DIARY:1999 FEB. 11〜20

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1999年2月11日(木・祝)

だって口惜しいから……
昨夜のオフ会は、とっても口惜しかったので、
前夜の参加者のうち、携帯電話の番号を知っている人に
連絡をとる。

「うまいものをおごるから、ぜひ来なさい!」

さらに女房にも声をかける。

「おもしろい人たちに会わせるから、夕方スケジュールをあけときなさい!」

二日酔いはなぜかまだ残っていて、
頭のどこかで泡盛が暴れている感じ……。。

で、時間があるので、
散髪にいく。

通常のカットに加えて、
店員さんにすすめられるままに、
スカルプクレンジングとか、顔のマッサージとか、
いろいろとやってもらっていると、
約束の時間まであとわずか!

しかも、店を出ると、一面の雪景色。

ちょっと気が重くなったが、
女房を伴い、新宿へ。

みなさんに女房を紹介して、
焼肉屋「眞一館」へ。

総勢6名。

ぼくら夫婦以外は全員20代なので、
気持ちのいい食いっぷり!

あれだけ、うまそうに食ってもらうと、
おごっていて、たいへん気持ちがよい。

その後、仕事のある女房は
帰ってしまったのだが、
「Pearl Bar」で、だらだらと飲み、
さらに居酒屋「海峡」という、
ぼくと新宿で飲む人はおなじみのコースで、朝まで飲む。

これ以上ないくらい、しゃべり疲れ、
これ以上ないくらい、飲み疲れた。

始発は動いていたのだが、
しんどいのでタクシーに乗って帰る。

20代のみなさんは元気があるなぁ。

いっぱい、おしゃべりしたので、
すっかり、満足しましたです。


1999年2月12日(金)

映画プロデューサー
午後一時、本郷で
アスミック・エース・エンタテインメント
O川プロデューサーとお話する。

彼はもともとワセダミステリ・クラブでも
屈指の映画好きだった。

その後、アスミック入社後、
ゲームのプロデューサーを務め、
「レナス」シリーズや「ルパン3世カリオストロの城」などを
作っていたのだが、
その後いろいろあって、
念願の映画プロデューサーになったわけだ。

なにより、アスミックとエースピクチャーズの
合併というのが、
O川くん的にも有利に働いたわけだ。

ときどき、呼びだされては、ネタだしをさせられる。
しかも、だいたい、お茶一杯で……(笑)。
あとは、エキストラ出演者の募集とか……(笑)。

仕事というよりは、お友達づきあいなので、
いいんだけどね。

たまに映画も見せてくれるし……。

ということで、彼が企画中の映画について
こちらから、
あれこれ、無責任なことをいったあと、情報交換。

あと、パイオニアLDCのI川さんが、
会社を辞めたというのには、ちょっとびっくり。

I川さんは、パイオニアLDCで
LDやDVDのマスタリングをがんばってた人で、
すごい映画ファン。

また、お会いしたいなぁ。

彼に今日のことは日記に書いてよいかと訊ねると、
「どこかにいい脚本家がいないかと、困っていたと、書いておけ」
との指令。

はい、書かせていただきました。


1999年2月13日(土)

さくまあきらさんの動向が気になる。
最近、インターネットに接続するやいなや、
すぐにジャンプするサイトが
さくまあきらさんのホームページだ。

さくまさんが
最近、「レガイア伝説」をプレイされていることは、
この日記に、何度か書いた通りだけど、
ここ数日は、ごたぶんにもれず、
「FF8」をプレイされている。

どきどき……。

いったい、いつごろ、「レガイア伝説」に
もどってきてくれるのかな?

わくわくのドキドキである。

この気分って、どこか、
先生の採点を待っている生徒の気持ちです。

日記の記述から、うかがい知るところ、
どうやら、ソルの大部分のイベントはクリアされ、
ぼちぼち、大空城にむかうところか……。

そこからは、ハイテンション……、
怒涛の展開になるはずなので、
うまく楽しんで、プレイしていただけるかどうか、
すっごく、おっかない。

いままでのところは、
及第点をいただいているようだが、
あのサイトは業界人銀座なので、
「後半がひどい!」とでも、書かれようものなら、
瀕死のダメージだし、
なにより、ぐっとくるものがある。

うーむ。

さくまさんのおからだのことを考えると、
「がんばってください」と
やみくもに声援を送るのも考えものだし……。

このドキドキが
いったいいつまで続くことやら……。


1999年2月14日(日)

