DIARY:2000 DEC.1〜10


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2000年12月1日(金)

GPSを持って、さくまさんのお宅へ
昨日到着したGPSレシーバーを肩に、
自宅から地下鉄大江戸線、練馬春日町駅まで、歩く。

GPSレシーバーだが、スイッチを押して、起動すると、
測定に必要な衛星を補足するまで、5分近くかかる。
緯度経度が表示されるまで、5分もかかるというわけだ。

そんなに立ち止まっているわけにはいかないので、歩き出す。
5分しっかり歩くと、それなりの距離になるぞ。
これは、なんとかして、ほしいところ。

帰宅後、セーブしたログをパソコンでチェック。
歩いた軌跡をマップ上で確認したところ、
10〜15メートル程度の測定誤差がでている。
まぁ、幹線道路の幅はそれくらいだから、これは許容範囲。

これは旅行のときとか、
30分以上歩くときだけ、使うことにしよう。

練馬春日町から国立競技場まで、地下鉄で移動。
作りかけの仕様書を手に、神宮前のさくまあきらさんのお宅へ。
あれこれ打ち合わせをしていると、精神的に楽になる。
なんだか、不思議な感じ。

その後、渋谷東急百貨店本店の「なだ万孝明」へ。
さくまさんに連れてきていただいたのだが、
ああ、ここは「料理の鉄人」のお店じゃないですか。

こちらは、食べて楽しいメニュー。
目と舌がどきどきする感じ。

おいしいものを食べて、お酒も飲んで、午後10時。
さくまさんのご家族とはここで、別れ、
渋谷ですこし時間をつぶしてから、深夜0時、
神保町の小学館「ヤングサンデー」編集部へ。

ネームを入稿する予定だったが、諸般の理由により、中止。
石川さんと1時間ほど飲んでから、帰宅。


2000年12月2日(土)

ソノラマ文庫25周年記念「作家と読者のつどい」
午前11時、高瀬美恵さん、けーむらくんと
SONYビルで待ち合わせ。

ひとりで待っていると、お試しイベントとやらで、
キャンペーンガールに話しかけられる。
ハンディカム画像をメールに添付して送ってくれるとのこと。
このまま、待っているのも、退屈なので、快諾する。

説明を聞き、メールアドレスを用紙に書きこみ、
撮影開始……。というところで、高瀬美恵さんが到着。
「こっちにおいでよ」と、強引にフレームイン。
なんか、間抜けなメッセージをカメラに向かってしゃべる。

けーむらくんと合流後、かるく食事して、
有楽町マリオン11階の「朝日ホール」へ。
ソノラマ文庫の25周年イベントなのだ。

第一部は、記念トークショー。
菊地秀行先生、笹本祐一先生、竹河聖先生、森下一仁先生に
進行役の石井進編集部長で「デビューの頃といま」。

菊地先生のデビュー原稿「魔界都市<新宿>」を
石井氏がゴミ箱に捨てた話とか、
遺恨と悔恨が交錯する楽しいトークでございました。

そして、第二部は
川尻善昭監督と菊地秀行先生との対談をはさみ、
映画「バンパイアハンターD」の上映。

ソノラマ文庫25周年 菊地秀行先生と川尻善昭監督
(左)第一部トークショー。(右)川尻監督と菊地先生。

映画「バンパイアハンターD」
「バンパイアハンターD」は、すでに完成しているものの、
諸般の事情で日本公開が遅れているアニメ映画。
うまくいけば、来年の春から夏にかけて、公開される予定。

自分は、2月19日に
「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で鑑賞済みで、
その感想につけくわえることはない。

視聴環境は、とにかく古いのひとこと。
ステレオの分離さえしっかりとれておらず、
ドンシャリとしか表現しようのないサウンドに、
舞台奥の小さなスクリーン。
無料で鑑賞しているので、文句はいえないんだけど、
さすがにこれじゃ、映画がかわいそうだなぁ。

