バトルスター・ギャラクティカseason2
渡辺千賀のブログなどによれば、「バトルスター・ギャラクティカ」の後半はイラク戦争の影響が強く陰々滅々たる展開になるとのことだが、CS「Super Drama TV」で始まった第2シーズンがいきなり度肝をぬくような展開で、目が離せなくなっている。
渡辺千賀のブログなどによれば、「バトルスター・ギャラクティカ」の後半はイラク戦争の影響が強く陰々滅々たる展開になるとのことだが、CS「Super Drama TV」で始まった第2シーズンがいきなり度肝をぬくような展開で、目が離せなくなっている。
DVD化されてのんびりとチェックしていたのが、総制作費は200億円以上といわれたテレビドラマシリーズ「ROME」だ。
ついにというか、やっとというか、「GALACTICA/ギャラクティカ」のDVDレンタルが開始されたわけでたいへんにめでたい。
そういえば、アメリカドラマ「HEROES」の第一シリーズDVDがコンプリートリリースされたのだと、チェックを再開。ジョージ・タケイが出た回で、アメリカ人がほかの日本人を指すのに、あのスールーとかいっていたのが、おかしい。
「サウスパーク」の全エピソードが完全に無料でオンライン公開されたと聞いて、いってみましたよ。
「HEROES/ヒーローズ」が俄然おもしろい。つまり、さまざまな特殊能力を持つ人々がドラマを織り成すあたりは「4400 未知からの生還者」であり、未来の悲劇に気づいた人間たちの献身的な努力は「デッド・ゾーン」であり、予測不可能なドラマとグロテスクさは「ツインピークス」であり、いろんなドラマや映画のいいとこどりだ。コメディとトラジェディのブレンドも超絶的だ。
1500万mixiユーザーが1月20日の日記で最も話題にしたキーワードといえば、「仮面ライダー電王」なのだが、いやもう、最初から最後までクライマックスな最終回だったよ。
ツインタワー崩壊の疑惑を追え 2001年9月11日。 ハイジャックされた2機の旅客機が、 ワールドトレードセンターのツインタワーに次々に激突。 その後、110階建てのビル2棟が、立て続けに全崩壊、 3000人近くの命が失われた・・・この事件について、政府の公式発表は、
「ワールドトレードセンターのツインタワーは、旅客機が突入した衝撃と、
ジェット燃料によって火災が発生したために崩壊した」だが、ここには、数多くの疑問があると言われており、
それを分析した専門家達からは、ある衝撃の仮説が打ち出されたのである。
深夜TBSのバラエティ番組「叱ってブロンド先生~英会話ダメ出しバラエティ~」を見る。とりあえず単発の番組だが、民放でこのように英会話をテーマにした教養バラエティをやるのは珍しい。
国分太一が稲川素子社長の代わりに、外人芸能事務所の社長業を勤め、英語もろくに話せないのに、所属タレントとの面談をする。difficultさえわからない状態で、辞書を引きまくっていると、リサ・スティッグマイヤー、マリエ、関根麻里といった、英語バイリンガルの"ブロンド先生"がSっ気たっぷりにいたぶる。
1963年に小倉に生まれて、筑豊で育ったリリー・フランキーの自伝的作品「東京タワー」はもうそれだけで、居心地が悪くて、なかなか読めないんだけど、ドラマだったら、まだマシかなと、録画した19日放送文を見た。
放映はフジテレビだが、製作はKANOXだとなんで、こんなにTBSっぽいんだろう……なんて思ったら、不動産屋役で希木樹林が出てきて、ポスター前で身をよじる演出。「寺内貫太郎一家」ですか。
それだけでなく、ドラマとして、つくづく居心地が悪い。
いままで、ほかの地方の人間が、映画やドラマの方言がちがうから気持ち悪いとかいうのを了見が狭いなぁと思っていた。
取り消すよ。おれ、このドラマの博多弁テーストの筑豊弁もどきが、ものすごく気持ち悪い。
TBSのスペシャルドラマ「僕たちの戦争」がおもしろかった。
平成17年から昭和19年にタイムスリップする若者、そしてそれと入れちがいに昭和19年から平成17年にタイムスリップする海軍練習生のそれぞれを森山未來が演じており、彼の起用がほんとうにうまくいっている。
