DIARY:1999 DEC.1〜10

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1999年12月1日(水)

メタルマックスの会議
千歳烏山のクレアテックで
「メタルマックス・オーバードライブ」の会議である。
なんでいつも徹夜でのぞむことになっちゃうんだろうな。

うへぇ。


1999年12月2日(木)

動物占い第二弾!
小学館文庫「相性まるわかりの動物占い」が、発売されている。
いいペースだなぁ。

ペガサスや猫科の動物の方は
「おお、当たっているなぁ」と感動する「動物占い」だが、
サルやタヌキの方は、「まるで外れているよ」と、否定しがち……。
てなことを女房と話す。

タヌキ呼ばわりされたら、否定したくなる気持ちはわかる。
でも、本人が否定しても……。ねぇ。


1999年12月3日(金)

新連載
このサイトのGame Designerページで
「レナス古代機械の記憶」の記憶というコラムを
新たに連載開始。
1週間に1本程度、週末に掲載していく予定。
ちょっとずつ、やばいネタも明らかにしていったりして……。

なお、漠然とした記憶に基づいて書いているので、
明白に事実と違う場合は、連絡してください。
きちんと修正いたします。

ダブルブッキング
おそるべき、かんちがいである。
なんということをしてしまったのだ、おれは!

それは、午後6時50分、東上線の車内で発覚した。
年上のマブダチ主催の飲み会にいく途中だった。

車内で手元のザウルスを見ながら、スケジュールをチェックしていた。
と、12月3日の書き込みに、
「午後6時 全日本プロレス観戦」とある。

顔面蒼白である。
おれは、原口一也さん主催の「業界人プロレス同好会」の
プロレス観戦に申し込んでいたのである。
そういえば、チケットも郵送してもらっていたのである。
はっきりいっちゃえば、
土曜日にそれがあると、勘違いしていたのである。
どちらかといえば、こちらが先約なのである。
つまり、ダブルブッキングなのである。
いまからいけば、メーンには楽勝で間に合うのである。

しかし、今回の飲み会は、成沢大輔さんに声をかけている。

成沢さんとは、JR恵比寿駅で7時半に待ち合わせなのだ。
原口さんは、ぼくが行かなくても、プロレスを観られるが、
成沢さんは、ぼくが行かないと路頭に迷う。
うーん。プロレスにはいきたいが、今回はパスしよう。
もちろん、チケット代はあとで送付しなければならない。

ということで、池袋駅で原口さんの携帯に電話。
留守番電話サービスにメッセージを吹きこむ。
ごめんなさい。

成沢大輔は悪い人だ!(×12)
恵比寿駅東口には、7時20分に到着。
約束の時間は7時30分である。

7時30分に成沢さんは来ない。
かわりに携帯に電話がかかってくる。
「すみません。例によって、遅れます。あと15分くらいかかりますから」
だって……。ったく、なにが「例によって」だか……。

しょうがねぇなぁ。午後5時に連絡したときには、
「大丈夫です」とか、いっていたのに……。

15分も手持ちぶさたなので、駅ビルの本屋にいって、雑誌を買う。
7時45分、来ない。膝の打撲あとが、しくしく痛む。
7時50分、来ない。半屋外なので、寒くなってくる。
7時55分、来ない。タバコを猛然と吸う。
8時00分、来ない。殺意がわく。
8時05分、携帯電話に着信。

「すみません、いま、スカイウォークの端っこにいます」

スカイウォークの端っこにいったが、成沢大輔(敬称略)の姿はない。
携帯電話をかける。
反対側の恵比寿ガーデンヒルズ側にいるそうだ。
スカイウォークを乗り継ぎ、そちらにいく。
結局、会えたのは8時10分である。
早めに到着したおれは、
50分も師走の恵比寿の屋外に立たされていたわけである。

タクシーがどうたら……とか、
今度、おごります……とか、あれこれいっているようだが、
たいへんにむかついているので、
「いいです。日記に書くだけですから」と、
感情を殺しながら、返事する。

いまのおれは、地上でいちばん、心のせまい人間である。

成沢大輔(敬称略)は過去数回、屋外であったが、
平均20分は待たせる男である。
今後、彼と屋外で待ち合わせをしないと、かたく決意する。

でも、なんか、おごれ!