しかし、
丹念に作られた映像と、きっちりしたシナリオはゆるぎもせず、
やはり、良質のエンターテインメントとして、
いろんな人に勧めたい作品である。

上映終了後、けーむらくんとふたりで、
映画「三文役者」を観にいこうと、新宿にむかったのだが、
ちょっと体調を崩してしまい、帰宅。

(薬を飲んで、安静にしていたら治りました)


2000年12月3日(日)

自意識過剰
時刻/19:04 場所/小学館6階「週刊ヤングサンデー」編集部
登場人物/柴尾英令、石川亨氏 状況/ゲーム記事執筆中

「柴尾さんって、原稿を書いているとき、
ぼーーっとした顔をしてますね」

「ぼーー……って? そ、そうですか」

「なんか、あんまり緊張感のない顔ですよ」

「いや、緊張して、書いているはずなんですけど……」

「ほら、漫画家さんって、絵を描くとき、
すごい表情をしてるでしょう?」

「へ?」

「描いてるキャラが笑ってると、にこにこしてるし、
怒っていると、すごい形相になるし……」

「そんなもんですか……。
うーむ。
ぼくが、ぼーーーーっとした顔をしてるのって、
文章を書くのが楽しいせいなんですよ、きっと」

時刻/23:15 場所/練馬区北町某所
登場人物/柴尾英令、イエネコ・アンジー 状況/ウェブ巡回中

「おれさぁ、家で原稿とか書いてるとき、どんな顔してる?」

「いつもの顔だよ」

「いつもって?」

「トトロみたいな顔」

「……………。
きょ、今日、小学館で石川さんに……(中略)……と、
いわれたんだけど、そんなにぼーーっとしてるかなぁ?」

「仕事中はわからないけど、
電車の中では、口を半開きにして、だらしのない顔をしてるよ」

「………………………」

時刻/0:32 場所/練馬区北町某マンション
登場人物/柴尾英令 状況/ウェブ日記更新中

「気になるなぁ。どんな顔だろ?
仕事をしてるときの、おれはどんな顔をしてるんだろ?
なにしろ、集中してるからなぁ。
すごく恥ずかしい顔かもしれないぞ……。
だれか、おれの顔の盗撮でもしてくれないかなぁ。

そうだ! ビデオカメラをしかけてみよう!!
ビデオカメラをまわしっぱなしにして、集中するんだ
とりあえず、集中して、日記を書いてみよう!!」

時刻/1:25 場所/練馬区北町某マンション
登場人物/柴尾英令 状況/ビデオ再生直後

「……………………………」


2000年12月4日(月)

BSデジタル放送なんて……
BSデジタル放送が本格開局したからといって、
それにとおびつくおれではないと思っていた。
加入しているWOWOWさえ、じっくり観る時間がないのに、
これ以上チャンネルが増えても意味がないと思っていた。

誤解だった。

HiVi12月号」に掲載の
こんな記事(9月7日付)をうっかり読んでしまう。
そうか、シャープのBSデジタルチューナーTU-HD1には、
コンポーネント端子があるのか……。

コンポーネント端子だって!!

じつは、わが家のリビングに設置している
テレビ「液晶ウィンドウズLC-20V2」には、
そのコンポーネント端子がついているのだ。
正確にいえば、RCAピンタイプのコンポーネント端子だ。
いままで、そこに接続できる機器がなく、
さびしい思いをさせてきた。

あいた端子に、なにかつなげてやりたいのは、
人の情として、当然でしょう。

違いますか?

板橋SATYの電気店にいってみる。予約が必要。
ビックカメラやヨドバシカメラ、さくらやに電話をかけてみる。
どこにも店頭在庫はなく、予約が必要。

噂どおりの状況だ。

わざわざ都心に出かけて、予約するのもめんどうである。
そんなときには、eコマース!!
ビックカメラのウェブショッピングサイト「bicbic.com」に、
商品があったので、早速申し込む。
支払方法は「セブンイレブン決済」というのにしてみた。

おもしろそうだからね。

注文確定後、プリンターでバーコードを含む注文票を印刷。
それを近所のセブンイレブンに持っていき、入金。
ほどなくして、入金確認のメールがbicbic.comからとどく。

