DIARY:1999 SEP.21〜30

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1999年9月21日(火)

「ローマ人の物語VIII」
日中、外はすごい雨。
マンションの共聴アンテナにもその影響は歴然で、
BS放送もメダカノイズの大群で、かすれてしまうほど。

絶好の読書日和じゃないか。
昨日、買った「ローマ人の物語VIII 危機と克服」を一気読み。

ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌス、マルティアリス……。
こんなに覚えにくい名前の登場人物ばかりの本は、
一気読みで文脈から登場人物の言動を読みとるにかぎる。

今回は皇帝ネロ自決後、
わずか一年で皇帝が3代かわるほどの混乱の時代と、
その後、帝国のシステムを復旧するために登場した
「健全な常識人」ヴェスパシアヌス帝と
その子らの業績を中心に描いている。

それにしても……。
暗愚な皇帝ヴィテリウスとその軍団を攻めるため、
首都ローマに入ったドナウ軍団の市街戦の模様など、
なかなか興味深かった。

首都の民衆は、この日の市内での戦闘を、
競技場で戦われる剣闘士試合でも
見物しているかのように観戦した。
敢闘するものには拍手と歓声を浴びせ、
苦戦するものにはもっと気を入れて戦えとヤジを飛ばしながら。
(中略)
兵士たちが激突し、死者が横たわり、
負傷者が苦痛のうめき声を上げている一方で、
公衆浴場や居酒屋は人でいっぱいだった。
死体が折り重なり流れた血が川をなしているそばでは、
娼婦たちが客と交渉していた。

当時の模様を描写した歴史家タキトゥスのことばだが、
いやはや、凡庸なおれごときの想像力では、追いつかないほど、
戦争というものは深い謎である。

今回、カエサルやアウグストゥスといった、
鮮烈なキャラこそ、登場しなかったものの、
ローマというシステムの強さ、健在ぶりが主役の話であった。

「ローマ人の物語」次巻は五賢帝時代。
来年が楽しみだなぁ。

ありがとう!
某レコード会社のK村くんより、
宅急便でDVD映画ソフト22枚が送られてきた!

どうもありがとう! 持つべきものは、友だちである。


1999年9月22日(水)

「宇多田ヒカルの作り方」
新創刊の宝島新書の「宇多田ヒカルの作り方」を読む。
全体に、小室哲哉と小林武史への批判が強すぎて、
ちょっと辟易するところもある。
(小室哲哉への言及では、近田春夫の「考えるヒット」が出色)

ただ、ゲーム業界と音楽業界をいろいろとすりあわせてみると、
心情的にうなずけることも多い。

ちなみに、さくまあきらさんが9月22日の日記でもお書きになっている
現代ユーザー気質……、

「好きが薄くて、人気のあるものが良くて、常に傍観者でいたいと
いう性癖は、作品のパワーで揺り動かすのはとても大変だ。」

ということばと重ね合わせて考えると、シリアスになってしまう。
みんな、そんなに「仲間外れ」になるのが、いやなのか……。

豊富に食いものがあれば、食べ残すことに抵抗がなくなるように、
エンターテインメントの過剰な供給も、
味わい残すことに抵抗がなくなる原因になる。

ゲームも「話題の作品をやった」という
アリバイ作りだけに遊ばれるのは、かなわんなぁと思いつつも、
まぁ、時代が違うといってしまえば、それまで……。

「スペース・オペラの書き方」
ややペシミスティックな気分になったので、
数日前、某掲示板で高瀬美恵さんが話題にしていた
野田昌宏の
「新版 スペース・オペラの書き方(ハヤカワ文庫JA)」を読む。

ぼくにとっても、この本はバイブルのひとつ。

べつに宇宙冒険活劇を書くつもりがない人でも、
多少なりとも、娯楽作品を作りたければ、
読んで、絶対に損をしない本だ。

妄想を着想にし、発想に高める具体的な方法が
じつに平易かつ、小気味いい文体で書かれている。

ひととおり読んで、たいへんにいい気分になる。
そのまま、2時間ほど集中して仕様アイディアをまとめ、
会議に臨む。


1999年9月23日(木・秋分の日)

