« シネコン至上主義#10 | メイン | シネコン至上主義#12 »

【映画2013】シネコン至上主義#11

をオススメ。

「水道橋博士のメルマ旬報」で連載中の「シネコン至上主義――DVDでは遅すぎる」のバックナンバーです。

お金を払ってみた映画作品の推薦文です。映画を映画館で見る理由となる3つの要素について五点満点で採点しています。星が少なくてもお金を払って見るに足ると評価した映画だけを紹介しています。ここに紹介している作品は甲乙つけがたいものばかりです。気になった作品なら、ぜひスクリーンでご覧になってください。

「スクリーン必然性」3D効果や臨場感、サウンドなど、家庭のテレビ画面でなく、映画館で見る必然性を示します。
「インストール強度」人生の一部として、自分の中にどの程度インストールされるかの目安です。
「おっぱい指数」映画に必要な裸の女優の割合を物理的なものだけでなく、色気も含めて評価します。





【パラノーマン ブライス・ホローの謎】

スクリーン必然性 ★★★★
インストール強度 ★★★★★
おっぱい指数   ★

■推薦文
すばらしい。

子供には刺激が強すぎるが、それでも、子供のときに見ておきたい傑作人形アニメだ。魔女、ゾンビ、霊視といったホラー映画要素をふんだんに織り込みつつ、高い次元のテーマを展開している。

「トイ・ストーリー」を初めて見たとき、バズ・ライトイヤーがおもちゃである自分を意識し、アイデンティティが崩れるさまを見て、いまのアニメはここまで描くのかと衝撃を受けたが、「パラノーマン」にはそれに匹敵する衝撃がある。

当たり前のように死者と話せる少年、ノーマンが主人公だが、この映画の本当の主人公はブライス・ホローという街だ。

なぜ人は歴史を学ぶの? 歴史を勉強して、なんの役に立つの? そんな素朴な質問に対する説得力ある回答がここにある。それもアクション満載のエンターテインメントとともに描かれる。

人形を使ったストップモーションアニメーションで、これほどの演出や表現ができるのだ。人形アニメ自体の伝統は長い。たくさんの傑作も作られてきた。その傑作に連なる作品として、輝かしい光芒を放っている。

この映画を作ったのは、「コララインとボタンの魔女」のライカ社だ。注目すべきはその豊かすぎる表情だ。その表情を作るために、作成された顔面モデルは主人公ひとりだけで、約8800個におよぶという。

それをコマ単位で取り替えつつ完成させた映像は、従来の人形アニメの常識を凌駕している。

ライカ社の前作「コララインとボタンの魔女」では、人形の顔の継ぎ目をCGで消さずにあえて残し、人形アニメらしさを残していたが、「パラノーマン」では、人形らしさを強調する演出はない。人形が動いていることさえ、意識させないレベルになっている。表情やアクションはもとより、人形アニメでこれほどの群衆を描けるのかと驚嘆するほどだ。

これがCGアニメではない、人形アニメだったのだと思えるのは、アクションや迫力シーン満載の映画を見終わって反芻しているときだったりする。奥行き、空気感、質感などが、テーマと合致して説得力となっている。

公式サイトのプロダクションノートには、「サム・ライミがカメラを手押し車に乗せて、とにかく森の中を駆け回るといった手法は、見ていてとてもエネルギッシュなんだ。このような映像は、コンピュータではとても真似ができない。だから私たちがストップモーションで映画をつくるのは、デジタル時代以前の1980年代にライミのような監督たちが成し遂げた業績に対するオマージュとして、まさに正しいと感じるね」と監督の弁。

人形や小道具の作成には最新の3Dカラー・プリンターが使用され、最新のデジタル技術もふんだんに盛り込まれているが、映像の芯の部分には、ひとコマひとコマ丹精を込めて人間が動かしていく贅沢さにあふれている。

■採点理由
3D的に派手な演出は抑えめだが、3Dでしか出せない質感表現はがあること。また、このように贅沢な夢の世界は映画館で見るのがふさわしいから、「スクリーン必然性」は、★★★★。いまの時代にマッチしたテーマをくっきり描いた手際は賞賛に値するので、「インストール強度」は★★★★★。とはいえ、人形なので「おっぱい指数」は★だ。

■以下ネタバレ
冒頭近くで息を飲むノーマンの通学風景。ブライス・ホローという街の歴史が視覚化された名シーンだ。素晴らしいのは、幾層にも重なる町の歴史を幽霊という存在を通じて、きちんと感じさせてくれること。