バレンタインデーだって
今年のバレンタインデーにいただいたチョコレートは
ふたつでした。

ひとつは、もちろん、女房さまさまより!
もうひとつは、WEBで知り合った
すてきな女性より……。

どちらもとっても甘露、甘露。

ちょっと読書家
なんだか、ここ1〜2週間くらいは
ひたすら本を読んでいる。

もちろん、
遊びたいゲームとか、観たい映画もたくさんあるんだけど、
とにかく読書三昧。

といっても、あんまり難しい本は
読んでないんだけどね。

10月あたりから、インターネットを始めて以来、
読書量がかなり減っていたので、
その反動なんだろうけど、
とにかくなにを読んでもおもしろい。

あ、ちなみに雑誌「読書人」の最新号が
毎年恒例の「旅の本」特集だったんだけど、
紹介されていた本のうち、
半分くらい読んでいたのが、ちょっぴり、うれしかったっす。

どうも射手座のB型体質で、
マイブームってやつには、とことん忠実です。

たぶん、来月のいまごろは
ホームシアターで
映画三昧ブームになっているんだろうな……。

ぼちぼち、あのサウンドシステムを
導入するかもしれない……。


1999年2月15日(月)

その「とき」、あの「こと」をする「もの」
自分には、
それほど強いこだわりはないと、
思っていた。

ちゃらんぽらんに
適当にやっていると思っていた。

だが、そうではないらしい。

とくに自分で文章を書くとき、
その文字づかいに関して、
かなりのこだわりがあるみたいだ。

最近うちのBBSでは
文字フォントの話題がでているのだが、
そのレスをつけているうちに、
はっきり気がついた。

「とき」、「こと」、「もの」、「ぼく」、「やつ」などは
絶対に、ひらく(ひらがなで書く)!

「時」、「事」、「物・者」、「僕」、「奴」なんて、
指が裂けても書くもんかという
こだわりがある!

「その時、僕は分かった事があります。
奴が食べる物は、おぞましい物なのです!」
 なんて、書いたとたん、
おぞましい学習をしたIMEの辞書を
再インストールしたいくらいの
こだわりがあるのだ。