早いなぁ。

うちのように宅配便ボックスがある
家やマンションに住んでいる人なら、代金引換より、便利かも。
お金を用意して、配達を待つ必要さえない。

さて、商品がいつ届くのか。
たのしみ、たのしみ。


2000年12月5日(火)

深夜の新宿で
おなじみのけーむらくんと「Newtype.com」の矢野健二編集長が
新宿でローリーのコンサートを観るという情報を入手した
高瀬美恵さんとおれは二人を待ち受けるべく
午後9時過ぎから、新宿三丁目の「まないたや」で、
飲みはじめる。

コンサートが終わり、二人が到着したのは、午後10時過ぎ。
そこから、午前2時ちかくまで、たらたらと飲む。

なつかしい話やら、業界話やら、ネット話やら、
あれこれ、あれこれ。

学生のころ、毎週のように通っていた居酒屋「ちゃぼ」が
新築のビルになり、
当時、ちょろちょろと走り回っていた娘さんが、
20歳になっているとの話に、はるかな思い……。


2000年12月6日(水)

また、ダイエット
年初に誓った、ダイエット宣言。
すっかり忘れていたが、ふたたび始動。
まさに20世紀最後のダイエット。

実りの秋が終わったこともあって、
数日前から、マイクロダイエットを使ったり、歩き回ったり……。

本日も練馬区役所から、自宅まで、歩いたりする。
忘年会シーズンではあるが、まぁ、これもまた一興。
今世紀中に5キロくらいは減らしたいところである。

21世紀を何キロの脂肪とともに迎えるのか、おれ?

BSデジタルチューナーのその後
bicbic.comから、メールで案内が届く。
BSデジタルチューナーは、12月16日にビックカメラに到着。
そこから発送するとのこと。
つまり、12月20日には届くのね。

届いたら、すぐにデジタルWOWOWに加入しそう。
スターチャンネルと、どっちがいいのかな?


2000年12月7日(木)

ベーコン!
東銀座のハドソンで、さくまあきらさんを中心に
正午から6時30分まで、会議をする。
その後、「煙事enji」に連れていってもらう。

これは陰謀かもしれない。
ダイエットを志すおれに対する挑戦かもしれない。
しかし……。

陰謀、うめぇ! 挑戦、たまらん!

ベーコンうまい!! カレー絶品!!
あまりにもうまくて、ここ4日間、口にした固形物をしのぐ量を
食ったような気がする。

まさに世紀末の危機!


2000年12月8日(金)

九州感傷旅行……ってか
午後12時20分のJAS309便で、羽田から福岡へ。
機は高度7000メートルから、富士山の真上を飛んでくれた。
見おろす形の富士の迫力はなかなかのもの。

福岡空港には、いつもの海側からではなく、山側からアプローチ。
風向きのせいか。
おかげで、百道から天神方面、福岡東など、
開発が進む福岡の新しい街なみを見られる。

午後3時、博多駅前のプレジデントホテル博多にチェックイン。
地下鉄祇園駅から西新駅へ。

1981年、ぼくは西新で河合塾福岡校に通うため、
1年間の寮生活をしていた。

予備校生活なんて、案外と時間があるもので、
この時期、映画は200本くらい観ただろうし、
その倍以上の本を読んだ。

ゲームセンターでは、「ミサイルコマンド」、「スクランブル」
「ドンキーコング」、「リバーパトロール」、「ギャラガ」に熱中し、
寮に住む浪人仲間を誘って、
「Dune」、「Source of the Nile」、「Amoeba Wars」など、
アバロンヒルのボードゲームを遊びまくっていた。

もしかすると、いまゲームを作る上での「素養」の
かなりの部分は、この町で培われたのかもしれない。
ひとりで、博多を訪れる機会があれば、
いつかこの西新を再訪したかった。

19年ぶりの西新である。
記憶の地図と現実の地図が、どこまで重なっているのか。
それを知りたくて、歩いきまわった。

西新岩田屋 西新中央商店街
(左)西新の岩田屋。予備校時代、福岡市営地下鉄とともに開業。
オープニングセールの夏、屋上で、浜田朱里の水着撮影会をやっていた。
(右)西新中央商店街。「リバーパトロール」を置いていたゲームセンターは貸衣装屋に、
「ミサイルコマンド」を置いていたゲームセンターは、休業中のパチンコ屋になっていた。

