メタルマックスの会議
千歳烏山のクレアテックで
「メタルマックス・オーバードライブ」の会議である。
なんでいつも徹夜でのぞむことになっちゃうんだろうな。
うへぇ。
1999年12月1日(水) |
メタルマックスの会議 うへぇ。 |
1999年12月2日(木) |
動物占い第二弾! ペガサスや猫科の動物の方は タヌキ呼ばわりされたら、否定したくなる気持ちはわかる。 |
1999年12月3日(金) |
新連載 なお、漠然とした記憶に基づいて書いているので、 ダブルブッキング それは、午後6時50分、東上線の車内で発覚した。 車内で手元のザウルスを見ながら、スケジュールをチェックしていた。 顔面蒼白である。 しかし、今回の飲み会は、成沢大輔さんに声をかけている。 成沢さんとは、JR恵比寿駅で7時半に待ち合わせなのだ。 ということで、池袋駅で原口さんの携帯に電話。 成沢大輔は悪い人だ!(×12) 7時30分に成沢さんは来ない。 しょうがねぇなぁ。午後5時に連絡したときには、 15分も手持ちぶさたなので、駅ビルの本屋にいって、雑誌を買う。 「すみません、いま、スカイウォークの端っこにいます」 スカイウォークの端っこにいったが、成沢大輔(敬称略)の姿はない。 タクシーがどうたら……とか、 いまのおれは、地上でいちばん、心のせまい人間である。 成沢大輔(敬称略)は過去数回、屋外であったが、 でも、なんか、おごれ! フグ鍋会 入った途端、名刺交換の嵐である。 ナムコの川村順一さん、映像作家&コレクターの聖咲奇さん、 雑誌「宇宙船」で構成をやられていた聖さんとは、 それにしても、すきっ腹にスピリタスやラムなどを入れちまったので、 |
1999年12月4日(土) |
「アポロ13」な…… けーむらくんのPCは、 個人情報など、めぼしいものは消去されているようだが、 けーむらくんから、ぼくに送られてきた けーむらくんには、そのことをメールで連絡していたのだが、 そこでふたりとも自宅でPCを立ち上げ、
通信に加入電話回線をつかうので、 「アウトルックエクスプレスの上のほうに 秀丸でgrepかけたテキストをメールで送ってもらったり……。 原因は、ほぼわかったのだが、 「……で、コントロールパネルの[ネットワーク]アイコンを インターネットエクスプローラ5と お手上げである。 「まぁ、致命的なエラーでもないし、 |
1999年12月5日(日) |
テレビに惑う 女房とふたりで午後テレビを見る。 「噂の!東京マガジン」で、 ある宅地分譲地の事件。 ちなみに分譲の時点で、ここがゴミ集積場になることは、 そこで当時、町内会長だったその世帯主が、役所とかけあった。 事後承諾の形でこれを回覧版で告知したあたりから、 その後、あれこれあったあと、その地区の住民11名から「町」に、 1対11。 テレビ画面にも出て、雄弁な原告夫婦に対して、 あんたがしゃべらないから、「一方的」になるんだろうと、 「役所では申請があったら、対策をしなければならんのですが、 番組では、具体的に存在を明らかにはしなかったが、 画面にはでてこないけれど、近隣住民の中には、 ああ、ほんとうに気持ちわるいなぁ。 さて、ゲーム開発の現場でその手のことが起きないかというと、 あるバカなプロデューサーに、冗談まじりに 数ヵ月後、ぼくは声の大きい人と その件に関して、プロデューサーに もめごとを嫌うのは、性格の問題だが、 そういう人がトップにいる現場だったので、
熱くゲーム作りを語っていた若い子の輝く目がにごり、 集団の中の思考停止というのが、ほんとうに、うざったい。 で、そんな場合、ぼくは、どうするのかといえば、 そんなことをあれこれ考えながら、 シドニー・ルメットの名作「十二人の怒れる男」のリメイクである。 黒人少年の父親殺人事件裁判に臨んだ12人の陪審員。 ゴミ集積場問題で1対11の諍いというのを見たあとだけに、 おれは、つまり、ばかだから、 いつもふりむいて、背後を見たり、足元を見ていたくはない。 もうすぐ37歳だが、あいかわらず、あまいよなぁ、おれ。 |
1999年12月6日(月) |
LIBROにて