フグ鍋会
スクリプトアーツ代表取締役の大味健一郎さんのマンションへ。

入った途端、名刺交換の嵐である。
参加者はとてもたくさんいらっしゃったし、
中には名刺が尽きてしまった方もいらっしゃった。
酔っ払いのおれの記憶に残っている方と、
手元に名刺がある方だけを順不同で記載させてもらうと……。

ナムコの川村順一さん、映像作家&コレクターの聖咲奇さん、
漫画家の田中政志さん、プログレスの斉藤敬さん、
在籍していたデータイーストで
「神宮寺」シリーズをプロデュースしていた西山英一さん、
カプコンのプログラマー、石橋康晴さん、
ビッツラボラトリーの宮崎暁さん、 トレジャーの前川社長、
アルファ・システムの佐々木哲哉さん、赤城@早稲田大学さん、
そして、成沢大輔@悪人さん、大味健一郎さんである。
(誤記、記入漏れの方の情報をお待ちしています)

雑誌「宇宙船」で構成をやられていた聖さんとは、
共通の知人も多く、映画の話を……、
したたかに酔っ払っている赤木さんとは、酔っ払いな話を……、
川村さんとは、CGな話(?)を……、
佐々木さんとは、業界のある問題(?)の話などを……、
あれこれしていたなぁ。

それにしても、すきっ腹にスピリタスやラムなどを入れちまったので、
途中から、しゃれにならんくらい、胃が痛くなってきた。
朝までいるつもりだったけど、深夜2時でリタイア。


1999年12月4日(土)

「アポロ13」な……
映画「アポロ13」が感動的なのは、
宇宙空間にあるアポロ司令船と同様の環境を
地上の基地に再現、トラブルの対処法を
地上で検証しながら、同時進行で司令船に支持するあたりだが、
似たようなことをやってみた。

けーむらくんのPCは、
高瀬美恵さんから譲渡されたものだが、
クリーンインストールされて、渡されたものではない。

個人情報など、めぼしいものは消去されているようだが、
ブラウザのキャッシュやレジストリなど、
ハードディスクの随所に、高瀬美恵さんの痕跡が残されている。

けーむらくんから、ぼくに送られてきた
メールのヘッダー情報をチェックすると、
ちょっぴりあやしいものがある。

けーむらくんには、そのことをメールで連絡していたのだが、
うまく消せないようだ。

そこでふたりとも自宅でPCを立ち上げ、
トラブルシューティングをすることになった。
中野区と練馬区で「アポロ13」な感じである。
これがけっこう気持ちよい。

通信に加入電話回線をつかうので、
携帯電話で連絡しながら、中野と練馬でシンクロしつつ、
作業を進めていく。

「アウトルックエクスプレスの上のほうに
[ファイル]、[編集]とあって、[オプション]と書いてあるでしょ?
その[オプション]にマウスを重ねると、
[アカウント]という文字があるはず……」

秀丸でgrepかけたテキストをメールで送ってもらったり……。
てな感じで、いろいろやったわけです。
メールサーバーの指定も、AP、IPの指定もおかしくない。

原因は、ほぼわかったのだが、
この計画には誤算がひとつあった。

「……で、コントロールパネルの[ネットワーク]アイコンを
ダブルクリックしてみて、
そこに[識別情報]というのがあるでしょ?」
「ありません」
「へ?」
「ネットワークの設定というのがあるだけです」

インターネットエクスプローラ5と
アウトルックエクスプレス5までは、シンクロできても、
むこうはウィンドウズ95で、こちらはウィンドウズ98である。
その原因にたどりつけるルートがちょっと違う。

お手上げである。
こっちはウィンドウズ95のことは、よく知らない。
結局、トラブルを根治することはできなかった。
アポロ13なら、大気圏突入失敗なり。

「まぁ、致命的なエラーでもないし、
高瀬美恵に迷惑がかかるわけでもない。
ヘッダーにちょっとごみが入ってるだけだよ」
というわけで、半可通ぶりを露呈しただけである。


