DIARY:1999 JUL.11〜20

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1999年7月11日(日)

131本の!
正午に小説家、飯野文彦さんから電話。
飯野さんもペプシのボトルキャップを集めているそうだ。
その数、なんと131本!
そこまで買って、40種類中、まだ9種類、足りないそうだ。

コンビニの店頭からなくなった昨日、
近所のスーパーで箱買いをしてきたそうである。
で、トレードの申し入れ。

それにしても、おれの二倍は買ってますよ。

東芝の……
ついに朝日新聞、読売新聞、スポーツ新聞各紙まで、
報道された東芝の音声ファイル。

もともとのサイトにも
カウンター操作疑惑など、いろいろあるそうだが、
あの音声ファイルを耳にして、東芝の見解を読めば、
東芝に同情の余地なしである。

かといって、
どこぞにおいてある不買運動バナーを
貼りつけるほどの感情移入は、してないんだけど……。

20本
飯野さんの話を聞いて、いても立ってもいられず、
近所の東武ストアに向かう。

残っている最後の20本をまとめて買い、
レジで苦笑される。
しかし、その中で、新キャラのフィギュアが8体……。
うれしいったら、ありゃしない。


1999年7月12日(月)

The Bare Facts
書籍通販で有名なamazon.comから、
The Bare Facts Video Guide 1998 Edition」が到着!
いやはや、ほしかった本が、インターネットで簡単に手に入るとは、
いい時代になったものだ!

最近では毎年刊行されている
この究極の映画ガイド本をはじめて手にしたのは、
1994年の「3rd Edition」から……。

当時の日本で、この本の存在は、ウワサのみ高くて、
洋書店を何件歩き回っても、なかなか入手できなかった。
銀座のイエナで注文を出したりしたんだけど、
入手できなかった。

結局、CESのために渡米したアスミック(当時)のO川くんが
買ってきてくれたのだが、内容を読んで
「これだ! これだよ! おれがほしかった情報は!」と、
狂喜したのを思いだす。

この本はとにかくすごい!

アメリカで公開された(X指定以外の)一般映画の中で、
どの女優が、どの映画の、何時間何分目で、どの程度……、
「脱いで」いるかの情報が、はっきりと書いてあるのだ!

いわば、お宝画像のデータベースである。
しかし、画像そのものはいっさいない。
テキストだらけのデータ本である。

旧版には、脱いでいる男優の情報や、
PLAYBOYなどの雑誌情報も掲載されていたのだが、
最近の版ではなくなってしまった。
やはり需要が少なかったのだろう……。
(ただ、毎年先行発売されるCD-ROM版では、フォローされてる)

その後、一時期は渋谷のタワーレコードなどでも
入手可能だったが、1998年版からは通販のみとなってしまった。

当時、クレジットカードを持っていなかったこともあり、
新バージョンを買うことは断念していたのだが、
先日、ふと思い立って、買うことにしたのだ。

日本でもいわゆる「お宝ブーム」で
この種の本は大量に出ているが、
これだけのデータ量を誇るものは皆無だ。

たとえば、アシュレー・ジャッドが、
「Normal Life」と「Norma Jean & Marilyn」の2本で、
脱いでるのがわかる。後者の場合は、
開始2分、5分、36分、40分、1時間54分に見どころがあり、
それぞれのコメントの中から、36分のものを見ると、
三ツ星(・・・)レートつきで
「Nude,after taking off robe and posing for photos」と、
書いてある。

お宝データなんて、とてつもなくバカバカしい情報だけど、
それをここまで緻密に収集するなんて、頭が下がる。

著者のクレイグ・ホソダ氏(日系?)は
シリコンバレー育ちのソフトエンジニア。
名門UCB出身で、ヒューレット・パッカード社に2年勤務後、
ILMに在籍して、「ゴールデンチャイルド」や「グーニーズ」、
「ニューヨーク東8番街の奇跡」のSFXに携わる。

「ハワード・ザ・ダック」を製作中、
同僚がなにげなくもらした
「リー・トンプソンって、なんかの映画で脱いでたっけ?」の
一言を聞いたときに、
その手の情報リストをまとめた本があってもいいのではと、
ひらめいたという。ユリイカ!

1987年、ILMを辞め、シリコンバレーにもどったホソダ氏は
それから3年がかりで、この本の初版を出して以来、
すべての仕事を辞め、
一生を赤裸々な事実(ベアファクト)探求に
捧げることにしたそうだ。

えらいぞ、クレイグ!