国立へ
九州から母が来ている。国立にある妹の家にいる。
女房と池袋西武で、母に贈る誕生日プレゼントを買いこむ。
パジャマを買ったのだが、ランジェリー売り場のとなりが、その売り場。
色とりどりのアンダーウェアに囲まれて、
ラッピングを待つ間など、恥ずかしいこと、おびただしい。

その後、国立へ。
あれこれ話し、作ってくれたすき焼きを食い、ビールを飲む。
ぼーーーーーっと眠くなる。
結局、夜10時半まで寝こむ。

まったく、なにしにいったんだか……。

その後、家に帰って、ふたたび爆睡。


1999年9月24日(金)

菊地秀行さんのラヴクラフト上映会
午後八時、新宿でK村くんと高瀬美恵さんと待ち合わせ。
三汁二菜で明石焼きを食べ、ビールを飲む。
歌舞伎町のマクドナルドですこし時間をつぶして、
午後十一時、仕事を終えてきた角銅博之さんと落ち合う。

今夜はロフトプラスワンで、
「菊地秀行ナイト ラヴクラフトの世界」を堪能。
「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」の映画化である
AIPの「The Haunted Palace」、「太陽の爪あと」、
そして、「異次元の色彩」の映画化作品、
「襲い狂う呪い(悪霊の住む館:die monster die)」など、
すでにテレビ・ビデオ公開されているものをはじめ、
ラヴクラフトのバイオグラフィビデオ、
ロッド・サーリングの「ミッドナイトギャラリー」から3点、
そのほかに、あちらの学生が作ったインディーズ作品など……。

もともと、ぼくはラヴクラフトという作家や作品に対して、
さしたる興味は持ってないのだが、
それでも菊地さんの愛情あふれるトークと、
あいかたの飯野文彦さんの性意(誤字にあらず)あふれるトークは、
特筆もの。いやはや、楽しめました。

今回は、菊地さんの50回目の誕生日ということで、
ファンクラブの方がケーキをさしいれ、
クラッカーが鳴り響く祝福ムード。

この会のアイドルとなった飯野さんの「暴走」ぶりもさることながら、
会そのものがこなれてきて、
アットホームな感じになっているのが、よいですねぇ。

終了後、先述の方々と、笹川吉晴さん、牧野修さん、
神月摩由璃さん、田中啓文さん、編集の方々とお茶をする。
ここでも飯野さん、奇怪な行動の数々でみなさまの度胆をぬく。

角銅さんのご指摘により、一部、
上映タイトルなどを修正しました。


1999年9月25日(土)

帰ってきたテレビ
ここがクレイマー・サイトみたいになっちゃうのが、いやなので、
書かないでいたのだが、10日ほど前、修理に出していた
シャープの液晶テレビ「LC-20V3」が返ってきた。

液晶パネルにコーヒーでもこぼしたような形の輝度ムラがあり、
テレビをふつうに見ている分には気にならないが、
レターボックスサイズの映画鑑賞時など、
黒みの多い画面で、気になっていた。

買って1週間の高価な商品なだけに、シャープに相談したところ、
工場に持ちかえりチェック。
まるごと新品になる「セット交換」の対処をしてくれた。

それにしても、電話の応対から、
うちにやってきたサービスマンの方の応対にいたるまで、
とてもていねいで、感じがよかった。

まぁ、こういうご時世なので、
東芝問題の好影響かとも思っちゃったりもする。
そういえば、「パソコンテレビX1」に「ザウルス」と、
シャープ製品はいっぱい買ってきたけど、
いつも修理の際は感じがよかったなぁ。


1999年9月26日(日)

樹海
午前8時半、西国分寺の駅で母と妹夫婦、甥と合流。
義弟の運転するクルマに乗って、中央高速八王子インターへ。
ここで叔母と従妹と合流。

中央高速は信じられないほど快適に流れている。
途中、談合坂でやや長めの休憩をとる。
河口湖インターで降り、そのまま、富士の樹海へ。

1993年9月24日、酔っ払って帰宅したぼく。
留守番電話には、妹や女房の切迫した声が……。
「啓二郎くんがたいへんです」
まだ、携帯電話が普及していない時代。
そのまま、始発電車に乗りこみ、
大月の安宿に泊まっていた女房と、
富士吉田の駅で妹夫妻とも合流して、
山梨県警富士吉田署へ。

