DIARY:1999 JUL.21〜31

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1999年7月21日(水)

集中豪雨!
タクシーで環状8号線を移動中、集中豪雨に遭遇。
上空、至近距離で雷鳴がとどろき、雹まじりの雨が天井を叩く。
大渋滞の井荻トンネルにも、水が流れこんでくる。
とりあえず、わくわくしてしまう。

秘密会議
おなじみの秘密会議。
タイトルの発表が、だいぶ遅れるとのこと。
その方がいいとは、思う……。

えもいわれぬ、
プレッシャーが押しよせてくるなぁ。


1999年7月22日(木)

菅野美穂!
女房は昨日、朝霞の自衛隊駐屯地で、
菅野美穂、宮村優子出演の映画の製作発表記者会見に
立ち会ったそうだ。

「あのマイクが死んでるようで、
菅野さんの声がよく聞こえないんですけど」と、
関係者にクレイムをつける女房の声が聞こえたのか、
「あ、ごめんなさい。大きな声で話しますね」と、
菅野がいったそうな。

うらやましいぞ。女房! いいやつだな、カンノ!
仕事を交換してほしい、今日このごろ……。
「風のリグレット」が名作に思える、今日このごろ……。

げーむじんパートナー
リニューアルした、「げーむじん」のサイトを見にいく。
おっとっと、木村編集長の日記におれの名前が……。
ひどいよ、きむらくん!

favicon.ico
このサイトでは、引っ越し以来
きちんとアクセスに関するエラーログが記録される。
うまく転送できなかったファイルなどが、
時間、ホスト名とともに記録されているわけだ。

その中で、気になっていたのが、
「favicon.ico」ってやつ。
そんなファイルを作った覚えもないし、
ソースにそんなファイルをコールする部分を書いた覚えもない。

調べてみたら、原因はかんたんに判明。
IEの機能のせいだ。

IEでは、「お気に入り」に登録した途端、
このアイコンファイルを呼び出し、ログを残す仕組みになっている。
まぁ、このサイトには、そんなものがないから、
エラーになってるわけだけどね。

そうとわかると、がぜん興味がわく。
「お気に入り」に登録していただいた方のホスト名をチェックする。

ソニー・コンピュータエンターテインメント系列の方、
まとめて、8名、「気に入」っていただいて
まことに、ありがとうございます(笑)。

そういうわけで、おもしろいので、
左のフレームにIEのアイコンを置いちゃう。
みなさん、IEを使いましょう(笑)!

邪悪飲酒会
アスミック・エース・エンターテインメントのOさんと、
コントレイルのKくんに、
少年チャンピオンのゲームレビューでも
おなじみの怪人ゲームデザイナー笠井修さんの3人と歌舞伎町。

三汁二菜→Pearl Barという、おなじみコース。

今回は「あのまぬけは、いま」がテーマ。
現場でゲームを1本も作ったことがないのに、
わかったふりするまぬけが、たくさんいるんだなぁ。

そういう人が、わかりやすいうそをついたり、
無理な背伸びとかしているんだなぁ。

そんなまぬけにかぎって、
自分は頭がいいと思ってるんだから、たまんねぇよなぁ。

ほかにも開発ドロップアウトたちの末路など、
ダークでディープな話題満載。

おれのゲーム業界版「俗物図鑑」用データベースは
増える一方である。


1999年7月23日(金)

全日空機ハイジャック
昼間から、NHKやワイドショーに釘付けである。
それにしても、フジテレビのワイドショーは
NHKの報道内容とずいぶんちがう。

事件の発生が千葉上空ではなく、
青森上空とかいってるし、飛行経路にしてもめちゃくちゃ。

たまたま、機内に番組のレポーターが乗っていたようで、
着陸後の機内の様子を映しだしていたのだが、
それでも、東北上空で旋回していたとか、
適当なことをいっていた。

