DIARY:2000 OCT.11〜20


Top(表紙)へ
日記詳細インデックスへ:↑最新の日記ページへ↑
←前回の日記ページへ次回の日記ページへ→


2000年10月11日(水)

GOTCHA!
進行中のプロジェクトのプロデューサーと赤坂で面談。
じっくりと話しているうちに、
数日来の悶々の原因すべてが、理解できる。
だれがほんとうのバカヤローか、理解できる。

やっぱりそうだったのだ。
「あなたのために、ぼくがかわりに聞いておきます……」とか、
「いまは、会わないほうがいいと思いますよ……」とか、
親切そうにいってるやつに、ろくなやつはいない。

どんなにしんどいときでも、
問題とダイレクトにアクセスしないと、
たいへんなことになるのは、自明の理。

その手のバカなことをいうやつにかぎって、
「自分はあなたを守ったんだから」とか、
「ほんとうにあなたのためにやったんですよ」とか、
善意のかたまりだったりするわけだ、バカヤロー。

でも、おれは知ってるんだぞ!
あんたの意識の底にあるものを!

現場で問題に対処すると、
自分がハブンチョにされると感じる被害者意識……。

わかっていたんだけどな。
知ってたつもりなんだけどな。

もっと早く
プロデューサーと話しておけばよかった。

さてと……、どうしてくれよう。


2000年10月12日(木)

在籍受注合宿in京都
午前10時、東京八重洲地下街の「資生堂パーラー」へ。
桃太郎チームの京都合宿の待ち合わせである。

さくまあきらさんの食べているカレーライスを視界にキャッチ。
うまそうだ。おれも食べよう!
ああ、朝のカレーライスはおいしいなぁ。

アンゴルモア成沢大輔は、不可解なダブルブッキングで
あとで合流するとのこと。おいおい。
成沢大輔はおいしいなぁ。

その後、大丸地下でシューマイを視界にキャッチ。
いま、シューマイを買うと、缶ビールの割引券をもらえるらしい。
新幹線でシューマイ&ビールは人生の常識。
午前10時56分発の「のぞみ11号」。
シューマイとビールはおいしいなぁ。

京都到着。ぼくと宮路一昭さんは喫煙車、
ほかのみなさんは禁煙車だったのだが……。
「待ち合わせ場所って、どのあたりなんですか」との
ぼくの問いに、「ええ、こっちですよ」と宮路さん。
さすがは桃太郎チームの古参である。
ルーキーは古参のことばに従うのみ。
ずんずん、ずんずん、歩いていく。
おや?
本屋があって、修学旅行生の集まるあたりと聞いていたのに
そんな場所とは思えないぞ……。
気がつくと、新駅舎前のタクシー乗り場。
どうやら、
約束していた場所とはまるで違うところまで歩いてきたようだ。
携帯で連絡をとり、さくまさん一行を待ち受ける。
宮路さんはおいしいなぁ。

ホテルにチェックイン後、さくまさんの京都マンションで
「桃太郎」会議。
きりきりとハードな打ち合わせ……なのかな。
笑いの絶えない会議である。
しかし、油断をしてはいけない会議でもあるのだ。
「じゃあ、そのあたりは柴尾くんに作ってもらおう」
「きっと柴尾くんがやってくれるよ」
気がつくと、なにかいろいろなことを
いろいろと、やらなければならないようである。
さくまあきらという人は欠席発注も得意だが、
在席発注は、もっと得意だということが判明。
さくまさんはおいしいなぁ……?

午後6時、男たち10名は、
京都文化博物館のお餅料理の店「きた村」へ。
おいしいなぁ。おいしいなぁ。おいしいなぁ。

その後、マンションにもどったさくまあきらさん、
デバッグのためにホテルにもどった国政修さんと別れ、
シチューが名物の「うしのほね」へ。
こってり、じっくり、とろとろと……、
名物のシチューはたしかにおいしいなぁ。