1999年12月5日(日)

テレビに惑う
偶然とかたづけるには、
あまりにも「できすぎた」一日というのは、あるものだ。

女房とふたりで午後テレビを見る。

「噂の!東京マガジン」で、
ゴミ集積場をめぐる諍いが、ついに裁判沙汰になった
「事件」をとりあげていた。

ある宅地分譲地の事件。
原告はゴミ集積場となる路上に隣接した家。
違法投棄とまでは、いかないまでも、
時間外の「ゴミ出し」によって、からすがゴミ袋を食い散らかし、
うじ虫が湧きだしたり、悪臭が漂うといった「迷惑」を被っていた。

ちなみに分譲の時点で、ここがゴミ集積場になることは、
公団より告知済みだったという。

そこで当時、町内会長だったその世帯主が、役所とかけあった。
道路をはさんで隣接する町有地に
ゴミ集積所を移すように申請を出し、これが受理された。
せまい道路である。数メートルよけいに歩くだけである。

事後承諾の形でこれを回覧版で告知したあたりから、
原告と近隣住民と感情のもつれがあったようだ。

その後、あれこれあったあと、その地区の住民11名から「町」に、
町有地のゴミ集積場使用許可を取り下げるよう
申請がだされたという。
つまり、原告の家の前をふたたびゴミ集積場に、もどせというのだ。

1対11。
「たった一世帯」対「近所全体」。
「町」では話し合いの機会を提供したりするが、議論にもならない。
事実上、ゴミ集積場は原告の家と、町有地の2ヶ所になっているという。

テレビ画面にも出て、雄弁な原告夫婦に対して、
近隣の人々は、カメラを向けられると、
「あの人はどうせ、一方的にしゃべったんでしょ? 
わたしは、なにもしゃべりません。ノーコメントです」などと、
なんか、わけのわからないことをいう。

あんたがしゃべらないから、「一方的」になるんだろうと、
つっこみながら、見ていたのだが、
事態の複雑さに困惑する町長のコメントは、
なかなか興味深かった。

「役所では申請があったら、対策をしなければならんのですが、
申請そのものがあてにならんのです。
だれかに、反対の署名を頼まれたら、"反対"と書きこむ人が、
違う人に賛成の署名を頼まれたら、
その人とのつきあいを考えて、"賛成"と書くわけですよ」

番組では、具体的に存在を明らかにはしなかったが、
どこかに声の大きい旗振り役が、いるのだろう。

画面にはでてこないけれど、近隣住民の中には、
とりあえず、署名はしたものの、そういうのが面倒だから、
ゴミ収集車を追いかけて、直接投げ入れている人や
「輪番制で、集積場を変えていってもかまわない」という人もいるらしい。

ああ、ほんとうに気持ちわるいなぁ。

さて、ゲーム開発の現場でその手のことが起きないかというと、
いくらでも起こりうるというか、実際、体験したこともある。

あるバカなプロデューサーに、冗談まじりに
「声のでかい人が最後に勝っちゃうんですよ」と、
いったことがある。もちろん皮肉ね。

数ヵ月後、ぼくは声の大きい人と
ちょっとややこしいシチュエーションになった。

その件に関して、プロデューサーに
「あれをきちんとしないと、
あとでかならずトラブルのもとになりますから……」と、
いったところ、返ってきたこたえは、
「いや、声の大きい人の勝ちですから」であった。
「本気でそういう意味でいってるぞ」という表情をしていた。
とことん、バカであった。

もめごとを嫌うのは、性格の問題だが、
ささいなもめごとを嫌うために、問題を化膿させるタイプの人だった。
そのバカには、それだけではなく、あれこれ、困らせていただいた。
みえすいた嘘をついたり、突然、逆切れしたり……。

そういう人がトップにいる現場だったので、
非生産的なロジックが全体に横溢していた。

熱くゲーム作りを語っていた若い子の輝く目がにごり、
上目遣いで人の顔をうかがうようになる現場だった。

集団の中の思考停止というのが、ほんとうに、うざったい。

で、そんな場合、ぼくは、どうするのかといえば、
契約の仕事をきちっと終わらせ、あとはその場から逃げるだけである。
フリーランスの特権である。あーあ。

そんなことをあれこれ考えながら、
チャンネルをWOWOWにすると、
映画「12人の怒れる男 評決の行方」をやってるじゃないか!