まあ、この手のネタは
ライター同士でよく話題になるのだが、
ぼくは断固、「ひらく派」だ。

ゲームの新作を作るたびに、
顔合わせした
新しいスタッフとも一度はこの話題がでる。

いろいろと説明もする。

全体の文字バランスで、
読者やユーザーに注目してほしい部分を
あえて漢字にして、
そのほかは極力、ひらいているんだとか……。

「僕」は「下僕」の「僕」で、
「しもべ」と誤読されるといやだからとか……。

「時の旅人」などで「時間」を意味する場合の「時」と、
「そのとき」などの指示代名詞とともに使う「とき」を
区別したいからだとか……。

そんな、わけのわからんことを
真顔で説明しているうちに
とりあえず、みんな、わかったような顔をしてくれる。

ありがたいことだ。

でも、正直にいっちゃおう。

いろいろと理屈はございますが、
ぜんぶ、ぼくの文体なだけです。

それ以上でも以下でもありません。

有名無名を問わず、
いろんな人が書いている文章で、
「そのとき」を「その時」と書いてあっても、
じつはそんなに気にならない。

人に強制するつもりは
さらさらないのだ。

ただ、なにより見苦しいのは、漢字の用法など、
文字づかいの不統一だ。

あるところで、「僕が好きな事」と書いておきながら、
すぐそばで「ぼくが好きなこと」と書くのは、
みっともないことだ。

結局、ぼくは
「とき・こと・もの」をひらくというルールを
生涯のどこかで決め、
そのルールに準拠して文章を書いているだけなんだろう。

小学館と学研と……
出版社や担当編集者によって、
ルールはいろいろある。

たとえば、「小学三年生」など、
小学館の学年誌では、
「人々」を「人びと」、
「山々」を「山やま」と書くのがルールだった。

また、学研の編集者で、
連用形でつながるふたつ目の動詞はひらくのがルールだと、
いう人もいた。

例1:使い切る→使いきる
例2:殺し始める→殺しはじめる

また、
「!(あまだれ・感嘆符)」や「?(疑問符)」のあとに、
全角のスペースを入れることは、
よく知られたルールだろう。

例:「ばか! 自分の名前を忘れたのか」

それに「・・・(中黒*3)」でも「...(ピリオド*3)」でもなく、
「……(三点リーダー*2)」を使うのも、
わりと常識的なルール。

全体のルールを統一させて、
書いた文章を読者に楽しみやすくさせるという点では、
表記の用法が、
テーブルマナーに似ているというのは、
乱暴な比喩だろうか……。

全体の文章に占める漢字の量が
多かろうが、少なかろうが、
わかってる人なら、名文は書ける。

ただ、経験則からいって、
現代の人間が書く文章の中で、
漢字の量が多いやつに、ろくなものは、ないっす。

「与える」とか「出来る」とか「凄く」とか、
そんな漢字がちりばめられている文章は、
読む前から、「うげ」って感じ。

ただでさえ、デフォルト状態のワープロの辞書は、
必要以上に漢字変換しようとするから、注意が必要だ。

さて、自分の文章がうまいといいきるほど、
ぼくは自信家じゃない。

そんな経験則から、
とりあえず、ひらくようにしているのかもしれない。

雑誌とゲームとパソコンと……
それから、媒体によって、文体や表記も変わる。

ぼくも
ゲームシナリオで使う漢字の種類と、
ウェブサイトで使う漢字の種類、
印刷媒体で使う漢字の種類とは
ぜんぜん違う。

RPGでは
画面に表示される文字フォントが
へなちょこだと、
内容を変えない範囲で文章を変えることもよくある。

それにウェブで「りきむ」を「力む」と書くと、
カタカナ&ひらがなまじりの「カむ」と誤読されそうだから、
「ふんばる」とか、表現を変えたりする。

文体の変化という点で、
ウェブと印刷媒体で顕著なのは、
「、(読点)」の量だろう。

コンピュータの画面上で
文字を読みやすくしようとして、
ついつい多めに「、」を入力しちゃうのだ。

最終的にユーザーや読者の目に飛びこむとき、
どんな印象をあたえるのかってのは、
すごく気になる。

こりゃ、なんか、こだわりの話というよりは、
文字づかいに神経質な話って感じだね。

まぁ、ゲームのシナリオを書くときも
そんなことで、うんうん、うなっているわけですよ。
大勢に影響はないのにね……。


1999年2月16日(火)

サイクルワーキング
2〜3時間仕事をしては、
1時間ほどネットがらみのことをやる。
そのくりかえし……。

仕事はエクセル相手の格闘。
ネットがらみはWEB巡回&書きこみ、
サイトの更新など……。

調子に乗って、「GAME DESIGNER」に
「レガイア伝説」がらみのコラムをふたつのっける。

あと、なじみのサイトで
ちょっと目が離せない展開があって
すごく気になるところ……。

まぁ、いずれにしても、PCの前で
ずっと座っていることに違いはない。

肩と腰、目には相当な負担……。

なんだかなぁ。


1999年2月17日(水)

すっぽかし……
早朝から仕事をしているのだが、終わらない。
この程度の量なら、
楽勝だと思っていたのだが、
どうも能率が上がらない上に、
思ったよりも「考えて」作らなければならないので、
消耗する。

で、会議を一本、すっぽかす。
ごめんなさいでした。

T.M.R.=???
とほほな感じで疲れ果てて、
これ以上、仕事できない状態になり、帰宅。

携帯電話の着信履歴を見ると、
セガ・エンタープライゼス勤務のM崎から電話。

夜の11時に、そのまま携帯から、かけてみる。
用件というと……。
テレビの「うたばん」で、T.M.R.を見ていたM崎は
雷に撃たれたような啓示がひらめいたというのだ。

西川貴教……? この顔……?

こいつ、大五郎だ!
大五郎といえば、TV時代劇「子連れ狼」の大五郎。

たしか、大五郎の子役、西川とかいっていたし……、
T.M.R.の西川の顔には、
その面影があるようだ。

で、その啓示を確認するため、
M崎は各方面に電話を入れていたらしい……。

西川貴教が大五郎でないとしても、
兄弟が大五郎である可能性も否定できないなどと、いっている。

まったく……。

(あとでWEBで調べてみたら、
'73〜'74年放映の「子連れ狼」第1・2シーズンの
大五郎役はたしかに「西川」和孝という子役)

M崎は、中学の演劇部以来の親友。
もはや四半世紀のつきあいだが……(おお!)
まさか、こんな長い付き合いになるとは……。

M崎は小倉高校→東京大学と
ぜんぜん別の進路にいったんだけど、
高校時代は長電話でSFや漫画の話を語り合い、
大学になると、やつの下宿にあがりこんでは、
ゲームを遊びまくっていた。

