こけっ!
自宅から池袋までのお散歩中、こける。
オムロンの新型万歩計がうれしいんだろうね、おれ。
ちょっと、がしがし歩きすぎたようだ。
教会でひざまずくのを10倍速にしたくらい……、
そんなポーズと勢いで、こける。
風邪をひいたり、作業で机にへばりついている間に、
足腰が弱っていたようだ。
「睡魔」
梁石日の「睡魔」を読了。
マルチ商法に、はまっていく過程を淡々とねちっこく描いた小説。
もう何年も前のことだが、
開発のトイレの前で思いつめたような顔をしていた
グラフィックの女の子がいた。
最近、夕暮れの246をうれしそうな顔で、弾むように歩いていたことを
何度か、目撃したことから、
「彼氏でもできたのかな」と思っていた女の子だ。
「柴尾さん、今日の夕方って、時間あります?」
「どうしたの?」
「たいせつな会合があるんですけど、
来る予定の人が来られなくなって、困ってるんです」
「……?」
「柴尾さんみたいなクリエイターなら、ぜったい、
有意義な会合だと思うんですよ。
ロスでアパレルメーカーやってる人とか、
ハリウッドのメイキャップアーティストとか、いっぱい来るんですよ」
ははーん。こりゃ、マルチですな。
おれは時間さえあれば、英会話教材だろうが、
人格改造セミナーだろうが、手かざしだろうが、
SF商法だろうが、開運印鑑だろうが、ラッセンの絵だろうが、
そういった「人生を近道する」ツール販売の
話を聞きにいくのは、大好きなのである(買わないけど)。
2〜3時間、話を聞いて、
「あなたのためを思っていってるんですよ」
「吸ってるタバコをやめて、ローンを組めば、人生が変わるんです」
脅されて、泣かれて、割り勘して、さよならするのが、
大好きなのである。
ポーズをつけて、すこし渋った様子を見せながらも
そのセミナーとやらに参加することを同意した。
青山劇場近くのセミナーハウスにぼくを連れていった彼女は、
独特なファッションセンス。
ゲームのグラフィッカーなんて、そんなものである。
会場のキャパは100人程度。
やっとスーツが似合うようになってきた……、
そんな年ごろの若い勤め人でぎっしり。
濃紺の人の群れの中で、
彼女のファッションセンスは、まさに異彩を放っていた。
セミナーはおきまりの展開。
「20代でフェラーリが買える」
「有名大学を出て、一流会社に通っていたが、
生きることの意味に疑問を持っていた」
「これは、マルチやネズミ講ではありません」
「シルバー会員」、「ゴールド会員」、「プラチナ会員」
「無農薬野菜」、「24時間風呂」、「家庭内エステ」
商品の説明と自己実現、日本を変えるシステム。
そんなものがないまぜになった説明をあれこれ聞きながら、
推定愛読誌が「Big Tomorrow」な人たちの熱気をじかに浴びる。
「どうでした?」
「スーツ姿が多いので、びっくりしたよ」
「柴尾さんって、スーツを着ている友だちっていないんでしょうね」
無邪気さが無礼につながる答えに、おれはむっとした。
「そこそこの大学いってたから、スーツの友だち、いっぱいいるよ」
そういって、皮肉ったつもりだった。
「じゃあ、その友だちを紹介してくれませんか」
彼女は無邪気に答える。
自分はこの手のセミナー見学を趣味としているけど、
趣味の押しつけは、人生でもっとも下品なこと。
「……そのうちね」
「このあと、リーダーとお食事するんです。
リーダー、すごい人なんですよ。ぜひ、柴尾さんに紹介したくって」
「ごめん、さっきもいったように、夜、飲む約束してて……」
さっき、あらかじめ、予防線をはっておいたのだ。
もちろん、そんな約束はない。
混みあった階段で不作法にぶつかってくる
スーツをかきわけて、サバトから脱出した。
翌日、開発にいってみると、彼女がぼくを誘ったことが、
「問題」になっていた。
おびえた社長はクライアントのえらい人に相談した模様。
ぼくが、誘いにのったことで、
彼女に悪いことをしちゃったかな……とも、思ったりもしたけど、
彼女は、ぼく以外の「クリエイター」諸氏にも
あれこれ勧誘していた模様。
ほどなくして、彼女は会社を辞めた。
「尊敬する人が欲しいんです」と、
入社当時、語っていた子だったけど、
いまごろ、どうしているんだろう?
尊敬できるひとはできたのかな。
「睡魔」を読んで、その子のことを思い出した。