【ゲーム】MOTHER3
ラストバトルは滂沱の涙であった。このシチュエーションで、ボタンを押していけば、人として泣かないわけにはいかない。
往時の「ドラゴンクエスト」を嚆矢とするRPGの骨格の中で、なにがRPGをRPGたらしめているのかを的確につかみ、それを身近でありながらどこにもない世界へと投影する力量はさすがの技である。
前作「マザー2」は1994年の作品である。「マザー3」はスーパーファミコンや64DDの企画として立ち上がったものの、6年前に開発中止が発表され、ゲームボーイアドバンスのソフトとして、冥界の底から帰ってきたわけだ。
今回、あのどせいさんとも12年ぶりに再会したが、なによりお元気そうで、12年の長さを感じさせない。
「ドラクエ」さえもフルポリゴンと化した12年だが、こうして2DのBGの上を2Dのスプライトが動くRPGには、工夫をこらした絵としての清潔さと豊かさがある。
今回は全12章の章立てとなっており、章ごとに主人公が切り替わる。どこかでこのテーストがあったような気がして記憶をたどると、ディスクシステムの「新・鬼が島」だったりする。
もちろんアドベンチャーとRPGだ。ジャンルとしての差はあるけれど、謎解きをともないつつ、明確なドラマを前面に仕立てたつくりには、共通点も多い。
メッセージの濃淡を効果的に使い、主人公のみならず、多くのキャラクターを、きちんと立てているドラマ作り。章を区切ることで、多面的な視点から語られるストーリーライン。1章の1時間30分から2時間という長さ……。
なによりも各章が終わりを印象的なものにすることで、ドラマそのものがすっきりとまとめられている。
章立てという点では「ドラゴンクエストⅣ」という前例もあるのだけれど、それとはかなりちがう趣きだ。
ひとつの町の3年にわたるドラマにした結果、空間的な広がりが足りないのも事実。マザー1や2であった、故郷をあとにして、見たことも聞いたこともない土地を旅する喜びは薄くなっている。
空間的な広がりよりも時間とともに変化する人間関係を描くことは、遠回りをきらった作者の思い切りであるような気もするし、当初ターゲットとしていた64DDのハードスペックや3D表現を念頭に置いたプロットのような気もする。
双子の兄弟のデフォルトネームが、クラウスとリュカというのは、アゴタ・クリストフの「悪童日記」からとってきたものだし、足の悪いキャラクターが登場するあたりも「悪童日記」を髣髴とさせる。
さらにそれと気づかれぬよう、きわめて注意深く配置されているのだが、まるで人間の業のようにあふれ出てくる暴力がときとしてこちらの度肝をぬくし、さまざまな形でみせられる人間の欲望、狂気とあわせて、裁くことなく描いている。
最後までプレイを終え、説明がついていないことはいくつかあるし、暗いトーンがずっと続くことにつらさを感じることもあるだろう。
さらに世界そのものの謎が解き明かされたとき、ある映画のことを思い出したんだけどね。
これは本編とは関係のないことだが、こういう2Dのゲームをプレイしているとスーパーファミコンでゲームを作っていたころを思い出す。そして、うらやましくなる。ゲームボーイアドバンスのほうが、スーパーファミコンよりさまざまな制約が少ないのだ。
スプライトのていねいなアニメーションや、鈴木慶一の後任という大役を担った酒井省吾の楽曲はどれも印象深く、ゲームを終わって寝る前に頭の中でループして困っちゃうくらいだ。
戦闘も楽しい。音楽のリズムに合わせてボタンを連打するとコンボが決まるシステムは、必ずしもうまくいくわけではないけれど、ほどよい緊張感をもたらしてくれるし、おなじみドラム回転方式のHP表示がもたらす、きわどい戦いもいい感じだ。
さて、冒頭にも書いたように、最後の戦いは泣ける。泣けるのだけれど、この話のテーマに根ざす孤独感はとてつもなく大きく、寂しい。感動するというより、くるおしいほどせつなくなるのだ。
システムや遊び心地で12年間の空白は感じられなかったけれど、物語を見下ろす視点に12年の時間は確実に存在した。
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