DIARY:2001 JUN.21〜30


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2001年6月21日(木)

あっぷっぷ
とても不思議なことだけれど、
毎年、6月下旬から7月いっぱいは超絶的に忙しくなる。
今年はまだ、ましなほうだが、
やらなければいけない作業が、いっぱい。

いろんな人から、たくさんのメールが届いたりもする。

しかも、金曜日は夜からコンサートだし、
土曜日は朝から九州へいく。

注力しようと思えば、無限にやれる作業だけに、
進めていて喜びもある。
だれか止めてと、いいたくなっちゃう。


2001年6月22日(金)

中森明菜コンサート「All about Akina」
午後6時30分から、東京国際フォーラムホールAにて、
佐久間真理子さん、佐久間ゆりさん、イエネコ、アンジーと
中森明菜さんのコンサート。

35歳の明菜さんを
アイドルといっていいのかという疑問もあるけど、
アイドルのコンサートにいくのは、
はじめてじゃないか、おれ?

なぜか、声優(ちなみに岩男潤子さん)のコンサートとかは
いったことがあるんだけど……。
あと、岩田屋デパート西新店の屋上で、
アイドル、浜田朱里の水着ショーというのにも
いったことがあるんだけど……。

ま、あんまり関係ないやね。

そうそう、中森明菜さんである。

おれは中森明菜さんのファンである。
どのくらいファンかといえば、
CDは1枚しか持ってないかわりに、
LDはすべて持っているくらいのファンである。

明菜さんの歌う声だけ聞くよりも
明菜さんの歌っている姿を見るのが、好きなのだ。
猫の目のように変わる表情、しなやかに伸びる肢体、
そこに、聞くものの胸の中で広がる歌声が加味されれば、
至福といってもよい。

つまりドキドキしちゃうのだ。
LDを見るたびに初恋しちゃうのだ。
そして、生の明菜さんである。

CANONの手ぶれ補正機能付き双眼鏡を
ずっと目に当てながら、見たよ!
明菜さんの鎖骨を、明菜さんの手足を、明菜さんの表情を……。
きっと、コンサートが終わったときには、
目に双眼鏡のあとがついて、パンダみたいになってたと思うよ。

ずいぶんMCの時間がたっぷりあるとは思ったけど、
アイドルコンサートの常識というのがないので、
これがあたりまえなのかもしれない。

アンコールにいたるまで、衣装は3種類。
これも多いのか、どうかはわからない。

今回はシングル曲ばかりを集めた選曲。
デビュー曲の「スローモーション」から
新曲「It's brand new day」まで、
ほとんど周知の曲ばかりで、
2時間強が、あっという間だった。

明菜さんのファンとして、
以前、毎年夏のよみうりランドコンサートに、いけなかったのは、
悔やんでも悔やみきれない青春の喪失感ってやつだが、
今日、国際フォーラムにいって、
その思いは、かなりのぶぶんまで埋められたね。

だって、ぼくの知ってる明菜さんがいたんだよ。
21世紀に生で明菜さんを聞ける喜びに、
ふるえるしかないじゃないですか。

たぶんね、人生でいちばん歌謡曲を聞いていた時代、
番組でいえば、久米宏さん司会時代の「ザ・ベストテン」を
欠かさずに見ていた時代、中森明菜さんは、
そのすべてを集約した結晶だったわけだからね。
それは松田聖子でも、たのきんトリオでもないから。
完全受容するしかないでしょう。

LDは見るたびに初恋状態だったけど、
生のコンサートの居心地のよさは、初恋100回分だね。

コンサート終了後、有楽町でなぜか鹿児島料理を食い、
夢見るように解散。


2001年6月23日(土)

土砂降り宇宙
朝8時35分、JAS303便で羽田から福岡へ。
機内で佐久間真理子さん、佐久間ゆりさん、
博多駅でハドソンの梶野竜太郎さんと合流。

特急ソニックで黒崎駅へ。
気になるのは空模様だ。鹿児島本線はずっと雨。
こまったなぁ。
これから地上最強のテーマパークに行くというのに……。

日本のテーマパークはいうにおよばず、
ディズニーランド/ディズニーワールドは、東京とフロリダ、
ユニバーサルスタジオはロサンゼルスとフロリダ、
ラスベガスには数回行ったおれだが、
地上最強のテーマパークがスペースワールドであると、断言する。

