【映画2010】ハート・ロッカー
ワーナーマイカルシネマズ板橋7番スクリーンにてSRD鑑賞。
史上最高ヒットの「アバター」を下し、2009年のアカデミー作品賞を勝ちとった作品だ。2004年のイラクを舞台に危険な爆弾と対峙するアメリカ軍爆弾処理班の息づまる日々を描く。
「ジャガーノート」や「恐怖の報酬」など、爆弾とつきあう男の映画は数多くあるが、そのすべてのサスペンスが詰め合わせになっている。緊迫感あふれる戦場を体験するという意味で、これ以上ないほどの時間に満ちている。
テロとの戦争の中で、建造物や地中、ゴミの中、自動車はもとより、死んだ人間、生きた人間にまでしかけられたさまざまな爆弾をケースバイケースで処理していく。しかも場合によっては、銃弾まで飛んでくる状況もあるし、携帯電話の起爆装置にも目を光らせなければならない。
リモコン操作のロボットもあるのだが、すべての状況に対応できるわけではない。カーキ色の宇宙服ともいえる防爆服を見にまとい、直接手探りで信管を外さなければならないのだ。45キロあるという防爆服は動きを制限する一方、デリケートな作業が必要なため、指先は露出している。
イラクのアメリカ兵の戦死者の半数は爆弾によるものだそうだが、その爆弾と直面する爆発物処理班の戦士たちの死亡率は著しく高い。最新の防爆服でさえ、気休めに過ぎない。歴戦の兵士さえ、逃げ隠れる爆弾にみずから向かっていく男たちとは……。
手持ちカメラによるドキュメンタリータッチとすさまじいサウンドが、3Dをしのぐ臨場感でイラクを体験させてくれる。主人公は戦死した前任者を継ぐ形で着任したウィリアム・ジェームズ軍曹。彼の爆弾無力化作業はマニュアルを超越した型破りなものだった。
作業のじゃまになると判断すれば、重い防護服さえ脱ぎ捨てる。連絡が必須の状況で無線も外す。もしもフジテレビが製作していたら、そんなシチュエーションを説明口調で涙をまじえて描写するのだろうが、一日にいくつもの爆弾を処理する彼らには愁嘆場も許されない。ただ黙々とただ順番に処理していくだけだ。
ジェームズ軍曹の人間性はさりげないエピソードの中から、浮かび上がってくる。心優しく、あきらめないキャラクターも伝わってくるのだが、はっきりいえば、彼は職業の天才なのだ。突然現れた大佐にいくつの爆弾を処理したのかと訊ねられる。最初ははっきり答えたがらないジェームズだが、度重なる質問に「873個です」と答える。
それだけの回数、死に肉薄してきたのだ。
The rush of battle is often a potent and lethal addiction, for war is a drug. 打ち続く戦闘は強力かつ致命的な中毒となる。戦争は麻薬なのだ。
映画の冒頭でこのようなフレーズが登場するが、職業の天才であるジェームズにとって、873の死と対面してきたことが、生である。そのことが鮮烈かつ適正に描かれている。
天才とは他者はもとより自分にも御しがたいものだ。戦場の常識からかけ離れた天才の行動は他者である部下にとって、困惑させられるものだ。状況の中で致命的な緊張感さえ呼ぶ。一方、ノブレス・オブリジェなどとは別の次元で、自分もそうせざるをえない。仲間に説明さえできない。天才だから。
天才を描くことが抜群にうまい曽田正人の漫画「め組の大吾」などが思い出される。主人公はもちろん、自分が天才であることを意識してはいない。それはまさに呪いであり、散文的な理屈を越えたものなのだ。そんな極限状態における極限の能力を持つ男を凡庸な庶民レベルからは想像できないそのままの姿がある。
屈託なく常識もあり心も優しい。だが、爆弾を処分するという状況の中で、純粋な職業の天才となる。セリフは少ない映画だが、リアルかつ象徴的なセリフの数々は鮮烈だ。これは極限の中の男を描き続けたキャスリン・ビグローが到達した最高のプロフェッショナルの映画である。
キャスト ジェレミー・レナー アンソニー・マッキー ブライアン・ジェラティ レイフ・ファインズ ガイ・ピアース デヴィッド・モース 他