原作の荻原浩作品は未読だけれど、山元清多の脚本のバランスがよく、戦時に巻き込まれる現代人の成長が、結果的に特攻への志願となるアイロニーをわかりやすい形で示していて、うまいなぁとおもう。
スティーブン・キングの映画化作品のうち、いちばん好きなのは「ショーシャンクの空に」でも「スタンド・バイ・ミー」でも「グリーンマイル」でも「ミザリー」でもなく、断然「デッド・ゾーン」なのである。
キングとクローネンバーグ、それにクリストファー・ウォーケンの"であいもの"としかいえないような秀作で、絶望と使命感、気高い愛のドラマに、カナダ・ロケで生み出された鈍色の映像が奇跡のようなハーモニーを奏でている。
その「デッド・ゾーン」がテレビシリーズになり、現在、かの国では第5シリーズまで放送中ときいてはいたのだが、なかなか見る機会がなかった。
最近、会員になったレンタルショップに新作として登場したので、DVD3巻7話分を見た。
新作映画「日本沈没」のレビューを眺めると、不思議に好評なようだ。やはり、「日本沈没」というモチーフや、知っていた街が廃墟と化すインパクトがいまの世代に受けているのだろう。
今度の「日本沈没」をとりまく動きは、興味深い。映画にあるのは、陳腐な恋愛と浅薄な政治家と組織描写だ。それを「政治的な社会風刺はバッチリ」みたいに書いちゃう人が多いので、いまのリアルの底ってどこにあるのか、いろいろと考えている。
主人公ふたりが抱き合って、ぐるぐる回って、テーマソングが流れるところで、みんなまんまと泣いちゃうのは、しょうがないんだけどね。
イベントムービーとしては、成功しているんだろうね。
夏の映画で圧巻のサスペンスといえば「M:i:III」だ。
昨日、フジテレビの「とくダネ」を見ていたら、おすぎがこんなことをいっていた。
「「M:i:III」はよくできているんだけど、どこかで見たシーンばかりなのよね。橋のシーンは「トゥルー・ライズ」だし、高層ビルからパラシュートで飛び降りるのは、ジャッキー・チェンがやっていたし、上海の古い町を走るのは「007」であったし……」
雑な感想だなぁ。そのわりに「サイレントヒル」とか、ほめてたし……。
いってることも大ざっぱだ。「トゥルー・ライズ」の橋はフロリダ・キーズのセブンマイルブリッジだけど、「M:i:III」の橋はヴァージニアのチェサピーク・ベイ・ブリッジだし、クリフダイビングを映画に使っているのは、ジャッキー・チェンだけではない。
なにより、風力発電所でのヘリコプターチェイスを始め、斬新な映像が数多くあったことをすっかり忘れて、自分がたくさん映画を見ていることを自慢するためだけに類例を出して貶めるバランスの悪さは疑問だ。
そして、映画を映画としてみていない鈍感さにはあきれるばかりだ。
だいたい、おすぎって「トゥルー・ライズ」のことをぼろくそにいってなかったっけ? まぁ、「トゥルー・ライズ」自体がキャメロンがうっかり撮ったコメディ・アクションで、スピルバーグの「1942」ばりに、無理がある作品なんだけど。
日テレ「ドラマコンプレックス」で「59番目のプロポーズ」の放映日と配役が発表されていた。mixiで有名なアルテイシアさんのドラマだ。
アルテイシアさんのログをもとに本は二冊出ているし、松竹でも映画化されるそうだ。mixiでは事実上、最初の書籍化作品といってもいいだろう。
「モテ系とばかり付き合ってたアルテイシアが、モテない病をこじらせたヘビー級オタクに出会った・・・」ですよ。
GyaOで絶賛(?)放映中の「MUSASHI -GUN道-」だけれど、第4話のクレジットに「絵コンテ 勝間田具治」の文字を見て、のけぞる。
「風のフジ丸」、「タイガーマスク」、「マジンガーZ」、「デビルマン」、「ゲッターロボ」、「UFOロボ・グレンタイザー」、「キャプテンフューチャー」といったころから東映動画で活躍されていた方である。たとえ大御所の絵コンテといえども飲み込んでしまう「MUSASHI」パワーは恐るべしだ。
仕事は選んだほうがいいと思う。