なぜか。
おれを生んだ北九州市八幡東区にあるからだ。
それ以上、なんの理由が必要か。

毎日、通学に通っていた線路を
ジェットコースターから見下ろせる人間は滅多にいない。
あらゆる評価には、観察者の主観が伴うものである。

黒崎から八幡駅へ向かうタクシーの中、
東京でいっしょに仕事をするみなさんに
「あれがぼくの実家ですよ」と、案内する日が来るとはなぁ。

なんとたった100円で科学する目を養える
北九州市立自然史博物館を併設する
世界でも稀有な文化的な駅、八幡駅。
スミソニアン博物館とグランドセントラルステーションが
ひとつになった……と、表現しても過言ではない。

この駅で
さくまあきらさんとKTN山本耕一アナウンサーと合流。

降り止む気配のない雨の中、
総勢6名で、名店「銀河のチャンポン」へ。
この店のチャンポンがうまいことは、北九州市民の常識だが、
焼きそばもまた、絶品であることも常識である。

一同、普通の焼きそばやら、
カツのせ焼きそばやらを食し、舌鼓を打つ。
(知らなかったが、「全部のせ」という破壊的裏メニューもある模様)

ちなみに、八幡駅から最も近い県立高校、
八幡中央高校(おれの父親の母校でもある)出身の
山本耕一さんは、なんと、この店で食べたことがないそうである。
ひええええ!
そんな高校生活は無意味であったと、同情してくれよう。
(うそ……、ところにより本気)

焼きそばを食べて、外に出ると、
雨はいっそう強くなっている。
いったん、喫茶店で雨宿りするものの、
雨がやむ気配はない。
困ったものだが、困ってばかりでは、人生はつまらない。
タクシー2台に分乗して、スペースワールドへ。

スペースワールド
スペースワールド正門で出迎えてくださったのが、
株式会社スペースワールドの加藤善久さんと
広告代理店I&S/BBDOの本田仁さんである。

ひどい雨の中、ジェットコースター等は稼動していない。
そこで、まず案内してくれたのが、ギャラクシーシアターだ。
世界最大級のIMAXスクリーンで、
「マイケル・ジョーダン・トゥ・ザ・マックス」が上映されている。

じつはこの作品、東京アイマックスシアターで、
昨年12月、すでに鑑賞しているのだが、
迫力あふれる映像をふたたび堪能。

観終わって外に出ると、雨足はさらに強くなっている。
「今日はずっと、地上にはいませんから」と、
絶叫ライド・フリークの梶野さんは気合をいれていたのだが、
巨大ジェットコースター、タイタンは動く気配もなし。
うらめしげに、コースを見上げる一行。

パークの奥にある事務棟に案内される。
普段は目にすることのできない、バックヤードなので、興味津々。
いろんな標語だとか、北九州博覧祭のポスターだとか、
飾られているテーマパークのキャラクターをチェック。

北九州を代表する漫画家といえば、
小倉育ちの松本零士さんと、わたせせいぞうさんなのだなぁ。
わたせさんは中学の先輩でもある。
同窓会報に絵を描いていたりするんだ、ハートカクテル。

応接室で、営業企画課長の藤田志朗さんをまじえ、
打ち合わせ。厳密にいえば、
ぼくは今回の企画とは、あまり関係がないんだけど、
桃太郎チーム北九州方面対策スーパーバイザー(自称)として、
ボランティア参加したと思っていただければ、けっこうである。

マルチアクシストレーナー
その後、スペースキャンプへ。
タイタン、ヴィーナスといった大型ジェットコースターが
スペースワールドの表の象徴だとすれば、
スペースキャンプはスペースワールドの精神的支柱。

ここが、ただの「わーきゃー楽しい」だけのテーマパークではなく、
未来を託す子どもたちへのメッセージをふんだんにつめこんだ
夢の中継ステーションであることの証左でもある。

アメリカ航空宇宙局、NASAのスペースキャンプでも
使われている訓練機材がずらりと並んでいる。
今回、体験したのが、月面重力体験機「ムーンウォーカー」と
四軸旋廻で平衡感覚を養成する「マルチアクシストレーナー」。

ええ、ふわふわ月面を歩いてきましたよ。
ぐるぐる無重力に回ってきましたよ。

マルチアクシストレーナー
マルチアクシストレーナー。搭乗者は梶野さん。

映画「スペースキャンプ」だとか、「ライトスタッフ」だとか、
「スペース カウボーイ」な気分ですよ。
マルチアクシストレーナーでは、目の前にキーボードがあれば、
カチカチ操作したい気分ですよ。
楽しかったッ! 感動したッ!

