DIARY:2000 OCT.1〜10


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2000年10月1日(日)

デフラグ無限
マッキントッシュな方の事情はわからないが、
ウィンドウズのハードディスクメンテナンス機能に
デフラグってやつがある。

デフラグメンテーションの略……らしいのだが、
ハードディスク内のファイル群の断片化を解消する機能だ。

わかりにくい?

とっちらかった引出しの中が、
ボタンひとつできれいになる機能と考えていただければ、
まぁ、いいのかな……?

これをやれば、「あれ切手はどこにしまったっけ?」
「50円切手は見つかったけど、あと30円分の切手がどこだっけ?」
「ああ、みつからない、いらいらする」てな時間がなくなる。

引出しを開ければ、
一発で80円分の切手が見つかるわけだ。

やりすぎるとハードディスクの負担になるとか、
いや、そんなものは迷信だ。いまどきのハードディスクは
デフラグごときではびくともしないとか、いろんな説があるんだけど、
ぼくはデフラグが好きで、だいたい一週間に一回くらいは、
デフラグしている。

いま使っているノートPC内蔵の20GB分のハードディスクを
デフラグすると、だいたい20〜40分くらいかかるけど、
なにより、かたづくのは気持ちがいい。

部屋は散らかっても、
HDやデスクトップなどPC内部関係は整理していないと、
気がすまないおれは、しょせんB型……。

ただ、WINDOWS2000に
標準で付属しているデフラグ機能がどうも、もの足りない。
で、買ってきました。Diskeeper5.0!!
WINDOWS2000に組みこまれているデフラグツールの
上位バージョンである。

半年前にyouderngさんから、存在は聞いていたのだが、
なんとなく、買いそびれていたわけだ。

Diskeeperには、
ブートタイムデフラグという強力な機能がある。
断片化したMFTやディレクトリまで、すっきりとデフラグできるのだ。
引出しのたとえでいえば、引き出しそのものの形さえ、
機能的に変更できるほど、すごい秘密兵器だ。

午前5時、インストールをすませたおれは、
ブートタイムデフラグをしかけて、床に就いた。
目を覚ますころには、美しいハードディスクが、おれのもの……。

午前11時、起床。
しかし、デフラグは完了していない。
うーん。さすがに12GBのNTFSパーテーションは
時間がかかるなぁ。

ここで中断するわけにはいかない……。
ということは、PCも使えない。
放置して昼食にいく。帰ってきても終わらない。
新体操ソロ決勝を見る。見終わっても終わらない。
マラソンを見る。見終わっても終わらない。
夕食にいく。帰ってきても終わらない。
シドニー五輪閉会式を見る。
カイリー・ミノーグが歌うころ、やっとデフラグ完了。

なんと15時間以上かかってしまった。
おれもハードディスクもくたくた……である。

たしかにいままで、デフラグしきれなかった
あんなところやこんなところが、デフラグされているけど、
なんか、待ちくたびれちゃったよ。

コンピュータが使えない一日というのは、
なんとむなしい一日なのか。
それを実感したおれは、すっかりPC中毒である。


2000年10月2日(月)

PC沈黙
コマッタナァ。
チョウシニ ノッテ イロイロ ヤッテイルウチニ
コンピュータガ ウゴカナクナッテ シマッタヨ。

フロッピーカラ ブートシテモ カイフクシナイ。
W2000ノ CD-ROMカラ ブートシテモ カイフクシナイ。
カイフクコンソールカラ ソウサシテモ カイフクシナイ。

アレコレ シリアイニモ レンラクシタケド、
ケッキョク OSカラ サイインストール。

アア、ナサケナイ。ナサケナイ。

「鉄槌!」
OSとアプリの再インストールには、時間がかかる。
そのあいだに、いしかわじゅんさんの「鉄槌!」を読了。

スキーバスに乗っていたいしかわさんが、
トイレからもどってきたところ、バスはいなくなっていた。
冬である。夜中である。雪山である。
そんな中に置き去りにされたのだ。

その事件を「漫画アクション」の連載に書いたところ、
名誉毀損だと、バス会社のビッグホリデーに訴えられた。
とても身近な「法廷闘争」もの?