福本岳史くんが名物のシチューを
まるでオレンジジュースのように飲みほしつつ、
「これはうまいですなぁ」と、感動の声をあげる。
ちなみに、常人ならば、
その前の「きた村」で、腹九分目になっている。
しかし、彼は福本だ。常人とはちと違う。
「福ちゃん、そんなにうまいんなら、もう一杯食べたら……」
「え、いいんですか」
「いいにきまってるじゃないか……」
だからといって、こってりシチュー4杯は食べすぎである。
長年の勘でいえば、コレステロールは380%、中性脂肪は530%、
体重がペットボトル4本分くらい増えていることは間違いない。
「福ちゃん、理由は聞くな、保険に入れ」
身を削ってまで、太らせてまで、笑いをとる男、福本岳史。
つくづく、福ちゃんはおいしいなぁ。

その後、河原町の飲み屋「アンゴン」の居心地のいい空間で、
おれは完璧に熟睡。一日、ずっとおいしかたなぁ。


2000年10月13日(金)

大江の鬼と出石の皿そば
朝9時、京都ホテルそばの喫茶店「アルザ」が今日の集合場所。
桃太郎といえば、鬼! 鬼といえば、大江山!
てなわけで、今日は一同そろって、大江方面へ。

さくまあきらさんが懇意にされている
京都相互タクシーの宮本さんがハンドルを握るバンは、
丹波で休憩をとりつつ、一路、大江へ。
丹波の黒豆ソフトは、長野の味噌ソフトよりうまかったぞ。

北近畿タンゴ鉄道の大江駅は、駅前の広場から駅舎内まで、
鬼、鬼、鬼の鬼づくし!
さまざまな地方から意匠を凝らした鬼瓦を集めていて、
見ているだけで興味深い。

つづいて、大江山中の「鬼の交流博物館」へ。
日本と世界から「鬼」に関する文物を集めた館内には、
成田亨氏の鬼の絵も飾ってある。

  
(左から)鬼瓦には青空がよく似合う(大江駅)。
さくまさんの背後には鬼、鬼、鬼がよく似合う(大江駅)。
巨大鬼瓦と桃太郎チームご一行(鬼の交流博物館)。

腹減った。腹減った。腹減った。
バンには、体重過剰な人がたくさん乗っていることはいうまでもない。
体重過剰な人は、空腹時は危険になる。

危険を察知した宮本さんはバンを加速する。
午後2時過ぎ、われわれは出石に到着。
出石……、おれは知らなかったが、そばのメッカである。
ただのそばではない。皿そばである。
一人前の分量が5皿程度の小分けそばである。
由来はよくわからないが、
関西方面では、とても有名なところなのだ。

注文したそばが次々に出てくる。
つゆ、薬味、とろろ、生卵を自由に使って、そばを食う。
街の中はそば屋だらけである。
おれの感じた限りでは、出石の全就業人口の七割が
そば関連産業従事者である。

なんと、20枚食えば、将棋のこまの形をした
「皿そばの之証」をもらえ、33枚以上で、記名ができる。

だからといって、20枚食うか、
おれとか成沢大輔とか、石崎仁英@ハドソンとか。
だからといって、21枚食うか、佐久間ゆり@中学二年生とか。
だからといって、33枚食うか、福本岳史@0.11tとか。

その後、小京都の異名をとる出石の町並みを散策。
そっちの体重過剰者、焼き芋がうまいか。
こっちの体重過剰者、せんべいもうまいなぁ。

   
福ちゃんオンパレード。
(左から)福ちゃんには皿、皿、皿がよく似合う(出石)。
顔が納まりきらない福ちゃん(出石)。
とどめのモンブラン(京都リプトンティーパーラー)

三嶋亭の牛
午前中にくらべて、午後のバンのスピードが
遅くなっているような気がするのは、根拠のないことではない。
人は胃袋が満ちると、眠くなる。
大いびきをかいて寝て、自分のいびきで目を覚ます。
しかし、睡魔ふたたびで、また寝たりするわけだ。

洛中に到着したバンを降りたわれわれは、
そのまま、四条の三嶋亭へ。
とはいえ、ついさっき、あれだけのそばを食ったわけである。
それでも、三嶋亭の牛肉オイル焼きはうまいのである。
しかるのちに、すべての牛はわが胃袋に……。
ぐぷぷぷぷ……。人体は不思議だ。

その後、リプトンティーパーラーでお茶。
って、お茶なんだよ。液体以外が肉体のどこに入るんだ?
なんだ、そこの体重「超」過剰者!
またの名を福本岳史!
この上、モンブランが入るとは、これいかに!?

