太平洋戦争の激戦地、硫黄島。5日で終結すると思われていた戦いは36日におよび、死傷者の数では米軍の損害が日本軍の損害をしのいだ。
ちなみに現在、クリント・イーストウッドが撮影している映画は、この硫黄島での激戦を描いた「Flags of Our Fathers 」だ。
米軍を恐れさせた陸軍中将栗林忠道は、36歳から38歳までの3年間をアメリカで過ごした陸軍きってのアメリカ通だった。
本書「散るぞ悲しき」の口絵には、家族との手紙がふんだんに掲載されている。留学先のアメリカから幼い長男に送った手紙には、シボレーのパンフレットからコラージュされた写真に自身の姿のイラストが入り、まるで絵本のように文字が載っている。
「太郎君へ 御父さんは今度 こんないい自動車を買うたの 坊がいればいくらでも乗せてやるのだがな」
下宿先のバッファローをあとにワシントンに向かう際の手紙には、タクシーに乗りこむ自身と手を振って見送る人々を優しいタッチのイラストで描く。
バッファロの下宿のおばさんや近所のおばさん達がみんなして 御父さんが帰ってしまうのを惜しがっているところです 御父さんはそれ程みんなに好かれていました
その目でアメリカを見、その耳でアメリカ人の言葉を聞き、その口でアメリカ人と話をした栗林が、アメリカ人を殺し、アメリカ人から殺される地に赴くのだ。
作品は、ほかにも硫黄島着任後、残してきた妻子への慈愛に満ちた書簡などを中心に構成している。
全滅必至のアメリカの攻撃前、飲み水にも事欠きつつ、塹壕を掘る苛烈な日々の中で、自宅のお勝手の隙間風の防ぎ方をていねいに指示したり、風呂の湯垢の効果的なとり方を「伊東家の食卓」のように指示したり……。
上品なテキストとあいまって、いたるところが泣かせどころ。ほんとうにいい本だ。女性作家の作品だけあって、男性作家による戦記もののように滅びの美学におぼれることなく、事実をひとつずつ語っていくのが、好印象である。
ただ、その一方で栗林忠道の人格がいかに生まれたかなどの取材が足りない。
自分で車を買って、アメリカ横断をしたなどの断片的なエピソードは紹介されているものの、アメリカ留学時代など、こういった作品を作るうえで、大きなバランスと成るべき部分のウェイトが軽すぎるのだ。栗林忠道への作者の愛情は濃厚に感じられるものの、人格に対する批評が弱いため、作品全体が平板になっている。惚れすぎたのかもしれない。
それでも思考停止的に戦争=悪として非難することはなく、単色の色眼鏡で見ていないから、これだけの極限状態で人はこれほど誇りたかく生きられるのだという感動はきちんと存在する。
栗林中将の生の絵であれば、文庫「「玉砕総指揮官」の絵手紙」
それにしても、硫黄島の戦いってば、R・A・ハインラインの「宇宙の戦士(スターシップ・トゥルーパーズ)」を裏から見たようで、読んでいてほんとうにつらい。
島中に張り巡らせた地下トンネルの中から、敵の裏をかくように出撃し、攻撃するのは、そのまんまアレクニド(蜘蛛型エイリアン)の戦法だ。
ハインラインが創作にあたって、硫黄島の戦い(またはペリュリューの戦い)の日本人を念頭においていたのは、確実だし、日本人としてはモビルスーツとパワードスーツがどうのこうのなんて対比をするより、このあたりをきちっと受けとめて語ることの方が大事でしょう。
高校時代に、いまはなきアバロンヒル社のウォーゲーム「宇宙の戦士」をよく遊んでいたのだけど、そのゲームでもアレクニド側のプレイヤーは、人間プレイヤーに隠れて、地下トンネルをデザイン。おたがいに裏をかきつつ、戦っていたものだが、あのころは硫黄島のことはあんまり知らなかった。知ってたら複雑な気分だったかもね。