この映画の本当の主人公はブライス・ホローという街であり、幽霊と会話できるノーマンという存在が歴史あるブライス・ホローの語り部となっている構造は抜群だ。

だからこそ、クライマックスの「魔女」との対話を通じて、コミュニティである街を支配してきた「もの」の本質をえぐりだし、その「もの」こそが小さな町だけでなく、現代の世界をも覆う危険性を最大のシンパシーとともに教えてくれる。

さかのぼって映画をたどれば、学校でいじめられるノーマンのいじめられる理由も同じ「もの」だったのだと、わかることになる。

その「もの」の蔓延を防ぐためのたったひとつの冴えたやりかたもきちんと提示されている。

こんなにすばらしい作品で、子供にも見せたいがが、字幕版でしか公開されていないのが、ほんとうに残念だ。

【シュガー・ラッシュ】

スクリーン必然性 ★★★★ インストール強度 ★★★★ おっぱい指数   ★

■推薦文
圧倒的な多幸感。最初から最後まで、おれの顔には笑みが浮かんでいただろう。

スペースインベーダーの登場はおれが中学のころだが、高校から大学あたり……、毎日のようにゲームセンターに通っていたころから、スーパーファミコンで「スーパーマリオカート」に熱中していた二十代までの記憶が刺激される雄弁なファンタジーだ。

個別のゲームの引用が多いかと思っていたが、それほどではない。しかしゲームに普遍的にある体験のメタファーがじつに巧妙なため、没入感も最高だ。

この映画の奇跡は30年前のアップライト筐体と最新のビデオゲームが肩を並べるゲームセンターの存在であり、それこそが桃源郷のようだ。映画の冒頭で数十年に渡るそのゲームセンターの歴史が見られるが、手元にリモコンがあれば、コマ送りで見たくなるほどの登場ゲームのラインナップ。そのひとつひとつが、自分の年表のなかの西暦数字のように、記憶を刺激する。

「Tapper」だの「フロッガー」が登場するなんて、あのころゲーセンに通っていた人は嬉しくなるけど、ATARI製ベクタースキャンゲームの筐体が並んでいるあたりはざわざわするよ。

50歳の自分は、映画館の座席で身を乗り出してしまうのだが、作り手がゲームへの愛情が、そのまま、この世界への愛情になっている。

この映画は、単なる懐かしゲームキャラ探し映画ではない。

主人公は架空の80年代風ゲームの悪役、ラルフだ。ユーザーが操作できる自キャラより、敵となり多彩な攻撃を繰り出す悪役キャラのほうが人気者だったりもするのだが、まあ、そういう人間世界の観点はともかく、祝福もされず、メダルももらえないラルフの寂しさの表現はすばらしい。

さらに濃密に描かれた世界観にはうれしくなる。電源タップからコンセントへとつながるゲームの内側の世界は、アトラクションが連なるテーマパークだ。

ディズニーといえば、クールでエゴイスティックな電脳世界映画「トロン」もあるが、いまや、こちらのほうがゲーム世界と納得できるハイレゾ進化にもわくわくする。なにより、日本のゲームがアメリカやディズニー映画に持ちこんだ数多の要素に胸がときめいてしまう。この映画のディテールこそ、クールジャパンじゃないか。

すばらしくヒットしているけれど、こういう映画がヒットするのは、うれしいことだね。おとなも子供もぜひ!

■採点理由
視界に広がる大きなスクリーンで没入感を堪能したいから「スクリーン必然性」は★★★★。この多幸感はすばらしい記憶になるから「インストール強度」は★★★★。ヒロイン、ヴァネロペは日本のアニメみたいなキャラだけど、色気はないから「おっぱい指数」は★。

■以下ネタばれ
人が行動により自身の存在を証明するストーリーはディズニー的というより、ピクサー的といえる。ピクサーのジョン・ラセターがディズニーのCEOになってから、両者の区別がつかなくなったと思っていたら、クライマックスでびっくりした。

ヒロインのヴァネロペはまるで、日本のキャラのようで、ディズニーアニメとしては異色のキャラクターだけれど、最後の最後でディズニープリンセスの伝統に連なるのは、すばらしい。そういえば、この映画ってもうひとつの「美女と野獣」なんだね。

【だいじょうぶ、3組】

スクリーン必然性 ★★ インストール強度 ★★ おっぱい指数   ★

■推薦文
「五体不満足」の乙武洋匡の原作、主演映画……だけれど、この映画の見どころは小学生の子役たちの生をみずみずしく描いたシーンの数々だ。

身障者が出てきて、泣かせる話は苦手なので、観にいくのが億劫だった。実際に身障者が出てきて泣かせる話だったが、好感が持てた。身障者の話ではなく、きちんと子どもたちの話にしたことが、成功の鍵になっている。子役たちがほんとうにすばらしかった。