このふたつを体験したのは、ぼくのほかに、
梶野さん、ゆりちゃん、山本さんなのだが、
山本さんのプロ魂にはおそれいった。

あらかじめ、ポケットの中のものを出すように
インストラクターから指示されてはいたのだが、
ひそかに小銭を隠し持ち、高速回転する機材から、
四方八方に小銭を散布するサービスぶり。
スーパー・メタリック・アステロイド・スプレー!
FNNのNG大賞ねらいの妙技といえよう。

その後、「ブギウギスペースコースター」を経て、
「アドベンチャークルーズ(スペースマーキュリー)」へ。
「アドベンチャークルーズ」は、ウォータースライダー型のライドだ。
水上アトラクションなので、雨が降ってもへっちゃらだ。
さくまあきらさんをのぞく、5人で1台に乗りこみ、
派手な水しぶきをあげる。

「いやぁ、ずぶ濡れになりましたよ」と、加藤さんにいったところ、
「だって、5人で乗りこむんだもの……」と、あきれ顔。
重量が増えるとそれだけ水の抵抗も増え、
水しぶきも大きくなるのは、当然らしい。
つまり、正しい乗り方をしたわけですな。わっはっは。

加藤さんとは、パーク内であれこれ、お話させていただいたのだが、
テーマパークへの純粋な愛情が、ことばの中にあふれている方。
時間に余裕があれば、もっともっとお話したいと感じさせてくれる。

雨は降り止まず、タイタンには乗れなかったけれど、
いろんな意味で、豊かな体験であった。
このパークを最後に訪れたのは、5年前だったが、
そのときよりは植栽も増え、
質的な広場感も高くなっているし……。

スペースワールドをあとに、タクシーで小倉駅にむかう。
小倉駅から「こだま」で、博多駅へ。
ぼくはグランド・ハイアット、山本さんはワシントン、
さくまさん一家はハイアット・リージェンシー、
、梶野さんは駅前のビジネスホテルにチェックインし、
グランド・ハイアットのロビーで待ち合わせ。

中洲「河太郎」でイカ!
博多で、雨はさらにはげしく降る。
彼方で稲光が光る。そんな篠つく雨の中、
キャナルシティから「河太郎」まで、徒歩移動。
ほんの2〜3分、歩いただけで、傘をさしているというのに、
ズボンがぐっしょり濡れてしまう。

「河太郎」に到着して、ビールより、なによりさきに、イカを注文。
なにしろ、オフシーズンに大雨という悪条件だ。
イカがなくても、文句はいえない。
店にあるイカは2杯だけ。あぶないところだった。
すべてのイカを買い占める。あとから来る人、恨むなよ。

イカはもちろんだけど、関アジが抜群にうまく、
アラの煮付けや、タコいなり、太刀魚の煮付けも、テイスティ!
とどめに、ウニ丼まで、食べちゃいました。

天気さえよければ、屋台や、カクテルバーに遠征しようかと
たくらんでいたんだけど、この雨では、動きがとれない。
キャナルシティにもどり、
グランド・ハイアットのラウンジであれこれおしゃべり。

ぼくはといえば、ソファで寝こんでしまう。
まぁ、それだけ気分がよかったと解釈しといてくれ。
午後10時30分ごろ、解散したんだけど、
おそるべきことに、山本さんはキャナルシティのAMCで、
深夜1時ちかくから始まる
「A.I」の先行オールナイトを観にいったそうだ。

たいした映画欲である。


2001年6月24日(日)

長崎は、今日は晴れだった。
博多駅デイトスの因幡うどんで朝食をとる。
九州で食べるうどんの味は、スープがポイント。
麺にコシを求めるタイプのうどんとは、
九州ラーメンと札幌ラーメンほど、ベクトルがちがう。
おいしいなぁ。

午前10時2分発の「かもめ9号」グリーン車内で、
さくまあきらさんご一家、山本耕一さんと合流。
「かもめ」は、今年から営業をはじめた「白いかもめ」。
普通車まで、全席革張りシート、床は板張りの最新車両だ。

今回乗ったグリーン車は、左右のシート間隔がたっぷりあり、
前後のシート間隔も広い。
座席を向かい合わせにしてもくつろげる。
動く応接室といった感じ。

ぱらぱらと降っていた雨も、
佐賀を過ぎるころには、すっかり止み、
空には晴れ間も見える。

11時53分、長崎に到着。
駅のホームで、山本さんの奥さんの由美子さんと合流。
それにしても……、あ・つ・い。
気温も高いが、それ以上に湿度がきつい。
水蒸気が充満した空間を、どよーんと歩く感じ。