しかも、この本は女優の裸なんて、興味ないねという方にも
おすすめの映画ガイドである。

使っている英語も簡単だし
(brief full frontal nudityとか、breastsとかbunsとかね)、
1度でも脱いでいる女優なら、すべての作品が役名つきで
収録されているのだ。

役名まで載ってる情報源なんて、あまりないだけに、
映画マニアを自認する方すべてに、おすすめしたい。

ただ、ウィノナ・ライダーのように脱いでない女優の
情報がいっさいないのは、しょうがないけどね。

この本をもとに買ったLDは何百枚もある。
新しい情報も手に入ったことだし、
また新たに買うことになるんだろうな。

ほにゃららドットコム
このサイトが置いてあるODNのサーバーのレスポンスが
最近ひたすら、とろい。
クリックしてから、表示されるまで、えらく時間がかかる。

ODNユーザー急増の副作用なんだろう。
ということで、ふと思いたって、新たにレンタルサーバを借り、
独自ドメインにすることにした。

すでにInternicへの登録は完了。
早ければ、来週あたりから、このサイトの引越しをします。

ドメイン名はshibao.comにしたかったんだけど、
すでになかった。

手続きがすべて完了したら、発表しますので、よろしく!

週刊朝日
例の東芝系の報道。週刊誌では週刊朝日が一番乗り。
なんか、朝日新聞と足のりがそろっているなぁ。
きっと、築地あたりのどこかで
「よし、いくぞ!」という号令をかけてる
だれかが、いるんだろう(笑)。

こうなれば、あとは地上波でどこが最初にやるかだな……。
テレビ東京かNHKか……。


1999年7月13日(火)

あと2個で……
「スターウォーズ」ボトルキャップ・コレクションは、
あと2個でコンプリートである。
ヨーダ(頭)とキャプテン・ターパルス(頭)。
だれか持ってませんかぁ?


1999年7月14日(水)

コレクション完成!
「スターウォーズ」ボトルキャップだが、メールなどで、
つぎつぎに交換の約束をとりつける。
最終的に残ったのは、
ヨーダ(頭)とキャプテン・ターパルス(頭)。

ヨーダは、
開発に顔を出したとたん、かんたんに譲ってもらえた。

最後のキャプテン・ターパルス(頭)も
会議の出席者から、
アナキン(頭)と交換に譲ってもらうことになった。

ぼくもコンプリートだが、
そちらもアナキン(頭)でコンプリート!
どちらもにこにこの大団円。

持つべきものは、
ゲーム関係の仕事とウェブサイトである。

ちなみにレアものと評判のC3POだが、
袋の上から、盲牌できるという話。
あれは、はげやすい金の塗装をしている分、
素材が硬くなっているそうだ。
袋の上から触って、硬さをたしかめればいいらしい。

いまさらな、情報ではある。

ハードな夜
この日の会議は午後5時から、
翌朝9時までにおよんだ。じつに16時間……。
途中で、すこし寝たが、やはり消耗しきった。


1999年7月15日(木)

新サイトはCGI対応
朝10時に家に帰る。

そのまま倒れこみ、2時間ほど眠る。
レイアウトが上がるらしいので、
その準備のため、目を覚ます。しかし、レイアウトは来ない。

昨日、レンタルサーバー会社から、
準備完了の知らせが届いていたので、
新サイトをすこしいじってみる。

CGIを使った
新しい掲示板だけでも作りたいと思っていたのだが、
やっているうちに、はまってしまう。

2時間ほどかけて、ある程度、完成したところで、
SSIを利用したアクセスカウンターってやつも作ってみる。

なんだか、知らないが、できちゃう。

どちらもオリジナルはWEB裏技から、いただいた。

なんだ完成じゃん!!
ただ、見ているのもつまらないので、
引っ越すことを決意する。
ばたばたと旧サイトに告知の看板を貼りつける。

というわけで、引っ越しました。

あれ、レイアウトは来なかったなぁ……。
ま、いいか。

レナス・ドット・コム
べつに、「レナス3」を作っているわけではない。

shibao.comは、すでにとられていたので、
いろいろと候補をあげて調べているうちに、
文字のならびがいちばんよかったので、これにしたわけだ。

oudou.comだとかっこ悪いし、
なんか、発音不明だ。

shibao.netという候補もあったんだけど、
やっぱりドットコムにしたかったのは、ミーハーなせい。

ちなみにいまなら、legaia.comなども未登録だぞ。

意外だったのが、「.to」のトンガドメイン登録料って、
「.com」の登録料ってより高いってこと。
「shibao.to」もおもしろかったんだけどね。

ヤングサンデー
夜、神保町の小学館にいき、
あらたに「ヤングサンデー」編集部配属になったIさんと会う。

異動といっても
古巣の「少年サンデー」編集部とはとなりどうしだ。
なんか、妙な感じ。

その後、焼肉の「三幸園」で、肉を貪り食い、
新宿の「ゴンドラ」でおねぇちゃんと
人間の指についての深い考察をする。

とりあえず、酔っぱらいながら、仕事場にもどる。
しかし、レイアウトは来ていない。
ほっとしたのも正直なところ。
これから書くのはたいへんである。
サイト引越しの告知をいろんな掲示板に書きまくって、爆睡する。