ナベプロの創始者、渡辺晋が主人公のドラマだ。この時代のことは小林信彦の著作や、軍司貞則の「ナベプロ帝国の興亡」を読んだ程度の知識しかない。
ただ、すぎやまこういち先生をネプチューンの原田泰造が演じるというし……、フジテレビではさんざん番宣をやっているし……、二晩連続で見てしまった。
テレビの草創期を描いている作品はいくつもあるけれど、フジテレビが「ザ・ヒットパレード」という番組を軸に、自社とつながりの深い芸能プロダクションの創始者を描くのは、おもしろい。
二夜連続の前編は、それほどおもしろくはなかった。昭和23年、戦後間もない時期に早稲田大学法学部に通う、渡辺晋を柳葉敏郎が演じているのだが、秋田弁の香る柳葉のイントネーションがひっかかるし、演出の意図だろうが、出てくる人たち全員のオーバーアクトが鼻につく。
ひもじいなか、米軍クラブのバンド演奏で、アメリカの豊かさに触れ、芸能の世界に入るという冒頭の意図はわかるのだが、演出は単調だし、日米の落差がうまく表現しきれていないから、中途半端にみえる。
米軍クラブでのシーンでは、会場にいるのは男の米兵ばかりだし、その全員が、ステージの上の渡辺たちを見ているというのが、うそっぽすぎて……。
米軍クラブで「ハンバーガーなんか、初めて食べたよ」というセリフで、当時の日米の格差を表現しようとしているが、物足りない。夢のアメリカと貧しい日本をくっきり対比させるためなら、シナリオでもうすこし工夫すべきだろう。
とにかく前半は20代の若者の役を40代のおじさんたちが演じている違和感が大きく、青春を描くには苦しすぎる。
これってつまり、女囚ものでしょ? 「女囚サソリ」はいうにおよばず、「地獄の女囚コマンド」とか、リンダ・ブレアの「チェーン・ヒート」とか……。
おお、そういうことなら、好きなジャンルだ。禁じられた女の聖域で、すけべな看守によるリンチとか、凶悪犯同士のキャットファイトとか、あんなことやこんなことがあるわけですか。しかも安倍なつみが主演ですか。うひい!
というわけで、見ましたよ。
大学受験に失敗し、アパレルショップの販売員をしていた「普通の女の子」が、友人に誘われるまま、ニューヨークに留学。なにげなくつきあってしまったイケメンのボーイフレンドは、麻薬取引をするロシアンマフィアだった。
そうとわかったあとも、深い考えもなしに自分のクレジットカードを貸すなどした結果、FBIに麻薬取引の凶暴罪で逮捕され、懲役2年の実刑を受ける。
そんな実話に基づいたドラマだ。
「~壮絶ドキュメント!!アメリカ女子刑務所の636日! 1300人の凶悪犯・・・たったひとりの日本人の女の子」なのだそうだが、女囚ものとしては、明らかに迫力も、リアリティも薄い。
すけべな看守によるリンチとか、凶悪犯同士のキャットファイトとか、あんなことやこんなことも、まるっきりないぞ。
つまりこれは「ザ!世界仰天ニュース」だとか、「九死に一生スペシャル」なんかのスペシャル版なのだね。
ロケーション撮影などは効果的に使われているのだが、登場するキャラクターの掘り下げがほとんどないので、痛みや孤独、葛藤、罪に対する思いが、まるっきり伝わってこない。
「あの人ね、赤ちゃんオーブンで焼いて旦那に食べさせたんだって」なんてセリフは出てくるが、ただそれだけだ。動物園を歩いている程度の感慨しかない。
ドラマの終盤で、「日本に強制送還されることが決まったわたしはもう二度とアメリカの地を踏むことはできない。ほんとうにさようなら、ニューヨーク。さようなら、アメリカ。そして、さようなら、アレックス(麻薬密売人)との思い出。あなたとであったことをわたしは悔やんでいない。ありがとう」と、ナレーションが入るのだが、アレックスという人物もただのハンサムとしか描かれていないし、監獄での彼女の成長が、納得できる形で、描写されていないため、違和感しか残らない。
「自分探し」のために、アメリカにわたった「日本」の「普通の女の子」が「麻薬取引」に関与し、獄舎の中で成長するというアングルを作りたかったのだろうけれど、原作を読んでいないこちらには違和感ばかりが残る。