じつはこの話、
10年以上前に「ワトソン」という雑誌で連載していたときから、
楽しみに読んでいたものだ。

しかし、ワトソンは8号で休巻。
数年後、雑誌「創」に連載の舞台をうつしたものの
おれはといえば、そのことに気づかず、
連載で事件の最後まできちんと紹介されていたかどうかさえ、
知らなかった。

裁判がどのように決着したのかを知らないまま、ほぼ10年。
角川書店から単行本が出て、
やっと心に平穏がもたらされたというわけだ。

とことん、うそが嫌いな人と、平気でうそをつく会社。
くわせものの弁護士、あいだに立った双葉社の対応。
そして、なにか消化しきれない決着……。

不思議なカタルシスを味わえました。

自分もおなじ立場なら、
一生かかっても裁判をやる性格であるだけに、
つくづく他人事とは思えない。

さて、おれも先日Docomoショップで
無礼な目にあったのは、以前の日記に書いたとおり。

「自分だったら、その場で怒鳴りつけるね」と、
けっこう多くの人が、そういってくれた。

ただね。自分にとっては、その場で怒鳴るカタルシスより、
それをネタにウェブ日記で語るカタルシスの方が大きいわけだ。

そんな目で見れば、問題になったいしかわさんの漫画にしても、
「自分よりひどいな目に遭いながら、ずいぶん
節度のある書き方をしているぁ」と思えてしまう。

まぁ、訴訟を起こしたビッグホリデーの社長は、
そのあたりの読解力がなかったのだろう。
くわえて、意味不明な日本語を書く弁護士たち……。

やっぱり、国語ですよ。
日本語の能力が上がるだけで、
人生のトラブルの8割は回避できるはずだね。


2000年10月3日(火)

パソコン死んで、通信途絶中に
おお! 吉原で働いていたなおさんが
ウェブ日記で結婚宣言をしている!
めでたい! めでたい!

なおさんとこは、数ある風俗嬢サイトの中で、
いちばんすてきな文章を読ませてくれるサイト。

なおさんと知り合ってから、ちょうど2年くらい。
インターネットを通して、
ソープ嬢のなおさんと知り合っただけに、感無量……。

映画「弟切草」クランクイン
おお!
映画「弟切草」がクランクインしたそうだ。
おお!
奥菜恵が主演だそうだ。
おお!
東京・府中市の府中多摩スタジオでお祓いをしたそうだ。

おや? おれ、そこにいたなぁ……。


2000年10月4日(水)

神楽坂のトルコ料理
「トルコ料理ですか。珍しいですね」
「でも、ベリーダンスショーがあるみたいだよ」
「それがすごくにぎやかで、話なんかできないみたい」
「久しぶりに会うのに、話ができないと困るなぁ」

心配していた(?)ベリーダンスこそ、堪能できなかったものの、
神楽坂のトルコ料理店「ソフラ」の料理はとても美味だった。

MacLife」前編集長の豊岡昭彦さん、
テクニカルライターの川崎勉くん、
隔月誌「Newtype.com」編集長の矢野健二くんと
神楽坂で飲む。

といっても格別の用事があったわけではない。
みんな、ワセダミステリ・クラブのOBなのだ。

虎視眈々と「深酒へべれけ」路線をねらう豊岡さんに、
シニカルだけど、根は熱い川崎くんに、
なんだか、いつも楽しそうな矢野くん。

その後、「Billy's Brewer Bar」で世界のビールを飲み、
「天空」でカクテルを飲む。
そこに「新潮45」のM重くんが合流。
校了直前で忙しそうだが、あいかわらず、パワフルにしゃべる。

ネットの話とか、飯野文彦さんの話とか、編集論とか、
いろいろ話したんだけど、鮮烈に覚えているのは、
豊岡さんの奥さんはPLUSで「チームデミ」の開発者だということ。

一同、「おお!」と驚きの声をあげるが、
「でも、えらいのは、ぼくなんです」という豊岡さんが
みょうにプリティだったぜ。


2000年10月5日(木)

