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2005年02月21日

「カジノのイカサマ師たち」

「カジノのイカサマ師たち」リチャード・マーカス著 真崎 義博訳 文春文庫

日本ではパチンコ、パチスロ、競輪、競馬……。ほとんどのギャンブルをやらないおれだが、mixiでは、「ラスベガス」コミュの管理人をやっているくらいだから、海外のカジノは好きである。

ハイローラーとはとてもいえないが、ラスベガスの巨大ホテルでブラックジャックや、クラップスを通してなされる、ある種のコミュニケーションが好きなのだ。

そして、映画といえば、「スティング」や「グリフターズ」など、だまして、だまされて、まただますコンゲームものが上映されると、万難を排して見にいっちゃうおれだ。

そんなおれにとって、「カジノのイカサマ師たち」は、期待以上に楽しいノンフィクションだった。作者=主人公が四半世紀におよぶ、カジノでのイカサマ師歴を語る、ありそうでなかった作品だ。

1976年、ニューヨークから一獲千金を夢見て、ラスベガスに乗り込んだ21歳の主人公。強運のもとに文字通りのアメリカンドリームを垣間見るものの、翌日には運に見離され、素寒貧のホームレス。

生きるために、カジノディーラー講座にもぐりこんだ主人公は運良く、ディーラーとしてカジノに就職する。ある日、彼に声をかけてきたのは、名うてのイカサマ師グループのリーダーだった……。

イカサマの手法はパストポスティングといわれるもの。ルーレットやブラックジャックで出目が確定した瞬間、自分のかけていたチップをすりかえるというものだ。

たとえば、ルーレットの赤に5ドルチップ3枚を積み重ねて、賭ける。出目が黒になれば、そのまま負けてもかまわない。しかし、当たり目の赤が出たら、3枚の5ドルチップを、5ドル、100ドル、100ドルの3枚にすりかえる。

ディーラーには一番上の5ドルが見えているだけだから、5ドル×3枚で、15ドルの賭け金と一瞬勘違いする。ところが、すでにすりかえられたチップは205ドルになっているわけだ。50%の勝率のゲームで、負けたときは15ドルのロス。勝ったときは205ドルをゲット! これがパストポスティングの基本だ。

出目が確定したあと、ディーラーの目をそらす役目の人間、全体を監視して、異常がないかどうかをチェックする人間、実際にすり変える人間、そして、自分が勝ったと主張する人間。これだけの役割を分担して仕事をする。このあたりはまさにコンゲームのおもしろさ。

さらにつぎつぎと披露され、新たに開発されるイカサマの技術は、ディーラーとイカサマ師との人間心理のひだをついた妙を見せてくれるし、カジノ側が雇った探偵社の人間との戦いの緊張感も味わえる。

シザースパレス! MGMホテル! ミラージュ! フリーモントストリート! 一度でもラスベガスを訪れた人なら、よく知っているホテル&カジノを舞台に、さまざまなイカサマの手法を繰り広げるグループの活躍。このあたり、ラスベガス好きにはたまらない。

賭博ものとして、「麻雀放浪記」のロマンティシズムや、「真剣師 小池重明」のようなドラマはないのだが、大いにイカサマをやって、高級リゾートで大いに楽しむ作者の陽性のノリは小気味よかった。この陽気さは、作者自身が一度も刑務所に入ったことがない経験から生まれるのかもしれない。

さらに第二次世界大戦後、巨大カジノとともに生まれたイカサマ師たちの技術史(!)が、カインとアベルのような兄弟のドラマとして描かれていたり、アメリカのみならず、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアのカジノを荒らして歩くツアーは、浅田次郎の「カッシーノ1・2」に匹敵する楽しさだし、読みどころは満載である。