さくまファミリー、国政修さんとは、ここで別れて、
大人の男たちは木屋町通りへ。

おねーちゃんがいっぱいいる酒屋で、1時間半飲んで、
ひとり、7000円は安いなぁ。
期待通り、関西ノリのおねーちゃんがいると、楽しいなぁ。

まだ、飲みたりない男はいたようだが、
おれはといえば、ホテルに帰って、やらなきゃいけない作業がある。
残念ながら、みなさん、おやすみなさい。


2000年10月14日(土)

京都とんとん拍子
午前10時、京都ホテルのチェックアウトをすませ、
京都さくま邸経由でイノダコーヒー三条店へ。
古都の朝は珈琲とホットサンドの香りとともに!

そこから、男9名ぞろぞろと、うどん屋「うえだ」へ。
古都の昼は、さっぱりしたうどんとともに!

さくまさんのおすすめは、「おろしうどん」。
ただ、ぼくのトイメンにはアンゴルモア成沢大輔がいる。
アンゴルモア成沢は霊障には強くても、生卵と豆腐に弱い。
敵のウィークポイントを責めるのは、戦闘の基本。
月見豆腐おろしうどんは残念ながら、ないのだが、
月見おろしうどんの注文は当然でしょう。

大根おろし、ごま、生卵のハーモニーに、くらくらよ。
あんまり、くらくらしすぎて、国政修さんの膝と股間に
お茶をこぼすという無作法をしでかしたのは、このおれだ。

VAIOノートに珈琲を飲ませたり、
国政さんのパンツにお茶を飲ませたり、
歩く水難の面目躍如と、申せましょう。

ふたたび、京都さくま邸で桃太郎な会議。
予想外な展開というか、いやもうまったく……。
とんとん拍子に二転三転。
とほほで、うきうきで、くらくらで、旅に出てもいいですか。
もちろん、一人旅です。ああ……。
そんな感じでメダパニ。

午後3時30分。喫茶店「アルザ」に移動。
すぎやまこういち先生ご夫妻に、
京都相互タクシーの宮本さん、
サザンオールスターズの関口和之さんが、
あいついで到着。

携帯電話の着メロの話とか、ドラクエ7のあれこれとか、
なつかしいゲームの話とか、
とても興味深い話を立て続けにされるすぎやま先生……。

ただ、おれはといえば、メダパニである。
なぜ、こんなにメダパニかといえば、原因はすぐにわかるのだが、
詳細は諸君の想像におまかせしよう。

「M」
映画マニアにとって、「M」といえば、フリッツ・ラングだが、
さくまにあにとって、「M」といえば、京都の名店である。

午後5時半、桃太郎チーム京都合宿は終了。
一同、解散後、さくまファミリー、土居孝幸さん、関口和之さん、
アンゴルモア成沢大輔、そしておれは、あの「M」へ。

さくまさんの日記にたびたび描写される「M」は桃源郷。
その存在は、おれの中でかなり膨らみ、
想像の中で、そのサイズは清水寺クラスになっていた。
いや、清水寺とまではいかないまでも、
京都で最高にうまい店といえば、
石庭の中、鹿威ししおどしがカコーンと鳴る、
そんな光景を想像したとしても、
あながち、責められないと、いってくれ!
京都に対して想像力が貧困なのは、
経験値が不足しているだけなのだから。

しかし……、タクシーから降りて、はじめてみた「M」は、
町屋の中にさりげなくある、
なんとも瀟洒なかわいいお店ではないか。
中に入ってみても
カウンター席に、小さな奥座敷があるだけである。

どこにもカコーンと鳴るものはない。
奥座敷に進む肉体の豊富な方々……。
座敷には、神戸での買いものをすませた
佐久間真理子さんとゆりちゃんの姿。

まずは雲丹である。
テーブルに並んだ雲丹を
海苔で手巻きして食べるという趣向である。

九州出身のおれは
生涯においていろんな雲丹を食ってきた。
だが、目の前で海苔とともに食べる雲丹は
もう、おれの知ってる雲丹じゃないね。

食べ進むと、口の中に唾がわく。
はぐはぐと食べてるうちに、おれの目の前から、
雲丹がなくなるのは当然の結果だが、
右にいる関口さんの雲丹がまだ残っているのは、羨望の対象。
とりあえず、肉体にものをいわせて、
関口さんから雲丹を強奪しなかっただけでも、ほめてくれ。