刑事さんから、事情を聞く。
届けのあった行方不明者を探すため、
不審車両が停まっている付近の樹海を捜索したこと。
めざす行方不明者は見つからなかったが、
偶然、弟が見つかったこと。

近くには、ジュラルミン製の小型のスーツケース、
弟が使ったロープ、散乱した薬と酒、布の袋に入った写真の束、
鶴見済の「完全自殺マニュアル」。

弟はそのマニュアルにしたがって、
効率的に自殺をしていた。
その場所も「発見されにくい」おすすめの場所であった。

免許証など、身元を明らかにするものは、
いっさい持っていなかったが、
持っていた写真にうつっていたクルマのナンバーから、
弟がクルマを売った相手に連絡がつき、
われわれにも連絡が来たというわけだ。

以前の日記にも書いたのだが、弟の死に顔は見ていない。
動物もいる樹海の中で、
2週間もいた弟の亡骸は
はなはだしく損傷していたという。
歯科医からとりよせたカルテによって、
身元は特定された。

午前中は、刑事さんの指示に従い、
病院で死亡証明書を役所に死亡届を出した。
午後、九州から到着した両親や親戚とともに
現場に案内してもらい、火葬場で荼毘にふした。

弟は28歳だった。
9月中旬、おそらく富士宮のホテルから、
うちに最後にかかってきた電話をとったとき、
その声は(酔っているのか)とても明るく、
ハイテンションだったのを覚えている。

あの日から、6年。
七回忌の法事はすでに実家で済ませていたのだが、
供養のために、この樹海に帰ってきたというわけだ。

2車線の国道から、樹海の中に10メートルも入れば、
クルマの音もほとんど聞こえなくなる。
不思議なことだが、樹海はとても美しい。
花と線香を供え、合掌する。


1999年9月27日(月)

埼玉で映画
ちかごろ、ちょっと人間不信である。

あれこれと気が滅入ることが多いので、
今日は、のどかにすごすことに決める。
午後、東上線の電車に乗りこみ、埼玉県の志木へ。

志木は、距離と気分的に
家から池袋にでるのと、ほとんど変わりない近場である。

ここに「ららぽーと」があり、
5スクリーンのシネマコンプレックスがあることを知ったのは、昨日。
朝霞台駅で駅貼り広告のおかげだ。
ちょうど、「スターウォーズエピソード1」の
日本語吹き替え版をやっているようである。

上映時間など、なにも考えずに、いったのだが、
絶妙に悪いタイミングで、どの作品を観るにも
2時間近く待たなければならない。

ふらふらと駅前を歩きまわり、
運良く見かけた漫画喫茶で時間をつぶす。
最近、ちょっと大きな町なら、
駅前にかならず漫画喫茶があるのは、ありがたい。

純粋な少年漫画の王道的作品を読み、気力充実。
ふたたび、「志木ららぽーとシネマ」にむかう。

オースティン・パワーズ:デラックス
上映時間表を検討し、最初に観たのが、
「オースティン・パワーズ:デラックス」だ。
前作の3倍くらい下品になってますなぁ。

ちょっとおしゃれな雰囲気にだまされては、いけない。
オヤジ系下品ギャグが2に幼児性下品ギャグ1を混入した
下ネタ&ダジャレ映画である。

あいかわらず、リズム感もいいし、作りはていねいなんだけど、
下ネタだったら、「メリーに首ったけ」の方がいいなぁ。

スターウォーズエピソード1日本語吹替版
午後6時以降の回は、サービス料金でたったの1000円。
おなじ映画でアメリカ公開時に
渡米したときにかかったおれの経費はン十万円。
笑っちゃうなぁ。後悔はしてないけど……。

これで5回目の「エピソード1」だが、いやはや楽しめました。
なにより「吹替版」の評判のよさを納得しました。

まず、字幕版の100倍くらい翻訳がいい!
もともと字幕の情報量は、
原語の30〜40パーセントといわれているけど、
それにしても印象がまるで違う。

「ローカルの星人」に「バトルシップの艦隊」、
「伝説の村」といった戸田奈津子翻訳にもげんなりした方は、
ためしに吹替版を楽しんでいただきたい。
(ちなみに吹替え版でもGovernerは知事だった)

