天下堂々蕎麦づくし
寿司を含んで、人生の道を説き、
蕎麦を食せば、宇宙を語り、
傾城の美女よりも、ワインを選ぶ男、成沢大輔から、
一通の招待メールがとどいた。
「長野にそばを食いにいきませんか。
集合は軽井沢駅で、午後六時ね」
おお、信州そばっすか。そら、いいっすねぇ。
うまい店を知ってるなら、案内してくださいよ。
あっはっはぁ……、てなもん「だ」の三度笠。
午後4時に赤坂での打ち合わせを終え、東京駅へ。
修学旅行生でにぎわう新幹線ホーム、
午後4時48分発の「あさま523号」に乗りこむ。
あさまの3号車は、喫煙可の自由席。
成沢大輔がいるなら、おそらくこの車両であろう。
しかし、席を見渡したところ、
グルメ山脈といわれたその巨体は、見あたらない。
ふふふ……。
さすがは成沢大輔、遅刻の帝王!
列車を乗り過ごして、
おれの日記のネタになるつもりか、ただものにあらず……。
午後6時、麦秋の軽井沢駅、改札口。
一足早くやってきている
さくまあきらファミリーが、にこやかに我を待つ。
されど、成沢大輔の姿は見えず!
ますますもって、
「新緑の軽井沢、若社長、遅れてしまって、さぁたいへん」事件を
演出する覚悟とみたが、
しばし待つほどに、群れなす乗客の背後から、
真っ赤なグルメ山脈が、のしのしと登場。
このときニュース速報で、
「軽井沢震度3」を告げる情報が流されたとの風聞だが、
風聞は、風のうわさだから、あてにはならない。
主役は最後に現われるってわけか!?
成沢大輔、やるもんだ!
地上でいちばん「親分」が似合う男、成沢大輔の案内で
駅前の広場へ。
そこには、10人乗りのバンがある。
ハンドルを握るのは、長谷川浩一郎さん。
長野駅前の長谷川書店の社長である。
助手席に座るのは、徳武和芳さん。
中古ハードショップ「HARD OFF」に勤めている。
「じゃあ、大王、いきますか!」
成沢大輔を「大王」と呼ぶ、長谷川さん。
関八州では、もっぱら「親分」の成沢大輔だが、
信州では、「大王」であったか。
なるほど、すべて合点がいった。
日本の秘史にしばしば現われる
「道楽王国ナリサワ」の大王こそ、成沢大輔であり、
地上に王道楽土を実現せんとする重臣が、
長谷川さんと徳武さんなのだな、つまり……。
このあたりのことは、フィクションなので、
本気にしちゃ、だめだよ。
本当のことを知りたければ、
さくまあきらさんの日記を読んでくれたまえ。
えっへん。
いばってどうする、おれ。
ほお、軽井沢にはプリンス通りなんて、あるのか。
プリンスとは、つまりどういう意味だろう?
おれの知ってるプリンスは、
ジョナ・クヒオとチャールズくらいなんだけど……。
なにか関係あるのかな?
ちなみに、プリンス・ジョナ・クヒオとは、日本人の詐欺師だし、
プリンス・チャールズは、男やもめで、うじがわく。
闇の奥に音が沈んでいく……。
すでに東京とはちがう時空である。
別荘地に入ったバンは、予約制蕎麦店「東間」へ。
東間と書いて、「とうま」と読む。
「あずまかん」と読んだら、素人呼ばわりされちまうし、
「きにちもんにち」とか「とおかびとかどび」と読んだら、
変わりものあつかいされることは、必定である。
別荘を改造した店内で……。
ごま豆腐、うまかった!
蕎麦とみそをしゃもじの上であぶり焼いたやつ、うまかった!
卵焼き、うまかった! 鴨ロース、うまかった!
