DIARY1999 Jan.1〜10

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1999年1月1日(金)

はるかなる信州
午前9時起床。前夜の酒がまだ残っている。
やや風邪気味。鼻がむずむずする。

しかし、出発せねばならない。
今日から、信州でスキーなのだ!

お雑煮をいただいたあと、
義父のクルマで前橋駅に到着したのが、午前11時。

駅前のイトーヨーカドーで(風邪薬ではなく)鼻炎薬を買い、
電車で高崎駅へ。

30分ほど待って、新幹線あさまに乗り、長野駅へ。

長野駅でさらに待って、
快速電車で長野駅から松本駅が1時間。

松本駅ではJR大糸線の乗り継ぎがうまくいかず、
さらに1時間ほど待つことに……。

ホームの上で
持参しているシャープの「コミュニケーションパル」と携帯電話を使い、
ネットサーフィンしながら、ひまつぶし……。

なんとか乗りこんだ列車に揺られることさらに1時間以上、
信濃大町駅に到着。
ここに来るまで、じつに遠かった……。
たしかに「駅スパート」でチェックしても、5時間15分かかるとある。

ここでタクシーに乗り、ペンションにむかう。

オリンピックの副産物
車内で運転手さんがなにげなく、
「長野駅から、バスに乗れば、オリンピック道路を使って
1時間ほどで到着しますよ!」などと教えてくれる。

しまった! そんな手があったのか!!
それを早く知ってれば、きょうも滑れたものを!

さらに、信州のスキー場では、数日前までの雪不足で、
団体客のキャンセルがあいついでいることや、
長野五輪のおかげで、道がよくなりすぎたせいか、
日帰り客が増え、ペンションなどは、かなりつらいことになっているとの話を聞く。

不況の影響もあり、
今シーズンかぎりでつぶれるペンションなども
多くなりそうだという。

なんだかんだで、簗場スキー場のそばにある
ペンション「フリンフロン」に到着したのは、4時30分ごろ。

東京から出発し、午前中に到着していた
高瀬美恵さんとK村(レコード会社勤務)くんはすでに滑り終え、
風呂から出てきたところ……。

ペンション「フリンフロン」は昨シーズンも二度ほどお世話になったところ。
ご主人はログハウス作りのエキスパートで、通称「オーナー」。
奥さまは浅草出身の通称「社長」。

K村くんは、上司とともにここに来て以来、
豪快な「オーナー」と気風のいい「社長」の人柄にひかれ、
数年前まで、年末年始のシーズンなど、
お客ではなく、従業員として、手伝いをしていたほど!

「オーナー」は「口は悪いが、腹はない」人の典型。

「オーナー」の作る料理もうまく、業界の常連も多く、
とにかく気持ちのいい宿なのだ。

ぼくは漬物ぎらいなので、よくわからないのだが、
ここで供される野沢菜は最高にうまいとのこと……。

食事もすみ、すっかりくつろいだあとは、
T夫妻(今回不参加)の差し入れの「ブラックウィスキー(美味!)」を飲み、
たらたらとおしゃべり。

ちょっとやりすぎ電波少年!
ペンションのテレビで「電波少年」の特番を見るが、
みんなで不愉快な思いにかられる。
いったい、あれはどういうつもりなんだろう。

韓国版懸賞生活といい、インド洋版スワンの旅といい、
カタルシスなき無限地獄としか思えない。

直電で、伊藤くんが企画を断ったことが、
唯一溜飲を下げたポイントだった。

深夜、遅れていたO田弁護士がクルマで到着。

年末年始だというのに、当番弁護士がまわってきた彼は、
「事件さえなければ、早く着く」といっていたのだが、
あいにく事件が起こり、到着が遅れてしまったのだ。

酒盛りも終わった、深夜12時ごろ、乾燥室に行き、
去年買ったばかりのサロモンのカービングスキー板「NEO BEAT」に
ホットワックスをかける。

去年、板を買ったときから始めたホットワックスだが、
単純作業なだけに、妙に楽しい。

明日はいい天気になるといいな。


1999年1月2日(土)

