【映画2009】オーストラリア
ワーナーマイカルシネマズ板橋4番スクリーンにてSRD-EX鑑賞。
「ムーランルージュ」のバズ・ラーマン監督がオーストラリアを舞台にした「風と共に去りぬ」風メロドラマを撮ったとあれば、かなり期待してしまうのだが、すべてにおいて2割ずつくらい物足りない作品であった。
オーストラリアの広大な風景を期待していたのだが、物足りない。物語の主軸がオーストラリア北部の街ダーウィンと、ノーザン・テリトリーにある主人公の牧場"ファラウェイ・ダウンズ"にかぎられ、景色の変化が少ないのが原因かもしれないが、ロングショットの爽快感が少ないのだ。予告編以上のランドスケープがないのは悲しい。
主人公のキャラクターが物足りない。「風と共に去りぬ」では一族が築いたタラにこだわる強さ、激動の時代を女ひとりで生きる悲劇性などが、主人公スカーレット・オハラのキャラクターを鮮烈にしていたのに、ニコール・キッドマンのサラ・アシュレイは状況に踊らされているだけに見えてしまう。
サブキャラクターが物足りない。ハーレクイン・ロマンスにあるような恋敵の存在さえない。「タイタニック」のホックリーや「風と共に去りぬ」のアシュリーみたいな存在がないのだ。だから、ヒュー・ジャックマンとの恋愛を成就させる上での葛藤がまるっきりない。ちなみに首にした牧童頭がでてくるが、彼が別に横恋慕するわけでもない。
幻想描写が物足りない。アボリジニ文化が出てきて、幻想的なフレーズはいくつも出てくるのだが、それをきちんと映像で描写していない。映画の構造として、霊的な通過儀礼がもっとあるかと思い、そうなりうるシークエンスはあったのだが、ほとんど触れることもなくスルーしている。
セリフが物足りない。とにかく決めセリフが決定的に少ないのだ。この手のドラマを作るには要所で自身の運命を語るセリフがほしいのだが、それが聞けない。それは字幕の戸田奈津子のせいではない。
オーストラリア出身の人たちがこれだけそろって、オーストラリアの上っ面をなでたような作りになっているのがもったいない。エンドロールでエルトン・ジョンがヒュー・ジャックマンの演じた役を歌っているのだが、そういう話は作品の中に叩き込めよ。
一部で話題になっているのが、後半のダーウィン空襲シーンだ。「風と共に去りぬ」のアトランタ炎上に相当するが、とってつけたようなクライマックスのようになっているのは、主人公をめぐる環境を映画としてきちんと描いてこなかったツケだろう。
ニコール・キッドマンは美しい。ヒュー・ジャックマンはかっこいい。ハーフの男の子はかわいい。それだけはたしかで、退屈はしなかったけれど、散漫な映画であった。監督のバズはシナリオをもっと練りこむように。
キャスト ニコール・キッドマン ヒュー・ジャックマン ブライアン・ブラウン デヴィッド・ウェンハム ジャック・トンプソン 他