情報が錯綜しているのもわかるし、
報道番組ではないから、雑なのも、わかるんだけど、
3時間後には、ばれるようなウソをつくのは恥ずかしい。

それにしても、フジテレビのレポーターって
エコノミークラスに乗るんですね。
それだけは、ちょっと好感……。

いずれにせよ、機長を殺した犯人には、怒りあるのみ。

あとで聞いた報道によれば、
犯人は、アーケードのフライトシミュレータに熱中し、
実機を飛ばしたかったそうだ……。唖然とする。

おなじみの「ゲーム=悪」的論理のすりかえで、
知ったかぶりするコメント多数。
やばいなぁ、「エアラインパイロッツ」なら、
おれも大好きなのに……。

セガさん、あんなバカのために、撤収や回収をしないようにね。
会社の公式サイトからのリンクでは、
存在の痕跡さえ、ないようにしてるようだけど……。
(ちなみに、ナオミ基盤の紹介からは、いけたりする)

おほめの電話
CB'sプロジェクトのY川さんと成沢大輔さんから、
校了報告の電話をいただく。

ついでに原稿をほめてくださる。
落としどころが難しくて、
かなり苦労した原稿だけに、素直にうれしい。

雑誌や出版の仕事がやめられないのは、このあたりのおかげ。
とにかく、反応がダイレクトかつスピーディに伝わるのだ。

ゲームの仕事なんて、一生懸命、仕様書を書いても
ろくに読んでない現場から、
あげ足とりの文句ばかり聞かされる。

(もちろん、きちんと読んでる人もいるけど、
そういう人は文句をいわず、素直に提案をしてくる)

そのあげく、数年後、ゲームが完成して、
さらに1年以上経ったあとに、
「いやぁ、いまのプロジェクトの企画をやってるやつがひどくて、
意味不明のオーダーばかりしてくるんですよ。
柴尾さんみたいに数式とかテーブルこみで
仕様書を作ってくれてる人は
ありがたかったんですけどね……」
なんていわれても、うれしさは半減。

「仕様のテーブルも切れない企画がいるの?」なんて、
笑い話で返すしかないけど……。

フロー
某所にて、
シナリオフローみたいなものを固める作業に熱中。

この作品はユーザーに対する
シンプルなルールを追及する作品からこそ、
シナリオがややこしくなって、たいへん。


1999年7月24日(土)

所幸則という写真家の困ったサイト
あなたが「レナス」シリーズのことを
心のどこかに残していたとしましょう。

あなたの家にインターネットに
接続できるパソコンが届いたとしましょう。

インフォシークあたりに「レ・ナ・ス……」と打ちこみます。
検索結果が数件、現われます。

あらら、あんまり、数が出ないなぁ。
まぁ、マイナーなゲームだし、しょうがないか……。
そう思い、そのうちひとつのサイトに飛んでみます。

そこにはあるのは、
レナスの製作に関して、意見したという
有名そうな写真家のいい加減なことばだったりするのです。
これを読んだあなたは、幻滅するかもしれませんね。

これが一年前の状況でした。

ほんとに困るんです。

そもそも、昨年秋にこのサイトを立ち上げたのも、
そんな検索エンジンの結果を
なんとかしたいというのも、ちょっぴりあったわけです。

とりあえず★ここ★をご覧いただきたい。

読みました?

これはもう、ウソばっかりです。

まず、ぼくは「レナスII」という作品に関して、
「監督・脚本」というクレジットを記載し、
著作権表示にまで、名前を出しているのだが、
この所幸則という人物にはお会いしたこともございません。

たぶん、
所幸則という人もぼくの名刺はお持ちではないでしょう。

ちなみに、所幸則という方に会って、
食事をしたという製作スタッフも
よく知っているのも事実です。
メイングラフィッカーとメイン(当時)プログラマーです。
かれらは、マスターアップまで辞めることなく、
スタッフとして在籍していました。

会見の際、どんなにすばらしいアイディアを
ご伝授いただいたのかはしりませんが、
かれらから具体的な内容は、ひとことも聞いておりません。
だから、「全然反映されなかった」のは、当たり前です。
聞いてないものは、最初から反映されようがありません。

座礁しかかったプロジェクトには、よくあることですが、
多くのスタッフが途中で辞め、
多くの新しいスタッフを迎えることになりましたが、
所幸則という写真家が
「頑張っていろいろいった」スタッフは最後まで、残っています。
だから、結果的にウソを書いているわけです。

ぼく自身もプロジェクトの遅れで、
年収が最盛期の10分の1になり、
「レガイア伝説」の立ち上げ時期にも重なったりしましたが、
最後まで、作品に対する責任は果たしたつもりです。

「レナス」の事情を知らないまま、
検索エンジンで調べたあげく、
このことを読んだユーザーは、なんと思うでしょうね?