うまかったが、エコーしていく。
そして、蕎麦である。
地上には、「ざるそば」と「もりそば」の違いは
なんでしょうなんて、不毛な議論があることは、
おれも知っている。
しかし、おれはいいたい。
「喧嘩をやめて、お箸をとめて、
お蕎麦のために争わないで、もうこれ以上……」
歌ってもいい。
そんな議論が不毛であることは、
この蕎麦を食えば一目瞭然、風前の灯、闇夜の烏。
いあわせた7人全員が、
ちゅるちゅるのずるずるっのぞぞぞぞぞ……。
おかわりである。もう一枚である。
口の中には、豊かなそばの香りがいっぱいなのである。
とどめのそば湯だ。
けーむらくんという男がいる。
大学の後輩にして、レコード会社勤務の興味深い人間だ。
彼の人となりのすべてを書き留めるには、
中里介山をして
「大菩薩峠」を完成させるほどの労力がいるといっても
過言ではない。
そんな彼の逸話のひとつに、「そば湯愛好神話」がある。
そば屋にいけば、湯桶が空になるまで、そば湯を飲み、
おかわりまで頼みかねない男である。
彼に「東間」のそば湯を飲ませてやるから、
奴隷になれと命じたら、
きっとクンタ・キンテにならないまでも、
チキン・ジョージくらいには、なるだろう。
(参考文献「ルーツ」アレックス・ヘイリー)
このそば湯はそれほど、うまいということだ。
「わたしの血管には、ワインが流れている」
そんな女優の写真集をおれが買ったことは、公然の秘密だが、
篠山紀信撮影のやつも買ってることも
この際、明らかにしておこう。つまり写真集は2冊ある。
この場にいた全員の血管には、そば湯が流れている。
それは確実だ。解剖所見を見るがいい。
その解剖所見を書いた医者は、
ナポレオン8歳の頭蓋骨を鑑定したことでも有名だ。
人間の肉体の9割以上は水分らしい。
すると蕎麦を食い終えた七人が乗りこんだバンに
含有されるそば湯は450キロと推定される。
450キロのそば湯は一路、長野へ。
とりあえず、ホテルメトロポリタンにチェックインして、
午後10時、駅前のイタリアン・レストラン「ボスコ」へ。
店には、すでに「閉店」の札がかかっているのだが、
それでも天下堂々ツアー御一行が入れたのは、
長野の顔役、長谷川さんの人徳であろう。
供し手によって料理の味は変わるという。
その原理を敷衍すれば、同じ小学館の本でも、
長野駅前の長谷川書店で購入したものは、
同業他店に比べて、二割がた、おもしろくなるのは自明なり。
ここで、ハードオフ長野駅前店長の久保明さんが合流。
店内では、大王と臣下がなにやら密談している。
おお、なにかフランス語が書いてあるビンをとりだしたぞ。
そのうち一本は、ビバリーヒルの店で、
運良く見つけたとかなんとか、いってる……。
なんか、「ぶるごーにゅのぐらすがどーたら……」とか、
いってるなぁ。
わけもわからず飲んでいるが、おいしいなぁ。
くるくる回すと、味が変わる不思議な飲み物だなぁ。
お、そこに、時空を越えて、メッセージが届いたぞ!
「これ以上書いても、私は嘘かギャグになるので、
この辺のことは、 柴尾英令くんのほうの日記で味わってね。」
はっはっは、さくまさん、申し訳ない!
ぼくは大学で
第一外国語がドイツ語で第二外国語が英語だった男です。
あのおいしい飲みものは、
フランス語で書いてあるビンに入っているものですから、
よくわからんですたい。
ちえっ。英語やドイツ語なら、おまかせなのになぁ。
いまや、おれの血管にはそば湯とワインが流れている。
あ、想像しないでほしい。
おれも想像したくない。
つづいて、ホテル国際の最上階にあるラウンジバーへ。
男性デュオが生で歌うサイモンとガーファンクルが聞こえてくる。
メインボーカルの男性って、
「ダビスタ」の制作会社パリティビットの須田さんに似てるぞ
……ってことは、ここにも親分大王の手が……。
結局おれたちは成沢大輔という人の掌で
踊らされていただけなのか……。
いや、きっと夢じゃ、すべては幻でござる。
ホテルオリジナルカクテルの「Kokusai21」をカツーンと飲み、
トムコリンズで中和して、
ここでさくまファミリーはホテルへ。
風俗不毛の地と呼ばれた長野。
しかし、大王と諸侯の会話を聞くと、
なにかがあるとしか思えない……。
善光寺は1500年の歴史を有する。
人類の最古の職業といわれたものは、なんだったのか。
歴史の暗渠に潜む壮絶なる技巧の数々が、
おれを待つというのか。
おお! 技巧のその一は、ビールで乾杯ってやつか。
技巧のその二は、水割りを作ってくれるというのか、
技巧のその三は、なんと、煙草に火をつけてくれるぞ。
技巧のその四は、ダジャレと親父ギャグの洗礼か。
技巧のその五で、「Makeup Shadow」を歌うおれ。
うーむ。
歴史の暗渠に潜む壮絶な技巧の数々は、
六本木や区役所通りで味わうそれと変わらなかった。
長野おそるべし、これだけ飲んで、その料金ですか。
午前2時半、ホテルに帰着。
しかし、このとき、東京から来た一介のゲームデザイナーは
翌日のおそるべき展開を知るよしもなかった……。