荷物をコインロッカーに預け、タクシーで出島ワーフに向かう。

 
(左)白いかもめ。(右)あごだしラーメン「大気圏」出島ワーフ店。

あごだしラーメン「大気圏」
出島ワーフは2000年春、長崎のベイサイドにできた観光施設だ。
物産店や飲食店がならぶ、「おしゃれ」なスポットなり。
長崎のヤングが週末の夜、愛を育むエリアであろう。

今回、訪れたあごだしラーメン「大気圏」は、
あご(とびうお)で、だしをとったラーメン。
本店は長崎県の北部、平戸にある。

それにしても「銀河のチャンポン」といい、
あごだしラーメン「大気圏」といい、
「スペースワールド」といい、種子島の宇宙センターといい、
九州は日本でいちばん、宇宙に近い地方といっても、過言ではない。

さて、あごだしラーメンであるが、「鮮烈」な味であった。
旨みが立っている味といってもいいだろう。
滋味あふれるあごだしに、ごま油の香ばしさ。
とんこつが主流の九州ラーメンだが、これは別格のうまさ。

ついでに、七輪でイカを焼き、ビールを飲んで、
すっかりいい気分なのさ。

 
(左)あごだしラーメン、チャーシュートッピング付き。
(右)暑い中、七輪でイカをあぶる。

復元出島
ラーメンとビールと湿度でだらだらと流れる汗を拭きながら、
昨年春、復元された出島に歩いていく。
ここは、明治時代の後期、埋め立てによって消失した出島を
当時のままに復元したエリアである。

出島の一部はすでに道路になったりしているのだが、
そこは、舗装を変えて、当時の位置を示している。
オランダ商館やさまざまな蔵が、当時の建築様式のままに
復元されている。

物産店をのぞいたり、展示をのぞいたりする。
ひとまわり歩いてみるが、本気で狭いところだなぁ。
おれがオランダ人なら、こんなところに、閉じこめられたストレスで、
暴動を起こしてやる。ああ、オランダ人でなくてよかった。

 
(左)出島の街並み。
(右)出島から伝えられた聴診器を試してみる山本夫妻。

 
(左)当時の出島の復元模型。(右)亀山社中付近の竜馬通り。

亀山社中
タクシーに乗りこみ、移動。長崎はほんとに坂だらけである。
長崎の自転車屋と、鹿児島のコンタクトレンズ屋は
商売が成り立たないだろう。
ちなみに鹿児島の場合は、桜島の火山灰が目に入る。

亀山社中は坂本竜馬たちが作った、
日本最初の商社で、のちに「海援隊」となる……ていうか、
このあたりの説明は、おれがするのもおこがましい。
このサイトをご覧ください。

ここを訪問するのは、さくまあきらさんの悲願であった。
なにしろ、個人宅を特別のご好意で公開しているので、
開館時間が限られているのだ。
(現在は土・日・祝日の日中のみ公開)

宅内には維新で活躍したおなじみの面々の写真や、
司馬遼太郎の写真、小山ゆうのポスターなどが
展示されているが、なによりの見どころは眺望である。
長崎の港、長崎街道、奉行所が一望。
交易の情報収集は無論、奉行所の取締りをいち早く察知できる。

もちろん、建築物が立ちならぶ現在では、
往時と同じ眺めは見られないが、
竜馬が立った畳から、長崎を見下ろすのは、格別の体験である。

        

(左)亀山社中の門。(右)亀山社中の室内。

 
(左)亀山車中近くの「竜馬のブーツ」像から、長崎を見る。
(右)亀山社中への道は坂だらけ。

松翁軒
亀山社中から坂を降りていき、カステラの「松翁軒」へ。
2階の喫茶室「セヴィリヤ」で
コーヒーとアイスミルク、カステラを楽しんだあと、
1階でお土産のカステラを買い込む。

けっこうな量を買ったが、こりゃ、ひたすら重たいものですな。

16時11分発の快速「シーサイドライナー16号」で、
長崎からハウステンボスへ。

 
(左)松翁軒の喫茶室「セヴィリヤ」。(右)ハウステンボス、ホテルヨーロッパの客室。

ハウステンボス
ハウステンボスの駅から、パークまではけっこうな距離がある。
とことこと移動し、パーク入り口付近にあるホテル案内所へ。
ハウステンボスはパーク内のホテル宿泊者でも
パーク入園料を支払わなくてはならないシステム。