また、
「(C)に名前がある柴尾英令ってやつは、途中で逃げたのか」と、
思われでもしたら、純粋な営業妨害です。

あげくの果てに、この所幸則という写真家の方は末尾に、
(『レナス2』は(中略)
かなり時代的に古くさいゲームになってしまっていて、
全然おもしろくなかったです)
とまで、お書きになっています。

唖然とします。

あのさぁ……。
少なくともロゴとかパッケージデザインとか
やってるんだったら、ユーザーにとって、製作側の人間だろうが!

そういった立場の人間が、
自分の関わったプロジェクトをけなして、どうするんだ?

そりゃ、あんたにとって、つまんなかったかもしれないけど、
それを伝聞のみで、ウソだらけの内容とともに
公開の場に書くのは、問題ありだぜ。

おれは、ゲーム業界とか、出版業界とかしか、知らねぇけどさぁ。
所幸則という人がいる写真業界とか、広告業界じゃ、
こういうことが許されてるわけ?

たとえば、ビールのパッケージデザインをやった人間が、
「おれもビール好きだから、
ビールの味について、いろいろと意見をしたんだけど、
最終的にいろいろあって、まずいビールになった」と、
えらそうに自分のサイトに書くなんてことが、許される業界なわけ?

しかも「レナスII」はニンテンドウ・パワーで
いまも発売されている商品だぜ。
発売元の会社も、ずいぶん太っ腹なクライアントだこと……。

なにより、この会社のソフトだからといって
買ってくれたユーザーにもうしわけないと思わないのかなぁ?
ふつう、「所さん、かんべんしてくださいよ」とか、
ひとこと言うもんだぜ。

なにがあろうと、自分のところの機種をだいじにする
東芝の爪の垢でも、のませてやりたいよ。

さて、ぼくらスタッフにとって、
所幸則という人間はある一点においてだけ、
とても困った方であった。

「レナスII」のロゴをお願いしていたのだが、
広報担当者から、
「所さんが、レナス2は2ではなく、IIでないと、
デザインをやりたくないといっている」と聞かされて、
開発現場は大紛糾。

ロゴのデザイン面での理由は、わかる。

ただ、いろいろあるかもしれないけど、
「レナス2」と「レナスII」だと、
写植文字にしたときの落ち着き方がまるで違うのだ。

しかも、数字のIIは機種依存文字だから、
ウェブの世界ではII(アイ・アイ)と書くしかない。
たいへんに困る。いまでも、困っている。

とにかく、そんな、だだをこねられて
困ったという覚えしかないのだ。

開発にそんな物議を醸したことさえ、
まるでご存知ないようで、ご本人のサイトには無邪気に
「レナス2」とお書きになってるんだから、脱力ものである。

ちなみに所幸則という人の作品については、
きちんと評価はしているつもりだ。

「レナス」シリーズにおいても、
あの卓越したパッケージが売り上げに大きく貢献したことを、
否定するつもりはない。

また、ゲームを買ってプレイしてくれたユーザーが
「レナス」シリーズをクソゲーと
サイトに書き込むことも否定はしない。悲しくはなるけどね。

だからこそ、ウェブという公開の場での
自分自身の立場を考えない、部外者のユーザーきどりな
所幸則という方の無邪気さには辟易するのだ。

さて、なんでいまさら、
寝た子を起こすようなことをしているのかといえば、
数日前、ウェブ巡回中にこのサイトを見つけたから……。

どうやら、この人、こじゃれたRPGをお作りになられ、
自分とこのソフトをけなされても、平気な会社から
発売されるご様子。

いやぁ、売れるといいですね。
もしも、売れなかったら、どういうことをいいだすか、
いまから、目に浮かぶようですから……。

かねてから、問題のページは
ぼくの喉に刺さったとげだったのだが、
所幸則という人がお作りになられたゲームが不発だった場合、
弱いものいじめになるからこそ、
発売前のいま、思いきって書いたのだ。

さてと……。
これだけ「所幸則」と書けば、このページが
検索エンジンに引っかかってくれるかな(笑)。


1999年7月25日(日)