人が多いゲレンデは大嫌い!
起床後、O田弁護士のクルマで、サンアルピナ青木湖スキー場へ。
ゲレンデコンディションもよさそうだ。

サンアルピナは鹿島槍、青木湖、白馬佐野坂の
3スキー場からなるスキーエリア。
共通リフト券を買えば、自由に往来可能だ。

われわれ4人が青木湖で、しばらく滑っていると、ぼくの携帯電話が鳴った。
帰省先の実家から合流する予定のK松くんだ。
鹿島槍に到着したとのこと。
われわれも連絡コースから、鹿島槍にむかう。

麓のレストハウスでK松くんと合流。

それにしても、今回は多彩なスキー板が集まった。
ぼくはカーヴィングスキー。
K村くんはスノーブレード。
K松くんはビッグフット。
そして、今日は普通のアルペンだが、
明日からはテレマークの板を履くというO田くん。
普通の板を履いているのは、高瀬美恵さんくらい……。

ところで、リフト券売り場で、K松くんは
「青木湖や佐野坂には、鹿島槍ほど雪はありませんからね。
共通券を買うだけむだですよ」といわれ、
鹿島槍だけでしかつかえないリフト券を買っていたのだ。

これがうんざりの始まりだった。

雪なら、青木湖にもたっぷりある!

たしかに、鹿島槍はリフトなど施設は充実しており、
多彩なコースを楽しめるよいスキー場だが、
なにしろ人が多すぎる!

ぼくのような万年中級スキーヤーにはつらいシチュエーションだ。

激突を避けるために、
不本意に急停止をしなければならないので、
やたらと疲れる。

しかも、ゲレンデの各所では石ころが露出しており、
大事なスキー板が削れてしまう。
がりがりといやな感触が足裏を刺激するたびにうんざり。

どんどん疲れていき、踏ん張りがきかなくなると、
えたいのしれない転び方をする。

完全に「とほほ」状態であった。

K松と別れ、青木湖にもどる時間になった。
鹿島槍から、青木湖への連絡コースは
茶色の地肌があちこちで露出した無残な状態。

しかも、唯一ともいえる雪が豊富なルートには、
くそったれなスノーボーダーが座り込んだまま動く気配がない。

ペンションに帰りつくころには、肉体疲労の極地に達していた。

やっぱ、温泉でしょう!
ペンションでの夕食後、
クルマで美麻村の温泉保養施設「ぽかぽかランド」へ。
大渋滞の148号線を回避して、
オリンピック道路を進んだところ、これが大正解。

エンストしたバスなどもあって、壮絶な渋滞ぶりの下り線を横目に
すいすい進む。

あっけないほどかんたんに、到着。

できたばかりの美しい温泉場で、
雪のちらつく露天風呂ですっかりリラックス。

適当なことをいって、地元の高校生を煙に巻く
関西人の話などを堪能して、風呂から上がる。
2時間近くつかっていた。

出口付近には、稲垣吾郎に似た若者がいて、
高瀬美恵さんは大喜び。
どうやら高瀬さんは、
マザコン気味のナルシスティックなヤングがお好きなようで……。

さてさて、
これで、翌日に疲れが残らなければいいけど……。


1999年1月3日(日)

業苦はある朝やってきた!
太ももがパンパンに張ってる!! 両手に力が入らない!! 腰に鈍い痛み!!
恐れていた痛みがやってきた。

日ごろの運動不足をびしばしに感じる。
朝食後、ウェアに着替えることさえ、億劫だ。
しかも、外ではどかどかと雪が降っている。

最低!

それでも、意を決してサンアルピナ青木湖へ。

しかし、神は見捨ててなかった。
リフトに乗っているうちに、どんどん晴れてくる。
はるか彼方アルプス連峰が見える。
目の前の青木湖に飛び込むように滑り降りる快感。
雪質も最高!

これだよ!! これがスキーなんだよ!!

不思議なもので、滑っているうちに痛みを忘れてくる。
今日は無理な体勢ですべる必要はない。

板が教えてくれるリズムにのって、くいくいとターンを切る。

正月二日目なのに、ゲレンデもかなり空いている。
リフト待ち皆無。
広いゲレンデの端から端まで、でっかいターンも切れる。

最高!