3200円の入場料を払えば、延泊中、パークを出入りする際に、
再入場券を発行してくれは、するんだけど、
なんとなく釈然としないシステムである。

ハウステンボスそのものは、それほど歩き回らず、
パーク内のホテルを拠点に、長崎観光をしようと思っても
よけいにパーク入園料を支払うことになる。
そのあたりのインストラクションも不十分で、ちょっと混乱する。

今日は山本夫妻の案内で、
パーク外にあるオフィシャルホテル
「ハウステンボス ジェイアール 全日空ホテル」で
食事をすることになっている。
山本夫妻とは、パーク外で待ち合わせすることに……。

時間帯がもうすこし早ければ、
パークの入り口から、今晩投宿する「ホテルヨーロッパ」まで、
無料の専用クルーザーでいけたのだが、
それは終わっており、通常のカナルクルーザーで、
「ホテルユトレヒト」付近に。

ハウステンボスは一度訪れたことがあるのだが、
ここの広さは、格別である。
どこへ移動するのにも、それなりの時間がかかる。

ホテルヨーロッパは優美で、贅沢な空間。
どれだけ、贅沢かといえば、客室フロアの廊下が
クルマ一車線分くらいある。とんでもなく広い。

チェックイン後、客室であわただしく顔を洗い、
バスでパーク入口にもどる。
ハウステンボスJR全日空ホテルへ。

花梨
山本夫妻とともに中国料理「花梨」の個室へ。
この店の料理長、浦田修さんは
山本さんが司会する番組「テレビみゅーで」で大人気の
料理コーナー「今夜のもう一品」の月曜レギュラー。

メニューはシェフのおまかせコース。
これがもう問答無用で、うまい!
懐かしくて、優しくて、暖かくて、滋味がある。
上品でありながら、すましていない。
贅沢でありながら、おごっていない。
そんなうまさである。

顔をだしてくれた浦田さんが、四川や上海など
さまざまな中華料理の修業のあとに
広東料理にたどりつくまでの話をさりげなく語ってくれる。

好奇心があって、飄々としながらも、
ある種の厳しさのある人だ。

食後、山本夫妻と別れ、ホテルヨーロッパにもどる。
すでにパークは閉園後なので、
入口からマイクロバスでバックヤードを進んでいく。

バーラウンジ「シェヘラザード」へ。
アンティーク家具のならぶ居心地のいい空間で、
カクテルをかたむけ、のんびりとおしゃべりする。

夜11時過ぎにお開き。
のんびりと風呂につかり、広々とした部屋の中で、
ちょっぴり寂しく眠る。

こんな客室、男ひとりで眠るのは、
いかがなものか……だよなぁ。


2001年6月25日(月)

ハウステンボス 雨から晴れへ
ハウスヨーロッパのレストラン「デ アドミラル」で
さくま夫妻と朝食をとる。

早朝から降りはじめた雨は降り止まない……どころか、
ますます強くなってくる。レストランの窓越しから見る雨は、
オランダの街並みの中、風情があるものだけど、
外に出るのは、気が重い。

食後、荷物をまとめ、チェックアウト。
ベルに荷物を預け、雨の中をパークを歩く。
なんか、どんどん、雨が強くなってないか。

傘を差しているものの、強力な降雨パワーで
ズボンが、びちょびちょである。
めざすは、カナルステーション。
喫茶船「カナルカフェ」に、乗りこむためだ。

お茶やワインを飲みながら、運河を周遊するカナルカフェ。
ぼくと佐久間真理子さんは、ワイン&チーズ。
さくまあきらさん、ゆりちゃんは、ケーキセット。

定員12名ほどの船だが、こんな豪雨の中では、
ぼくたち以外に、お客はいない。
カナルカフェにはふたつのコースがある。
運河コースと水門めぐりコースで、今回は水門めぐりコースだ。

おや? 乗っているうちに雨が弱くなってくる。
船長が、水門にさしかかったから、
船のへさきに出てみませんかといってくれる。

表に出ると、雨はほとんどやんでいた。
運河と外海との間の水門。
水位をそろえるため、外海の水が流れ込んでくる。

外海と同じ水位になったところで、ゲートと跳ね橋が開き、
大村湾へ。

蒸し暑いが、海の風は気持ちがよい。


みごとに晴れ上がったハウステンボス。

アトラクションとショッピング
カメラは持ってきたものの、
ベルに預けた荷物の中にバッテリーを入れていて、撮影不能。
さくまファミリーといったん別れ、ホテルヨーロッパにもどる。