「地球の歩き方 中米」 ダイヤモンド社 「さくまあきらの正体」 フリーライター、編集者、イラストレーター、デザイナー、作詞家、
個人的にいえば、 そんな「快人物(誤記にあらず)」さくまあきらの「正体」を さくまさんのウェブ日記で、この本ができる過程を「観察」したり、 小松左京の作品に自身の旧制高校時代を描いた 中学生のころ、その「青春(ああ、てれくさいことば)」な日々を あるいは、山田風太郎の日記でもよい。 もちろん、この本には、そのあたりも、きっちり書かれてはいる。 ただね、それもしょうがないのかもしれない。 「さくまあきらの正体」の読後感として、まっとうにあるのは、 それは、先述の「肩書き」の数々が「元」とつくのではなく、 だから、本書中、 それにしても、 また、本書中、興味深かったのは、 そういう意味で、「あとがき」の内容と、 |
1999年12月7日(火) |
あとだま このバトルの存在をいっさい知らない人が、 しかし、ウェブの世界での「ことばとコミュニケーション」を考える上で、 |
「さくまあきらの正体」出版記念パーティ 午後7時から新宿センチュリーハイアットで行われる さくまさんの広い人脈が、 「いやぁ、おたがいの過去を知っている人間が 会場に遅れて到着してきた成沢大輔さんから、開口一番、 「週刊少年ジャンプ」に掲載された「ドラクエ」記事に関して、
ほんとうであれば、まぁ、大事件……ではある。 さて、パーティだが、 スピーチでは、いしかわじゅんさん、夏目房之助さんという ゲームクリエイターといえば、 さくまさん「堀井くんは、マン研の集まりのとき、 堀井さん「さくまくんをゲームの世界に引きいれたのはぼくだけど、 さくまさん「だって、堀井くんが内臓破裂で危ないといわれたから、 堀井さん「さくまくんも、数年前たおれて……」 さくまさん「一度、死にかけた人間は強いよね」 そんなことをあれこれと……。 パーティへの堀井さん登場で その後、二次会会場のTHE WINE BARへ。 会があまりにも楽しいので、こちらの席にいらした、さくまさんに、 さて、二次会はさくまさんのおごりなので、 |

当社比22倍のデータ量である。
三次会は浪漫房である。 予想もしなかったことだが、梶野竜太郎オン・ステージである。 もう、しゃべる、しゃべる、しゃべる、しゃべる……。 この人とは、今回が二回目であるが、こんな人だったとは……。 「株式会社ふくぽん出資計画」、「原口一也悪徳のすすめ」、 三次会は午前三時半にお開きである。 帰宅後、早速、話題になっていた堀井さんのページを読もうとする。 うちのBBSにも、
もちろん、ぼくのような零細ゲームデザイナーでは、 とくに立場上、信頼せざるをえない相手との
「絶望」、「無気力」、「虚無感」……。 ただね。 だから……。 >売れればいいのか。 たぶん、「かれら」も、そこまで考えていたわけではないと思います。 >何してもいいのか。 たぶん、「かれら」の過信による、善意の産物だったのでしょう。
>たとえ、人を殺してでも。 「かれら」と「問題」を共有できない……、 ポエム……入ってますかね。 いずれにせよ、「ドラゴンクエスト」はそのパブリシティも含めて、 その後、堀井さんは事態を収束する形での、 |
1999年12月9日(木) |
宴のあと このサイトの12月10日のアクセス数は239もあった。 おれには、期待されると踊っちゃうサービス精神がある。 その一方で、いっちょまえの野次馬根性はある。 最初、書いていた記述をしれっと書き直しているライターの方や それぞれのスタンスを確かめる「試金石」ではあった。 |
1999年12月10日(金) |
深夜の怪電話 「え? どちらにおかけですか」 なぞめいたことばが、つぎつぎと、女房の口から発せられる。 ああ、なんで、女ってやつは電話において、 どうやら、女房は自分の身元を明かさないままで、 電話が終わった。女房に事情を聞く。 某大手出版社(仮にS社としておこう)の編集者であった。 べろべろに酔っ払っていたS社の彼は、師走の人恋しさに、 女房の優しさは、相手の想像にあわせ、 彼にとっては、真冬のファンタジー。 (注:該当編集者は、ぼくとは面識がありません) |