アマゾンやbk1などの書評を読んでも、「苦しい獄中生活をあっけらかんと書いた」とか、「彼女の前向きな性格が良かったのか、2年間の服役を意外に楽しんで乗り切ったようです」なんて、書いてある。やっぱりなぁ。
そういう「普通の女の子」じゃない感性をシナリオに織り込めれば、現代的な成長のドラマとして、楽しめたはずなのに……。
いずれにしても「普通の女の子でも連邦刑務所に入ることがありうる」とか、「平和ボケした日本に警鐘」みたいな、あとづけのドラマが面倒だったし、彼女がカウンセラー的な役割で受刑者たちの話を聞くあたりの仕掛けも浅かったなぁ。これはこれで現実をモチーフにしたライトなファンタジーなのだろう。
おれはこういうファンタジーよりも「女囚サソリ」とか、「地獄の女囚コマンド」みたいなくっきりした女囚ドラマがいいなぁ。
夜、新しいドラマの「夜王 ~YAOH~」を見る。倉科遼・井上紀良原作でヤングジャンプ連載中のホストもの。単発のドラマではすでに放映していた。今回のドラマもそれを受けた形。
一部女性に人気の「特命課長 只野仁」のフレーバーさえもあるドラマ。ギャグタッチやベッドシーンも織りまぜながら、TBSクオリティで、予算も「只野仁」の比ではないのだけれど……。そもそも松岡昌宏の主人公に、かたせ梨乃のヒロイン、北村一輝のライバルという配役はありなのだろうか。
松岡昌宏VS北村一輝なんて、「ゴジラFINAL WARS」かと思っちゃうよ。
いま、つまらなくなっている歌舞伎町が舞台というのもせつない話だ。
いやまぁ、おれはこのドラマが狙っている層ではないのだけれど、倉科遼原作もので、歌舞伎町が舞台ということで、つい見ちゃったよ。
石川亨さんが原作の担当編集をやっていることから、ついつい見てしまったが、感情移入のツボに入ってしまった。やっぱり、柴門ふみとフジテレビは親和性が高い。
ビッグコミック誌上の原作は次回で連載終了だが、連載の初期から、自分の生活と重ねあわせて「あいたたた……」と感じ入っていた。
本日のドラマ第一話でもその「あいたたた……」が、甦ってきた。今シーズン、最後までみていくドラマはこれになるのかな。
イチロー>松嶋菜々子>石坂浩二の順に「古畑任三郎ファイナル」はいいと思ったのだが、世の中的にはどうかと思って、mixiの三谷幸喜コミュにアンケートを立ててみた。
なんと、石坂浩二の第一夜が、全体得票数の6割近くを取り、圧勝である。ほかの2話はほぼ同数を分け合う形だが、わずかに第三夜の人気が高い。
横溝正史的因習ワールドとか、仕掛けを使ったトリックとか、予想外の犯人とか、世の中の人は、ドラマにああいったものを求めているのだね。
ちなみに、視聴率的には逆の結果。
1話 21.5%
2話 27.0%
3話 29.6%
1月3日の1話は裏で「新選組!!」をやるなど、激戦だったせいもあるのだろうが……。
第一話に感じた違和感は、藤原竜也の死にあった。教え子を死に至らしめ、保身に走る石坂浩二に対して、それを追い詰める古畑の感情が理解不能なんだね。
最初からずっと通してでていた藤原竜也は、「殺人」の被害者Aというより、一個の人格として機能していた。だから、あの死は古畑シリーズのほかの殺人とは違い、被害者の無念が感じられてしまったのだ。
また、第三話に関して「古畑、結局、顔が同じだったらどっちの松嶋菜々子でもいいんかい」という指摘はごもっとも。ただ、自分がそれを気にしなかったのは、死んだ姉の登場時間の短さにもあるんだろう。逆説的にいえば、演じわけがしきれていない松嶋菜々子の演技のおかげもある。
ちなみに赤尾晃一さんはブログで、こう書かれている。
第二話のイチローの犯人役について「いくら理由をつけたところで,あんなことで「クズ」を殺す人間は「クズ」以下の存在である。自分の立場を利用すれば,いくらでも社会的制裁に追い込めるのである。「嘘をつかない」のであれば,メディアで堂々と告白・告発すればいいだけの話である。なのに殺人。その時点でフェアでもなんでもない。殺人にフェアもヘチマもないわけだが,もっと別の動機やシチュエーションは用意できなかったものか。
