業界で有名……?
東武練馬にある、しばおくんの家から、山手線の五反田駅まで、
線路の長さは19.9キロメートルあります。
時間にして40分ほど、料金は片道で380円です。
午後2時、しばおくんは家をでました。
午後3時に五反田駅で待ち合わせをしていたのです。
名前はいえませんが、ある映画業界の方が、
ゲームとゲーム業界に詳しい人と話をしたいとのことで、
でかけたわけです。
その人のことなら、しばおくんもよく知っていました。
渋谷の映画館などで、何度も姿を見たことがあります。
声を聞いたことがあります。
どんな話になるかはよくわからなかったのですが、
まぁ、映画業界では名物ともいうべき人ですから、
会って、映画の話でもできればいいなという
気楽な気分で出かけました。
「あれ? ***さんがいないなぁ」
待ち合わせ場所の駅の改札口に、
「話をしたい」といっていた人の姿は見えません。
今回、仲介してくれた女性と男性がいるだけです。
女性は1ヵ月半ほど前に知り合ったすてきな方です。
男性は初対面ですが、映画の監督です。
「***さんは、いらしてないんですか」
しばおくんは、不思議そうに聞きました。
なにしろ、会いたいといっていたのは、むこうなんですから……。
「それが例によって、まだきてないんですよ。
***、フランス時間ですから……」
***さんは、
ずっとむかしフランスにいたことがあるのです。
フランスにいると、ラテンな時間感覚になるのでしょうか。
それにしては、ルノーF1エンジンは速かったのに……
と、しばおくんは、心のどこかで思いました。
このまま、改札口で待つのはいやだなとも
不安になったしばおくんですが、
女性の案内で五反田ららぽーとの喫茶店へ
直行することになりました。
映画の話や業界の話は、とても楽しいのですが、
いつまで待っても***さんは、やってきません。
もう1時間以上、喫茶店にいます。
自宅はすぐそばなのですが、
自宅に電話をかけても、留守番電話。
携帯に電話をかけても、留守番電話でつかまりません。
「約束を忘れてるのかもしれませんね」
女性のことばが、しばおくんを不安にします。
「ちょっと失礼」
そういってしばおくんはトイレにいきました。
喫茶店内にもどってみると、男性がいません。
***さんの自宅に、たしかめにいったとのこと。
どうやら、こんな事態は、これがはじめてではないようです。
しばおくんは、じりじりしながら待っていました。
おや? 男性が帰ってきます。
ひとりで帰ってきます。
「家の中から返事がないんですよ。
電気のメーターも、中に人がいるおとなりさんのものより、
よく回っているんですけど」
「また、シンジくんになってるんでしょうね」
女性はこんなことに慣れているのか、あきれた口調で、そういいます。
シンジくんとは、
「新世紀エヴァンゲリオン」という漫画映画にでてくる
主人公で、自閉症気味の少年です。
ちなみに***さんは、40歳をかるく越えています。
しばおくんも***さんのことを、うわさでは聞いていましたが、
まさか、自分が当事者になるとは思いもしませんでした。
しばおくんは、こんな理不尽なことに慣れていないので、
すこしずつ不機嫌になります。
しばおくんの常識なら、
もしも都合が悪くて、来れないのなら、
あらかじめ連絡をするものなのですが……。
シンジくんには、そんな配慮さえないようです。
ここ数日のうちになにかショッキングな知らせがあり、
***さんがシンジくんになったのではないかと、
男性と女性は推理しています。
「いやぁ、こんなにひどいのは、
滅多になくて、はじめてなんですよ。
いつもなら、遅刻してでも、やってくるんですけど……」
女性は優しいので、何度もそういってフォローしてくれるのですが、
しばおくんはいらいらしているので、
「おれ相手だと、滅多にないほど、ひどいすっぽかしをするわけ?」
と、心の中で悪態をつきました。
しばおくんも、男性も女性も口数が減っていきます。
2時間近く待っても来ないということは、
もはや来る望みがないということなので、
しばおくんは帰ることにしました。
東武練馬にある、しばおくんの家から、山手線の五反田駅まで、
線路の長さは19.9キロメートルあります。
時間にして40分ほど、料金は片道で380円です。
しばおくんは、往復でほぼ40キロ無駄に移動し、
人生の中から、3時間半を奪われ、
往復料金の760円はどぶにすてました。
今回は紹介者の女性のことを考えて、
名前を書いたりはしませんが、
こんな人間でも、生きていける映画業界って、
ほんとにいいところだなぁと
ゲーム業界にいるしばおくんは、思いました。
きっとこのさき、本人から
謝罪のことばを聞くこともないんだろうな……とも、
思いましたとさ。