再合流後、ショッピングをしたり、アトラクションを見たり……。
「オランダ民族博物館」、「シーボルト出島蘭館」、
「カロヨンシンフォニカ」、「ホライズン・アドベンチャー」、
「ミステリアス・エッシャー」などをチェック。

「チーズワーフ」2階のレストランで、ぼくはTボーンステーキランチ、
さくまさん一家はチーズフォンデュなどを食べる。
陸路で帰るさくまあきらさんとは、「チーズ農家」前でお別れである。

 
シーボルト出島蘭館内。
(左)ロボット・シーボルト。(右)おたきさんとオランダ人。

蒸し暑いのと、石畳で足が疲れることもあって、
その後、のんびり、ちんたらと町の中を歩く。
トレードウィンド2階のコーヒー専門店「ロッテルダムクラブ」で
さまざまな欧風コーヒーを飲んだり、ショップをひやかしたり……。

最後に、オランダ式逆オークションハウス「ランガダイク」で、
Tシャツやチーズなどを格安購入。
ゲーム感覚なので、ついついよけいに買ってしまうが、
ほかのショップの3分の2から、半額近くで購入できるのは、魅力的。


オランダ帆船「デ リーフデ」

18時15分、ハウステンボスのマリンターミナルから、
長崎空港行きの高速艇に乗りこむ。
所要時間50分のあいだ、しっかり寝る。

長崎空港で、携帯電話にHIROくんから、着信。
「都心に出てるんだけど、酒でも飲まない?」
「いま、長崎じゃ」

3人で、空港内で皿うどんやチャンポンを食べたあと、
丸堀彩文さんから着信。
「もう夕食は食べました?
いま、下赤塚で、ジンギスカンを食べようとしてるんですけど」
「夕食、食べたよー! いま、長崎だよー!」

なんで、みんな、こんなときに誘ってくれるかなぁ。

20時発のJAS368便は、機体到着が遅れて、離陸が遅れたものの
羽田には、ほぼ定刻に到着。
ぼくは池袋行き、真理子さんとゆりちゃんは新宿行きの
シャトルバスへ。

とにかく、密度の濃い旅であった……。


2001年6月26日(火)

衝撃の録画もれ!!
長崎から帰ってきて、愛用のHDDビデオレコーダーをチェック。
しかし、不調でたいへんなことに……。
「録画されていないプログラムがあります」という表示に
びびりながら、チェックしたところ、
旅行中の番組すべてが収録されていない。

「電波少年」とか「雷波少年」とか、
「仮面ライダー アギト」は、あきらめもつくが、
第一回目から毎週欠かさず、見ていた
「Pure Soul」の最終回が録画されていないじゃないかー!

イエネコ、アンジーも怒っている。泣いている。
呆然自失である。こまった。こまった。
だれか、録画してない?
貸してくれたら、なんでも、うまいもの、おごるからさ。


2001年6月27日(水)

狂乱しゃぶしゃぶの夜
麻布十番の美人ウェブデザイナーMSさんに、
長崎みやげのカステイラをねだられたら、
持っていくしかないじゃないか。

神宮前のダジャレプロ、さくまあきらさんに、
しゃぶしゃぶを食おうと誘われたら、
しっぽを振るしかないじゃないか。

てなわけで、ふたつの予定がドッキング。
午後6時過ぎ、新宿サザンテラスの「アフタヌーンティー」で、
待ち合わせしたあとに「代々木 今半」へ。

じつは、この店、さくまさんの日記に以前登場したときから、
気になっていたのだ。
だって、牛タンのしゃぶしゃぶとかあるんだよ。

牛タンのしゃぶしゃぶを8種類の塩で食べるんだよ。
ぱらぱらとレモンの塩とか、ガーリックの塩とかかけて、
じゅるじゅるさくさくと食べるんだよ。
泣くよ! 食ってみな!! 叫ぶから。

それだけじゃないよ。
発狂するほど、うまい牛肉のしゃぶしゃぶを食うんだよ。
口の中で、とろけちゃうよ。
いままで食ったしゃぶしゃぶとは、別次元のなにかだよ。
ああ、うしろめたいよ。
世界中のすべての人にごめんなさいといいたいよ。
肉食って謝罪して、肉食って鼻息荒いよ。

どんどん胃の中に入るよ。
ずどーんと、胃が受けとめるよ。

ああ……。

食後、さくまさん、ゆりちゃんとは、お別れして、
真理子さん、MSさんと両手に花のセクシーダイナマイツで
サザンテラス方面へ。

小田急ホテルセンチュリーサザンタワー20階の
「サウスコート」で、カクテル三昧。お色気三重奏。
べろべろ酔っ払っていると、ヤングサンデー編集部から
鹿児島の白樺派仮面、石川亨さんが登場。