つづいて、ふぐ刺し……。
九州出身のおれは、クルマで1時間ほど走れば、
下関にいけるわけだが、
ごめん、この季節にこんなフグを食えるとは、
思わなかったよ。

え、しかもそのフグを目の前の七輪で焼くと、
こんなにうまいわけですか。あちゃああ。
口の中に入れるフグの量と、口から湧きだす唾の量、
どっちが多いか、わからない。
食っているうちに、生唾がわくなんざ、初体験。

フグにしてもちょっとやそっとの量だと思うでしょ?
ちょっとやそっとの量じゃないんですね。

つづいて、なんですか、そのピンク色したものは!
おい! まさかとは思うが、あれか。
あれを、そんな量で出されたことなんて、いままでないぞ。

近海ものの冷凍ぬきの、トロであった。

ああ……。
お忘れかもしれないが、おれはついさっきまで、
打ち合わせとかいろいろあって、メダパニだった。
しかし、メダパニを癒すには、さらなるメダパニしかない。
メダパニAは仕事で何度も経験したことだが、
「M」で初体験のメダパニBは、初体験である。
迎え酒とはちがうぞ、迎えメダパニだ。

この日記を書いているのは、ほぼ、48時間後だけど、
味の記憶が明白で、生唾でまくりだぞ。

まだ終わらないんですか。
ええっ!? 松茸を焼くんですか。
部屋の中が松茸の香りで一杯です。
酸素分圧、窒素分圧、松茸分圧……。
肺の中にある空気の70%くらい、松茸です。
ごめん、おれは過去5年で食った以上の量の松茸を
ここで食いました。

それは毛ガニですか。
そのままほぐして食べて、うまいっす。
つけ汁につけて、幸せです。

ああ、そんなにわさびを入れて、鴨ですね。
鴨の鍋ですね。
ほとんど鴨のしゃぶしゃぶじゃないですか。

小学生のとき、八幡製鉄所の社員慰問で、
大谷記念体育館にドリフターズがきたことがあるんです。
カトちゃんがいました、長さんがいました。
記憶の中では、ショーは8時間くらいあります。
実際にはそんなに長いはずはありません。
いいところ、2時間くらいでしょう。
そのショーを見ているとき、あまりにも幸せで、
「終わってほしくない。終わってほしくない」と、念じていました。
38年間、生きてて、
それに近い感覚をふたたび味わえました。
「いつまでも食べていたい」
「このおいしい時間が終わってほしくない」
この幸せ、なつかしすぎます。

ああ、メダパニBがなせる技なんでしょう。
おもわず、iモードで糸井重里さんにメールを送ってしまいました。
だって、「Mは、おいしいんだよ」っていえる相手って、
ほかに思いつかなかったのです。

ミニいくら丼です。
いくら2に対して、ご飯1の割合です。
くはああああああっ! 口の中、いくらだらけ。

シーフードカレーか、ハヤシライスか二者択一ですか。
じゃあ、シーフードカレーをひとつ。
え? なんで、シーフードカレーなのに、
松茸が入ってるんですか。ぺろり。
追加していいんですか。
じゃあ、ハヤシライスをひとつ。ぺろり。

そして、レモンのシャーベットが
こんなにせつないなんて……。
つまり、デザートって、終わりってことじゃないか。
初めてのキスはレモンの味。せつないMの最後もレモンの味。

いや、書きそこなったんですが、Mのご主人というのが、
じつにまぁ、おいしそうな顔をされているんです。
話にも聞いたし、さくまさんの日記で顔も見てるはずなんですが、
生で拝見すると、もう、たまらないほど、おいしそうなんです。

鯖の棒寿司をお土産にいただいて、にこにこ。
終わったんだなぁ、くよくよ。
幸せすぎて、せつないよぉ。

いったん、さくまさんのお宅におじゃまして、
置かせてもらっている荷物を受けとり、京都ブライトンホテルへ。

チェックイン後、ツアーご一行さまと、お茶。
終わったんだなぁ。Mでの食事が……。

客室にもどったところで、iモードに着信。
糸井重里さんである!