テアトル西新
まず、岩田屋周辺を歩きまわる。
以前、ここに「テアトル西新」という映画館があった。
記憶の中では、池袋文芸座と等価の名画座である。

オールナイトで、小林旭4本立てや、
レトロなSF映画4本立てを上映していて、
門限後、寮を窓から抜けだし、観にいったものだ。

商店街を歩き回るが、見つからない。
たしか、このへんに、あったはずなんだけど……。
記憶と現実の地図の違いに戸惑う。

事前に地元情報誌の「シティ情報ふくおか」をチェックしており、
テアトル西新という映画館そのものが、
いま、なくなっていることは確認していたんだけど……。

最終的に「西新アカデミー」という廃業した映画館跡を発見。
記憶の地図とは、すこしずれているけど、
「テアトル西新」→「西新アカデミー」→廃業に
なったわけなのかなぁ。

事情をご存知の方は、ぜひ、お知らせください。

西新アカデミー看板 西新アカデミー跡
(左)商店街に残る「西新アカデミー」の看板。
(右)「西新アカデミー」エントランス。上映中の札のそばに「貸店舗」の表示。

残っているもの、消えたもの
西新中央商店街をぬけ、以前住んでいた寮にむかう。

その道の途中、あれこれとチェック。
週に400グラム、コーヒー豆を買っていたお店は健在。
平均すると、3日に2回、食べていた気がする
「餃子の王将」は、携帯電話のショップに。
店内のテレビで羽田沖日航機逆噴射の報を聞いた
そば屋は居酒屋に。
「スクランブル」に熱中していたゲームセンターは、
靴の流通センターに。
町並みから百道の福岡タワーが見えるのは、
なんとも不思議な光景である。

寮にたどりつく。
うろおぼえなのに、たどりつけたことが、とても不思議。
寮は健在だった。
19年の歳月の中で、くすんだ色になっているが、
しっかり建っている。
むかいにある木工所や、そのさきにあるアパートも健在だった。

なぜ、そんなアパートのことを覚えているか……。

2階の右端の部屋に若い女性が住んでいて、
部屋の中でダンスの練習をしている姿が、
予備校生たちの心のオアシスになっていたのである。

「踊る女」と呼ばれていた……。

寮はむさくるしい浪人男の巣窟ではなく、
医療系専門学校の女子寮になっている模様。
複雑な気分なり。

ひととおり、歩きまわって、気分としては感無量。
やっぱ19年はたいした時間だわ。

西新岩田屋ですこし買いものをして、
プレジデントホテルにもどる。


(左)予備校時代1年間住んでいた寮。
建物は同じだが、名前と住人の種類は変わっていた。
(中)よくコーヒーを買っていた店。
扇風機みたいな機械で、コーヒーの渋皮を飛ばしていた。
(右)むかし「餃子の王将」だった店は、携帯電話のショップに。
大泉滉みたいな店長が、仮面ライダー2号の佐々木剛みたいな店員と
しょっちゅう、喧嘩していた。独特のラーメンはうまかったなぁ。

マスコミ関係九州在住明治学園同窓会?
夏の同窓会に出席したとき、
同期のN原さんに、福岡でマスコミを中心とした同窓会を
毎年二回開催しているという話を聞いた。
「よかったら、連絡しちゃらん?」と、お願い。
連絡してくれたので、出席することに。

柴尾英令、けつは重いが、行動は軽い!