スキーができれば、とにかく幸せ!
こう見えても立ち直りは早い。
いやあ、すべった! すべった!
青木湖と白馬佐野坂エリアをたっぷり堪能しました。
(もう鹿島槍はこりごり)

気持ちよく疲れて、夕食後、木崎湖の湖尻にある
ゆーぷる木崎湖なる温泉へ。

最高の一日でした。


1999年1月4日(月)

ゲレンデはパラダイス!
昨日のような最高のコンディションは
そんなにあるまいと思っていたら、今日もベストコンディション。
昨日の夜降った雪がさらにやさしくぼくらを迎えてくれる。

しかも、ウィークデイだけあって、人もさらに少なくなった。
こぶ斜面が懐かしく思えるほどのナイスな環境。

がしがし飛ばしても疲れない!

今日は白馬佐野坂スキー場を中心にかなり滑って、
大満足でフィニッシュ。

身支度を整えて、帰路につく。

今日も渋滞を回避する必殺の迂回ルートで、
148号線のラッシュを回避。

くねくねと蛇行する山道を快適に進む。
後部座席で、ぼくの横に座っている高瀬美恵さんは
まるで、狂った振り子のように左右に揺られながらも、
起きる気配なし。

なんども窓ガラスに頭をぶつけているのに……。
強力な睡眠パワーだ!

そんなこんなで、山道を下っているうちに、
ドライバーのO田くんが不穏なことをいいだす……。

失われたローギア!
エンジンブレーキを多用して、
山を降りているうちに、ローギア入りにくくなったというのだ。

とりあえず、「湯煙屋敷・薬師の湯」に到着。
そばを食い、すみきった空の中、冬の星座を満喫できる露天風呂へ。
今回いった3つの温泉のうち、ここがベストであった。

温泉からあがると、エンスト気味に発進するクルマ。
O田くんに理由を聞くと、とうとう、セカンドギアまで入らないようになり、
サードで発進しているとのこと。

以前にも、同様の症状は発生し、
ミッションオイルが漏れていることが原因だったそうだ。

とりあえず、長野自動車道に入る。

入ってすぐの梓川SAのガソリンスタンドにいき、
相談してみるが、職人さんは1時間ほど前に帰ったばかりで、
どうしようもないといわれる。

しかし、こんな状態で坂道で渋滞に巻き込まれた場合、
大変なことになる。

JAFを呼び、あれこれとやってみるが、症状は悪化するばかり。

牽引されて、松本に行くことになってしまった。
牽引車両に乗って、高速を走るという稀有な体験をする。

松本の冷たい夜
松本のディーラーに到着。
こんな日のこんな時間はさすがに開いてるはずがない。

とぼとぼと駅まで歩く。

途中、都心ではめったに見られなくなった、正月の風物詩
暴走族を見るという、これまた稀有な体験をする。

駅までの20分ちかく、
高瀬美恵さんは見るからに疲れきった表情で、かわいそう。
あんなにやすらかに眠っていたのにね……。

そんなこんなで、深夜の松本駅に到着。
明日が仕事始めのK村くんは12時半、松本発の急行に乗ることにする。
残った三人は駅前の「ニューステーションホテル」に飛び込む。

不安な松本の夜はこうして終わった。


1999年1月5日(火)

さらば信州!
朝8時ごろ、
ディーラーの店舗前に放置してあるクルマの様子を見るために、
でかけたO田くん。

その後かかってきた電話によると、
ディーラーは今日まで、正月休みらしい。
こうなってはお手上げ。

O田くんは張り紙をして、キーを近くのガソリンスタンドに預け、
キャリアーのスキー板を車内に積み込みなおし、
もどってきた。

「明日、もう一度、松本に来る」
といっている。
うううう……。なんと、めんどくさい。

仕方なくホテルをあとにする。
駅ビルの中で、簡単に食事を済ませてから、
スーパーあずさで帰京。

新宿までの所要時間は、ほぼ2時間半。
シートは快適で、ひと眠りで到着。
スキー初日にたいへんな思いをしたのが、うそみたい。

その後、新宿高島屋にあるアラン・チャンのティールームで
軽食後、帰宅。

がんばれ、O田弁護士!
ぼくは、心の底から君を応援するぞ。
松本にはつきあえないけど……。

帰宅後、年賀状の整理やこのサイトの更新などなどで一日が終わる。


1999年1月6日(水)

