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【ネット】理論的に否定しちゃいかんのですか

 7月13日のエントリーのコメントで、こんな不思議なことを書いている方がいらっしゃった。

同じ業界で仕事をなさってる様ですが、理論的に人の作品を
否定されたり、こちらに覚えの無いことをネット上に書きこんだり、このようなことをされて大丈夫ですか、業界は狭いので心配ですが。

 自分の常識とのあまりの違いに何度か目をこすりながら、読ませていただいた。

1)同じ業界にいる人は、ほかの人の作品を否定してはいけないのだろうか。
2)理論的に人の作品を否定してはいけないのだろうか。

 そもそも「理論的」とは滅多に使われない言葉である。もしかしたら日本語のミスで「論理的に人の作品を否定」といいたいことを「理論的に人の作品を否定」と書き間違えたのかもしれない。自分もケアレスミスは多いので、そういうことは責めないが、どっちにしても意味がよくわからない。

 自分などは、「感情的に人の作品を否定する」より、「理論的(論理的)に人の作品を否定する」ほうがよほどましなことだと思う。

 今回、一連の騒動はそれほど深く考えずに匿名で書いたコメントに端を発する。

 一般の人がだれかのブログに匿名で書き込むことがいけないとは思わない。便所の落書きレベルでもそれが書かれることに意味はあるからだ。その書き込みの妥当性はブログの主だけではなく、それを読む個々の人が判断すればいい。

 しかし、ある作品について語っているブログに、その作品の関係者が揶揄するようなことばを匿名で書き込むのはどうだろうか。

 これも許容範囲かもしれない。オープンにコメントを書かせているブログだ。何をやったっていいのかもしれない。

 しかし、自分だったら絶対にやれないことである。なぜなら、お金を払い、時間を使って作品を見てくれた人に対する礼に欠けることだからである。

 自分も多少の作品を世の中に出してきた。批判的な意見もたくさんある。自分の名前や作品名を検索することはコンスタントにやっている。だが、批判しているところにいって、匿名で挑発をするなんて行為は断じてできない。

 稚拙な批判であっても、適正で論理的な批判であっても、読めば落ち込むし、腹も立つ。でも、一度は縁があってお金を払ってくださった方に対して、物陰からつばを吐くような恥ずかしい真似はしたくない。

 すべて商売人の息子のモラルなのかもしれないけれど、自分はそういうことは恥ずかしいことだと思うし、そういうことをする人を恥ずかしい人だと思う。

(今回のこととは関係ないかもしれないが、テレビなどで、スポンサーという金主のほうを向いて、仕事をしてきた人には、安くはない金額を払って、映画館に映画を見に行く人のことが見えなくなるのかもしれない。それはテレビ屋やテレビ出入り商人が映画で跋扈することの弊害のひとつだろう)

 では、作品関係者は心ない非難の声に黙って耐えるしかないのだろうか。

 そんなことはない。「いくらなんでもそれは違う」と思ったり、「おまえの書き方にむかついた」と思ったときは、そのように意見表明すればいい。ただし、それは匿名ではなく、その作品の関係者として実名でやるべきだ。

 グルメサイトで「○○ってフレンチは不味いし、高いし、最低の体験だった」と、自分のレストランが評価されたとき、匿名で「フランス料理の意味をお解りですか」と、そこのボーイが書くのは、裏返った私怨の発露に過ぎない。

 しかし、「店のものです。このたびはご不快な思いをさせて申し訳ありません。今後の参考のために、お気に召さないところをご指摘いただけますでしょうか」とか、「バカヤロー、店のオーナーだけど、てめえみたいな味音痴、二度とくるんじゃねえ」と、名前を出して書くことはちがう。

 だれかを批判するときは、自分も批判される立場にならなければならない。匿名ではそれは不可能だが、主体を明らかにすることで、双方の対話と意見表明がなされる。そして、匿名ではないという一点で礼を失するリスクもなくなる。

 なによりも名前を出して作品を作ったのだ、それに対してある個人(実名、ハンドルネームを問わず)が批判したら、作品と同じ名前で意見を表明すればいい。

 作品を世に問うこととまったく同様に、自分の名前と責任で意見を問いかければいいのだ。匿名で書き込むことより、そちらのほうがよほど建設的であるし、つぎにつながる言葉になる。

 今回のケースでは、現在の段階においても、だれが書き込んだのか、あいまいなままにさせていることが不思議でたまらない。こちらは最初から最後まで、自分がどういう人間でどんなことをやっているか、はっきりさせている。そういう人に対して、未練たらしく匿名というマントの端をつかんだまま、あれこれ書いていることが理解できない。

 自分の関係した作品のレビューに対して、匿名で嫌味を書くのは恥ずかしいことだが、その正体がほぼ特定されても、きちんと名乗りもせずにあれこれ書き連ねるのはもっと恥ずかしいことである。

 「抗議します」と書いているが、だれが抗議しているのかわからない状態で、それを考慮しろというのは、無理難題に等しい。

 こちらも間違いをするかもしれない。間違ったときは素直に謝りたい。だが、謝ろうにも謝る相手がはっきりしなければ、謝りようがないではないか。

1)同じ業界にいる人は、ほかの人の作品を否定してはいけないのだろうか。
2)理論的に人の作品を否定してはいけないのだろうか。

 1)はそんなことがあろうはずもない。田舎の商店街なら、それで角も立つだろうが、この時代、相互批判のない業界がどうして生き残れようか。

 2)も当然そんなことはない。理論(論理)の対極に感情があるのなら、感情を廃し論理的に作品を分析し、場合によってはその作品を否定するのも、創作活動の一環である。

 ぼくはブログのコメント欄やトラックバックをオープンにしている。スパムと判断したもの以外は、そのまま掲載している。ブログは、そういったコメント欄にコメントが書き込まれて完成に近づくからだ。そして、自分のレビューを否定する言葉さえ聴きたいと思っている。聴いた上で対話を続けたいと思っている。

 せっかく「MW」の関係者が書き込んでくれたのだから、「MW」を擁護することばのひとつでも伺いたいものである。


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コメント

通りすがりの者です。
元の発言は前後の文から推測すると「倫理的に人の作品を否定」と書きたかったケアレスミスではないでしょうか?

■たぬきさん
 はじめまして。ぼくはそれを書いた本人ではないので、わかりません。

 文字の見た目は多少、似ていますが、手書きで間違えたのならともかく、「りんりてき」と打って「理論的」に変換するのって、おかしな話です。

「理論的に人の作品を否定されたり、こちらに覚えの無いことをネット上に書きこんだり、このようなことをされて大丈夫ですか」というのも「倫理的に人の作品を否定されたり、こちらに覚えの無いことをネット上に書きこんだり、このようなことをされて大丈夫ですか」というのも同じくらい通じにくいとは、思います。

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