このつぎ、ラスベガスに行くときは、いままでと違った目でカジノテーブルを見そうだなぁ。

2005年01月31日

「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」

「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」中島義道著 中公新書

 33歳にして、哲学科の博士号をめざす私費留学生として、ウィーンにおもむいた筆者が、直面したのは、高慢、偏見、頑迷かつ排他的なヨーロッパ人との戦いであった。

 アジア人がなんらかの失敗をするとまるで犬を叱りつけるように高圧的な態度で教え諭すヨーロッパ人。路上で公園でレストランで、東アジア人を見かけると「チャンチュンチョン」とはやし立てる子供たち。非能率的な大学事務局。授業中、間違っていてもそれを認めず、でたらめな解答を延々としゃべる学生たち。理不尽なことばかりいう大家。日本文学の授業中、「源氏物語は世界最古のロマーン」であると説明するや、それを認めたくないがために「ヨーロッパにもそれに匹敵する失われたロマーンがあるはずだ」と根拠もなく食い下がる学生。

 ヨーロッパ社会でこういったヨーロッパ人に囲まれて、諦めてひそやかに暮らすか、姿勢を硬くして耐えるか。二者択一を迫られた著者は潔癖な精神の赴くままに、戦うことを決意する……。

 これが15年前、1990年に上梓された前作「ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘」のあらましである。

 林望のイギリスに関する諸作、そして、藤原正彦の「遥かなるケンブリッジ」、「若き数学者のアメリカ」に比肩する留学記の名作だが、なにしろ陰鬱な作品だった。ウィーンにおける人間関係も陰鬱なら、作者自身も陰鬱である。

 派遣教師だった女性と結婚し、一度の流産を経たあと、新しく授かった子供とともにウィーンをあとにする巻末には静かな感動さえあるのだが、痛快さを伴わない「坊ちゃん」の感もある。

 気持ちが落ち込んでいるときは、元気な曲を聴くより、中島みゆきや山崎ハコを聞いたほうがいいようだが、この本も孤独を感じるときに、絶好な本なのかもしれない。

 自分がアメリカなら、いつでもいきたいと思っているくせに、ヨーロッパとなると、なんとなく、いきたくなくなるのは、こういった本を読んだことも一因かもしれない。

 そして、14年ぶりに上梓されたのが本書「続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私」である。

 その日から10年、ウィーンはまるで変わっていた。

 あれだけ頑固で、あれだけ排他的だったウィーンはすでになく、アジア人は軽蔑の対象ではなく、落ちこぼれの生徒しか集まらなかった日本学は、エリートが入る難関講座になっていた。その反面、いとおしい静かさのあったウィーンの町は、車内放送や携帯電話の着信音であふれかえるようになっていた。高級住宅地を上品な身だしなみで歩く老婦人もいなくなった。優先席で若者は席を譲らなくなっていた。デカルトは軽んじられ、禅がもてはやされていた。

 つまり、ごく普通の国際都市になっていたのだ。

 なんだよ! そんなヨーロッパなら、おれももっといっておけばよかった……と、思ってしまった。

 妻と息子、もつれきった家族の関係を修復するため、著者はウィーンへの半移住を決意するのだが……。

 前作では外部の環境すべてが敵だった。その敵と戦うことから、自己が育っていく静かな醍醐味があった。一方、この続編の敵ははるかに見えにくくなっている。その敵の一部は頑迷に残ったヨーロッパ精神なのだが、家族、そして、自分自身が、難敵として立ちはだかるのだ。

 なんとも複雑な読後感の一冊である。読み終えて、あらためて前作を通読したくなった。

2005年01月24日

「僕の叔父さん 網野善彦」

「僕の叔父さん 網野善彦」中沢新一著 集英社新書

「歴史学は意識を解放するための方法でなきゃならないんだよ。よく知りもしない相手に自分の常識を押しつけるのは、絶対によくない。ぼくは今日の常識が明日の非常識に変わってしまう光景を何度も目撃してきたからね。今日の常識に依存して歴史を解読しようという君の態度は、ぜんぜんいただけない」