「ぼくはいま、筑紫楼でフカヒレをくってきたんだい。
・・・と言ってはみたものの、ものすごくうらやましいです。

さくまさん、お会いしたことないけど関口さん、
そして、ます多のご主人に(特に!)くれぐれもよろし/」

iモードの文字数制限で、後半が読めないのは、
くやしいものの、ご返信ありがとうございます。

糸井さん、料理に酔っていたとはいえ、
たいへん、失礼いたしました。


2000年10月15日(日)

さよなら、京都
ブライトンホテルの客室到着後、すぐ、横になり、
目を覚ましたのは、午前5時。
やらなければならない作業がかたづいていないのだ。

まず、うれしいのは、胃袋に空間が生まれたこと。
さっそく、お茶をいれ、
「M」のお土産の棒寿司をいただく。
ああ、せつなくも幸せ。

面倒な作業がかたづかないまま、午前9時20分チェックアウト。
10時10分の「のぞみ8号」で、東京へ。
ああ、すごい京都だった。

ホアキン・コルテス「SOUL」JAPANツアー
マイクロソフトエンカルタ百科事典から、
ホアキン・コルテスの項目を引用してみよう。

ホアキン・コルテス(1969〜)は、
伝統に他のダンスの要素をとりいれて、
彼自身の新しいフラメンコの創造を追求してきた。
写真は、「ジプシー・パッション」の舞台。
ジョルジオ・アルマーニによるシンプルな
舞台衣装が肉体のしなやかな動きをつたえる。

ホアキン・コルテスの名前は聞いていたが、
踊っているのをはじめてみたのは、昨年のアカデミー賞授賞式。
うわぁ! かっこいいなぁ。
こんなフラメンコダンサーがいたんだ。まぁ、そんな感じ……。

バルセロナオリンピックのタイアップイベントが
あれこれと東京でおこなわれていたころから、
フラメンコを見る機会は増えていたおれだが、
それほど熱心なフラメンコ・ファンというわけでもない。

東京駅到着後、そのまま、有楽町へ。
東京国際フォーラム地下の喫茶店で、イエネコ・アンジーと合流。
午後2時から、ホアキン・コルテス「SOUL」JAPANツアーを鑑賞。

やられたぁ。2時間があっという間。
悪魔のような情熱と、天使のような洗練。
東京国際フォーラム、ホールAという巨大なハコで、
たった一人のフラメンコ・ダンサーがどれほどのことができるか、
疑っていた自分がバカだった。

この踊りはすごいなぁ。
これ以上のものはもう見られないだろう。
そう思っていたら、すぐにそれをしのぐパフォーマンスが
くりひろげられる。そんな連続。

ジプシーという出自と、
数々の大舞台をこなしてきたキャリア。
それがどれほどのものかを、ガツンと見せてもらったわけだ。

なにより、空間の支配力が卓越している。
予備知識いっさいなしで、見ていた観客でも、
すべてを見終わったときには、ファンにならざるをえない。

スタンディング・オベーションの中、
自分の味わった興奮を誰かに話したくなってたまらない。
今日は日本公演の千秋楽だったのだが、
これが、ほかの日であれば、
まちがいなく、もういちど観にくるだろう。

いい人から「結婚おめでとう!」
名古屋の看護婦さんが、上京。
「求む、いい人」とのことで、午後6時30分、新宿へ。
新妻なおさん&必殺管理人さんと合流後、
新宿伊勢丹会館の「采」にて、おでんと炭火焼をごちそうする。

なおさんの結婚秘話というか、
のろけ話をあれこれと聞きつつ、幸せになる。
また、遊びましょう。


2000年10月16日(月)

焼肉フランス人
日記をお読みのさくまあきらさんからは、
「よく焼肉を食べてるねぇ」と、いわれているのだが、
今日も今日とて、お昼はイエネコ、アンジーと
焼肉フランス人板橋SATY店」の焼肉ランチである。
まだまだ、肉を食べたい年ごろ……か。

「女帝」の最新17巻が出ていたりするわけだな……。


2000年10月17日(火)

「私の嫌いな10の言葉」
待ってた!! 待ってた!! こういう本!
「私の嫌いな10の言葉(中島義道著/新潮社刊)」には、快哉。

「相手の気持ちを考えろよ!」
「ひとりで生きてるんじゃないからな!」
「お前のためを思ってるんだぞ!」
「もっと素直になれよ!」
「謝れよ!」
「一度頭を下げれば済むことじゃないか!」
「自分の好きなことが必ずなにかあるはずだ!」
「みんなが厭な気分になるじゃないか!」
「胸に手をあててよく考えてみろ!」
「弁解するな!」