一件落着!?
お昼ごろ、松本市にいったO田くんから電話をもらう。

愛車の修理が完了。
今日にも東京にもどれるという。

なんでもミッションのマスターシャフトというやつが故障していたそうで、
在庫にあった部品で修理ができたそうだ。

正月早々、いろいろとお疲れさまでした。

今回の一件は「期間限定」で高瀬美恵さんのホームページでも
紹介されている。
興味のある方は、読みくらべてみるのもおもしろいかも……。

そんなCFってあり?
すでにご存知の方も多いだろうけど、
PS版「ドラゴンクエストVII」のCFがオンエア中。

年内発売を祈って、巫女さんたちがお祈りしているのは、
SCEI本体の祈りに通じてるというのだろうか。
それとも年内に発売される目途が立ったということなのだろうか。

これも、ある意味で壮大なティーザー広告と思えなくもない。

いずれにせよ、これで
マップ上を移動するドラクエの画面が
動画によって大々的に公開されたわけだ。

なかなかのクオリティです。
さすがに、マップ上の主人公たちは2Dスプライトになってるけど、
世界観にマッチしてて気持ちがいい。

それにしても、個人的にはいちばん気になる
戦闘画面が依然、未公開なのが残念。

堀井雄二さんは戦闘で「ことば」をどの程度、残すのか。
鳥山明デザインのモンスターがポリゴンになるのだろうか。

マップの表現に関しては、ほぼ予想どおりな感じだけど、
戦闘画面はドラクエのキモ!

たぶんモンスターは2Dアニメーション的な表現になり、
そこに3D風のエフェクトがのることになるとは
思うんだけど……。

秘密、秘密……
さて、午後は都内某所にて秘密の打ち合わせ。

ゲームデザイナーの日記ということで、
ゲームを作る過程を期待してる人……、
ごめんなさい。

たぶん、この作品のことは(少なくとも)1〜2年くらい、
秘密になりそうです。

心苦しいかぎりだけど、いろんな事情があるのです。


1999年1月7日(木)

会社名義の年賀状
年賀状レス(?)もひと段落。
ただ、基本的に仕事やお付き合いは(法人ではなく)、
個人を相手にやることと考えているので、
個人名のわからない会社名義の年賀状には、返信をしなかった。

困ったことだが、
せめて、だれから来ているのか一筆添えてほしい。
顔の見えない相手に手紙を出したくはないだけ。

欠落感覚
青酸送付事件の件で騒がれた方のサイトを読みふける。
いろいろと思い当たることもたくさんあるだけに、
心がゆれて、たまらない。

池袋ビックカメラでプリンターペーパーを大量に買い、
芳林堂で漫画をたくさん買う。

家に帰って、ホームページの更新。


1999年1月8日(金)

冷たい渋谷の冷たいお酒
若い子たちと渋谷で集まり、新年会と称して、お酒を飲む。

風邪ひきの人間も多く、
最初に入った宮益坂の「ぼてぢゅう」の店内の寒さもあって
いまいち盛りあがらない。

つづいて、「ボイルストン」へ。
居合わせたみなさんの心胆を凍らすようなことを柴尾が発言。
ほんとに凍っちゃったのには、まいってしまった。

冗談です。
まだ、そんなことやりませんよ、とりあえず。

なにより、人間って変わっちゃうものなんだなってことを実感。
成長するほうに変わってくれればいいんだけど、
袋小路に入っちゃった人を見るのはつらい。

やっぱり朱にまじわれば、赤くなっちゃうのか。

そう思えちゃうほど、
ちょっとショッキングなことばを聞かせてもらった。
(べつにぼく個人が攻撃されたとかではないだけに、ますますショッキング)