第一話から第三話まで、それぞれ、引っかかる場所はちがっていてはいるけど、殺人の生臭さを嗅ぎ取って、違和感を感じているという点で共通している。
ドラマ「古畑任三郎」の美点のひとつはゲームとしての殺人をめぐって、古畑と犯人が対決する醍醐味にあったのだが、「死」のえぐみが感じられるようになったのは、やはり「潮時」なのかも知れない。
以前の日記の繰り返しになるが、「なにより現在の三谷幸喜の居場所と、古畑任三郎という仕組みがずれてきている」のだろうね。
、「古畑任三郎ファイナル」の第二話「イチロー編」を見る。第一話で感じられた違和感は払拭されている。ゲスト出演者に対する三谷幸喜のラブレターを主軸にした、ドラマ版「徹子の部屋」として、きちんとまとまっていた。
やっぱり圧倒的にかっこいいイチローを目で追うだけで、幸せになれる。なにかずっと連続で見るなんてことがない存在だから、ふいに有名人と目が合ってしまったような居心地悪ささえあるんだけどね。
子供のときからいっしょに育った弟のイチロー。弟なのに"一郎"だったり、二分の一の確率で死んだかもしれないフェアプレイの発露、サイン色紙アリバイでついた嘘など、軽くつっこみたくなるところもあるのだけれど、ドラマの形でセレブをおもてなしする「徹子の部屋」だから、それもOK! 古畑らしいフォーマットは安心感がありました。
「里見八犬伝」は女性プロデューサー、女性脚本家、衣装はもちろん、美術も女性だし、そんなスタッフが織りなす女性活劇映画として、落とし前をつけていた。ともさかりえの船虫のキャラクターメーキングなど、やはり、充実していたね。
前編からみるとシナリオ的にはぐずぐずになってるが、戦いの理由や決着についても、男性の作風とはちがう落としどころ。往年の少女漫画のテーストといってもいいだろう。よい感じの"ファンタジー"でした。
「古畑任三郎」スペシャル第一回は、よくできているのだけれど、微妙な違和感。なにより現在の三谷幸喜の居場所と、古畑任三郎という仕組みがずれてきているのかもしれない。そういう意味でファイナルというのは納得できる。
横溝正史の金田一シリーズを髣髴とさせる、地方社会の因習、因縁めいた環境に、不可能殺人を組み合わせた趣向で、多段落ちまで含めて、がんばって作っているんだけれど、そのような人間の情念とからめた設定を持って来れば来るほど、ロジカルなゲームが浮いて見える。
登場人物ひとりひとりに感情移入すればするほど、最後に犯人をつきくずしていく古畑、そして、犯人に対して、違和感が募ってしまう。
因習殺人と笑いという組み合わせでは「トリック」が出色だったのだなぁ。
NHK「すべて見せます!紅白の舞台裏」とTBS「里見八犬伝~前編~」をチェック。
紅白では放送直前まで、みのもんたが「おれに司会を託した以上、もっとしゃべらせろ」と要求。最終的に15分押しになった挙句、各部分の尺をつまみまくった挙句に、中島美嘉は「風雪ながれ旅」にのしかかられたと解釈したが、いかが……。
NHKが現場から変わろうとしていることは、よく理解できるのだが……。
「里見八犬伝」は菅野美穂の玉梓がいいね。
なにしろ、ぼくらの時代だと、NHKの人形劇「新八犬伝」が脳内にインストールされているので、「八犬伝」ともなれば非常に気になるものだが、考えてみれば、薬師丸ひろ子の「里見八犬伝」くらいしか、記憶に残る映像作品がなかったのね。
原作からのアレンジとしては、八房の存在がばっさりなくなっているのが、大きなポイント。また、浜路が里見家の二の姫となっていたり、犬江親兵衞が義実を仇と付け狙う少年となっている、船虫が(前編では)いい女に描かれているなど、細かく設定を変えているところも多い。
とくに八房をカットした点は、思い切ったことをした。八房は敵将を討ちとってきた褒美として、伏姫と夫婦生活をする犬だ。八犬士誕生の因縁の核となる存在。仲間由紀恵の伏姫が犬と夫婦生活なんてことを想像するとするとすごそうだが、新春一発目からそういう映像はいかんのだろうね。
なにはともあれ、「そんなことない! そんなこと、させない! 見よ! 怨霊! この腹に呪いの子などおるものか」と、仲間由紀恵にいわれたら、ぜんぶ許しちゃうのだ!