彼がいなかったら、現在の柴尾はなく、
「レナス」も「レガイア伝説」もなかったことだろう。

それにしても、卒業後、メーカーに就職したM崎が
まさか、こんなに近い業界に入ってくるとは……、
運命の不思議だ。

ひさしぶりの電話だったけど、
業界のなかなかホットな話を交換したり、
プロレスの話に花が咲いたり……。

さて、もりあがった話題のひとつが、
ゲームクリエイターさんたちの傾向と対策。

たとえば、ゲームクリエイターさんに
いろんなアイディアを出してもらおうと思い、
何人か、呼んでみる。

ところが、席上では
肝心のアイディアを出すよりも
あるアイディアを現実に実行した場合の
ボトルネックばかり話す傾向がある。

この手の話は
おたがいに思い当たることがあるだけに、
妙に盛りあがる。

ある程度、有名になって、お金を稼ぐようになると、
定期購読紙を読売から日経に買えるみたいなもの。

「経済の話もわかりますよ」と、
誇示したいんだろうけど、かっこ悪いよね。

やっぱりクリエイターって、いうからには、
サーバーの負荷がどうとか、課金システムがどうとかいうより、
ばかばかしいくらい魅力的なアイディアを出したいもんです。

そんなとっぴなアイディアから、
どう現実に落とし込むかという点で苦労はあるだろうけど、
それはそれで
またべつの醍醐味。

なにより、自分にあたえるハードルを
最初から低くしてどうするんだというのが、
最近の自分に対する戒めでもある。

そんなこんなで、電話が終わったのは、
深夜2時半……。
こんなことなら、仕事場から(携帯電話でなく)電話するんだった。

明朝もはやくから仕事なのに……。


1999年2月18日(木)

牡蠣フライのせい?
仕事場で、ばたばたと仕事をして、
午後9時に小学館「少年サンデー」編集部へ。

「電脳遊撃隊」で、今回紹介するゲームは
スクウェアの「チョコボレーシング」。

入稿作業そのものに
たいした手間はかからなかったのだが、
今回編集担当のSさんの体調がむちゃくちゃ。

夕食に食べた牡蠣フライが原因のようだ。

打合せをしていても、
「ちょっと失礼!!」と
何度もトイレにかけこむありさま……。

ほんとにつらそうだ。

「以前、バリでお腹をこわしたときよりもひどいんですよ」
とのこと……。

あまりのつらさに、
「横になるため仮眠室にいきますから、書き上がったら、携帯電話に連絡してください」
と、いいのこし、ふらふらと編集部をあとにする。

うう、気の毒じゃ。

原稿を書き終え、すこし雑談したり、
編集部に届いたワンダースワンで「GUNPEI」を遊んだりして、
タクシーで帰宅。

ワンダースワン、けっこういいかなとは、思ったのだが、
カセットの差し込み部分が、もろにむきだしというのは、
ちょっと問題がありそう……。

深夜3時前後に帰宅後、すこしチャットしたのだが、
その後、おそろしい運命が待っていたとは……。


1999年2月19日(金)

とほほな羽田往復
深夜3時過ぎ、一日の仕事を終え、
静かな休息のときを迎えようとしていた柴尾だったが、
そのとき、女房は修羅場を迎えていた。

「夕張ファンタスティック映画祭」取材のため、
早朝8時30分、羽田集合だというのに、
入稿しなければならない原稿が
まだ残っているという。

原稿を書いているときの女房は気がたっている。
そばに近よる勇気はない。

ということで、
仕事場でのんびりとチャットを続ける。

明るくなったので、歩いて家に帰ってみると、
女房はまだ仕事をしている。

ほんとうに間に合うのだろうか。

おれは関係ないので、横になる。

早朝、6時30分、たたき起こされる。

仕事は終わったようだが、
いちばん早く羽田に到着するルートがわからないと、
とぼけたことをいわれる。

話しているうちに、
なぜか……、
女房につきそって、羽田空港にいくことになる。

タクシーで、西台駅までいき、
三田線の田町乗りかえで、京浜急行で羽田まで、
ぎりぎり、集合時間に間に合った……。

途中まで気を揉んでいた女房だったが
羽田空港の一角に蝟集した映画マニアの集団を見かけると同時に
ほっとした表情。

「じゃ、ここで!」と、
情のない声をかけると、
ぼくの手から、キャリーバッグの取っ手をうばい……、
すたすたと歩いていこうとする。

あっけにとられ、
「おい!」と声をかけると、
「あとで電話をかけるから……」などとぬかして、
マニア集団の中に溶けこんでいった。

これだから、上州女は……。
(おれには声がない。それでも叫ぶのだ、心の中で)