見出しに上げられた10のフレーズのうち、
8つは、おれも大嫌いだ。
それがどれかは想像にまかせますけど……。

前著「うるさい日本の私」と「うるさい日本の私、それから」も
小気味いい行動の本だったわけだが、
今回も「そうそう」とか、
「ちょっと違うと思うけど、なるほどね」がいっぱいある。

なにより、定型のフレーズを乱発する、その陰に隠れた
「善良」な方々の無神経さと支配欲は
いい加減うんざりするだけでなく、
現実社会において有害以外のなにものでもないと
かねがね考えていた。

「おれの嫌いな5の言葉」
本書にならって、おれもすこし考えてみた。

「苦労は買ってでもしろ!」
よけいなお世話。
生きていれば、試練なんてあたりまえ。
その試練を苦労とするか、経験とするかだけの問題でしょ?
経験則だが、言語内「苦労」濃度の高い人間ほど、
屈折していて、無神経。

「悪気はないんだから、許してよ!」
悪気があったら、とんでもないし、
自分の過失の中に、悪気がないと考えること、すなわち、
想像力の決定的な欠如の証明であるから、
許すもなにも、あきれるしかない。

「庶民感覚」
いまさら、階級闘争の時代ではないでしょう。
最近では「生活者」という単語も散見するが、
住民エゴと紙一重の下品なフレーズである。

「万人向けのゲーム」
おお! これはゲーム雑誌でよく見るフレーズだ。
「だれもが楽しめるゲーム」といえば、すむところ、
こんな「古語」を使うあたりに、
自分が読者(万人)より高いところにいるという
選民意識が感じられるのは、うがちすぎだろうか。

「ありがちな展開」
こいつもゲーム雑誌とか、ウェブのゲーム評で、
よく見かけるフレーズ。こんなことばを乱発して、
自分の頭の悪さを宣伝しなくても、いいのにね。

中山一朗プロデュース「封印の世界 完結編」
ロフトプラスワンでのイベント。
「新耳袋」でおなじみの中山一朗さんが、
モーツァルトのオペラ「魔笛」から
日本の古代史をひもとくといった趣向。

進行役の木原浩勝さんの絶妙なつっこみもまじえ、
ある種の知的ゲームとして、さまざまな資料をまじえつつ、
ダイナミックに展開する論考に会場仰天……。

ただ、おれはといえば、陰謀史観が苦手だったりするわけだ。
陰謀史観ってのは、世界の歴史の陰で暗躍する○○民族が、
いまも、われわれを支配している……てな、
トンデモ本のおなじみストーリー。

たしかに、歴史資料をひもといて、
もうひとつの歴史解釈を生み出すのは、おもしろい作業だ。
しかし、それを「世界の真相」として、
センセーショナルに発表するのは、いかがなものか。
そこから生まれるものは、思考停止だけだ。

「日本のバブル崩壊は、秘密結社が支配する
アメリカの某財閥の陰謀だ」と説明されても、
思慮の浅い人の「やっぱりね」という感想以外の
なにを生み出すというんだろう?

もちろん、前述のごとき知的ゲームの過程を経たあとで、
小説を書くとなれば、話はまた別である。

やっぱり陰謀史観はとことん苦手なんだよー。

今回の参加はちょっと失敗……かな。


2000年10月18日(水)

気になるから、聞く!
さくまあきらさんとのプロジェクトの幕が
華麗に、おいしく、きっておとされたのは、いいんだけれど、
困っちまうのは、さくまさんの「モーティベイションの揺れ」である。

さくまさんのウェブ日記を読む。
きのうときょうとで、向かおうとする方位が
羅針盤上で2度、3度と微妙に変わっていくのが、みてとれる。

神宮前の小さな揺れが、
波動となって、関東平野を移動。
東武練馬の激震となっているようである。

「つまり、どういうことでショッカー?」という気分になったので、
早朝、メールを送る。

メールだけでは心もとないので、
午後、確認の電話をいれる。

電話だけではものたりないので、
神宮前に出陣する。

話をうかがう。
「なんだ、そういうことだったんですね」
あっけなく了解する。

だれかが、横で聞いていたとしても、
あまり、たいしたことは話していないかのように、
思うかもしれないが、
世の中のたいていの事象は、「ひとつの言葉」で
かたづくものだ。