シドニー・ルメットの名作「十二人の怒れる男」のリメイクである。
ウィリアム・フリードキン監督、
ジャック・レモン、ジョージ・C・スコット主演で
テレビムービーとしては、豪華なスタッフ、キャスト。
オリジナルのストーリーをほぼそのまま残し、
テレフィーチャーといはえ、なかなか見ごたえのある作品だった。

黒人少年の父親殺人事件裁判に臨んだ12人の陪審員。
判決を下す討論の中で、有罪11対無罪1の絶望的な状況から
論理と感情のあやをついて……。
とは、まぁ、若い人へのサービス説明だけど。

ゴミ集積場問題で1対11の諍いというのを見たあとだけに、
不思議な感慨がある。
「ことば」って捨てたもんじゃないな……。
先述の現場にいたとき、
もうすこし、賢く、立ち回ればよかったのかな……。
声の大きさとは無縁の「ことば」を
もっと信じればよかったのかな……とかね。

おれは、つまり、ばかだから、
背中から刺されたり、足元のハシゴを外されないかぎり、
基本的には信じて行動する人間である。

いつもふりむいて、背後を見たり、足元を見ていたくはない。
そんな非生産的なところに
かぎりある「ことば」という資源を使いたくはないんだけどなぁ。

もうすぐ37歳だが、あいかわらず、あまいよなぁ、おれ。
ちっ、ポエムな気分だぜ。


1999年12月6日(月)

LIBROにて
池袋西武LIBROで、本を買う。

「地球の歩き方 中米」 ダイヤモンド社
「アンダルシア紀行」 カミロ・ホセ・セラ著 彩流社
「ローマ人の愛と性」 木村凌二 講談社現代新書
「全証言 東芝クレーマー事件」 前屋毅著 小学館文庫
「奇跡の少年」 オースン・スコット・カード著 角川文庫
「赤い預言者」 オースン・スコット・カード著 角川文庫
「残酷な神が支配する(14)」 萩尾望都著 小学館
「ザ・ワールド・イズ・マイン」 新井英樹著 小学館
「さくまあきらの正体」 さくまあきら著 ビー・アール・サーカス

「さくまあきらの正体」
いいタイトルである。

フリーライター、編集者、イラストレーター、デザイナー、作詞家、
作曲家、音楽プロデューサー、歌手、ラジオのDJ&パーソナリティー、
広告代理店業、似顔絵、人材派遣、放送作家、
出版コーディネーター、ゴーストライター、漫画評論家、
村おこしのイベント屋、専門学校の講師、
そして、ゲーム作家……。

個人的にいえば、
「欠席発注業」というのも、こそっと入れたいが……。

そんな「快人物(誤記にあらず)」さくまあきらの「正体」を
とことん追求した本である。
「自伝」? そんな本じゃねぇなぁ。
感触としては、巧妙に作られた「タレント本」である。

さくまさんのウェブ日記で、この本ができる過程を「観察」したり、
さくまさんとなんどかお会いしたりする中で、
「この本」に対して、個人的にもっとも期待していたのは、
継母にいじめられる「おしん」な部分であったり、
掌中の珠ともいうべき娘さんや奥さんとのなれそめであったり、
大学漫研時代の堀井雄二さんたちとの遊びぶりであったり、
劇画村塾で得たものであったりするのは、
まぁ、おれが下司野郎であるから、しょうがない。
つまりは、勝手な期待ってやつである。

小松左京の作品に自身の旧制高校時代を描いた
「やぶれかぶれ青春記」という本がある。

中学生のころ、その「青春(ああ、てれくさいことば)」な日々を
おくっていたティーンのおれにとって、
こだわり、シャイネス、矜持、暴走……、
そういったさまざまなものが入り混じった旧制高校という枠への
憧れとうらやましさが、鮮烈な本だった。

