【映画2010】ラブリーボーン
ワーナーマイカルシネマズ板橋12番スクリーンにてSRD鑑賞。
「わたしはスージー・サーモン。わたしは14歳で殺された。」そんな少女の物語を、「ロード・オブ・ザ・リング」や「キング・コング」のピーター・ジャクソンが監督すると聴いたとき、いったい、どれだけの作品になるかと期待するのは、当然のことだろう。
1974年という設定だから、スージーと同世代の自分は時代の空気をいとおしく感じた。また、現実の影響が打ち寄せる波のように押し寄せる死後の世界の映像も、ピーター・ジャクソンならではのイメージに溢れており、みごとである。
スーザンを演じるシアーシャ・ローナンだけでなく、マーク・ウォールバーグ、レイチェル・ワイズ、スーザン・サランドンという家族、犯人のスタンリー・トゥッチなど、役者たちの演技はたくみだ。
家族との交流、初めての恋、そして、自分を殺した犯人、現世への思いを残したまま、帰らぬ人となったスージーが、それぞれに対して、どのような決着をつけるのかと期待していた。
彼女の殺害が映画の中で詳細に描かれることはないのだが、それに関連したシーンから想起される犯罪があまりにもヘビーで、子どもも見られるG指定はやめた方がいいのではないかと思う。犯人に対する怒りをぼくも確実に感じ、犯人をこらしめたいという気持ちが続いた。
たとえば、「幽霊紐育を歩く」でも「天国からきたチャンピオン」でも「椿山課長の七日間」、あるいはいえばネタバレになってしまう航空機ものなど、現世に未練を残した死者という設定の映画は数多いから、スージーと現世のあいだで、なんらかの交流があるのかと思っていた。
それがほとんどないんだね。あの世とこの世がほとんど平行線のまま、話が進んでいく。設定を生かした仕掛けがない。こういう映画に期待する奇跡がなかなか見られない。
予断を持って映画を見るのはいけないのだが、先述の家族、恋、犯人解明という3つの未練も有機的に交わることなく進んでいく。
とりもどせない人生をとりもどせないものとして、受容していく映画だとわかるまでは、戸惑っていた。
ピーター・ジャクソンは生真面目なんだね。「キング・コング」でスカルアイランドに到着するまで、何十分もかけていたのを思い出す。あのときは、スカルアイランドのスペクタクルや最後の悲劇が映画を引き締めていたため、長大な序盤が気にならなかったが、「ラブリーボーン」はなかなかスカルアイランドに到着しない「キング・コング」のようだ。
少女の死が生む悲しさと感動はあるのだけれど、そこから生まれる映画のケミストリーがほとんどなかったのが残念だ。
あらゆる素材はいいのに、料理の仕方に工夫がない映画だった。
キャスト シアーシャ・ローナン マーク・ウォールバーグ レイチェル・ワイズ スーザン・サランドン スタンリー・トゥッチ マイケル・インペリオリ 他