「はだしのゲン」と幻想的掲示板
「青春と読書」誌上のホラー特集において
マンガ「はだしのゲン」で描かれた被爆体験を霊障に例えながら、
自分にとってもっとも怖い話として紹介した作家の
発言をめぐる件で、活発に論議がなされている幻想的掲示板
早朝、一気に読みとおす。

とてつもなく荒む部分と、
表現しがたい豊かさが混在する掲示板。

最近、身近な掲示板で、いろいろと
荒むシチュエーションに遭遇しているのだが、
幻想的掲示板には、ハンドルネームや匿名ではなく、
きちんとペンネームで書きこむ作家が多いせいか、
単純な荒廃ではない、なにかがある。

とても悲しくも、せつなくなる状況なのだが、
やはり作家が多いだけに、ことばが豊かである。
その豊かさが救いとなっている。
あるいは、倉坂さんや東さんの人徳もあるのかなぁ。

AAAのオフ会
スクウェア・アメリカの松村靖さんが
メインとなって運営するAAAのオフ会におじゃまする。

集合場所は渋谷109前。

ぼくは、夕方5時に到着したのだが、
<あれ、あの人、松村さんぽいぞ。
でも、サイトで見た写真と印象がちがうなぁ。
あんなにかっこいい人だったっけ……>と、
いったん目の前で、通りすぎる。

しかし、その人こそ、松村さんだった。
うーむ。

カンボジア料理の「アンコールワット渋谷店」に移動。
今回のオフ会の参加者は、
千葉大学アニメ研と中央大学アニメ研のOBとOGに
日本のスクウェアの方といった構成。

松村さんがいろいろと気を使ってくれたこともあり、
居心地がとてもいい。

話題は結婚したばかりの松村さんに集中。
グローバルに展開する「君の名は」的ラブ・ストーリーには
参加者も唖然。
ねらってもそんなシナリオは書けないぞ(笑)。

その後、中央大の面々はさきに帰り、
センター街付近のカラオケ店へ。

当然のごとく、アニソン・カラオケなのだが、
ぼくの知ってる、がつがつ系アニソン・カラオケとは、
雰囲気がちょっとちがうぞ。

なんだか上品に楽しいのだ。

ワセダミステリ・クラブとか、
そっち方面のカラオケは、
ある種、技くらべ的なものがあり、
曲数があっという間に埋まってしまう。

それにくらべて、こちらは
ハードにプールされている曲数そのものが、4〜5曲程度で、
それ以上、いたずらに増えない。
なんだか、思いやりがあるカラオケなのだ。

いい気分で、歌わせてもらいながら、いろいろと考察。

やっぱり、国立大学と私立大学との空気のちがいかなぁ?

あるいは、最近のぼくが、荒んでいるせいなのかなぁ?
(やっぱり、ここ数日の日記とか荒んでるしなぁ。)

とにかくみなさん、上品で優しい。
まるで仲の良い家族の夕餉に招かれたみたいだ。
とても満ち足りた気分で、おしまいの時間。

みなさん、どうもありがとうございます。
ちょっとしたカルチャーショックとともに、
豊かに楽しませていただきました。

奇遇というより、奇縁!?
帰りの山手線で
いっしょになった広告代理店勤務のFPGさんと話す。
「レナス」をやってくれているそうで、
ほめてくださるのが、くすぐったいくらい。

しかも話しているうちに、FPGさんは学生時代、
資料を届けるために、ぼくが属していた月光舎に
足を運んでくださっていることが判明。

「TVブロス」の特集のためだが、
当時の担当者の名前を良くおぼえている。
す、すみません。それ、ぼくの家内なんです。

まさに「It's a small world!」
世間は狭いものである……。ほんと、びっくりしました。


1999年7月26日(月)

ペプシSWコレクション完結!
本日、飯野文彦さんから、3個のボトルキャップが届く!