まぁ、世の中では、そんな「ひとつの言葉」を
持っていない人が多いから、
いろんな局面で、ぐずぐずじりじりどろどろするんだけどね。

すっかり安心して、
真っ白な半紙の上に、筆を下ろす意思が固まる。

SHEF'S
さくまファミリーの方々に
新宿のSHEF'Sに連れていってもらう。
SHEF'Sはつまり、中華料理店である。

いまの季節、この店にいけば、
もれなく上海蟹がオーダーできるというスペシャル特典つきなり!

あのね! あのね! あのね!
上海蟹のトーチ炒めが、泣きたくなるほど、おいしいんだよ。
蟹ミソたっぷりのソースをね、蒸しパンですくって食べるんだ。
味が濃くってね、とろとろしててね、
ちゅーって音をたてて吸っちゃいたいくらいなんだよ。
もう、全身ふるふるだよ。
ぶるぶるじゃないんだよ。ふるふるだよ。

それでね! それでね! それでね!
カニミソチャーハンがもう、ぎゃふんってほど、幸せなんだ。
おさじですくって、お口の中に入れるとね。
チャーハンがふわーって、口一杯に膨らむんだよ。
膨らむっていっても、物理的に膨らむわけじゃなくて、
味と香りが、しゅわしゅわしゅわって、
開いていくって感じかな。

ほかにもね。トマトと卵を炒めたやつとかね。
ラムスティックとかね。ねぎラーメンとかね。
上品で、深くて、柔らかい中華料理がいっぱいあるんだよ。

おいしいものを食べると、がんばる力が、生まれるよね。

その後、新宿三丁目の「ぶらうに〜」へ。
さくまさんに対して、戦闘の仕様とかあれこれを、
調子に乗って話す。

おや!?
お向かいに座っているゆりちゃんが
満面の笑みを浮かべているぞ。

こ、この顔は!
日本中の気難しい料理人たちを、好々爺に変えるという
伝説の「ゆりスマイル」ではないか。

おいしい料理を食べているとき、料理人にむけて、
この顔をしてみせること。それを知っては……いた。
だが、「すばやさ」のパラメータが戦闘順位決定に
どのように作用するかを話しているときに、
こんな顔をされるとは、びっくり仰天!

ほんとうにこういう話が好きなんだなぁ。
世の中に「オヤジ殺し」属性を持つ人が多いことは知っている。
しかし、ゆりちゃんの笑顔は、
たぐいまれなる「ゲームデザイナー殺し」の飛び道具なり。

いやほんと、すごいんだから……。
とりあえず、あんたもゲームデザイナーになって、
ゆりちゃんの前で、戦闘仕様の話をしてみそ!
この笑顔が見られるはずだから……。
気ッ持ち、いいぜぇ!

パスネット
地下鉄全駅で、切符を買わずに改札に入れる
メトロカード」システムが
そのまま、「パスネット」システムに移行された。

メトロカードを東武東上線の改札に入れて、
そのまま電車に乗れるのは、便利! 便利!


2000年10月19日(木)

人妻と銀座で密会
そうなんです。
わたし、神奈川県にお住みの人妻と銀座でお会いしました。
有楽町マリオン前にたたずむその方と、
イタリア料理店「ブォーノ・ブォーノ」でランチ。

2時間ほど、おしゃべりしました。

そこから、歩いて銀座のTUMIストアにいきました。
10月14日がその方の誕生日なんです。
「遅ればせながら、お好きなものをプレゼントしますよ」と、
いいました。

彼女が選んだTUMIのバッグは、
不思議なことに、家内が持っているものと
おなじデザインの色ちがいでした。

やはり、働く女性が選ぶものは同じなんだなぁ……とも
思ったりしましたが、
なにか、とても不思議な感じです。

そこからさらに、伊東屋へ。
彼女がなくしてしまったコンパスを新たに買うためです。
わたし、コンパスと聞いて、製図用品のコーナーに
いったりしましたが、コンパスちがいでした。

彼女が探していたのは、方位磁針のコンパスです。
家相を見る際、鬼門などを特定するのに使うそうです。
おれはまだまだ、彼女のことを知らないんだなぁ。
すこし反省しつつも、
これからさき、彼女から教えてもらうことを考えると、
とても楽しみだったりするわけですね。

