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【海外旅行】世界帝国は滅びず

 目が覚めたら、トルコだった。昨日はギリシャのミコノス島で迷路のような街をさまよっていたのに……。船の旅は視点、移動感覚、距離感覚などが変わってしまう。

 不勉強なまま、この港にきた。クシャダスといわれてもまるでピンとこない。クシャダスは古代都市エフェソスの港町。ビザンチン帝国の時代、エーゲ海交易の要衝として、ベネチアによって繁栄がもたらされた。15世紀以降はオスマン・トルコ支配下、シルクロードを経てきたさまざまな物品がここを通ったのだろう。

  そういう歴史背景を知ったのは日本に帰ってきてからなのだから、お恥ずかしい。

  ミコノス島は沖止めだったセレブリティ・イクノスだが、今回はきちんと埠頭に接岸しての上陸である。

クシャダス・エフェソス観光
クシャダスには未明に到着。

  我々の向かい側には昨日、ミコノス島でも見かけた、ホーランド・アメリカのニューアムステルダムが接岸している。

クシャダス・エフェソス観光
ニューアムステルダム。

 港への到着は午前7時だったが、現地ツアーの集合時間は午前8時45分なのでゆっくりしている。

 船室のベランダから見下ろすと、歓迎のための民族舞踊団みたいな人たちが踊っている。クルーズ船2隻がもたらすものは大きいんだな。

クシャダス・エフェソス観光
歓迎の踊り。

 バフェで朝食ををとり、集合場所へ。

クシャダス・エフェソス観光
きちんと埠頭に泊まるのはありがたい。

クシャダス・エフェソス観光
停泊するクルーズ船はいくつも。さすがは歴史的港町

 現地ガイドはトルコ人女性。トルコ国内の大学で日本語学科があるのは3校だそうだが、その出身でなかなかチャーミングな方だった。20代後半、独身だそうだが、名前を忘れてしまった。ごめんなさい。

「ギリシャはたいへんだけど、わたしたち、トルコはユーロに入らなかったから、あんなことにならないよ」などと、ガイドさん。ヨーロッパの観光客がギリシャから、トルコに流れているのは事実なようだ。

 ウォータースライダーを売り物にするウォーターパークなども車窓から見え、フロリダみたいな雰囲気もある。

 まず向かったのは、聖母マリアの家(Meryem Ana Evi)である。キリスト昇天後、聖母マリアはイスラエルでの迫害を恐れて、エフェソス近郊までやってきたそうだ。天啓を受けたドイツ人修道女アンナ・カタリナ・エンメリックが語ったことばから、キリスト教徒たちの家さがしが始まり、見つかったのは19世紀のことだという。

 聖母マリアの家とは、その場所だ。これまた知らなかったのだが、歴代のローマ法王がここを訪問。最近では2006年11月に教皇ベネディクト十六世をここを訪れ、ミサを行ったという。

クシャダス・エフェソス観光
狭い駐車場はバスだらけ。

 バスは進み、標高をあげていく。聖母マリアの家の駐車場は観光バスでごった返していた。たしかにクルーズ船がまとまって到着すれば、こういうことになる。到着がもう少し遅くなっていたら、駐車場の中には入れなかったかもしれない。

クシャダス・エフェソス観光
日本語でも由来が書いてある

 まずは、洗礼場をみる。このころの洗礼だから、身体を水に浸してするものなんだけど、ちょっとしたプールだ。めちゃくちゃ深くてびっくりする。

クシャダス・エフェソス観光
洗礼のプール。

クシャダス・エフェソス観光
猫もいい顔をしています。

 つづいて、聖母マリアの家へ。

クシャダス・エフェソス観光
遺構のあとに復元された教会、聖母マリアの家。

 もちろん、当時のままの建物ではなく、教会として遺構の上に復元したものだ。内部は撮影禁止だ。厳粛さ、ぬくもり、強さを感じた。日本人がアクセスしやすい場所にあれば、パワースポットといわれそうな雰囲気だ。

 内部は撮影禁止だが、内部の画像については以下のURLへ。
http://www.sacred-destinations.com/turkey/ephesus-house-of-the-virgin