おかげさまで、
スターウォーズのノーマルボトルキャップコレクション、
すべて、そろいました。

交換などに応じてくださった
飯野文彦さま、吉野桜風さま、開発の某氏(笑)、優さま、
ほんとうにありがとうございます。

うれしいので、証拠写真を撮ってしまいました。

ペプシボトルキャップせいぞろい
ペプシSWボトルキャップノーマル全40種類。
画像をクリックすると、さらにでかい画像(86KB)が表示されます。
ちょっと歪んでおりますが、ご容赦を……。
デジカメ用のシンクロケーブルつき外付けフラッシュも欲しいなぁ。
売ってないけど……。

スペシャルボトルキャップは……
現在、ヌート・ガンレイとキャプテン・ターパルスの
スペシャルが当っているんだけど、
これ以上、コレクションを増やすべきか否か……。
悩むところではある。
コレクションステージにも応募しなきゃなぁ。


1999年7月27日(火)

波紋
7月24日付けの日記で書いた例の写真家の件を
さくまあきらさんがご自分の日記(7/26)でも言及されている。
それに続く記述で
「悪気はなかった」ということばに対する感想は、まったく同感。

ちなみになおさんのサイトでは、バカ店長の困った行状が……。
いるんだよな、忠告をすればするほど、
墓穴にはまるバカが……。

世に困ったちゃんのタネはつきまじ……。

20000HIT記念飲み会
デザイナーの田村宏さんがみごとに命中させた
このサイトの20000HTIプレゼントとして、なぜか飲み会になる。

「じゅげむオールスター」を校了させ、
ひと段落のCB'sプロジェクトの成沢大輔さんもお呼びする。
今日はあのゲームミュージアム設立委員会の例会に
出席してきたそうだ。

とりあえず、
新宿三丁目の「栄寿司」でたらたらと飲み始める。

メンツがメンツだけに、話すうちに
どんどんディープになっていく。

やはりみなさん、この業界で長いだけに、なかなかすごい展開。
その内容はここには、書いちゃならねぇ感じ……。
某社の某は許せねぇとか……。
某社はとことんやばいとか……。

そんな中でも、かろうじて書けるのは、
ライターどうしって、
わりと初対面から話がはずんで、仲良くなれるのに、
カメラマンとか(レイアウトなどの)デザイナーどうしって、
なんで、会話がはずまないんだろうねとか、
ひとの女房はよく見えるとか、そんなバカ話。

つづいて「ぶらりあん」へ。
みんな、どんどん酔っぱらっていく。

なおさんをはじめ、風俗嬢のサイトに興味を示す柴尾と
二次元キャラへの愛情を発露する田村さんとの趣味嗜好談義。

まぁ、ぼくの場合、紙に書いた絵よりも
生きている等身大の女性が好きなだけですが……。

ちなみに二次元キャラ業界用語では、
ぼくの好きな女性のタイプは「メガネっこ」らしい。
いえてる?

爬虫類とワインに人生をかけている成沢さんは、ぼくの
「競馬と酒と、人生でひとつしか選べなかったら、どっち?」の問いに
「やっぱり酒だ」と、いいはなつ。
いいはなつのだが、
今年の凱旋門賞にいくかどうかをいまだに悩んでいる。

やはり、煩悩の多い人はいいなぁ。
おれなんて、最近、枯れちゃって……(笑)。
ただ、煩悩の多い人が、いろんな意味で輝いていることは事実。

深夜12時、「原口を呼べ!」という成沢社長の命令に
零細ゲームデザイナーのおれとしては逆らえず、
携帯電話で原口一也さんを呼びだす。

原口さん、ごめんね。

原口さんはちょうど、さくまあきらさんと会ったあとで、
放送作家の福本岳史さんといっしょにいた。

「池林房」で、原口さん、福本さんと合流。
おふたりは
すでに完璧に酔っ払っているオヤジ3人の大攻勢にたじろぎ気味。

「おれの存在を殺すような若手がでてこないとだめなんだよ!」
と、いい始め、「殺せ! おれを殺せ!」と
剣呑なことをいう成沢さん。

「**だけは、絶対にゆるせねぇ」と、
怒りをあらわにする戦うデザイナー、田村さん。

ぼくは、先日の原口さんのサイトの掲示板で
匿名書きこみをやったやつが使っていたホスト(会社)名を
こっそり耳うち。

なんだかんだで、しこたま酔っ払い、
午前3時、タクシーで帰宅。


1999年7月28日(水)

二日酔い中の食用はおさけください
朝9時ごろ、ぼんやりと目を覚ます。
ただの二日酔いである。食欲はない。頭痛はある。

サイトの更新作業やメール返信、資料整理をしているうちに正午。

起きてきた女房がなにかをいっている。
「ああ、いいよ」と、から返事。
30分ほどして、ピザが運ばれてくる。

シカゴピザのピッツバーグセット。
トマトソース・ハンバーグ(テリヤキソース)・ウズラ卵
ブロッコリー・ダイストマト・オニオン・コーン
ベーカリーマヨネーズ。

ほへ?