ただでさえ映像情報量が多い「エピソード1」だ。
映像と字幕の双方を目で追っていたのでは、
満足に楽しむことさえ難しい。

それが今回、耳と目の役割分担がしっかりできて、
まっとうに集中して、映像とストーリーを楽しめた。

とくにタトゥーインでの
母親シミと息子アナキンとの関係については
印象が、かなり違う。
かなりデリケートにシナリオを作っているのが、よくわかる。

また、今回、小スクリーンで観た吹替え版は、
映像の密度感がかなりよかった。
潤沢な色彩は特筆もの。
つまり、フィルムの焼きの問題や館内の明るさ、
スクリーンに対する光量の問題もあるのだろうね。

あれこれ考えると、
新宿の先々行オールナイトで観た字幕版が
いちばん、ひどかったなぁ。

館内はうすら明るく、音響は劣悪、場内はざわめいて、
クレジットロール後のお義理な拍手で、
音楽にオーバーラップするダース・ベイダーの息遣いも聞こえない。
もはや、映画は
都心の映画館で観る時代では、ないんだろう。

「エピソード1」を観るのは、
これでおしまいにしようと思ったけど、
こまったなぁ、また、観たくなっちゃったぞ。
やはり「スターウォーズ」の世界は居心地がよいのだ。


1999年9月28日(火)

さくまあきらさんと密談?
いやはや、
おたがいにサイトで日記を公開しているだけに、
たいへんにオープンな密談だなぁ……。

原宿駅で降り、にぎわう竹下通りをぬけて、
午後6時、さくまあきらさんのおたくへ。

双方の最新情報を交換して、
御夫人、御令嬢とともに、青山の「十二段屋」へ。
しゃぶしゃぶをごちそうしていただく。

さくまさんがいま、直面している「問題」について、
あれこれ、うかがう。
ぼくの職歴のスタートは出版なのだが、
そんな、「歴史」がある業界の「たしなみ」からみると、
やはり、ゲームの業界は急激に成長しただけあって、
いやぁな軋みが多い。

さくまさんの抱えている「問題」は、
程度の差こそあれ、
ぼくもよく知っているタイプの「問題」でもある。
あまり具体的に書けないから、
つらいところなんだけどね。

その一方で、
いまどきのゲーム雑誌やゲームライターの
「あきれた話」もいっぱい聞く。

おやおや……である。
ここがいちばん、程度がひどい。
まぁ、出版社や編集部が特定できちゃうので
これも書けないんだけどね。

その後、南青山のバー「緩木堂(ゆるぎどう)」、
原宿の「ルナ・アンジェロ」と、はしごする。
目に見える敵に対しては、闘志もわくが、
手触りのない敵に対しては、どうすればいいでしょうね。
なんてことをしゃべったような気がするなぁ。


1999年9月29日(水)

重大発表?
おや? こんな会社こんなページに、
よく知ってる名前があるぞ!

ああ、書きやすい秋の空
午後3時、
都内某所(千歳烏山のクレアテック)で、
秘密(「METAL MAX オーバードライブ」)の会議。

怪事件?
会議後、新宿南口のタワーレコードで、
洋書やDVDを物色していると、携帯電話に女房から着信。
女房の携帯電話の着信履歴をみると、30分前、
ぼくの仕事場から電話があったという。
しかし、そのころ、ぼくは新宿方面にいた。

?????

よくわからないが、女房は渋谷にいるそうなので、
新宿まで会うことにする。

サザンテラスのイタリアン・バー「BRAVO」で、
かるくつまんで帰る。

その後、仕事場にいったのだが、
もちろん、だれかいた形跡はない。

?????????


1999年9月30日(木)

新宿の夜
午後9時、SCEのサテライト会社、コントレイル勤務の
かづきくん、オラッチくん、永野さんと
「三什二菜」→「Pearl Bar」コースで飲む。

永野さんとは、ほとんど初対面だが、
共通の知人も多く、おなじ福岡県出身ということもあり、
楽しく飲めた。

それに三人ともゲームが好きなゲーム屋である。
楽しくないわけは、ないよね。
懐かしいゲームの話から、海外旅行の話まで
ネタは尽きることなし。

結局、三時ごろまで飲んだんだけど、
みんな、翌日の仕事は、大丈夫だったのかなぁ?
つぎは、もっと、おもしろい店にいこうね。


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