【読書】うらなり
「うらなり」は、夏目漱石の「坊っちゃん」を、登場人物のうらなりの視点から、描きなおした小林信彦の作品だ。6月に単行本が刊行されていたのに、うかつなことに読んだのは、いまごろである。
坊ちゃんを読んだのは中学のときで記憶もあいまいだ。うらなりって、どの人だっけ? と、思い出しつつ、読みすすめた。読み進めるうちに、いろいろと思い出してきた。
ちなみにwikipediaにはこのように書かれている。
うらなり
英語教師。お人よしで消極的な性格。延岡に転属になる。名字は古賀。
これに付け加えるとすれば、マドンナはもともとうらなりの婚約者だったのだが、地方の名家であったうらなりが財産をなくすとともに、教頭である赤シャツに奪われてしまう。
「坊っちゃん」はポーツマス条約の年、明治38(1905)年の物語だが、「うらなり」は昭和9(1934)年の銀座で開幕する。
銀座四丁目交差点で、久しぶりに再会するうらなりと山嵐。それをきっかけに、坊っちゃんのことを回想していく。
これは本書に併録された「創作ノート」で、小林信彦自身が語っているのだが、「坊っちゃん」の中には、うらなりの登場シーンが非常に少ない。
その鏡像である「うらなり」には、坊っちゃんの登場シーンが非常に少なくなっている。
「坊っちゃん」の中では終始「坊っちゃん」自身の名前は出てこないのだが、本書の中では、うらなりが名前を失念し、かわりに「五分刈り」というあだ名をつけている。
興味深いのは、坊っちゃんがいようといるまいと、赤シャツ、マドンナ、うらなり、山嵐といった登場人物は、四国の町で同様のストーリーをたどっていたであろうことであり、坊っちゃんの存在は緩慢な悲劇の像を、一瞬の喜劇にするスポットライトに過ぎなかったということだ。
後半ではうらなりのその後が描かれる。日向の延岡に転勤したうらなりだが、その後、姫路へ。三度の見合いのエピソードなどが語られるが、こんなくだりは思わずうれしくなってしまう。
昭和になって、カフェで同僚と過去を思い返し、若いころ、いかにもてなかったかを話していたとき、女給にこんなことをいわれる。
「だいたい、『もてなかった』という人は嘘つきよ。嘘つきか、思い込みの激しい人だと思うわ。被害者意識が強いとかね。女に冷めたくされたとか、相手にされなかったという一瞬一瞬を、後生大事に抱え込んでいて、そのことしか考えないのよ。好かれた時も必ずあるんだけど、その人が相手の女に興味を持たなかっただけなの。で、もてなかったというだけで、さっぱり忘れてるの。どうでもいいことは、さっさと忘れちゃうのよ、男は……」
たまらんね。
大阪の金満家と結婚したマドンナとの静かな再会。
漱石が坊っちゃんや赤シャツ、うらなりに、自己を投影したように、小林信彦もうらなりの人生に自身の一部を重ね合わせている。
そこから生まれる味わいが深く、頁をたぐる速さを落として、じっくり読む。
ふたたび山嵐と会ったうらなりは五分刈りに問いかける。
「私にはわからないのですが、江戸っ子という人たちは、あんな風なものなのでしょうか」
「一向に見かけませんな。(中略)曲がりなりにも他人のために一肌脱ぐなんて江戸っ子には会ったことがありませんね。乱暴な言い方をすれば、関東大震災でみんな信じまったのかも知れない」
すべてを読み通して、もういちど「坊っちゃん」読み返したくなった。
いまは便利だね。検索しただけで、「坊っちゃん」の全テキストがでてきたよ。
たまらん、おもしろい。PCの画面で、横組みだってのにぐいぐい読んでしまった。自分勝手で我田引水なくせに流されやすくて唐辺木で、一人称の語りでこれだけ自分自身をユーモラスに描いた小説はめったにない。
坊っちゃんはまったく自分とタイプの違ううらなりをなぜか慕っていたが、その逆にうらなりも坊っちゃんのことが気になっていたのだろう。
子供のころとちがって、最近の自分は、赤シャツにも感情移入できるのが、せつないけどな。