 ここは、正教、旧教、イスラム教の聖地とされており、それぞれの人が祈りを捧げているとのこと。

クシャダス・エフェソス観光
泉。3つといわれていたけど、4つあるような気が……。

 つづいて泉へ。ガイドさんは「長寿・金運・愛情の泉です」と紹介していたが、ここで具体的にどうすればいいか、さっぱりわからない。周囲を見たら、みなさん、ペットボトルに詰めたり、手を洗ったりしている。よくわからないから、神社の手水場のように手を洗いと口をゆすいでみた。

クシャダス・エフェソス観光
神社のおみくじ柵みたいだけど……。

 つづいて、ガイドさんは「日本のおみくじと同じものがあります」と言っていた場所へ。絵馬か七夕飾りのように、いろんな願い事を書いている紙やハンカチがたくさんくくりつけられている。が、日本のおみくじ売り場みたいなものはどこにもない。

 どうすりゃいいの?

 帰ってきて検索すると、泉とこの場所はセットであることがわかった。

 聖なる泉で手を洗ったあと、その手を拭いたティッシュペーパーやハンカチに願い事などを書いて、ここに結びつけるというのだ。

クシャダス・エフェソス観光
カフェではドルもユーロもリラも使えました。

 それはちょっとわからないよ。割り切れない思いをしつつも、駐車場の手前にある売店兼カフェで水分を補給する。

 いよいよ、エフェソスの都市遺跡にむかう。

 いまさらのようだけれど、ここはほんとうにすごかった。さながらローマ遺跡のテーマパークだ。

 ローマ帝国時代の遺跡としては、保存状態がよいといわれてい通りだ。文字通りの百聞は一見に如かず。空間のスケールはきてみなければわからない。

クシャダス・エフェソス観光
石造りのテーマパーク(本物)。

クシャダス・エフェソス観光
古代の大通りを埋め尽くす人。

 その空間をクルーズ船からはきだされた大勢の観光客が埋め尽くす。当時の往来の賑わいまで感じられる。写真ではなく、こうやってライブで遺跡を歩く意味というのはある。つくづくそれが感じられる。

クシャダス・エフェソス観光
石造りのテーマパーク(本物)。

クシャダス・エフェソス観光
これは当時使われていたテラコッタ(素焼き)ですとガイドさん

クシャダス・エフェソス観光
1400人収容の音楽堂。

クシャダス・エフェソス観光
コリント式、イオニア式、ドーリア式がならんで……。すごいなと思ったら、比較用にわざと並べたとのこと

 頭の中で補助線をいろいろ引きながら、ローマ帝国の威容を想像する。そういえばこの旅の起点もローマだった。

クシャダス・エフェソス観光
蛇のレリーフは医のシンボル。

クシャダス・エフェソス観光
勝利の女神、ニケ(NIKE)のレリーフ。

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ハドリアヌス神殿。ハドリアヌスの長城がイギリスにあることを思えば、ローマの版図がしのばれる

クシャダス・エフェソス観光
セリシウス図書館。14万冊の蔵書はセカイで三番目の蔵書数(当時)だったと言われる


クシャダス・エフェソス観光
図書室前の地下通路。娼館への抜け道だったとガイドさんはいってたけど、ほんとかな。

クシャダス・エフェソス観光
奴隷売買が行われたというアゴラ。

クシャダス・エフェソス観光
収容人員24000人の劇場。一番後ろの席には着飾った娼婦たちが座ったという。
ガイドさんってば、娼婦関係の説明が多かったですよ。

 エフェソスにはふたつの入り口があるが、今回は南の山側から入った。北の麓側の入口付近では、ローマの剣闘士の試合の寸劇をやっていた。そこはかとなくゆるい感じがいいね。

クシャダス・エフェソス観光
ローマの皇帝ご一行の入場です。なんとなく滑稽な気もする。

クシャダス・エフェソス観光
日光ローマ村(うそ)。


 車窓からセルジュクの要塞跡なども見え、ちょっと訪れてみたかったな。

 バスは土産物店へ。店内はきれいで値引き交渉もなし。日本人好みの空間だ。地元のイチジクやオリーブ、蜂蜜などのお土産を売っている。ガイドさんはバックマージンが入るのだろう。「3個買うと1個タダです」と、繰り返しいっている。

 バスはクシャダスに戻ってきた。そのまま、自由行動で、バザールを見て歩くのもいいし、ふねにもどるのもいい。でも「トルコのカーペットを買いたい人、私が案内します。国営の店」と、ガイドさんがいっていたので、ついていってみることにする。