数年前、同様の言動をしていた人間が
その後、しずかに自滅していったのを知ってるだけに
とてつもなくさびしい……。

この状態になったら、なにをいっても、むだだしね……。

人間の心と未来をつぶすには、
責めたり、非難したりするのは有効な手段ではない。
誤解をともなう評価をもとに、
いたずらなほめ方をするのがいちばんなのだ。

しかも、すべてが悪意をぬきに生まれている事態だけに
たちが悪い……。

似たようなことは、
筒井康隆も「乱調文学大辞典」でいってたけど……。

身も心も寒い夜……。


1999年1月9日(土)

去年のベストは……
きょうは女房が結婚式に出席するため、ぼくひとりなので、
思いっきり羽根を伸ばして、インターネット三昧。

原口一也さんのページの掲示板に去年のベスト映画などを書きこんだので、
去年のマイベストはなにかなどを考えてみる。

映画ははっきりしている。
ベスト1は「スターシップ・トゥルーパーズ」でしょう!

もともと、バーホーベンは好きな監督で、
オランダ時代の「スペッターズ」なども含めて、
作品のほとんどはLD(輸入版を含む)を集めているくらい。

とにかく悪食な監督で、なんでも撮っちゃうやつなんだけど、
これはおもしろかった。
ひさびさに「ロボコップ」のころのたぎる血流感覚を思い出した。

アメリカ人に不評な部分をカットしたそうだけど、
輸入版のLDにはその部分がおまけとしてついている。
これをきちんと編集にくりこんだ完全版をみたいよぉ。

主演女優のひとり、デニス・リチャーズも一気にごひいきになり、
「ワイルドシングズ」の輸入版も購入。

とにかく未来戦争映画といいながら、
じつは戦争をやっていないアナーキーさがいい。
あれじゃ、害虫駆除映画でしょう。

あんまり面白かったので、20年ぶりにハインラインの原作を読み返してみたけど、
パワードスーツの部分を除いて、
かなり忠実に作られているのに感動。

基本の展開がここまでそっくりなのに、
志向性がこんなにちがうというのが、いいねぇ。

ちなみに次点は「ガタカ」。

なんだ、どっちもSF映画じゃないか。
珍しい……。

本のほうでいえば、ベスト1は
串間努著
「まぼろし万国博覧会(小学館)」だ。

これはぼくの心の琴線にふれまくりの好著。

まず、いまゲームを作ってるという自分自身の
原体験といえば、
1970年、大阪で開催された万国博覧会に尽きる。

結局、世界マップの町や村、ダンジョンは
万博のパビリオンを作ってる感覚なんだなぁ。
なんてことを感じる。

そのことを再確認させてくれた本だ。

ぼくがお祭り広場で乗った象に、こんなエピソードがあったのかとか、
外国から来たコンパニオンのおねぇさんにサインをもらうことが、
あんなに流行っていたのかとか、
胸踊るエピソードがいっぱい。

実体験においては、フロリダ、ディズニーワールドの
EPCOTセンターにいったとき、
あの万博の匂いを感じ、狂喜したし……。

やっぱり好きでたまらないんだ。
あの空気が大好きなんだ、おれは……。

もうひとつ、'97年に出た本だけど、
夢枕獏の「神々の山嶺」はとにかくすごい話だった。
読んだのは'98年だけど、これも推したいところ。

教えてくれた小学館のIさんに感謝。

さて、ゲームのベスト1は……。
これがいちばん難しい。
作品としては「ゼルダの伝説」なんだろうけど、
完全にクリアしてないので、あげられない。

結局、いちばん長く、プレイしたゲームということで、
結局「テーマ・ホスピタル」なのかなぁ。

でも、やっぱりクリアした作品中の
ベストは「メタルギア・ソリッド」ですね。

これだけ誠実に「ゲーム」を作った努力は大きく評価したいところ。


1999年1月10日(日)

風邪です
風邪をひいたので、一日おうちでのんびり。

なぜか、
女房と映画「追憶」なんぞを見る。



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