あるいは、山田風太郎の日記でもよい。
「まんが道」でもよい。
そんな「もの」を生み出す人の母体となった混沌を読むことを
期待したって、いいじゃないか。

もちろん、この本には、そのあたりも、きっちり書かれてはいる。
書かれてはいるんだけど、読み足りないのだ。
満足感を得られるまでの絶対量が足りないのだ。
まだまだ、読みたいのだ。

ただね、それもしょうがないのかもしれない。

「さくまあきらの正体」の読後感として、まっとうにあるのは、
「さくまあきら is alive and well」である。
「さくまあきらは健在なり」のメッセージである。

それは、先述の「肩書き」の数々が「元」とつくのではなく、
いまもアクディブなものであるからなのだろう。
そこで培ったノウハウや人間関係が、
有機的につながり、いまも息づいているためなのだ。

だから、本書中、
ドライブ感あふれる「ベイスターズ優勝追っかけ日記」が、
格段に、おもしろいのは、自明である。
「現在進行形」のさくまあきらが、ダイナミックに動いているのだから。

それにしても、
一度はさくまさんのサイトの中で読んだ内容なのに、
縦組みでまとめて採録されただけで、
これほどおもしろくなるとは……。

また、本書中、興味深かったのは、
堤義明氏と「桃鉄」のくだりでもある。
このあたりは、もっと読みたいのだ。

そういう意味で、「あとがき」の内容と、
そこに書かれていた次作のタイトルには、
うああ! この本って、「バックトゥザフューチャー2」じゃねぇかと、
コンチクショーな気分なのであった。


1999年12月7日(火)

あとだま
仕事の合間に、
ややこしいんだか、ややこしくないんだか、よくわからない、
こだまのあとだまをめぐる一連のバトル」ウォッチング。
気がつくと、ここ2週間ほどで、各種掲示板の過去ログを含む
大量のテキストデータを読んでいることに気づく。

このバトルの存在をいっさい知らない人が、
いまさら、このややこしくもシンプルな事件の全貌を知ることは、
困難かもしれない。

しかし、ウェブの世界での「ことばとコミュニケーション」を考える上で、
ある種の感情をはげしく動かされるトリガーとなることは事実。
まぁ、おれは、たんなる野次馬ではあるんだけど……。


1999年12月8日(水)

「さくまあきらの正体」出版記念パーティ
例によって、徹夜で「メタルマックス」の会議に出席。
このあと、午後6時から9時まで渋谷のGIGOで
アスキーET事業部のパーティがあるのだが、
会議終了が、6時ごろだったので、こちらの出席は断念。

午後7時から新宿センチュリーハイアットで行われる
「さくまあきらの正体」出版記念パーティに出席することに……。

さくまさんの広い人脈が、
そのまま、この「場」に結集したかの様相である。
そうか、これこそ「さくまあきらの正体」なのか。
出席者のすべてをここに書くのは無理なので、ご容赦を。

「いやぁ、おたがいの過去を知っている人間が
これだけ集まっていると、
なかなか照れくさいものではありますな」とは、宮岡寛さん。

会場に遅れて到着してきた成沢大輔さんから、開口一番、
「堀井雄二さんの件、聞きました?」と、いわれる。

「週刊少年ジャンプ」に掲載された「ドラクエ」記事に関して、
堀井さんが腹を立て、作業を中断して休みに入ると
伝言板で宣言しているという。

ほんとうであれば、まぁ、大事件……ではある。
その伝言板を見ていないので、簡単には判断できないのだが……。

さて、パーティだが、
見て聞いているだけで、楽しいものであった。

スピーチでは、いしかわじゅんさん、夏目房之助さんという
「BSマンガ夜話」コンビが、さくまさんとならび、
重版されない「初版」トリオ時代のことをあれこれと……。
その際、いしかわじゅんさんが「漫画家再始動宣言」を!
ショッカーO野さんの進行で、ジャンプ放送局の面々が
当時の話をされたり……、
PEACH BOYSの面々の壮絶なライブがあったり……、
まぁ、ほんとうに盛りだくさんである。