乙武洋匡がいなくても成立した話ではないかという疑念もある。

それだけではない。「おまえがすごいよ」、「すごいのはおまえだよ」みたいな身内ぼめセリフの多用は勘弁してほしい。キャストがみんな泣きすぎなのも困る。クラスが一丸となって勝利を目指すってのも苦手だ。

そんなめんどくささもある一方で、上品さと希望と暖かな視線が作中に横溢している。クローズアップを多用した撮影も効果的で、いい気持ちにさせてくれる。撮影のよさに丸め込まれちゃったのかもしれないね。

■採点理由
テレビドラマではない映画の香りがきちんとあるけど「スクリーン必然性」は★★。もしこれを子供のときに見ていたら、衝撃を受けたかもしれないが、自分はおじさんなので「インストール強度」は★★。ヒロインとして榮倉奈々を投入しているが、ほとんど意味がないし「おっぱい指数」は★。

■以下ネタバレ
この映画の白眉は子どもたちが自転車に乗り帰っていくシーンだ。それが象徴する意味と美しさは胸を締めつけるものがある。

乙武洋匡という飛び道具が登場するわりには、ちょっとものたりなかったな。

【暗闇から手をのばせ】

スクリーン必然性 ★★ インストール強度 ★★★ おっぱい指数   ★★★

■推薦文
「だいじょうぶ、3組」は小学校に身障者の先生がいく映画だが、「暗闇から手をのばせ」は、身障者のもとに健常デリヘル嬢がいく映画だ。

「だいじょうぶ、3組」には乙武洋匡が出演するが、「暗闇から手をのばせ」にはホーキング青山が出演する。

身障者専門のデリヘルをテーマにした映画といっても、陰湿さはなく、エロティシズムもほどほどに、大らかで後味の良い仕上がりになっている。説明的なセリフが目立つ前半から、小泉麻耶演じる主人公のキャラが立ち上がってくる中盤からの醍醐味がいい。
たった68分の映画だし、ごつごつしたエピソードという素材を重ねた低予算映画だけど、同様に身障者が登場する「最強のふたり」とか「だいじょうぶ、3組」にひけをとらない仕上がりになっている。おっぱいの存在が映画選択の鍵でしょうか。

身体がどのような状態であっても、そこにある頭と心は変わらない。性的な欲求も変わらない。そして、デリヘル嬢を呼び、フィジカルな交流で心を埋め、あたたかな気持ちになって別れる。これって、ぼくらが主演の小泉麻耶のおっぱいを求めて、映画館という暗闇にいき、すべてを見終わって温かな気持ちで帰ってくるのと同じことだよね。

■採点理由
テーマがテーマだけに映画館の闇がほしいが「スクリーン必然性」は★★。タブーとされていたものを明るく描き、蒙を啓く。その意味で「インストール強度」は★★★。グラビアアイドルの小泉麻耶がデリヘル嬢を演じるのはすごいし、露出もそれなりにあるが、バストトップが見えないので「おっぱい指数」は★★★。壇蜜を見習ってください。

■以下ネタバレ
最初から最後まで本番を懇願するホーキング青山、いいですね。

【ザ・マスター】

スクリーン必然性 ★★★★ インストール強度 ★★★★ おっぱい指数   ★★★

■推薦文
父と子の物語であり、神と悪魔の物語であり、なにより孤独を生きる男の物語だった。さりげない奇跡は偶然かもしれないが、そこにしかない生きる妙味がある。

圧倒的な映画力と濃密さ、一作ごとにドラマの次元から飛翔していくポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作だ。

前作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」からさらに進化した映画体験だが、見終わったあとの困惑と陶酔がたまらない。

第二次世界大戦後、PTSDによりアルコール中毒となり、全米を放浪するホアキン・フェニックスが、新興宗教の教祖、フィリップ・シーモア・ホフマンと遭遇することから、ドラマが始まる。

トム・クルーズやジョン・トラボルタが入信していることで有名な教団、サイエントロジーにインスパイアされた教団が登場するということで、話題になった映画だが、宗教やカルト的な色彩は薄い。

教祖はアメリカ兵の空虚な心を埋められるのかという形は、やがて二重らせんのように教祖自身の心の空漠をも見せていく。

戦後アメリカのさまざまな社会的潮流は、ディテールとして登場するが、作品の根幹からは距離を置いている。

映画の見せ場のひとつはプロセシングという人格改造的インタビュー。自分の喪失の核が顕になるのだが、途中でやめようというフィリップ・シーモア・ホフマンに対して、ホアキン・フェニックスがつづけてくれと懇願する。まるで、自分の病巣をかきむしって粉々にしようとするように。