「シムシティ3000」
パッケージの「Windows2000動作確認済み」のシールにつられ、
「シムシティ3000」を購入&プレイ。
気がつくと、睡眠時間を削っている。
つくづくおれは「シム」シリーズに弱い。

ふだん「ことば」を使うゲームを作っているだけに、
「シム」シリーズのような「ことば」の少ないゲームには、
仕事のことをいっさい考えずに、純粋にハマってしまう。

いや、「ドラクエ7」もやりたいんだけどね。

VAIOノートのタッチパッドに指を滑らせながら、
しみじみと町を作っていくのは、すてきな作業なり。
ただ、一日やり尽くすと、遊び飽きちゃうのも事実なり。

たぶん、つぎにやるのは、ほんとうに死ぬほど忙しいとき。
逃避行動……としてだろうな。


2000年10月6日(金)

RPGのシナリオ作り
じつをいうと、RPGのシナリオを考えるとき、
ストーリーとかキャラのことは、あまり考えない。

だから、「ファイナルファンタジー」シリーズをプレイすると、
いつも感心してしまう。
おお、おお、よくストーリーを考えているなぁ……と。

じゃあ、なにを考えてるかというと、
モーティベイションとシチュエーションだけだったりする。

主人公が最初の町をでるモーティベイション(動機付け)と、
町を出たあと、はじめて目にするシチュエーション(状況)。
そのふたつがあれば、ストーリーとか、キャラとかは、
順列と組み合わせで自然に生まれるものだから。

プレイヤーに対して、
「画面の真中にいるのは、つまり、あんたなんだよ。
あんたってば、こんな場にいて、こんな目にあったら、
どうするつもり……?」

いつもそう語りかけるのが、
ぼくのRPG作法なんだろうね。

そんなぼくだから、
「レナス1」のチェズニにしても、「レナス2」のファルスにしても、
「レガイア伝説」のヴァン、ノア、ガラにしても、
シナリオの初期の段階では、感情移入なんかしない。

これでシナリオを作れると確信するのは、
たとえば、ノアの性格が決まったときではない。

「レナス1」なら、暴走させた古代機械、
「レナス2」なら、至上の大統一、
「レガイア伝説」なら、<霧>といった
シチュエーションを着想したときだ。

ちなみに主人公の方(?)に対して、感情移入するのは、
最後の最後にエピローグのシナリオを書くときだ。
だって、純粋にゲームでなくなり、物語になるのは、
エピローグの部分だけだからね。

そんなことをつらつら考えるきっかけになったのは、
仲村明子さんのWeb日記(10月7日付)を読んだから。
ぼくの作品について書かれた文章の中でも
滅多にお目にかかれない……、正鵠をついたものだった。

どうもありがとうございます。


2000年10月7日(土)

ここ、だれのおうち?
みんな忘れているようだが、いまは世紀末である。
みんなだけではない。
おれだって、いまが世紀末であることは忘れている。

しかし、背中にアンゴルモアを背負っている男がいる。
恐怖の大王と戦う男が、牛込方面に住んでいる。
つまり、成沢大輔である。
彼だけはいま、世紀末の真っ只中である。

前世は「ダビスタ伝道師」だったらしいが、
いまはアンゴルモアである。
道を歩けば、ラフレシアで転ぶ。
海を泳げば、モビーディックに嬲られる。
そんな逆風のど真ん中で、へこたれそうになっている男。
それが成沢大輔である。

やることなすこと、すっとこどっこいな状態は、
本人のためにも、周囲のためにもならないから、
神奈川方面に住む漫画家、岩崎摂さんが出動することになった。

なぜ、漫画家さんが……?
そう思ったあなたは、聞き上手だ。

それはつまり、岩崎摂さんが、一児の母だからではなくて、
ぼくらには見えないものが見える人だからである。

前日もアリtoキリギリスの石塚義之さんの背後にいる
ぼくらには見えないものを見たという。

成沢大輔の家には、アンゴルモアの原因となるなにかがある。
だから、家を見てもらおう。
だから、おもしろそうだ。だから、おれも見にいく。

午後七時、おれが牛込の成沢邸に到着したとき、
すでにそれは始まっていた。
岩崎さんのほかに、さくまあきら夫人の真理子さんと、
岩崎さんの小学二年生の娘さんもいる。