1999年7月16日(金)

森英俊さん主催の慰労会
森英俊さんが
先日の推理作家協会賞受賞記念パーティの幹事を
ねぎらうとのことで、慰労会を開いてくれる。

会場である高田馬場の「プーケット」には、
仕事の関係で、1時間以上遅れて到着。

会場は現役のワセダミステリ・クラブ員も多く、大にぎわい。
30人くらいはいるだろうか。
女性が多いせいか、料理はかなり、残っていたけど、
しっかり冷めてて、かなりくやしい。

暖かいうちに、食いたかったなぁ。
後輩である世界的規模のコンピュータ会社勤務のNくんと、
ささやかな規模の話をたらたらとする。

森さん、
どうもごちそうさまでした。

アメリカとイギリスの話とか
二次会は高田馬場「土風炉」。

村上和久さんや高瀬美恵さん、笠井修さん、
清水賢治さんらのそばで、
アメリカの作家とイギリスの作家のちがいとか、
東芝の話とか、
エディター(アプリ)の話とか、
紙の辞書とCDの辞書のどちらがいいかとか、
雑誌などでの禁句とか
破滅SFの話とか……。
まぁ、とりとめのない話ばかり。

遠くでは、「ヴォネガットはSFか」なんて、
話をしているのが聞こえる。なつかしく、微笑ましい。

でもね。
「いまさら、そんなの、どっちだって、いーじゃん」って気もする。

翌日は九州に帰らなくてはならないので、
節度を保ち、三次会はパス。

イナホコン
会のあいだ、ある先輩が、少なくとも3回くらい、
「イナホコンのような<大>失敗は……」と
おっしゃっているのを耳にした。

なんだか、枕詞のように使われているようだ。
だれも聞いているわけではないのに、
わざわざイナホコンの名前を出している。

当時、幹事長として、イナホコンに関わり、
30万円以上の赤字を埋めたぼくにとって
そのような無神経なことばを耳にするのは、とても不愉快である。

その方は以前も同様のことばを
おっしゃったことが、何度もあり、
こちらがその際、「それは不愉快である」との旨を
やわらかく告げたこともある。

まぁ、それでもつづけて、ぼくの耳に聞こえるところで、
おっしゃっているのだから、たまらない。

たしかに15年前のイナホコンは企画そのものが、
ドンキホーテのようなものであり、
採算面も大赤字であった。

貧乏大学生にとっての3〜40万円は、
天文学的夫妻である。

しかし、それを<大>失敗と揶揄的にいうことは、
当時、
ふがいない幹事長であったぼくのかわりに
さまざまにフォローしてくれた現役クラブ員や、
外部からおいでになって、
イナホコンを楽しんでくださった方への冒涜である。

外部の人間がいうのは、かまわない。
また、
いっしょに苦労した人がいうのも、かまわない。

それに、ぼくのいないところなら、
いくら、いってもらっても、かまわない。

だが、当時、直接、
イナホコンの運営に関わっておらず、
しかも身内だと思っていた先輩が、
それを揶揄的にいうことが、ひたすら不愉快なのだ。

さらに、ぼくのいるところで、
(しかも)なにも知らない現役学生を相手に
聞かれもしないのに
「イナホコン=失敗」という図式を埋めこむのは、
やめていただきたい。

そんなことをすると、イナホコンのような
ドンキホーテ的行動をする学生はいなくなる。

いまなら、おれも金がある。

当時のおれみたいなやつがいて、
規模のでかいバカなことをやり、赤字をだしたとしたら、
よくやったと、10万円くらいは、くれてやるし、
100万円の赤字までなら、無利子で貸してもいい。
もちろん、経験者として、いくらでも相談に乗る。

これはおれがよくいうフレーズだが、
「歩くのを恐れて、立ち止まってるやつに、
走ったあげくに、転んでしまった人間を笑う資格はない」のだ。

いずれにせよ、
「イナホコンみたいな<大>失敗」というフレーズは、
おれにとっての逆鱗である。
あれこれ書いたが、逆鱗に理屈はない。
休火山は活火山になりつつある。

いった本人に対しては、恨みはない。
大好きな先輩である。
ただ、お会いするたび、
逆鱗をいじられるのは、いい加減、うんざりです。

かさねていうが、
このことは本人に、指摘したんだけどなぁ。


1999年7月17日(土)