癒そうとするために過剰にかきむしるシーンはいくつもあるが、これが人と社会の孤独すぎる距離感を描いているようで、いたたまれなくなる。

この映画は世界と時代をさまようロードムービーであり、立場は違えど、孤独な魂が共鳴しあう男のバディ・ムービーなのだ。

■採点理由
65ミリフィルムで撮った映像、ジョニー・グリーンウッドの心を波立たせる音楽を堪能するなら、映画館だから「スクリーン必然性」は★★★★。いまは意味がわからなくても未来のデジャブのタネになるから、「インストール強度」は★★★★。おっぱいどころか、アンダーヘアやおしりが多数でるものの、色気とはちがう次元なので「おっぱい指数」は★★★。

■以下ネタバレ
この映画は世界と時代をさまようロードムービーと書いたけれど、エンディングのセックスシーンが悪意と絶望の諦念のカタルシスになってますね。すごいなぁ。せつないなぁ。

【アンナ・カレーニナ】

スクリーン必然性 ★★★★★
インストール強度 ★★★
おっぱい指数   ★★

■推薦文
映画の至福をたっぷり浴びてきたよ。「プライドと偏見」、「つぐない」、「路上のソリスト」、「ハンナ」など、ジョー・ライト作品はどれも好きだけど、まさかこれほどのものを仕上げてくるとは! 人の業をこれほど、くっきりした演出が最高だ。

このクラスの作品が年に数本あるだけで、おれの映画的記憶は満足するであろう作品。これは「アンナ・カレーニナ」という古典を脱構築して、リ・イマジネーションした映画のいまだ。つまり、因習という呪いが現代にあたえる残響を奥行きとともに描いた作品だ。

舞台版としての「アンナ・カレーニナ」というフレームを意識的に見せながら、普遍へといたるテーマを執拗に追い続けていること。メタ構造そのものを古典へと回帰させている。

誤解をされるかもしれないが、因習ある社会の呪いと、いったん、スイッチが入った女性という呪いのせめぎあいがとにかく濃い。あらゆる理不尽が押し寄せるクライマックスで暗示される深淵さえ、福音に思える。

■採点理由
優れた編集と構図で見せる舞台劇構造は、映画館という劇場空間で見るべきなので、「スクリーン必然性」は★★★★★。メロドラマの域を超えた恋愛の意図せぬ悪意と解放が身にしみるくらいだから「インストール強度」は★★★。キーラ・ナイトレイのベッドシーンはあるが、いままでの露出を考えるとささやかなものなので、「おっぱい指数」は★★。

■以下ネタバレ
映画では、アンナとヴロンスキーの不倫愛。リョーヴィンとキティの紆余曲折の愛が描かれているが、舞台型演出がこのクライマックスのためにあったのかと思えるほどの終盤の演出がすさまじい。

社会制度と業の板ばさみにあって、転落の道をたどるアンナのメロドラマを舞台に貼り付けつつ、生の階段を一歩ずつていねいに上がっていくキティの姿を舞台から飛翔させるカタルシスには胸を打たれた。そこにこそ、古典のリ・イマジネーションの醍醐味があったのだ。


★今回とりあげなかった映画
おすすめの映画をなるべく紹介したいのですが、今回、いろんな理由で紹介しなかった映画は以下のものです。

「コドモ警察」

今回は高打率ですね。


★近況
「暗闇から手をのばせ」上映後のトークショーで、主演の小泉麻耶が舞台に立っていることを知り、駆けつけました。

江本純子が脚本・演出の「ドブ、ギワギワの女たち」という芝居だったのですが、女性の劇作家だからなのか。登場する女たちのバリエーションが楽しかったです。男性作家なら、女へのあこがれをキャラクターに混入させるものが多いのですが、女が描く女キャラは容赦なく追求したものになってます。舞台にあふれる女と女と女たち。純粋なカタルシスに向けてのスタンピードが小気味よかったです。舞台でおっぱいは出ましたが、下品ではないのがよかったですよ。


最新映画については、「水道橋博士のメルマ旬報」で、ご紹介!

※こちらのエントリーもどうぞ。

« シネコン至上主義#10 | メイン | シネコン至上主義#12 »

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

                

最近のエントリー

カウンターetc

人気ブログランキング - ゲームの王道 atom rss2.0
total カウンタ:today カウンタ:yesterday カウンタ

Pagerank/ページランク

人気記事ランキング

Google Adsense