 20畳ほどの部屋に案内される。トルココーヒー、紅茶、ラクなど、希望のものがふるまわれたあと、トルコの絨毯がどれだけ緻密で、一生の財産になるかを説明される。それから一枚一枚説明しながら絨毯が広げられる。床を何層にも埋め尽くしていくトルコ絨毯。

 これはもう一種の芸だね。たぶん、足元に広げていったカーペットだけで、数千万円以上するのではないだろうか。

 ただ、ここでトラブルが起こった。広げたカーペットの単価を聞くツアーメンバーに対して、説明をしてた人が、あいまいな値段をいったのだ。それに対して、言い返すメンバー。

 掛け値での販売か。正価販売か。日土商慣習の東西激突としかいえない事態が勃発した。

 トルコ人女性ガイド、店に雇われたトルコ人通訳、トルコ人マネージャー、販売担当者、それぞれの立場で、それぞれがいろんなことを言い出す。

「じゃあ、あなたはどれが気に入りましたか。それについて話をしましょう」と、「値段については別室で」とか、トルコ側。「あんたらが、誠実な商売をしてくれたら、こっちは粋に感じて買うんや」と日本側。

 別室で交渉するあたりは、秋葉原とか池袋、渋谷で一時期流行した絵画販売を思わせるものがあったよ。

 いやあな空気が流れはじめた。ツアーの皆さんはひとり、またひとりと部屋をあとにしていった。

クシャダス・エフェソス観光
バザール。「バザールでござーる」というトルコ人に遭遇。

 そのあと母とバザールに入っていく。店の外には、ひまそうな男が1〜数人インストールされており、それが声かけ要員になっている。100の店があれば、97の店がぼくらに声をかけてくるという感じ。だいたい日本語か英語で声をかけてくることが多いが、中には、中国語や韓国語で声をかけてくるやつもいたよ。

 ぼくはちょっと楽しかったけど、母はめんどくさいみたいだ。

クシャダス・エフェソス観光
ケバブ屋

 歩き疲れたところで、ちょっと裏通りにあるケバブ屋に入る。この手のケバブ屋って、男子校の文化祭の模擬店みたいだ。所在なげな男たちが、うろうろしながら、店を構えている。

クシャダス・エフェソス観光
ケバブ

 とりあえず、シシカバブとドネルケバブをオーダーする。それとビールね。トルコは酒が飲めるから、いい。こんなところの店に入る日本人が珍しいのか、しばらく話していたら、いろんな付け合わせを持ってきてくれる。それだけで、お腹いっぱいになりそうだ。

 味そのものは六本木とか、新宿とかの露店で食べられるケバブとあんまり変わりない気がするけど、それでもちょっと楽しかったよ。

 それからバザール内をうろうろする。ミコノスに比べたら、まるで迷わないぞ。ニューアムステルダムでここにきた日本人の新婚カップルと、軽く情報交換などもする。クルーズ旅行する日本人って、事前の想像よりずっと多い印象だ。

クシャダス・エフェソス観光
魚屋。

 午後3時過ぎに部屋に戻る。船室でちょっと一休み。

 ネットを接続して見たら、トルコで地震があったとのこと。そのとき、自分がトルコにいたというのも奇遇だが、震源はトルコの東の端。自分がいたのはトルコの西の端。数千キロも離れているので、実感はない。

 それでもTwitterなどで、みなさんに心配していただきました。ありがとうございます。家に帰って水道橋博士がブログでも書いてくださってて、ちょっと胸があつくなりました。

 ディナーはスペシャリティレストラン「MURANO」。

 以前も書いたが、セレブリティイクノスには、別料金が必要なレストランがいくつもある。MURANOはその中でもハイクラスな店の一つだ。40ドルのチャージが必要なのだが、今回はJTBのおごりということだ(パンフレットにも記載されている特典)。まあ、このクラスのレストランを三千円ちょっとで利用できるのは、いいよな。

 S岡さんが手配してくれていたおかげで、メインダイニングで飲み残しておいたワインのボトルもこちらに持ってきてくれている。腹に余裕があれば、どの料理も好きなだけ、オーダーできるルールはここでも適用される。

 話を聞いてみたら、トルコの絨毯屋で戦っておられた方は、バザールの店で、納得のいく買い物をされたそうで、なによりでした。

 船は午後6時出港。明日は363海里さきのイスタンブールへ。

※こちらのエントリーもどうぞ。

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