午後6時30分、プレジデントホテル1階の「千里十里亭」へ。
ぼくが29回生で、最年長は8回生。
地元民放局の社長室次長さんや
地元新聞社の営業本部局次長さん、
宝飾店の女性社長さん、フリーアナウンサーといった
ふだん、あまり縁がない方々と鍋をつつく。

一次会で集まったのは、12名。
あまり、「マスコミ!」てな感じではなく、
男女別学(男子クラスと女子クラス)だったころの
「ラブレター事件」などなど、和気あいあいと……。

その後、同窓生のママさんがいるという
中洲のクラブ「ラ マリオン」へ。
中洲でお酒を飲むのは、初めてだ。
中途半端な九州出身者としては、中洲というのは、
六本木より、敷居が高い感じ。
予備校時代は中洲なんて、いけなかったもんな。
なんとなく遠い感じの場所だったんだけど、
感じのいいお店でした。

例によって、雑なことを雑にしゃべっていたら、
「柴尾はむかしから、へんなやつやったからね」と
同期の精神科医、ケンちゃんに揶揄される。
柴尾英令、九州ではただの変人……。

「なんで、英令とか、えらそーな名前つけとぉん?
柴尾のイメージはやっぱ、本名の<とよたろう>やろ」
とは、やはり、ケンちゃんの発言。
柴尾英令、九州で精神的に裸にされる。

あはは……。たのしいぜ、ちくしょー。

深夜0時ごろ、通産省民活アドバイザーや
大学講師などをされている先輩Mさんが乱入。
なんか、篠山紀信みたいな方だなぁ。

初対面だが、
「こちら、東京でゲームやら作っとぉ柴尾くん」と、
N原さんが紹介してくれるや、
「だったら、1月に九州に来い!
スクウェアとか楽天市場の社長と飲むから!!」と、
いきなり、不意討ちをくらう。

いえ、べつにそういった会社の社長さんとかは
あまり興味がないんですけど(ぼそ)。

「だいたいわかるタイプだよ!
ロールプレイングゲームとか作ってるんだろ?
慶応出身だろ?」

いえ、早稲田出身なんですけど(ぼそ)。

ちょうど、このころ、前日あまり寝なかったり、
昼間移動した疲れのせいか、ちょっと酔いがまわる。
あまり、話が弾まなくて、申し訳ないっす。

その後、Mさんに率いられた6名は、
中洲をくるくる回った末に「CANDY」という店に。
ここがすごかった。

生バンドを伴奏に、60年代から80年代の曲を
お客さんがリクエストして歌う趣向で、
カラオケならぬ、ナマオケ店。

ビートルズ、井上陽水、柳ジョージ、南こうせつ……。
うひゃああ。2〜3メートルの至近距離で、
生ドラムに、エレキギターがびんびん。
あまりのボリュームに、酔いが醒める感じ。

「歌ったら?」とワープロ打ちの曲目集が回ってきたんだけど、
もともとカラオケが苦手な自分としては、ひたすら辞退。

せっかく、音楽の都、博多ならではの
おもしろい店に連れてきていただいたのに、
あまり、のれなくて、申し訳ないっす。

深夜2時半、N原さん、ケンちゃんと店を出る。
その後、ケンちゃんなじみの「BAR UDO」へ。
カウンター正面はガラス張り、
那珂川をみおろす絶好のロケーション。
ここのマスターがとてもいい感じの人で、
イギリスの話とか、カメラの話とか、スキャナーの話とか、
あれこれと楽しく、おしゃべりする。

ケンちゃん、いい店を教えてくれてありがとう!

すっかりへべれけになって、ホテルで寝たのが、朝4時ごろ。


2000年12月9日(土)

博多の朝
目を覚ましたのは、午前9時なのだが、
ぼろぼろの状態で、とても動けない。
朝食にマイクロダイエットだけを飲んで、ぼーっとする。
結局、ホテルを出たのは、チェックアウトぎりぎりの11時。

博多駅から、地下鉄で空港にいき、荷物をコインロッカーに預け、
航空券をチェックイン。登場する便は午後5時発である。
さて、これから、どうしよう?

博多といえば、映画銀座。
全6館の天神東宝、全3館のソラリアシネマ、
全4館の中洲大洋、全10館のユナイテッド・シネマ、
全8館のワーナー・マイカル・シネマズ、
全13巻のAMCキャナルシティ、全13館のヴァージン・シネマズと
シネコンだらけである。

決めた! 映画を観て、ラーメンを食おう!

