【映画2009】天使と悪魔
ワーナーマイカルシネマズ板橋8番THXスクリーンにてSRD鑑賞。
なーんだ。トム・ハンクス、CERNにいってないじゃねーか。原作とは微妙にちがい、ラングドンの依頼主がCERNではなく、バチカン警察になったため、CERNのあつかいは軽くなってしまった。
冒頭のCERNのシーンでは、LHCの稼動にともない反物質が瞬く間に生まれるような展開になっている。詳しい説明はないのだけれど、映画を見ていると、陽子を衝突させると反物質ができる仕組みになっているようだ。まるでCERNが反物質製造工場みたいにあつかわれる。
原作は研究所の片隅でこっそりと反物質を蓄積するという設定だった。そりゃいくらなんでも無理があったのだけれど、映画版もかなり大雑把だ。反物質を生むこと自体がたいへんそうにいっているけれど、反物質を生むためだけに、あんな装置は要らない。日本でも筑波のKEKにいけば、反物質(陽電子だけど)は大量に作られている。
反物質が新しいエネルギー源となる設定だが、CERNが生み出すペースで反物質をつくっていると、宇宙の年齢より長い135億年をかけてもあれだけの量は作れないという指摘もある。
また、依頼主の変更によって、科学の権化ともういうべき、CERN所長、マクシミリアン・コーラーがいなくなったり、ヒロインのヴィットリア・ヴェトラがラングドンとともに移動する理由が、反物質爆弾が見つかったときのオペレータ役でしかなくなったりもしている。
ちょっと残念だけど、X-33でアメリカ東海岸からジュネーブに瞬時に移動するなど、ばかばかしく楽しい話も原作からカットされている。
映画そのものは「ダ・ヴィンチ・コード」よりもまとまっていて楽しかった。背後にある陰謀の大きさは「ダ・ヴィンチ・コード」より小粒だし、活躍の場はバチカンを中心とするローマ一帯に限られているのだが、それがまとまりのよさにつながっている。
ラングドン教授はあいかわらずトム・ハンクスである意味がないし、カーソルアイコンのように、現場を案内するミステリーハンターみたいなものだが、これはもう開き直ってみていくしかない。
矢印でつぎの殺害ポイントを指し示す安直振りには失笑するしかない。まるでピタゴラスイッチかおつかいRPGのように謎から謎へスムーズに連鎖していくのだが、まあ、前作をふまえていれば、そういうものだとあきらめるしかない。
日本各地の名所をあつかう火曜サスペンスをローマに移し、それなりに豪華な役者とそれなりの予算をかけて紹介するようなものだからね。
前作よりも人間関係がタイトに描かれているので、犯人あてをじっくり楽しむ余裕もあるし、きちんとどんでん返しも用意されている。3年前に原作も読んでいるが、いい具合に忘れていたので楽しめた。1時間おきに法王候補の枢機卿が殺され、最後に反物質爆弾が爆発するというタイムリミットサスペンスの中で、伏線とその回収がきちんとできているのもよかった。
職人監督ロン・ハワードの腕もさえている。テンポの速いドラマの中に、科学と宗教の対立というテーマをわかりやすく散りばめているのはさすがだ。
前作とは違い、バチカンも寛容に評価しているようだ。
「歴史的な誤りやステレオタイプな人物像にあふれているが、好奇心や、そして恐らく楽しさをもたらすビデオゲーム的な映画」と好意的に紹介。「原作本を警鐘とするのはおそらく大げさだろう。それよりも、今日問題となっているような事柄について、ローマ教会がどんな立場をとっているか、メディアを使って示す方法を再考する、新たな刺激ととらえるべきだ」
理系女子としてのヒロイン、アイェレット・ゾラーの存在感はいまひとつだったのは、設定変更にともなう仕様で残念だったけれど、その分、ユアン・マクレガーがもうけ役となっている。
原作ではカメルレンゴ(ユアン・マクレガー)の存在にさらに大きな秘密(トンデモ設定)が隠されているのだが、そこをばっさりとカットすることで、四人の枢機卿を殺そうとする犯行の動機があいまいなものとなったけれど、バチカンも寛容に受け入れられる軽やかなドラマになったのだろう。
「王道」内リンク
【読書】天使と悪魔
【映画2006】ダ・ヴィンチ・コード
キャスト トム・ハンクス ユアン・マクレガー アイェレット・ゾラー ステラン・スカルスガルド コジモ・ファスコ アーミン・ミューラー=スタール ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ 他