ちなみに成沢邸はカメの楽園である。
新大陸方面でいちばん有名なカメの楽園といえば、
ガラパゴス諸島だが、
旧大陸方面では、成沢邸がそれにあたる。

明るい部屋の中、インビジブルななにかを叱るように
岩崎さんがなにかをいっている。
要所要所で、成沢大輔の過去の悪行をあげ、
現在のへっぽこの遠因を説いていく。

どうやら、この家はアンゴルモアどころではないらしい。
すでにアンゴルモアはでかい顔をして、住んでいるのだが、
それにくわえて、カダフィ大佐と則天武后、道鏡あたりもいるらしい。
このあたり、もののたとえというやつなので、
あまり真剣に考えないように……。

そして、成沢大輔の過去の悪行だ。
これはもう、霞が関ビル17個分くらいの量で、
横で聞いてしまったおれはといえば、
ゆすりたかりの豊かな一生を過ごせるほどだ。

真剣な対話の中で、憔悴しきる岩崎さん。
そこに無邪気に遊ぶ娘さんの声がオーバーラップ。
ふと静かになったそのとき、
「ねぇ、ここ、だれのおうち……?」と、
あどけなくたずねる娘さんの声が聞こえて、
カエルの子はカエル!

この家を「ぼくらには見えないもの」から、
自分自身のものとするための策を
岩崎さんから教示される成沢大輔。

おれたちはこれで帰るが、
これから成沢大輔は我が家に帰るたびに、
「ホームアローン」と「ゴーストバスターズ」を
足して2で割ったような時間を過ごすのかと思うと、
いい気味である。正義はかならず勝つ。

労働には対価がつきもの。
着手金を岩崎さんに支払う成沢大輔。
ああ、おれはそんな大金を払わないためにも、
悪行なんかせずに、品行方正に日々を過ごそう。

渋谷→池袋→六本木
岩崎さんからあれこれ話を聞いて、
みょうにすがすがしい顔をしている成沢大輔。

みんなで、渋谷のタイ料理店「バンタイ」へ。
うまい。うまい。からい。からい。

成沢大輔とおれは池袋の「teppen Bar」へ。
クレアテックの宮岡寛社長と
イラストレータの今井修司さんと合流。
なにを話したかというと、
「人が生きていくことを人生っていうんだね」みたいなこと。

六本木以外の酒では酔えない宮岡さんの誘いで、
深夜1時、六本木「Flamingo Bar」に移動。
いろいろあって、おれはちょっと気が進まなかったのだが、
みんながいくといえば、同意するのは、ニッポン人の悪い癖。
結局、いってしまった。まぁ、楽しかったよ。


2000年10月8日(日)

常盤台
イエネコ、アンジーが病院にいくのにつきあって、常盤台へ。
駅の南にある商店街はいったことがあるんだけど、
北側の住宅街は、はじめて……。
放射状の街路にならんだ瀟洒な家が多々。
さすが、東上線の田園調布を目指した街だけある。

シューマッハ
F1日本グランプリはシューマッハ優勝で、
ワールドチャンピオン決定。
ここ数戦でシューマッハはほんとうに、いい顔になった。


2000年10月9日(月)

映画「弟切草」の撮影現場
午後5時、府中多摩スタジオ、「弟切草」の撮影現場へ。
1時間ほど、撮影を見学する。
どきどきするような絵が撮れてて、おれもどきどきしちゃう。

中打ち上げ
午後7時、「弟切草」とは全然ちがうプロジェクトの
中打ち上げとやらで、新宿へ。
二次会までいたんだけど、いろいろ感じるところがあって、
やさぐれ気分。


2000年10月10日(火)

悶々
不可解というか、理不尽というか、
とにかく理解不能なことが多々。

メシを食っても悶々。
作業をしても悶々。

あれこれ、やらなきゃならないのになぁ。


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