とりあえず、食ってみる。
うまいので調子に乗って、4ピースほど食う。

テレビでみのもんたが人生相談をはじめるころ、
胃袋が悲鳴を上げる。

つらいので、2時間ほど横になる。

目が覚めても、胃の中のものは消化されてないようだ。
鉛の塊を胃の中に詰めこんでるみたい。

打ち合わせがあるので、でかける。
薬局でソルマックを飲む。
電車に乗るのもつらいので、タクシー利用。
6000円以上ふっとぶ。

午後4時から11時まで、打ち合わせ。
しかし胃袋には鉛が常駐。
ふたたびタクシーに乗り、仕事場にもどる。

仕事場で、そのままネット巡回と仕事。
午前四時、住まいにもどることにする。

仕事場の鍵をかけながら、あることに気づく。
住まいの鍵がない!

ぼくは、ふたつのキーホルダーを
組み合わせるようにして、使っているのだが、
ひとつがなくなっている。

真っ青になる。

女房に電話。しかし、60回コールしても出てこない。
おそらく熟睡中であろう。

つまり、風呂と着替えと快適な寝具がある家には
帰れないということだ。

あえなく、仕事場にもどる。
くやしいので、そこにあるペプシを飲みながら、ネット巡回。
しかし、ペプシのおかげで胃袋がまた、むかむか。

しょうがないので、朝7時ごろ、そのまま眠る。


1999年7月29日(木)

家はあれども帰るをえず
悲惨な状況は変わらない。

目が覚めたのが午後2時。
住まいに電話をかけると留守番電話。
しょうがないので仕事をしたり、
あちこちの掲示板にいろいろ書きこんだり……。

家に帰った女房から電話があったのが、
午後6時半ごろ……。

胃袋のむかむかもおさまっている。
安心して、中華料理店でスタミナ丼と餃子を食い、帰宅。

仕事場から、歩いて2分の住まいは
ほんとに遠かった。


1999年7月30日(金)

アジアの国へ
帰宅後、3時間ほど眠り、洗濯開始。
乾燥機つきのドラム式洗濯機はこういうとき、ほんとに便利。

サイトを更新したり、メールにレスをつけたり……。
パッキングをしているうちに、
今回の旅行にちょうどいいサイズの旅行カバンがないことに気づく。
スーツケースではでかすぎる。
あとで買いにいくことにする。

午前9時、各方面への連絡、メール、FAXなどを終える。
午前10時、近所の金物屋で鍵をコピー。
午前10時30分、散髪にいく。
午後12時、ビックカメラで商品到着の知らせがあった
GPSつき腕時計を購入。
午後12時30分、西武百貨店でTUMIのサチェルバッグを購入。
午後1時30分、いったん帰宅してパッキング。
午後2時30分、家を出る。
午後3時30分、箱崎の東京シティ・エア・ターミナル到着。
午後4時、小学館「ヤングサンデー」編集部のIさんと合流。
午後4時30分、ノースウェストでチェックイン後、リムジンバスに乗車。
午後6時、成田到着。
午後7時、NW0001便、離陸。

今回は、JCBの手配した格安航空券で、ビジネスクラス。
アップグレードとかじゃないのがポイント。

ビジネスクラスのサービスを満喫したいところだが、
機内食をとったあと、映画を観ながら爆睡。
安いエコノミーだと、長く感じられる旅も
高いビジネスだと、どうしてこんなにあっという間なのだろう?
旅行気分を満喫する暇さえないぜ(笑)。