石川さんは、がっつん、がっつん飲んでいたが、
飲みたりないというわけだ。

じゃあ、しょうがねぇじゃないかで、
いつもの「Pearl Bar」まで移動。
看板まで粘り、飲む、呑む、のむ……。


2001年6月28日(木)

睡魔とケーキ
飲む、呑む、のむ……。で、携帯電話が鳴る。
「ほあい……」
気がつくと、ズボンをはいたまま、寝ている。
寝ぼけながら、時計を見ると、午後1時40分である。
やば! ハドソンの会議は午後1時からなのだ。

はげしく遅刻して、会議に出席。

会議終了後、さくまあきらさん、井沢どんすけさんと
西麻布「たぬき」へ。

さまざまなおかずもうまいけど、ご飯と味噌汁が絶品だなぁ。
上品で、うまい! この味噌汁なら、3杯くらい飲みたい。
その後、西麻布といえば、「ドゥリエール」ってな感じで、
定番のお店で、ケーキとコーヒー。
真剣な話と、たわけた世間話をいったりきたり……。


2001年6月29日(金)

寿司は函館、ここ銀座
ハドソンでの打ち合わせのあと、
さくまあきらさんご夫妻、土居孝幸さんと
銀座8丁目金春通りの「鮨金総本店」へ。
総本店だけど、ここは事実上の銀座店。
ほんとの本店は函館にあるらしい。

この店に来るのは、4度目……くらいかな。
いつも新鮮なネタを新鮮なまま、楽しませてくれる。
きっちりおいしい寿司を、さくまさんにごちそうになる。

その後、椿屋珈琲店で、あれこれと話す。

WWF大特集
「プロレスの試合以外みんな見せます!!」

新宿歌舞伎町の「ロフトプラスワン」に移動。
原口一也さんのイベント
WWF大特集 プロレスの試合以外みんな見せます」を
「観戦」するためにやってきたのだが、会場はぎっしり満員。
ほぼキャパシティいっぱいの100人くらいはいる模様。

遅れて到着して、店内でうろうろしていたのだが、
席が見つからない。まいったなぁ。
そんな中、なぜかスタッフとして働くシエラさんが、
ぼくを見つけてくれ、店内脇のスタッフルームへ。

スタッフルームにいると、音声はほとんど聞こえない。
原口さんのトークや、ビデオの音声が聞こえないので、
どんな話が展開されているのかは、不明……。
ただ、拡声器を通さない原口さんの絶叫と、
お客さんの絶叫、そして、映像の字幕を楽しむ感じ。

原口一也、声がでかい!

WWF関連の秘蔵ビデオがいろいろと上映されたのだが、
下品で馬鹿で、ひたすらパワフルなエンターテインメントに大爆笑。
会場には高瀬美恵さんと神月摩由璃さんもいたそうだが、
発見できなかった。

スタッフルームで、ビデオを横目に見ながら、
松下電器産業ePF事業開発室の高田直幸さん、
ハドソンの藤原伸介さん、
図工室のデザイナー、近田宏生さんらと、あれこれおしゃべり。

会場はかなり盛り上がった模様で、
9月に次回のイベントをやる告知をしつつ終了。
「いやー、こんなに来てくれるとはおもいませんでしたよ」と、
原口一也、鼻息が荒い。

フィジカルエンターテインメントとして、
全米を席巻したWWFの魅力の一端を楽しめたイベントだった。

 
(左)菊地さん、外谷さん、飯野さん。
(右)菊地さん原作の漫画「ブルー・レスキュー」の高山裕樹さんを交えて……。

菊地秀行presentsホラー映画史
「AIP編1 金欠ホラー製造工場」

ロフトプラスワン店内をスタッフルームから、奥座敷へ。
これから、オールナイトで恒例の菊地秀行さんイベント。
さすがにイベント2本立てはハードだなぁ。

奥座敷に集まったのは、いつもの角銅博之さん、
けーむらくん、高瀬美恵さん、イダタツヒコさん、なちさん
神月摩由璃さん、笹川吉晴さん。

今回上映したのは、A.I.P.の作品群。
低予算、無思考、やっつけ……といった
アメリカB級ホラーの代表的制作会社である。
いまだったら、オリジナルビデオドラマを作る会社にあたるのかな。
ドライブインシアターなど、「映画以外の目的も楽しむ」場で
上映された作品である。