ロケーションを多用した映像とワダエミの衣装、随所に投入されたCG、小日向文世と泉ピン子の夫婦、悪役としての武田鉄也。なによりテレビドラマとしてよくできている。戌年にふさわしいドラマだね。「犬」の理由はごまかしているけど……。
明日は「古畑任三郎」と同じ時間帯に放送されるのか……。どっちをメインで録画しようかな。
午後11時過ぎに帰宅後、衛星デジタルハイビジョンで、地上波より2日先行して放送された「新選組!!土方歳三 最期の一日」を鑑賞。大河ドラマ「新選組!」の本編では、草彅剛が演じていた榎本武揚だが、今回は片岡愛之助が好演している。
このドラマが生まれた背景は、大河ドラマの人気も無論だが、函館の観光協会などがあおっていた「新選組終焉の地、函館まできちんと大河ドラマに描いてくれ」という誘致運動もあるのかもしれない。地方に優しいNHK。
なにはさておき、すがすがしい青春の終幕が、健やかに描かれているのはいいね。迷走する人間はいても、卑しい人間がひとりもいないことが、三谷ドラマの美しさ。
松前城落城、蝦夷共和国成立、開陽丸沈没など、函館戦争の半年におよぶ経緯のうち、文字通り土方歳三最期の一日に焦点を絞った作り方が功を奏している。
やはり、榎本武揚のキャラクターの立て方がきわだっている。また、土方の遺影を多摩に運んだ市村鉄之助など、おなじみのエピソードも満遍なくちりばめられていいる。
自身が立てるべき盟友としての近藤亡きあとの、土方歳三の見た光明が、三谷幸喜らしいディスカッションの中から生まれてくるのは、おみごと!
史実に思いをはせると、悲壮感のなさが、物足りないようにも感じられるのは事実だが、山本耕史の若々しい色気がそれをじゅうぶんに補っている。
二日酔い状態で「仮面ライダー響鬼」を見る。もはや救いようがないほど、ドラマはぐちゃぐちゃ。
電車男最終回は、"掲示板"という共同体を強調したつくりで、むしろ初恋の成就という要素が背後に回った印象だ。モザイクかけた大人のキスはどうだかなぁ。
「入っていくから、驚かないでね」 そう言って彼女は少し顔を傾けて、俺に口付ける。 俺、正直どうしたらいいのか分からなかった。 僅かな口の隙間から彼女が入ってきた。 俺は舌先でそれに応えた。 中で一旦触れると、互いに伸ばして 抱きしめ合うように感触を確かめた。 俺には当然初めての感触だった。 自分の中に彼女を感じるってこうなのかな?http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Aquarius/7075/trainman6.html
こういう生臭く拙い部分が出てきてほしいと、心のどこかで期待していたのだが、「大人のキス」そのものが、かろやかにスルーされていた感じ。ドラマのエルメスは、そういうエルメスではないのだろう。
あのエルメスはネットの住人が夢想した像なのでしょうね。オリジナルにあった生身の空気を、くっきり消し去ってた最終回はむしろ、電車男にさえ、感情移入していなかったような気がする。
うん、おもしろかったよ。
仮面ライダー響鬼は、もはやちがうシリーズものとして定着しつつある。
今回は布施明が登場したのだが、キャラクターに無理がありすぎ。お笑いドラマの中で、過去の構築されてきたものが音を立てて壊れていく。ほとんど戦隊もののノリになっちゃったなぁ。
プロデューサー&脚本交替後の「仮面ライダー響鬼」第30話。ずいぶん、いやしいドラマになってしまった。
「なぜか、からっぽになったみたい。ぜんぶ無意味に思えてしまう」
布施明のエンディングテーマがちがったニュアンスで聞こえる。
日曜日の楽しみがひとつ、減っちゃったなぁ。
もはや、原作をモティーフにしただけの、ちがうドラマである。
