嬉しくなる。
7世紀から14世紀の地中海世界は、イスラム勢力が伸張し、陸路を北アフリカからイベリア半島まで覆い尽くした時代であった。塩野七生の視点はヨーロッパからのものであり、イスラム側の固有名詞や内情はほとんど描かれていない。ローマ帝国時代は豊穣であった北アフリカを荒地とし、地中海全域で海賊として跳梁跋扈するイスラムに対して、内紛を続けるカトリック世界と、なすすべもなく浸食を許すビザンチン帝国。現在の世界情勢にあてはめようと思えば、いくらでも言及できる状況だが、さすがにそこまで下品なことは書かない。
とりわけ、地中海の要というべきシチリアの攻防が本書の焦点となっている。まるで、シミュレーションゲームのようだ。ほぼ50年の歳月をかけ、イスラムの手に落ちたシチリア島とイスラムによるその後の支配、さらには、ノルマン人による再征服など……。不勉強で知らなかったけれど、シチリアを征服したノルマン人はわずか150人だったのには驚いた。
むかし受験のため世界史を勉強していたころ、ヨーロッパの白地図に飛び地のようにあったノルマン征服地域を、ちょっと不思議に思っていたものだけれど、なるほど、こういう仕組みだったのか。
シチリアを取り返し、ギリシャ、アラブに寛容な治世を行ったルッジェーロ1世や、十字軍の狂熱の中、ローマ教皇と対立しながら、戦わずして聖地を奪還したフリードリヒ2世など、小説のネタとしても十分に魅力的なキャラクターだ。
「後にはどんな悪い事例とされるようになることでも、それが始められたそもそもの動機は、善意に基づいていたのだった」というカエサルのことばを引き、同様に「後にはどんな良き事例とされるようになることでも、それが始められたそもそもの動機ならば、悪意(とまではいかなくても誉められはしない想い)に基づいていたのだった」といいかえるあたりが、「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」から変わらぬ塩野七生らしい視点で、社会が衰退すれば衰退するほど、単純化された善意が事態を混沌とさせていく例や利己主義がきっかけで平和が生まれた例などをふんだんに紹介している。
週末には刊行される下巻が楽しみだ。
※こちらのエントリーもどうぞ。