松屋によって、ワーナーストアへ。
ワイリー・コヨーテやトムとジェリーに目を丸くして、
喜ぶ彼女の姿を見つつ、
なぜかこんなところにあるポケモンコーナーで、
「これ、娘さんに……」と、
ポケモンボディソープ三点をプレゼントしたりして……。

ワーナーストア地下のコーヒーショップで、
じっくりと話をしました。
人妻として、母として、漫画家として、霊能者として、
彼女の歩いてきた道、彼女の「目」にうつるもの、
いろんな話をしました。

とてもゆたかな時間でした。

そこから東京駅までいっしょに歩いて、
お別れしたわけです。

岩崎摂さん、これからもよろしくね。


2000年10月20日(金)

キャノンデジタル一眼レフカメラ EOS D30
8月24日に予約して以来、待ちに待った
キャノンのデジタル一眼レフカメラ「EOS D30」を受けとりに
池袋ビックカメラへ。

やはりというか、このカメラ、注文殺到とのこと。
現在、注文は受けつけておらず、予約注文した人にしても、
年内の受け取りができるかどうかは微妙らしい。

アクセサリーのバッテリーパックやバッテリーグリップの在庫を
確認するも、こちらは本体以上の入手難とのこと。
こちらの予約を忘れたのは失敗であった。
とりあえず、オーダーだけしておく。

帰宅後、
手持ちのレンズ「EF28-135mm F3.5-5.6 IS USM」と、
IBMの1GBマイクロドライブをつけて、
マンションのベランダから、雨に煙る東武練馬の街を撮ったり、
イエネコ、アンジーを撮ったり……。

銀塩フィルムと違って、遠慮なく、
一眼レフの写真を撮りまくれるのは、楽しい。
最高画質で撮ると、
1.8MBくらいの超巨大画像になったりもするのだが、
それもマイクロドライブのおかげで、遠慮なしなのさ。

手ぶれ防止レンズに、マイクロドライブと
バッテリー大量消費アクセサリーを使っているにもかかわらず、
それなりに長く使えそうなのは、うれしいかぎり。

とりあえずの使用感として、
すでに雑誌の記事でも指摘されていたが、
被写体によって、露出が1〜2段程度、
アンダー目に出るのは、気になるところ。
コントラストも押さえ気味だから、
柔らかな印象の画像になりやすい。

ただ、そんな画像でも、情報量はたっぷりだから、
Photoshopなどで、軽く補正するだけで、
一気に小気味いい画像になる。

結局、撮影中、こまめに
ヒストグラムをチェックしろということなんだろうね。

もっともっと遊びたいところだけど、
ほかにも作業があるから、とりあえず、封印。

カメラ好きのおじさんとして
仲間とどこかに遊びにいくと、撮影係になることが多い。

ただ、それもブームがあって、ある時期はひたすら、
35ミリのコンパクトカメラで撮っていたかと思うと、
APS一眼レフで撮影しまくったり、
デジタルビデオカメラを手に入れると、
そればかり使っていたりする。
撮影というマイブームが終わると、
カメラの持ち歩きさえしなくなったりするんだけどね。

結果的にいろんな行事が
雑多なメディアで記録されている。

ただ、デジカメってやつは、
いまひとつマイブームになりきらなかった。

その理由は簡単。たまさか購入したSONYのデジカメ、
DSC-F55に光学ファインダーがなかったからだ。

覗きこむ形で、ファインダーと対話するのではなく、
液晶ディスプレーを他人事のように見て、
画角を決める方式は、楽しくない。
かといって、ファインダーのついているデジカメを買うほどの
モーティベイションもないし……。

デジカメのメリットも十分わかってるつもりだけどね。

そこにデジタル一眼レフである。
ファインダーの魅力という点では、ベストだし、
デジカメの長所も堪能できる。

きっと、このばかでかいこのカメラをあちこちに持って歩く、
おれの姿が見られることだろう……。

それにしても、ちと、でかすぎかも……。
旅先にこのカメラと交換レンズ、ノートPCを持っていくためには、
どんなバッグがいいんだろう?


Top(表紙)へ

↑このページの冒頭にジャンプ!↑

←前回の日記ページへ次回の日記ページへ→