ゲームクリエイターといえば、
カニにだまされて、業界入りした桝田省二さんに続いて、
遅れて到着した堀井雄二さんも壇上に。

さくまさん「堀井くんは、マン研の集まりのとき、
カトレヤあたりで、いつもダンボールで器用に作ったおもちゃで
みんなを遊ばせていたよね。ライターになりたいといってたけど、
文章とおもちゃがつながるとは、とても思えなかったのに、
まさかテレビゲームなんてものが、世の中に生まれるとは……」

堀井さん「さくまくんをゲームの世界に引きいれたのはぼくだけど、
もともとライターの世界に、ぼくを引き入れたのはさくまくんだよね。
そういえば、ぼくは、交通事故で一度死にかけたけど……」

さくまさん「だって、堀井くんが内臓破裂で危ないといわれたから、
最後のあいさつにいったんだよ」

堀井さん「さくまくんも、数年前たおれて……」

さくまさん「一度、死にかけた人間は強いよね」

そんなことをあれこれと……。

パーティへの堀井さん登場で
あれこれ、ばたばたしていた方もいらしたんだけど……、
まぁ、みなさん、たいへんですねということで、ひとつ。

その後、二次会会場のTHE WINE BARへ。
「ヤングサンデー」のIさん、成沢大輔さん、宮路一昭さんらと、
卓を囲み、あれこれと、バカ話。
バカ話だから、あんまり内容は覚えていないなぁ。
いや、ほんとに……。

会があまりにも楽しいので、こちらの席にいらした、さくまさんに、
「じゃあ、ぼくが三回目のゴチになる会をやりましょうか」と、
ついいってしまう。しまった……。

さて、二次会はさくまさんのおごりなので、
恒例のやつをここで一発。(12月13日追記)

さくまあきらさんは、よい人だ!
当社比22倍のデータ量である。

三次会は浪漫房である。
梶野竜太郎さん、武田 学さん、石崎仁英さんといった
ハドソン桃太郎事業部トリオに、
宮路一昭さん、原口一也さん、福本岳史さん、成沢大輔さん、
ハートビートの小林千尋さん、
CB'sプロジェクトから吉川さやかさんが遅れて到着。
おお、やっと、記述できる程度の参加人数だ。

予想もしなかったことだが、梶野竜太郎オン・ステージである。
全体の会話総量を255とすると、192くらいが、
梶野さんのトークである。

もう、しゃべる、しゃべる、しゃべる、しゃべる……。
それがまた、ぼける、ぼける、ぼける、つっこむ、ぼける……。
「酒場のブルドーザー」である。

この人とは、今回が二回目であるが、こんな人だったとは……。
ま、正体は、優しくて、じつはシャイな人ではないのかと、
にらんでいるのだが……。

「株式会社ふくぽん出資計画」、「原口一也悪徳のすすめ」、
「シン・レッド・ラインの功罪」、「成沢大輔の業界殺戮計画」といった
それぞれのテーマに基づいた、まぁ、バカ話がだらだらと続いたのであった。

三次会は午前三時半にお開きである。
ハドソン組は明日9時半始業だそうで、
ああ、フリーでよかったなぁと、思う今日このごろ……。

帰宅後、早速、話題になっていた堀井さんのページを読もうとする。
うまく、アクセスできなかったので、ほかのサイトから、ひろってくる。
書き込みは午前6時過ぎと、午後3時前の二度あったようだ。

うちのBBSにも、
かづきくんとPrudenceさんからの書き込みがある。
とりあえず、レスをつける。(以下BBSより転載)

もちろん、ぼくのような零細ゲームデザイナーでは、
 あのようなビッグタイトルをおひとりで背負われた方のすべてを
想像することはできません。
ただ、もの作りの現場において、責任を負うクリエイターは、
筆舌に尽くしがたいほど、ナーバスになるものです。

とくに立場上、信頼せざるをえない相手との
コミュニケーションの「遮断」は、
 たとえ、相手の判断が善意によるものと最大限に解釈したとしても、
 そんな(ナーバスな)環境で、
「絶望」という致命傷となることは、じゅうぶんありえます。