現地時間の午後11時、ドン・ムアン国際空港に到着。

微笑みの国
耳慣れないタイ語が不思議な感じ。

入国手続きなどを済ませ、
タクシーでホテル「The Westin Banyan Tree」へ。

空港からホテルへの道は、想像をしのぐすばらしさ。
到着したホテルも60階建ての超高層!
フロントの印象も最高だし、エクセレントっすねぇ。

全室スィートが売りものの49階の部屋へ。
これで一泊130ドル程度は安すぎ……。
JCB関連のキャンペーン価格なのだそうだ。

今回はIさんのリフレッシュ休暇にあわせた旅行なのだが、
Iさんは、到着そうそう、漫画の原作者さんと
国際電話で1時間ほど打ち合わせ。

その後、成田の免税店で買ったOld Parrの15年を
たらたらと飲みながら、
漫画論、漫画編集論、組織論を語りあう。
って、まぁ、真剣めいたバカ話ですけど……。

そんなこんなで、気づいたら朝4時。
一気に眠る。


1999年7月31日(土)

だらだらバンコク
目を覚ましたのが、午前11時。
その後、日記を書いたりのろのろとしているうちに、正午を過ぎる。

ホテルの60階にある
チャイニーズ・レストラン「BAI YUN」で、食事。
ふたりで800バーツ(1バーツは3.1円)の
ランチコースをとったのだが、
チャイニーズ・キュイジーヌ風で、すこぶるうまい。
点心、フカヒレとすね肉スープ、ヤキソバ……。
大満足である。

大満足になったら、ふたたび睡魔がやってくる。
Iさんと部屋にもどって、
午後3時まで、だらだら眠る。

しかし、これではいけないのだ。
気をとりなおして、町に出ることにする。

しかし、1階に降りてみると、とてつもない雨。
気をとりなおして、ロビーでお茶にする。

まずいなぁ。
話し相手がいるというのは、便利だから、
ひとり旅より、のたのたしてしまう。

みたび、気をとりなおして、
小ぶりになった雨の中、タクシーでナーラーイパンへ。
ここは民芸品を中心とした半公営のショッピングセンター。
地下1階から地上3階まで、ひととおり見て回ったが、
なにひとつ食指が動かない。

うーむ。
ひとつの国の民芸品を評するのに、
適当なことばかどうか、わからないが、
どことなく不器用な作りのものが多い。
素朴というのと、またちがう……。

猫関係のおみやげを買いたかったのだが、
どの猫も、猫の目ではなく、人間の目をしているものばかり。
ちょっとなぁ。

ショッピングセンターの前で
ナーラーイ・パン入口にて

バンコクは水の町
セーン・セーブ運河を渡る水上バス。

至福のタイ式マッサージ
そのまま、
あたりをうろついているうちに午後6時。
今回の目的のひとつ、タイ式マッサージを受けにいく。

運河のそばにある「ラチャダムリ・スパ」。
地元の小金持ちが来るような店。
スパ施設利用料が400バーツでマッサージが2時間300バーツ。
「人件費より、施設費の方が高い国なんですよ」とは、
Iさんのことば。

タイ式マッサージには驚いた。
全体の時間の半分近くを足へのマッサージにあてている。
自分の足が、ラジオのロッドアンテナのようにぐるぐる回る。

こりゃたまらん。そして、気持ちいい。
日本でいろいろな国のマッサージや指圧などを受けてきたが、
タイ式の気持ちよさには、およばないかも。
足、上半身、顔、背中の順番に、ほぐれまくる。

感動ものである。

終わったときには夜9時である。
ふらふらと近くにある
「プラネット・ハリウッド バンコク店」に入り、
アメリカンな食いものを腹に入れる。
おや? まだ、タイ料理を食ってないぞ。

地元のマッサージ屋
諸君、これがラチャダムリ・スパである。
店内の撮影はできなかったが、真新しい店内はとても快適。

タイのゴジラ
プラネット・ハリウッドの店先には、なぜかゴジラ。
しかもハリウッド版ではなく、日本版。

魔都バンコクの性の巣窟?
そして、われわれはパッポン通りに出撃した。
こここそは、男性バンコク観光ツアーの目玉として、
すこぶる有名なエッチの楽園である。

われわれも男性ふたり、
これはぜひ「視察」せねばなるまい。

その名は遠く極東の島国にも響き渡っている。
財布のふたをしっかり閉め、どきどきしながら、
ぼくは、かの地に赴いた。

しかし……、なんか様子が変である。
歌舞伎町とか、西川口とか、中州とかをイメージしていた
ぼくの予想は覆された。

夜店だらけなのだ。
なんか、台北の円環とか、そんな雰囲気。
しかも夜店の密集のしかたがすごい。
通りは人が2、3人しか通れないほど詰まっている。
もともとは、広めの通りだったのだろうが、
民芸品から、エロビデオCD、衣類に玩具、食品、
そして、違法アプリケーションを売る夜店だらけ……。

活気があるのはよいことだが……。
うわさのゴーゴーバーとかは、どこにあるのだろう?