羽田でかるくモーニングセットを食し、
まったく同じルートで家にもどる。

帰りついたのは、11時ごろ……。
布団の中に直行。

加藤編集長
約束があったので、夕方5時ごろ起床。

シャワーを浴びて、強引に目を覚ます。

雪の降る中、午後7時
市ヶ谷の角川書店「GameWalker」編集部へ。

担当のAさんや加藤寛之編集長と
誌面リニューアルに伴う、
レビューページ「ゲームの王道」連載終了のうちあわせ。

6年近くやってきた連載なだけに、感慨もひとしお……。

その後、四谷で焼肉。
加藤さんは、以前、早川書房にいた関係で、
共通の知人が多い。

しかも、加藤さんは大学生のころ、
高校生のぼくがはじめて参加したSFイベント、
「1001人、SFの旅」を主催したという奇縁(?)もある。

しかも、酒好きの九州人……。

こうなれば、盛りあがらないわけには、いかない。

最初は「柴尾さん」と呼んでいた加藤さんだが、
そのうち、「柴尾くん」になり、
気がつくと、「おまえ」状態……。

もはや、マブダチ……?

じつは、以前、編集長就任直後の加藤さんとお酒を飲んだとき、
加藤さんは完全に遠い世界の住人になってしまい、
タクシーで帰宅したのだが、
「気がつくと、交番の前で、女房が運転手にお金を払っていた」そうだ。

今回は、さすがにそこまでは、いかないが、
かなり、「楽しい」状態には、なっていた。

その後、タクシーで赤坂のバーへ。
ここで加藤さんは、
ナポレオン時代のマデラ酒を飲んだこともあるという。

ぼくも滅多にいかないタイプの店。

到着直後から、
ハイランドモルトの利き酒状態。

テーブルの上に、ボトルとショットグラスがずらりとならび、
まさに壮観……。

んまい!

という感じで、楽しい一夜。
わやくちゃな一日でした……。


1999年2月20日(土)

祝! さくまあきらさま
「レガイア伝説」完全クリア!

夕方、新宿へ。

いささか唐突だが、
ライターの原口一也さんと飲もうという話になって、
だったら、「レガイア伝説」をクリアしたさくまあきらさんを
お呼びしようということになったのだ。

さくまさんの日記でもおなじみの
「グルメ・バカ娘」さんもご一緒。

彼女はもうすぐ中学生、会うたびに魅力的になっていく。

彼女にはすばらしい特技があり、
将来はぜひ、いっしょに仕事をとお願いしたいところだが、
すでにカプコンの岡本吉起さんが
秘書にするという約束がある。

ちっ、
たしかにあっちのほうがいい男だよな……。

口惜しいことだが、
事実は事実として認めねば、なるまい。

さくまさん、おすすめの新宿「なだ万賓館」へ。

「レガイア伝説」に関して、
さくまさんは、ゲームデザインの面で、
いくつもの質問を用意されていたご様子。

だが、
最初のひとつふたつの質問に対して
「つまり、こういうことです」と、
あっけないくらいに簡単に最終解答をだしてしまったので、
いささか、腰砕け気味になってしまいました。

すみません……。

ただ、ご自身も同様の体験があるさくまさんだけに
話が早い。

まぁ、よくある話ってやつですよね。

おいしい料理をいただきながら、
いわゆる業界話……。

さくまさんは
「桃太郎電鉄」や「桃太郎伝説」、「さくま式人生ゲーム」など、
毎年のように何本もの新作を発表されている。

コンシューマでは8年かかっても
3本しか作れないこちらと、えらい違いだ。
仕様を作るスピードも驚異的。

まぁ、こっちがぐうたらなだけなのかもしれない。

さらに原口さんの現代攻略本事情など……。
うーん。いろいろと、たいへんそうだな。

あと朗報がひとつ。

さくまさんのオンライン日記をお読みになった、
すぎやまこういち先生が
「レガイア伝説」をご購入とのこと。

ワクワクドキドキはまだつづく。

こういう時間は過ぎるのが早い。
ずいぶん、長居をしてしまった。

私信:さくまさま、
たいへん、ごちそうになりました。

さて、その後、原口さんがいきつけの
西新宿の串焼き屋「玄菜」へ。

こちらでも話は多岐にわたる。

ドリームキャストや「FF8」から
バラエティ番組、映画、インターネットと
充実した雑談というやつ。

さくまさんは娘さんといっしょにお帰りになったが、
その後、原口さんとあれこれと話は続く。

ちょっぴり飲み足りない思いはあるけど、
腹八分目で帰宅。



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