ユニバーサルホラーやレイ・ハリーハウゼンの作品ならば、
予算やモンスターデザインなど、珠玉というにふさわしいものだが、
AIPの作品は、ちゃちな予算、もったいぶった短絡シナリオ、
子どものいたずら書きのようなモンスターデザインと
まぁ、へっぽこで……ある。

ただ、日米を問わず、テレビの深夜枠の埋め草として、
くりかえし上映されたこともあり、
多くのホラー映画ファンの原体験となっているのは、事実である。
さらに、ロジャー・コーマン、フランシス・コッポラ、
ジェームズ・キャメロンといった映画人の揺籃となったともいえる。

今回上映したのは7本。

Phantom from 10,000 Leagues (1956)
日本未公開。
放射能の影響により、モンスターとなった亀がつぎつぎに人を襲う。
不出来な怪物がていねいにボートを転覆させて、
苦しそうに水中で犠牲者をやっつける。
亀だから、浅知恵なのじゃ。

It Conquered the World (1956)
「金星人地球を征服」
B級映画の帝王、ロジャー・コーマンの初期監督作品。
金星人の造型はアメリカのホラー映画紹介本には
かならず、登場する奇想天外なものだが、
現実に触れる作品は、せつないくらいへっぽこなもの。
ちなみに動く金星人は太ったちびのキュウリといった風情。
このころのB級ホラー映画は、かならずといってよいほど、
巻末に、人類と宇宙に対する考察がある。
そんな説教強盗のような楽しい映画。

Teenage Cave Man (1958)
「恐怖の獣人」
「0011ナポレオン・ソロ」のロバート・ボーンが原始人を演じる。
恐竜や謎の怪人、ポマードで固められた髪の原始人
原始人同志のディベート合戦など、見どころ豊富。
そして、最後に驚愕のオチが……。

Attack of the Giant Leeches (1959)
「吸血怪獣ヒルゴンの猛襲」
あ、これは怖かった。怖くて不気味だった。
沼に潜むヒルの怪物が、
獲物である人間を自分の巣に引きずりこみ、
すこしずつ、ちゅうちゅうと血を吸っていくんだけど、
蚊とちがって、傷口がふさがらないヒル独特の吸いあとが気色悪い。
なんか、「エイリアン」の「ポゼッション」風味。

War of the Colossal Beast (1958)
「巨人獣」
プルトニウム爆弾を浴び、巨大化した大佐が大暴れする
「戦慄!プルトニウム人間」の続編。
あの大佐がメキシコの奥地で生きていた。
麻酔薬により、捕獲されるものの、役所のたらいまわしにあい
引きとり手がないまま、ふたたび、おお暴れする大佐。
「巨大生物の島」、「巨大蟻の帝国」と
大きくさせたら、宇宙一のバート・I・ゴードン監督作品。

Invasion of the Saucer Men (1957)
「 暗闇の悪魔・大頭人の襲来」
「ハリーの災難」を彷彿とさせるコミカルタッチで
宇宙人に襲来されるアメリカの町を描いた脱力作品。
いい味出してます。
この時代、アメリカのヤングはみんなチューが好きでした。

I Was a Teenage Werewolf (1957)
「心霊移植人間」
「ガチンコ! ファイトクラブ」のなかった時代のアメリカ、
暴走しがちな青春を送るヤングは、
マッドサイエンティストに注射をしてもらうしかなかった。
体育館で平行棒の練習をする
美人体操選手に欲情するヤング。
おっといけない、その欲情。
ヤングはまんまと狼男に変身し、
美人体操選手を殺してしまう。
欲情するたびに殺していたんじゃ、
子孫繁栄はできないぞという教訓が、心に突き刺さる。


お疲れさまでしたの神月さんと高瀬さん。

さて、今回、飯野文彦さんが絶好調。
ロジャー・こおまん作品が多かったこともあり、
こおまんパワーで全編の解説を一気にこなしていく。
いままで、このイベントは17回行われてきたが、
今回のイベントは、その中でも最高の出来。

整合性のとれた下品節は、満場の観客の度肝をぬく。
ほんとに楽しくて、午前4時半ごろ、お開き。

その後、参加者の方とお茶を飲み、
早朝6時過ぎに帰宅。

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ホラー映画史忘年怪2EX


2001年6月30日(土)

やたらと眠る。
目を覚ましたのが、午後3時。
日記を書いたり、メールを書いたり、作業をしたり……。


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