 網野善彦という歴史学者が歴史に対してどのような態度で接していたかを端的に示した本書の記述である。

 本書は宗教学者、中沢新一が義理の叔父にあたる歴史学者、網野善彦に捧げた、真摯かつ驚きに満ちた追悼文だ。

 網野善彦の業績について、いまさら書くのも気が引けるが、大雑把に書かせてもらう。地道な調査と研究を踏まえたうえで、明治以降や戦後の硬直化した日本の歴史観をあらためてとらえなおし、その時代を生きた人の息吹が感じられる史観を生んだ人。それが網野善彦である。「影武者 徳川家康」の隆慶一郎など、網野史観はさまざまな影響を及ぼしている。

 中沢新一が5歳になろうとしていたころ、叔母と結婚するため、山梨の家に挨拶に来た駆け出しの歴史学者、網野善彦。その出会いのときから、ふたりのあいだで交わされ、積み重ねられてきたことばが、本書にはあふれている。

 ぼくには、やおい系の心理というのはもちろん、分からないんだけど、本書にはなにか、そういうものを刺激する甘やかな香りさえ漂っているような気がする。

「そういうとき私たちは、おたがいの年がずいぶん離れているにもかかわらず、いつも対等な立場で、いろいろな問題を語り合った。抽象的な論理を扱うことにかけては、私のほうが上手だったが、すぐさまその高慢の鼻は、牛の歩みのように重く確実な、網野さんのくりだしてくる事実の前でへしおられた。」

 なによりも山梨県にある中沢新一の実家が、こういったことばの揺籃なのだ。著者の父や父の弟といった登場人物がいつも議論している。その議論の中に、触媒として、投げ込まれた形になる網野善彦の姿が、ときにユーモラスに描かれる。

 どこまでいっても俗物なおれだが、こういったことばを重ねていく人間関係には、ほんとうにあこがれてしまう。

やっぱりね。デモをしている学生が機動隊に石を投げているニュースから、「飛礫(石投げ)」の遊びの話になり、日本中世の悪党文化に思いをはせ、やがて、網野史観のひとつの源流となっていくさまは、ぞくぞくするほど刺激的で楽しいんだよ。

 網野善彦の本は何冊か読んでいたが、ぼくは網野善彦という人を知らなかった。この本のおかげで、その史観の背景にあった「人間の眼」を感じることができたのは、せつなくたまらない。

 巻末にいたる、網野と中沢のルーツにいたる考察はほんとうに興奮して読んだ。

2005年01月16日

「最後の努力 ローマ人の物語XIII」

「最後の努力 ローマ人の物語XIII」塩野七生著 新潮社

 黄昏の坂を転げ落ちていくローマの運命を描いた13巻目。最終15巻まで残り2巻、1000年国家の寿命も残り100年ほどとなった。

 ディオクレティアヌス帝とコンスタンティヌス帝という帝政末期でもっとも著名なふたりの皇帝と、コンスタンティヌスのキリスト教公認に焦点をあわせて描いている。

 かつてハンニバルやカエサル、アウグストゥス、といった人物を描いたときの瑞々しさは失せ、愚痴めいた記述と、繰言のような描写の反復が目立つのが残念ではある。

 ディオクレティアヌスにせよ、コンスタンティヌスにせよ、作者が息吹をあたえることなく、なにか、抽象的なアイコンのごとき存在となっている。

 強権による四分治制を樹立し、帝国の安全をかちとったディオクレティアヌスだが、引退後、みずから作り上げたすべてのものが崩壊していくのを、目の当たりにする。このあたりは、本編のクライマックスともいえる。しかし、ディオクレティアヌスという人物に対する考察が少ないだけに、その悲劇が際だたない。

 官僚制の肥大化と直接税の新設、増税による、社会構造の変化が、帝国の衰亡を早めていく視点や、なにより、コンスタンティヌスがキリスト教を公認した理由に対する推察など、興味深い部分は多々あるのだが……。

 作者が「ひと」に対する興味を失っているのかもしれない。

 全体に伏線が足りないまま、強引な結末を強弁しているドラマを見ているようで、ちょっと残念な新作となった。

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