映画「バーティカル・リミット」
AMCキャナルシティ13、
第13スクリーンで「バーティカル・リミット」を鑑賞。
山岳ものは好きだから、ただでさえ、点数は甘いけれど、
これは、誠実な佳作。

まず、きっちり作りこまれた脚本に感心。
肉親の愛、死者への慕情、遺恨の精算、
見終わったあと、すべてが調和する作りになっている。

山岳もので記憶に新しいものといえば、
「クリフハンガー」だけれど、
レニー・ハーリン監督、シルベスター・スタローン主演じゃ、
脚本なんて、期待するべくもない。

導入部分こそ、よく似ているけれど、
「バーティカル・リミット」の妙味は、そこに「恐怖の報酬」という
隠し味をいれたところ。

肉親を救出するために、
危険なニトログリセリンを担いで山を登るという設定が、
サスペンス醸成の点で絶妙にうまい。

字幕で見る場合、冒頭部分において
設定やキャラクターを頭の中で整理するのに、
ちょっと苦労するけれど、
多元的なエピソードが収斂するクライマックスを観れば、
すべてがカタルシスとして結実する仕組み。

さらにロケーションとCGのブレンドがうまい。
まず、ロケーションありの説得力で、
ニュージーランドで行われたというロケも、
あとでサイトをチェックするまで、気づかなかった。

その点、アメリカ、ロッキー山脈の話を
ヨーロッパアルプスで撮影した「クリフハンガー」とは、大きな違い。

もともと「クリフハンガー」というのは、
ハラハラドキドキな作品をさすジャンル名だが、
その点でも、十分、ハラハラさせてくれます。

極端な高所恐怖症の方以外には、
確実に楽しめる作品としてオススメでしょう。

映画鑑賞後、キャナルシティの「一蘭」でラーメンを食い、
JAS316便で帰京。
西風のおかげで対地速度1200キロ以上をかせいだ機は、
わずか、1時間強で羽田に。


2000年12月10日(日)

平将門の末裔といく「帝都物語体感ツアー」
今日の記録は、どこからどこまで書いていいのか、よくわからない。
とりあえず、パソコンのキーボードをたたくことにするが、
記載にまずい点や間違ったことなどあれば、
後日、修正することもありうることだけは、明記しておこう。

いずれにせよ、特定できる個人の不利益になる記載だけは
極力、回避するつもりではある。

「死んだら、それっきり」
世の中にあるあやしげなものは、話としてはおもしろいけど、
現実に存在する諸般のいいわけとしか、
思っていなかった一年前の自分が、
20世紀も残りすくないいま、
こんな人たちとこんなところを歩きまわるというのも、
奇縁……というほかは、ないだろう。

午前10時すこし前、いまだ冷たい空気の残る浅草雷門。
約束の時間に遅れ、集合場所に到着する。
そこにいたのは、E女史、志方ひろみさん、岩崎摂さん、
櫻井清彦
さん、佐久間真理子さん、角銅博之さん、
けーむらくん、高瀬美恵さんの8人である。

E女史は平将門の末裔、ひろみさんと摂さんは霊能者。
あとは単なるツアー参加者なり。

今回のツアーは霊的なパワーを消耗したひろみさんが、
東京の霊的スポットをいくつか移動して、
充電をすることが大目的らしい。

ぼくを含めたツアー参加者は、まぁ、野次馬である。

まず最初のスポットは、浅草寺……ではなく、浅草神社である。
びんざさら舞の神事でも有名なこちらの神社は、
浅草寺本道の賑わいにくらべれば、訪れる人も少なく、
のどかな風情さえある。

ひろみさんと摂さんの話によれば、
午前中ならではの純粋に近いあたたかな「ちから」が
ここにあったそうだが、ぼくにはさっぱりわかりません。

境内では猿回しが行われ、人力車に乗った新郎新婦が
その前をさしかかる。きれいな花嫁さんだったなぁ。

浅草神社の霊的な「ちから」は、
ひろみさんと摂さんが「ごちそうさま」しちゃった模様。
おいしかったですか。よかった。よかった。

ここで、田森庸介さんが合流。
集合地点には到着していたものの、
うまく出会えなかった模様。

その後、本堂を経由して、金龍権現堂と九頭龍権現堂へ。
金龍山浅草寺の名の由来ともなったこちらは、
本堂よりも濃厚な「ちから」があるという。

堂の前にろうそくを立て、
なかの「なにか」を呼び起こすひろみさん。
その「ちから」をふたつの掌のあいだに
包み込み、野次馬一同に「暖かいよ」と、さわらせてくれる。