Iさんに導かれるままに、通りの左右にいってみると……。
あった。ありました。これです。

なんでも、バンコクはパッポン通りの治安が悪化したとき、
いたずらに、条例を作ったり、取締りを強化するのではなく、
屋台や夜店の営業許可を大盤振る舞いしたそうだ。
その結果、深夜、女性でも安心して歩けるにぎやかな雑踏を
この通りに生み出したというわけだ。

やるなぁ。

その後、日本の駐在員御用達のタニヤ通りなどを
ひやかしながら、あたりをうろつく。

客引きもいっぱいいる。
ここまで来て帰る手はない。

そして、われわれは、ついにゴーゴーバーに
足を踏み入れたのだ。

パッポン通りの夜店
パッポン通りの夜店の中、とにかく狭くて、にぎやか。
白人客中心に大賑わい。

タイのスターウォーズ
ケンタッキーには、こんな方もいらっしゃいました。

ゴーゴーバー!
そして、これがわれわれのいったゴーゴーバー入口。
決死の撮影で、ぶれてはいるが、
「STAR WAR NIGHT」という文字が読みとれるであろうか。

STAR WAR NIGHT
その店の入口にはSTAR WAR NIGHTと書かれていた。
(「STAR WAR"S"」にあらず)

STAR WARS!

おれは「スターウォーズ」のために、単身渡米をした男だ。
目の前に「スターウォー」と書かれていて、
入らずにいられようか。
ルーカスフィルムにかわって、現地調査をせねばならん。

で、Iさんとふたりで入った……。

店内中央のステージでは、
ビキニを着たおねぇちゃんたちがたくさん踊っている。

カウンター席に着いたわれわれをとりまくように、
数人のおねぇちゃんたちが、
「ドリンクをおごって!」といいながら、よってくる。

すこし、おごると、またよってくる。
もすこし、おごると、ハーレム状態。
そこまでしても「スターウォー」はどこにもない。

音楽は大きく流れ、しかもタイ訛りの英語は
きわめてわかりにくいのだが、
どうやら、このおねぇちゃんたち、
お店に400バーツを払えば、テイクアウトが可能らしい。
(そのあとで、個人に払う分は別)

つまり、そういう場所なのだ(知ってたけど……)。

でもねぇ……。
正直な話、最初から「その」気はないんですよ。

観光気分で来てみたのはいいけど、
こうやって、その気もないのに
ひやかしでしゃべっているのは、
彼女たちの「営業」妨害になってるんじゃないかという
うしろめたさもある。

さらに、しばらくいて感じるのは、
会話というコミュニケーションが成り立たない状況では
水着のおねぇちゃんがどれほど、からだを寄せてきても
エッチをしたい気分にならないということ。

また、ここはもともと欧米の男性客向けに
発達した場所だけあって、
その目的があまりにもシンプルかつストレート過ぎて、
淫靡な気分になれないというのもある。

いろいろ考えているうちに、
楽しくなくなってきた。

Iさんもタイに来た回数は片手以上あるそうだが、
ここで
おねぇちゃんをテイクアウトしたことはないそうだ。

あとで、いろいろと話をしたのだが、
「やっぱりそうでしょ!」と、いう。
やはり文科系の男ですねぇ。

観るだけなら、
純粋なストリップとかの方が、いいし、
新宿や六本木のクラブとかでお話してたほうが
まだエッチな気分になれる。

結局、帰っちゃったんだけど、
おねぇちゃんたちは、みなさま、すごいしかめっ面で
見送ってくださいました。

すみませんねぇ。頭でっかちの役立たずで……。
でも、ちょっぴり複雑な気分もあるけど。


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