今年3度目の北九州
深夜帰宅後、「別冊じゅげむ」の原稿と格闘。

新連載なので、方向性などがうまく定まらず、
原稿もうまく落ちついてくれない。
おまけにセーブしていたつもりだが、
アルコールも脳内をかけめぐっている。

結局、早朝に断念。
軽く眠って、9時に目を覚ます。
そそくさと準備をして、羽田へ。
もちろん、レイアウト、資料、パソコン持参。

12時20分発のJAS309便で、
妹、義弟、甥とともに羽田→福岡。

機内でこのサイトの更新作業。
実家到着後に形を整え、送信する。

ひとり暮しをしている母がひさしぶりに
大量に作った料理を食い、
母の話に付き合い、甥と遊び、
妹夫婦に話題の「東芝の暴言」を聞かせ……、
いろいろやっているうちに、深夜。

しみじみと原稿を書くが、やっぱり、たいへん。


1999年7月18日(日)

「別冊じゅげむ」
昨夜、原稿の焦点がうまく合わずに、断念した
「別冊じゅげむ」の原稿にふたたび挑む。

実家のリビングルーム。
すぐそばでは、甥が手近にあるものを放り投げたり、
かけまわったり、いたずらをしている。
ノートパソコンを広げているこちらとしては、冷や冷やもの。

そんな中で奇跡的に文章をまとめるための
「ことば」が浮かぶ。

こうなれば、しめたもの。
いままで憂鬱だった原稿が一気に楽しいものになる。
原稿をゼロから書き直しはじめる。

甥の破壊活動も気にならなくなり、
2時間ほどで原稿がまとまる。

しかし、書きあがった瞬間からまた不安になる。
これで責任編集の成沢大輔さん、担当のY川さんに
依頼された趣旨にあっているのだろうか。

うーーん。

悩んでいても仕方がないので、えいやと、
メールで送ってしまう。

四川飯店と小倉祇園太鼓
夕方、家族そろって、小倉そごうの14階にある
回転展望レストラン「四川飯店小倉店」へ。
ここでやっている四川料理とビールフェアを堪能。

眼下の小倉駅に新幹線、在来線、モノレールが
入線するたびに甥が喜びの絶叫をあげる。

ここは料理の鉄人、陳健一の「赤坂四川飯店」の支店だが、
「陳さんって、ここで作ってるんですか」との母の問いに
「たまーに来るだけです」と、ウェイター。

その後、甥に玩具を買いあたえ、小倉の町へ。
町は小倉祇園太鼓で大にぎわい。
重低音が町を震わせている。

この祭りを見るのは、20年ぶり。
とてつもない人出で魚町商店街は、
通り抜けることさえ困難。ほどほどに見物して帰宅。

帰宅直後、Y川さんから携帯電話に着信。
原稿はすでにレイアウトに組みこまれているという。
著者チェックをすませ、
明日には入稿しなければならないとのこと。

しかし、
こちらにはファックスがない。
クォークのデータを閲覧できる環境もない。

結局、一度プリントアウトしたものを
スキャナーでとりこみ、自動回答式のファイルにして
メールで送ってもらう。お手数をおかけしました。

デザインの海月さんのおかげもあって、
なかなかくすぐったいページになっている。

「別冊じゅげむ」発売の折には、ぜひ、お買い上げください。
ちなみにストリップのことを
書いてるわけではありません。念のため。


1999年7月19日(木)

父の四十九日
四十九日法要。
午後1時ごろ、霊園にむかい、
柴尾家之墓に父の遺骨を納めるのだが、ここでトラブル。

簡単に開くと思っていた、入口(?)が開かない。
コンクリートのようなもので、
しっかりと固めている。

若い住職さんもお待たせしているので、みんなであせる。
母が機転をきかせて、
近くでお墓の設置をしていた職人さんを呼んでくる。

「ここを開けていたと思うんですけど」
以前、祖母の納骨に立ち会った叔父たちの証言により、
開けたところは、みごとに、はずれ。
コンクリートの地肌が見えるだけ。

結局、2ヶ所を開き、納骨スペースが口を開ける。
中に五つの骨壷がある。墓の前でひざまずき、
ぼくが親父をその中に入れる。

その後、叔父、叔母、従妹といっしょに
黒崎にある「梅の花」で豆腐懐石。とても、おいしい。

東芝謝罪?
ついに東芝が頭を下げた?

まだ、多少、奥歯には、
ものが詰まってるみたいだけど、
すこしは「わかって」る人が、書いたことがわかる文面。
仮処分申請もとりさげたとのこと。
報道では、関係者の処分もあるという。


1999年7月20日(金)

あわただしく帰京
実家で爆睡後、JAS310便で妹夫妻と
いっしょに帰京。

日本エアシステムの777機体は、プラス1000円で、
レインボーシートに座れるので、もっぱら愛用している。
機内でPCを広げ、メールのレスを書いたり、
住所録の整理をしたり……。

三泊四日の九州は、あっという間だったなぁ。


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