大部分の人が「おお! 暖かい」といっている。
自分はといえば、なんとなく暖かな気がしたものの、
気のせいでしょといわれれば、気のせいかもという程度。

話は前後するが、
神社仏閣では「お願い」をしてはいけないと、再三、注意される。
神社では「お願い」という欲望を託すのではなく、
「さまざまな縁」のお礼をするとのこと。
こちらは、霊能がなくとも納得できる話。

しかし、賽銭を投げ、手を合わせると、条件反射で
願をかけたくなるのは、なかなか治らない「癖」ではある。

つづいて、生まれ年十二支本尊「影向堂」へ。
ひろみさんにとっては、ここがいちばん、すごかったらしい。
なにかの「ちから」がほとばしっていたらしい。

なんだか、松茸の山にいる松茸掘りの名人みたいだなぁ。
ただの山肌から、ひょいひょい松茸を掘りおこし、
その場でむしゃむしゃ食べていく。

おれはといえば、そんな松茸の味も香りも知らないので、
「はぁ、おいしいんですか、そのキノコ?」と
まぬけ顔で問うばかり。

そんなとぼけた不信心のせいかどうか、
影向堂からでるとき、階段をばたりと転んでしまい、両膝を強く打つ。
いつもなら、うっかりものの所業だけれど、
今日ばかりは、なんかありそうで、やな感じ……。

とことこ歩いていくと、ひろみさんから、注意が飛ぶ。
「あ、そこのめぐみ地蔵には気をつけてね」
めぐみ地蔵というのは、人にめぐみをあたえる地蔵ではなく、
人からめぐみをいただく地藏さんとのこと。

よくわからないが、素直に顔をそむけながら、
めぐみ地蔵の前を通過する。

世の中のたいていのことはそうだけれど、
よくわからないものに対しては、とりあえず、
敬意をはらっておくに越したことはない。

それにしても、そんな危険(?)なポイントがあるのなら、
プラスとマイナスを詳細に解説した
東京霊的スポット攻略マップがほしいところだが、
日時や状態、人間によって、さまざまに変化するものらしいから、
そういうわけにもいかないようだ。

だれかを嫌いになったら、「霊験あらたか」なスポットとして
「めぐみ地蔵」を紹介することにしようかな(うそ)。


(左)浅草寺観音堂(本堂)。
(右)金龍権現堂と九頭龍権現堂。

神田明神と将門首塚
地下鉄銀座線で浅草から末広町まで移動することに。
乗りこんだ電車が動きだす。
「あれ? 摂さんは?」

よく見ると、電車の中に岩崎摂さんがいない。
ホームを見ると、階段から摂さんが降りてくる。
だれも気づかないというのは、おかしな感じ……。

末広町駅のホームで摂さんを待ちうける。
電車から摂さんが「やられたよ!」と、
悔しそうにいいながら降りてくる。

なににどうやられたのかは知らないが、
つまり、切符の自動販売機がうまく動かなかった模様。
末広町駅から徒歩で神田明神へ。

東にある石段から上っていくと、
空から雨がぽたぽた降ってくる。

「ほらね」「あ、やっぱり」と、ひろみさんと摂さん。
「ほらね」って、なんですか?
「あ、やっぱり」とは、どういうことですか?