ちなみに今回の話は、おもしろかった。べノアを飲んで、いい感じになってきたエルメスさんに、電車男が、おたくとばれてしまうストーリー。ぼくの世代だと「おたくバレ」の恐怖感はないんだけど、若い世代には切実な問題なのだろう。
(いくら、嘘で傷ついた過去をもっているとはいえ)、電車男がおたくとわかった瞬間に、世界が週末を迎えたような顔で、電車男を見る伊東美咲。このあこぎなまでに過剰な演技が、すばらしい。
第一話からみているのだが、最初はいたたまれなかったスレ住人たちの登場シーンにも慣れ、最近は古典トレンディドラマ的なファンタジーの文法が、おもしろくなってきた。
原作よりも「美女とオタク」をくっきりと出してきているのが、興味深いし、一般の人に見せるドラマ作りの工夫に感心している。ちょっと知ってる一般の人が想像する、おたく像がドラマの電車男なのだろう。
リアルに考えても「こんなおたくはいないよ」と思うが、こんな出版社員はいないとか、こんな映画会社社員はいないとか、こんなライターはいないとか、こんなゲームデザイナーはいないなど、過去のテレビドラマに登場したトレンディ職業像と同じで、現実よりも「らしさ」が大事なのだろうね。
先日、同窓会であった同窓生=大手製鉄会社の社員(42歳)が、「電車男」を図書館で借りて読んだという。最初はアスキーアートがさっぱりわからなかったし、「 ノシ 」を「のし」と読んでいたとか、「orz」が、わかったときは、感動したとかいってるのを聞いて、おれも感動したよ。
一般化するってのは、こういうことなんだよな。
第77回アカデミー賞授賞式は3日前、月曜日の午前中から、WOWOWで放送されたのだが、我が家ではちょっとしたトラブルがあった。
なにしろ年に一度の恒例行事である。朝食を食べながら、WOWOWにチャンネルを合わせたところ、「契約期間が切れたので、視聴できません」との表示。
そんなことはない!
契約が切れているはずはないし、きちんとチャンネルガイドだって、送られてくる! カスタマーサービスに連絡し、テクニカルサポートなどに回される。
B-CASカードの番号など伝え、状況を説明した結果、どうやら契約更改期間の12月にWOWOWの映画一本さえ視聴していないと、契約延長を伝える信号が衛星から受信できず、見られなくなっちゃうとのこと。
デジタルは面倒なものだ。ていうか、12月以降、一回もWOWOWの放送を見ていない自分に愕然。
あらためて、信号を送りなおしてもらい、なんとか視聴可能になったのだが、同時通訳の生放送はすでに半分くらい終わっている。ここから見ても仕方がないので、夜に放送された「字幕版」を録画。今週いっぱいかけて、やっとさきほど見終わったところ。
楽しみにしていたクリス・ロックの司会は案外と無難にまとまり、それなりによかったが、演出そのものは、しょっぱい感じだった。客席で受賞させる演出は、いったいなんなのでしょうか。あれのおかげで、全体の展開が作業のように感じられて、ちょっと安っぽすぎる。アントニオ・バンデラスの歌も微妙に困った。
「ミリオンダラー・ベイビー」も「アビエイター」も見てないので、結果についてはコメントしづらいが、スコセッシの無念やいかばかりか……。
フジテレビ、午後7時からのテレビ番組「世界絶叫グランプリ05」を見ていたら、ニュージーランドのクイーンズタウン郊外のバンジーが登場。
松野明美とKABA.ちゃんが134メートルのバンジーに挑戦するとのことで、とても懐かしく思い出してみていた。
そのバンジーなら、2年前、2003年の1月8日にぼくも飛び降りた!
テレビでは装具をつけたあと、松野明美は1時間くらい飛べず、リタイア。代わりにKABA.ちゃんが飛ぶことになったのだが、あの飛び降り台で、1時間も待たされたスタッフは、かなりしんどかっただろうな。