 「絶望」、「無気力」、「虚無感」……。
 個人的な体験でいえば、
状況を「コントロール可能」と「誤解(過信)」した「愚者」の
 「悪意なき」コミュニケーションの「遮断」によって、
 「死」をも含めた選択肢の可能性を探るところまで、いったこともあります。

 ただね。
わからないやつには、とことん、わからないものです。
 たちがわるいのは、やつらに「悪意」がないことです。
 だから、問題そのものが、消えることは、ありえません。
 目のないやつには、問題の存在を見ることはできないのですから……。

 だから……。

>売れればいいのか。

 たぶん、「かれら」も、そこまで考えていたわけではないと思います。

>何してもいいのか。

 たぶん、「かれら」の過信による、善意の産物だったのでしょう。

>たとえ、人を殺してでも。
>人間はナイフを持たなくても、人を殺せる。

「かれら」と「問題」を共有できない……、
「ことば」が通じない環境は、「死」と等価の孤独です。

ポエム……入ってますかね。
信じたいのに、信じられないのは、
やはり、つらいシチュエーションではある。

いずれにせよ、「ドラゴンクエスト」はそのパブリシティも含めて、
「ドラゴンクエスト」という作品であることの
認識を再確認した次第である。
せっかく作った遊びの場を、乱してほしくない。

その後、堀井さんは事態を収束する形での、
発表をされている。


1999年12月9日(木)

宴のあと
12月10日は、さくまさんのパーティと堀井雄二さんの「事件」という
二大イベントの翌日という「特異日」。

このサイトの12月10日のアクセス数は239もあった。
通常は100〜150のアクセスだから、いつもの倍くらいである。
まぁ、みなさん、この件で柴尾がなんというか、
期待されているんだなと、善意に解釈しております。

おれには、期待されると踊っちゃうサービス精神がある。
というわけで、↑な感じで踊ってしまいましたとさ。
自己嫌悪もあるけど、まぁ、いまさら書き直したりはしない。
ひと晩あけて読むと、恥ずかしいけどさ。

その一方で、いっちょまえの野次馬根性はある。
関係各方面のサイトをあちこち、チェックして回る。
案外、事件に触れているサイトは多くなかった。

最初、書いていた記述をしれっと書き直しているライターの方や
(あーっ。ずるいなぁ)
マーケティングな観点で、しれっと書いてる方などなど……。
(でも、そういう問題かなぁ)
ゲーム系サイトのBBSは、どこもにぎやかだが、
わっと燃えて、わっと消える感じなり。

それぞれのスタンスを確かめる「試金石」ではあった。


1999年12月10日(金)

深夜の怪電話
女房と動物占いなどをやって遊んでいた深夜2時半。
突然、女房の携帯が鳴りはじめる。

「え? どちらにおかけですか」
「スクリーンネームってなんですか」
「ええ、わたし、ライターですけど……」
「え? いまからですか、それはちょっと……」

なぞめいたことばが、つぎつぎと、女房の口から発せられる。

ああ、なんで、女ってやつは電話において、
かくも愛くるしい声を出しやがるんだ。
悪魔だ。女は悪魔だ。つるかめ。つるかめ。
などと思いながら、そばで聞く、おれ。

どうやら、女房は自分の身元を明かさないままで、
相手の話を聞いているらしい。

電話が終わった。女房に事情を聞く。

某大手出版社(仮にS社としておこう)の編集者であった。
女房とは以前、仕事をしたことがあるらしい。

べろべろに酔っ払っていたS社の彼は、師走の人恋しさに、
手帳でも見ながら、ランダムに電話番号をプッシュし、
相手が誰かもわからないまま、電話口で口説いていたのだ。

女房の優しさは、相手の想像にあわせ、
自身の年齢を三割ほど若く、あいまいにしていた点にある。

彼にとっては、真冬のファンタジー。
出版業界の不況が大きくとりあげられる昨今、
女房とのひとときが、明日の彼の活力となり、
部数躍進の原動力となれば、
夫のおれとしても、よろこばしいかぎりである。

(注:該当編集者は、ぼくとは面識がありません)


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