神田明神では目当ての「ちから」はなかった模様。
なんか残念そうな方々。

一方、うれしそうなのは、
神田明神でしか売ってない「巫女リカちゃん」を購入した角銅さん。
「こういうものは、きっちり押さえておかなきゃ」

タクシー3台に分乗して、
三井物産のそばにある平将門の首塚へ。

打ち首にされて、
京都に運ばれた平家時代の武将、平将門の首。
その首が京都からこの地まで飛んできた経緯については、
このサイトあたりを参照されたい。

ひろみさんとEさんは首塚の奥で、
石ころをひろい、手に包んだりしている。
よくわからないけど、今日のクライマックスの模様。

それにしても……。
摂さんたちの乗るタクシーが来ない。
地下鉄での一件といい、なぜか、摂さんはかならず遅れる。

「摂さん、どうしたんでしょうね?」などと、話すぼくに、
ひろみさんが注意する。

「あなた、そんなことをして、なにがあっても知らないわよ!」

そんなこと……。
首塚にお尻を向けて立っていたのだ。
ここで、そんなことを絶対にやってはならないのだそうだ。
三井物産をはじめ、この周囲に立つビルの中では、
椅子などの配置が
首塚に背中を向けない配置になっているそうだ。

うひゃあああ! そんなおっかないこと、はじめにいってよ!
とりあえず、首塚にむかいなおして、頭を下げる。

依然、摂さんはやってこない。
Eさんはといえば、祖先に「仕事をしなさい」といわれた模様。
そそくさと帰っていく。ちょっとアットホーム。

摂さんたちが、やっと到着。首塚にお参りにいく。
「首塚では写真を撮らないほうがいいって、摂さんがいってたけど」
と、佐久間真理子さん。
「撮ってみたら」と、ひろみさん。
「え? いいんですか?」と、おれ。
「ほんとに写真を撮っちゃいけないときは、カメラが壊れるから……」
「そんな、ぜんぶで50万円近いカメラだから、壊れるのは困る」
「あ、一時的にシャッターが切れなかったりするだけよ」

そうか、ならば撮るぞ! 心はいつもチャレンジャー。

撮ってみました↓。
なにか、写ってますか。ぼくにはなにも見えません。

摂さんがもどってくる。
空はどんどん晴れていく。さっき、神田明神で
降った雨はどういうわけだったんだろう。

「だって、龍神さまがいたでしょ」
りゅ、龍神さま!?
E女史が神田明神にいたこととなにか関係があるらしいけど、
わからねぇ。おれには、わからねぇ。

最初はぼくら以外、訪れるものがいなかった首塚だが、
入れかわり立ちかわり、老若男女が訪れる。
バケツを持ってきて、塚を洗う人まで現われる。

さて、当初の予定では、ここから日枝神社に行く予定だが、
なぜか、築地本願寺にいくことになる。

「さきにいってて」
よくわからないが、ひろみさんと摂さんは残ることに。
どういうこと?


(左)神田明神。(右)将門首塚。

築地本願寺
歌舞伎座前で摂さん、ひろみさん、真理子さんを待つ。
やっと到着した一行に、なにをしていたのかを聞いてみる。

「ふつう、お墓に水をかけて洗ったりしないでしょう?」
「え? ざばーっとバケツで水をかけて洗いますけど……」
呆れ顔の摂さんたち。
どうやら、お墓は絞った雑巾などで洗うもののようだ。

首塚を掃除していた方の洗い方が、
「ちょっといかがなものか」だったらしい。
そのあと始末をしていた模様。

おじいちゃん、おばあちゃん、父さん、弟、すまん。
いままでみなさんに冷や水を浴びせかけていたよ。
ちょっと反省する。

おなじみの鮨屋「太郎樹」で、あれこれ寿司をぱくつき、
築地本願寺へ。本堂の一角には
X JapanのHideへの記帳台があったりする。

摂さんとひろみさんはといえば、そそくさとなにかして、
そそくさと去っていく。
ここに来ることにしたのは、ひろみさんの意志だったのに
どういうこと?


(左)歌舞伎座前で、摂さんとひろみさんを待つ。
(右)築地本願寺。

終わったの?
午後3時すぎ。文明堂パーラーで打ち上げ。
あれこれと話を聞く。
今日、なにか「おみやげ」をお持ち帰りの方は、
夜、寝つけないとかいろいろあるらしい。

え? おれですか、帰宅後、18時半から、2時過ぎまで、
ぐっすり眠りましたとさ。
なんか、いろいろあって、ここしばらく寝てなかったからなぁ。

教訓1「神社仏閣では願をかけてはいけない。ご縁を感謝する」
教訓2「お墓の水洗いは厳禁」


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